幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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 チンピラがロリに脳焼かれてるだけの日常回。


33 吸血鬼とロリ奴隷

「ベイ中尉。ベイ中尉ー。中尉ってばー。離してくださいよ。朝じゃないですか。起きられないじゃないですかー」

 

 何が朝だ、と俺は内心で舌打ちする。

 我が家の従僕の寝起きはクソ早い。閑古鳥か、と毎回ツッコみたいほどの早起き娘だ。

 

 そこには休日だろうと平日だろうと区別はない。それもそのはず、こいつにとっての夢は睡眠中に見るものではなく、起きている間に認識する世界のことだ。だから一刻も早く起きてこの世という幻想(ユメ)を見る──矛盾している生態だが、事実この半世紀、そうやって生きてきているのだから仕方ない。

 

「ベイ中尉~」

 

「…………」

 

 返事はせず、片目だけ開くと、そこには少女の顔がある。

 

 その瞳の色は──赤。俺とまったく同じ真紅の色。

 こっちの血液を提供しているので、レイシアは常に半吸血鬼状態といってもいい。なんで、俺が持つ吸血鬼幻想と接続し、吸血鬼に関する異能なら、いつでもホイホイ使えるようになっていたりする。

 

 小さい体躯。生温かい体温。白い髪は暗がりの中でも透き、淡く輝いているよう。月光のような肌は柔く、幼い顔立ちを精密に造り込む。血の色に染められた双眸は深みがある。手足は細い割に鋼鉄のように頑丈で、薄い胴と腰回りは花径のようで抱き甲斐があった。

 

「……おはよーです」

 

 恨めし気な表情と声色。それに、

      

Schatz(可愛い)……」

 

「!?」

 

 つい口が滑った。

 だが齢九十近くともなるとその辺に張る意地も薄れている──昔の己ならば失言としただろうが、今は特に何も感じない。ただ事実を事実として述べただけの、波立ちすらない平坦な心情だけがある。

 

 一方、従僕は目をやや見開き、うろうろと視線を迷わせ始める。こいつは半世紀経っても男からの甘言に弱い小娘のままだ。

 

「ちゅ、中尉。なんか悪い夢でも見たんですか……」

 

 ツンデレはどこへ、と呟くレイシア。

 その反応に、こっちはただ呆れの眼差しを返すだけだ。

 

「……レイシア」

 

「は、はい?」

 

 名前を呼んでみただけだが、緊張状態にある従僕はすぐ応答してしまう。

 いや、別になにをしろ、というわけでもないんだが……

 

「……今日は、傍にいろ……」

 

「……や、了解(ヤヴォール)……」

 

 外出を禁ずる。

 ひとまずそれでいいか、と本日の方針はそう決定した。

 

 

     ※

 

 

 外出禁止令を出したところで、そもそも今日は休日だったんでレイシアの行動スケジュールに特別な変化はない。

 拘束を解放してやると恭しく引き下がり、飯を作り始めた気配で俺も仕方なく人間としての生活を開始する。朝っぱらから起きたくはねえんだが。

 

「……おまえ、またそれか……」

 

「ん? 中尉の分は別にありますよ?」

 

「いや俺のはいいんだが……」

 

 朝食を準備していたテーブルの皿には、黄色いパンが乗っている。

 貧乏騎士(アルメ・リッター)。俗に、フレンチトーストと呼ばれている代物だ。

 

 何を隠そう、これこそがレイシアの好物である。ほっとくと毎日三食これを食うレベルで好んでいる。もはや偏食家の域だ。えらい拘りがあるらしく、実際食うとスゲェ美味い。ハイドリヒ卿に提供しても許されるレベルなんじゃねえかと思うぐらい美味い。なんだこいつ。

 

 二十一世紀になってからこっち、昔は異能で引っ張り出してた科学利器が世に出回り始め、文字通り時代を先取りして、誰よりも早く使いこなしてた奴は料理の腕前が卓越している。

 

 従僕としての基本スキルにしか過ぎないんだろうが、味覚障害レベルのメシマズ家庭出身としては、掴まれた胃袋には逆らえねえ。生物の悲しいサガってやつだな。

 

「ごちそうさまでしたぁ」

 

 ……結局この日のレイシアはフレンチトーストを六皿食った。いくら食べても太らない身体さえも活用し尽くしている。長寿の愉しみ方という点において、こいつは確かに達人なんだろう。

 

 

 俺はまず普段、家から出ることはない。

 日中の陽光嫌いもあるが、シャンバラでもない劣等どもの国を練り歩くのなんざ苦行に等しい。夏に海まで車を飛ばしてやったのは一重に“レイシアの水着”という限定特典があったからだ。でなけりゃ吸血鬼の身で猛暑日に外出なんぞしてられるか。

 

「うーんしょっ。よっ、ほっ、とうっ」

 

「……」

 

 ──朝食の席を済ませ、ソファに座った俺の視界の端にはぴょんぴょん跳ねる白い影が映っていた。

 その片手にはハンガーに掛けた洗濯物がある──これもいつもの光景だった。

 

 背が届かないのだ。

 奴の身長は140ほどしかない。なので飛び跳ねる姿は、髪色も相まって完全に小兎である。それでも器用に壁のくぼみにハンガーを引っかけている辺り、熟練の匠の技といえようが。

 

 だが今の新居には特大の障害がある。そこに辿り着くと、レイシアもハンガーを手にしたまま見上げて固まってしまった。

 

「……」

 

 高さ、プラス二十センチ。

 二十センチ。されど二十センチ。ロリから見れば頂上の見えぬ断崖絶壁を前にしたようなものだ。まぁ奴が本気で跳躍すれば届くだろうが、それをやると必ず天井にぶつかる。過去、何度か挑戦しては同じ敗北を喫して涙目になりつつ退場していくのが恒例だ。さて、本日はどうか。

 

「……中尉~……」

 

「あん?」

 

「もちあげて……」

 

 ……野郎、遂に万策尽きたらしい。お願いします、とやや涙目である。この高さという脅威を前に、膝を折るしかなくなった己の不甲斐なさにくじけているようだ。

 

「主人に働かせるってーのか、このロリ」

 

「うぅ……!?」

 

 心底、呆れた息を吐きつつ──

 ……ソファから立ち上がり、持っている洗濯物を奪い取ってかけてやる。これでいいか、と無言で視線を向ければ、にぱーっ! と返ってきた輝かしい笑顔に目が眩む。

 

「踏み台使えよ」

 

「────あ」

 

 技術でどうにかしてきた脳筋バカに青天の霹靂。

 どうしようもない阿呆である。

 

 

 それからしばらく後。

 

「中尉ー。この前、こんなの買ってみたんですけどー」

 

「あー?」

 

 再び適当にソファに座っていたところ、従僕からの呼びかけに振り返る。

 

 瞬間、フワリと視界に映る黒のロングスカートに、白のロングエプロン。華美すぎず質素すぎず、華やかさを忘れないよう飾りつけられたフリルレース。それは普段着というより仮装服(コスプレ)。そして「従者」「従僕」という奴の肩書きに相応しいだろう制服──

 

 いわゆる、メイド服というやつだった。

 

「……なん、」

 

「いらっしゃいませご主人様。本日のグラズヘイムはスペシャルメイドデーでございまーす☆」

 

 声もない。

 言葉も出ない。

 あんぐりと口を開けたまま、意識は完全にフリーズしていた。

 

 ふざけんなよこの野郎。なんだこれとんでもねえ! ああああ!! 超可愛いじゃねぇかこんにゃろう、LOVEりーうさたんオムライスブラッドローズティー風味一つ──!!

 

「どうです?」

 

「どっ……」

 

 どうです?

 

「可愛いですか? 似合ってます?」

 

 似合ってるとか可愛いとか次元じゃねえんだよ超越してんだよ理解の外だよ沙汰の外だよおまえおまえおまえおまえふざけんなマジで白髪ロリ奴隷が本格的にそういう衣装を着始めたら宇宙の終わりだろうが最早そういうテロ行為だろ身分を弁えてないにも程があんだろ押し倒すぞほんと!!

 

「黙ってないで感想の一つくらい言ってみたらどうなんですかねえ、ツンデレチンピラ!」

 

「っ、が、がぅ……」

 

 くるくる回ってんじゃねぇよ。白髪を流して舞ってんじゃねえ。いよいよもって比喩じゃなく植物の方の薔薇に転生するつもりか。ありとあらゆる煩悩を破壊し尽くす永久萌え世界(アルフヘイム)でも創る気か? あ? 意味が分かんねえんだけど。攻撃されてるのに攻撃と認識できねえんだけど! なんだそれ!?

 

 可愛すぎるってのにも限度があるだろ恥を知れェ!!!!

 

 ──そう叫びたかったが、吼えたかったが、そんな墓穴を穿つ時代は昔のことだ。

 もう九十年だぞ九十年。ジジイなんだよこっちはよ。故に、だから、落ち着き払って、年長者として冷静冷徹な意見に翻訳してから伝達するとだな──!

 

「じ……ジークハイル……!」

 

「なんで!?」

 

 知らねえよ。自分の破壊力を鑑みてこい、馬鹿従者。

 

 

     ※

 

 

 しかし大好評だということは受け取ったのか、野郎そのまま一日を過ごすと決めたようだ。

 

 地獄だが。

 理性との戦いを強いられる新手の地獄だが。

 たかが服を変えただけで理性蒸発する童貞男子と同等レベルに堕ちたくないんだが俺は。

 

「つーかどこで買ってきやがった……」

 

「近場の仮装専門店で。今度、文化祭で喫茶店やることになったんですよ。なのでその下見というか……」

 

「──おい待て。まさかソレを表に出す気じゃあるまいな」

 

 戦争が起きるぞ。

 というか起こすぞ。俺が。

 

「いやいや、メイド喫茶とまだ決まったわけではないので。あははぁ、ま、皆して私にコレ着せたがってましたけどねー。でも私はここで敢えて、女装&男装喫茶を提案して戦っている最中なのです」

 

 そいつはもうどう転んでも地獄になるのでは?

 ……まぁどうやら、まだ暴れる時間ではないようだが……

 

「まさかの効果絶大とは……ふふん、中尉もこういうのお好きなんですねえ」

 

「おまえマジふざけんなよ殺すぞクソボケ」

 

「やーいやーい! あなただけの従僕ですよぉー!」

 

「こいつ……!」

 

 青筋を立てるが従僕からの煽りコールは止まらない。

 いっそここで殴り飛ばしてやろうかとも思ったが──しかし、どうやってもレイシアが食らうダメージはゼロである。此方の拳を痛めるだけだ。それこそ不毛な争い、無意味な鉄槌になる。

 

 ……色々言いたかったが、どうやっても墓穴を掘り下げるだけになりそうなのでやめておく。主人としての威厳をこれ以上落とすわけにはいかない。死活問題に直結する。

 

 そんなこっちの心境なぞ知る由もなく、上機嫌になった阿呆は、ソファに座る俺の後ろに立って、俺の髪を好き放題している。これに関しては、もう今更なにも言うことはない。髪型なんぞに頓着はねえ。というか男の髪を弄ってなにが楽しいのかさっぱり分からん。

 

「はい完成。くく……やはりハーフアップ……ハーフアップしか勝たんのだ……!」

 

「……それって一部を結い上げただけだよな? 普段と何が違うんだソレ」

 

「戦闘力が上がる」

 

 何のだ。てめえが今、無差別に放ってる核攻撃と似たようなモンか?

 

「えへへー。ベイ中尉―♪」

 

「……、」

 

 ソファ越し、軽い体重が首に抱き着いてくる。

 どうも気分高めというか、好感度の波が上振れているようだ。こいつのこういう日は、定期的にある。そしてこれだけ密着して距離が近いと──

 

『すきー』

 

「…………」

 

 血盟、というか。

 こいつは俺の血を楔にして存在してるようなものなので、すなわち吸血鬼風にいえば、俺の眷属と化しているところがある。なので、まあ、こっちが意識せずとも、こういう風に条件が揃えば、勝手に向こうから心の声が筒抜けになってくる。

 

 ちなみにこいつには言っていない。

 存分に恥を晒すがいいさ。そっちが勝手に伝播してきてるだけだからな。

 

『はにゃー……かっこいい……かこいい……ご主人サイコー。ヴィルヘルム・エーレンブルグは永遠なりー……髪サラサラ……いい匂い……──~♪』

 

 そこで従者の心の声の代わりに、イカしたギター音楽が頭に流れ始める。なんでもこいつなりに、俺をイメージした一曲らしい。この辺のセンスはやるじゃねえの、と俺も思う。できることなら戦闘中には毎度かけてほしいモンだぜ。アガるから。

 

「……、」

 

 ……しかし、頻繁にこっちの頭を撫でてくるのはどうかと思うが。

 本当にこいつは狂っている──そして、それをもう振り払おうとしない俺自身も──いいや。

 

 いいや。

 断じて、こんなザマだが、俺はまだ諦めていないのだ。

 

「……おいレイシア。こっち来い」

 

「!」

 

 命ずると音楽が消え、素早く従僕がこっち側に回ってきて左横にちょこんと座る。体重をかけるように圧し掛かり、緩み切った顔で腕にくっついてくる。襲われてほしいのかこいつ。

 無防備さに呆れた目を向けていると、不意にレイシアがこっちを見上げる。……なんとなく顔を背けると、またしても『横顔かっこいい』などという明け透けな感想が伝わった。

 

(…………あ゛~……)

 

 狂う。

 いや本当に狂う。

 頭がおかしくなる激情に駆られつつも、奥歯を食いしばってそれに耐える。

 

 半世紀。

 半世紀の昼夜毎日、こんな調子である。

 

 ──己を慕っていて常に飽きさせないロリ奴隷が半世紀いる生活。

 

 これで何かしらが狂わない奴とか、いるか?

 それこそハイドリヒ卿くらいじゃねえの? マジで。

 

 ……白薔薇は瑞々しく咲いている。それが、己の血で咲いているのだという事実に、心の底から絶叫したくなる。

 この身には畜生の血が流れている。だから血を流して他から吸って新生するのだと言っていた。だが現状はどうだ。どうなっている。紛れもなく己の血で、こんな薔薇が咲き誇っている。

 

 ()()()()()()()()。本当に。

 

「……チッ」

 

 基本──こいつは何も欲しがらない。先も言ったが、俺の血はあくまで存在を維持するための楔であり、こいつを繋ぎとめると決めた俺が与えているだけに過ぎないものだ。

 

 かつては奪われもしない、奪うこともない、故に0で在り続ける。

 マイナスどころかプラスもない人生。なんて面白みのない孤独。──それがレイシアだった。

 

 ……ああ、そんな奴に血を与えちまったから、こうして「咲いた」んだろう。

 土の中で眠るだけだった種を、俺が咲き誇らせた。

 幻想を奪われて、欲しがって、俺と同じところに落ちてきた。

 俺が穢したのに、枯れ落ちることなく、畜生の血で瑞々しく咲いた。

 

 なぁ──これで、おかしくならねえ奴がいるか?

 いないとしたら、もうそいつは男でも畜生ですらない。一輪の価値すら解さない屑だろう。

 

 だから俺がこいつに与えてやるのは、永遠(これから)だ。

 月下のヴァルハラに咲く一輪の花。

 その光景が、俺たちの関係性を示す全て。

 であるからこそ────俺は。

 

(……ああ。おまえだけを見ていてやるとも)

 

 渇望が変わった理由(ワケ)

 その根幹はそこにある。

 

 対象を一つに絞った薔薇の森。俺の血がこいつの養分となるなら、当然、そこには他者の血潮なんぞ混ぜるわけにはいかない。

 

 他の血を混ぜてこいつの価値を下げるわけにはいかないのだ。

 俺以外の、代替の血で済む程度の価値しかないのなら、愛する(奪う)意味などないのだから。

 

「……求愛にしては遠まわしだな」

 

「えー」

 

 いつの間にか始まっていたレイシアの歌声が区切りつくと、鼻で嗤ってやる。

 却下された花嫁は不満顔。歌で男を釣ろうとか、おまえの恋愛感性は中世か。

 

「……抱いてー」

 

「俗すぎるわ」

 

 指で額を弾く。あうー、と従僕がのけぞった。

 もうちょっとあるだろうが。教えたことを忘れたか。

 

「俗っぽく……俗すぎず……」

 

 ううむ、と少女は頭を捻っている。

 あ゛ぁー……クッソ可愛いな……ほんとその衣装どうにかしろ。どうにかなるから。

 

「…………()()()()()()?」

 

 そうして行きついた答えはごくシンプル。

 二人っきりの時は名前で呼べ。そういうこと。

 

「正解」

 

 小さい体躯を抱き上げて膝に乗せる。

 その重さは一輪分の薔薇だ。軽すぎて、手放せないほどに重い。

 

 ……雪のような髪がサラリと頬を撫でる。従者の仮装服は、まるでラッピングされているようだ。

 俺の両肩に手を置いたレイシアは、首筋に顔を寄せて幸せそうに目蓋を閉じる。

 安息を得た天使のように。ここが自分のヴァルハラだと告げるように。

 

 ……あえて言おう。

 俺だけの白髪永遠ロリ奴隷、マジ最高。

 

 




 日常回(設定改変の理由付けのつもりだったけどイチャついてるだけになった回)


Q.もしかしてこのバカップルぶりは原作開始後も続くんですか?
A.はい。
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