幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「──おっと?」
「あ」
冬も近づく季節の中、いつものように屋上へ推参すると、そこには後輩ニ号こと藤井蓮がいた。
ベンチに座って弁当など広げている。一人で。
「あり? 他の皆は?」
「司狼はサボり。香純は撒いた。氷室先輩は?」
「んー、そのうち来るんじゃない?」
そっか、と蓮が適当に納得する間に、その左横に座る。
本日の昼食はバーガー。ジャンクフードだ。朝に買ってきた本日のメインディッシュである。
「……レイシア先輩、ほんと自由っすね……」
「学生とは自由であるべきでしょう。モラトリアムモラトリアム、社会に出たら自分の時間なんか作れないってよく聞くし。学生時代こそ好き勝手に暴れる最後のチャンスよ、その辺、藤井後輩は優等生だけどねー」
「あはは……」
平穏こそを愛する精神性。渇望。
平凡な男子高校生といえばそれまでなのだが、しかし、
そりゃ原作主人公様様様ですしな。
あの黒円卓の皆さんが、彼の当て馬だってのが信じられねえよ。はえー。
「今年は色々あったねぇ。夏の海は行けなかったけど、夏祭り行ったし、先月は天体観測したし、文化祭は──」
「やめてください先輩。あんな地獄を文化祭だと俺は認めたくない……!」
別称、血に濡れた文化祭。
あの時の学校はたぶん特異点だった。いや、別に魔術的な意味はないのだ。あの日は本当にカオスだった。混沌だった。証言できるのはこれだけだ。
「楽しい一年だったねぇ」
「……ま、それは認めます」
悪くない一年だった、と総括するツンデレ後輩。
この短い彼の青春に、多少の色合いを加えられたのなら上々だ。
「そろそろゆっくりもしてられない時期だけどねぇ。藤井後輩、次期キャンプ部部長やってくれよ」
「……はい!? なんで!?」
「いやだって、もう私、
「あっ──」
はい、完全に不意を突かれた顔をしていらっしゃる。
変化に鈍感。“いつも通り”を愛する彼にとって、現実は非情なり。
時間は流れる。止まらない。どれだけ強く「同じ毎日」を願おうと、人間はアップデートしなきゃならん生き物なのだー。
「……そっ、か。卒業……」
「兄様のことがあるから、卒業後は早々連絡とれないと思う。ひとまず海外渡航は決定済み」
「か、海外!?」
「せやぞー。ま、たった三年だったけど、私のワガママ聞いてもらっちゃったからなあ。今度は私が兄様のために尽力しなきゃ」
2002年から日本に住みたーい! シャンバラにある学校行きたーい!
……なんて無茶が通ったのは、うん、あれかな。やっぱ好感度のおかげかな。ベイ中尉にも寛容の精神が出来上がったことを示す三年間だった。反動でずっと引きこもりになっちゃったけど。
向こう一年は振り回されそうだ。ま、それも従者の務めですかね。
「ど、どこに行くんですか」
「うーん、どこだろ。遠いんじゃない?」
「か、金とか大丈夫なんすか。バイトとか……」
「あぁ、資金面は株やってるし」
「株ぅ!?」
「……? そんなに驚くこと? あんなのただの数字だろ?」
そこで完全に藤井後輩の動きが停止する。どした? 渇望でも発動した?
「えー……あの、じゃあ、氷室先輩とかと、連絡は……」
「レーちゃん? そうねえ、やっぱりしばらく連絡は難しいかな。あの子、あんまり本音言わないからさ。藤井少年、頼んだぞぉー?」
「なッ、なんの話ですか」
「青春純愛の話さァ」
そろそろ玲愛が君に対してハンターみたいな目を向け始めていることに、彼は気付いていないのだろうか……いや、それすらも鈍感力で弾いてるのか?
「それとも何かね、もしや私? 私のルート開拓を狙ってたり……する!?」
「ルートってなんすか意味が分かりませんよっ。申し訳ありませんが、俺はロリコンじゃないんで」
「確かに玲愛より絶壁だからなー私。そうかそうか、あれくらいが好みだと」
「だから氷室先輩の話はしてませんっ」
「──私がなに?」
と、ヒロイン登場である。
購買部で買ったらしきパンを入れた袋を持って、こっちを見ている。
「藤井後輩がレーちゃん派だって話。おめでとうっ!」
「え。嘘。本当、藤井君? 結婚しよっか」
「待て待て待った待った、なんだその急展開! レイシア先輩!? 後輩いじめて楽しいんですか!」
「楽しいさぁ。君ほどからかい甲斐のある健全男子高校生は他にいない。あ、式には呼んでね」
「ちょっと──!?」
素早くその場を片して、特等席を玲愛に譲る。アイコンタクトで玲愛に感謝を告げられ、それにウインクで応える。さらば、藤井後輩! ちゃんとその子のルートに入るんだよ!!
※
「──あ。ロリっ子先輩。チィーッス」
「チーッス……って、何やってんの?」
学校からの帰り道、私服姿で町をうろついている不良後輩──司狼と出くわした。
夕暮れの諏訪原市海浜公園。彼の傍らにはいかついバイクが停まっている。あ、しかもこいつ未成年のくせに煙草まで……
「見ての通りサボりっすよ。先輩、今帰り?」
「そうだけど」
「おっ、んじゃあ家まで送りますよ。隣町でしたよね?」
「……」
おうおうおうおう。
すげぇこと言ってんぞこいつ。いや、いつか言いかねないと思っていたが、凄いなこいつ。
「バイクの旅かー。興味はそそられるけど、先輩の威厳がなぁー」
「威厳て。そんな
こ、こいつマジですげぇぇぇぇぇぇ!! やめとけ、死ぬぞ!
あ、ここで補足的ネタバレなのだが、この遊佐司狼クンは藤井蓮の自滅因子である。
故に、まあアレだ。こんなことを提案しているのも、「私を藤井蓮の日常から退場させる」という使命を帯びているからだと思われる。
藤井蓮の日常を壊すもの。それが遊佐司狼の自滅因子としての業である。
当人たちからすれば、無意識下での事象なんだろうけどね。
「んー、そっか。じゃ、お願いしよっかな」
「おっ」
いつか来るとは思ってたし。
ま、どんな終わりであれ、これまでの友情が無意味、ってことになるわけでもなし。
あーあ。
でも、卒業くらいはしたかったなぁ。
「乗せてくれよ不良後輩。道、教えるから」
「了解了解っと」
煙草を捨てて火を踏み消すと、司狼がバイクにまたがる。
私は、それとすれ違うようにして──
「楽しかったよ。またねえ」
「──え」
とん、と額を突っついた。
するとその場で、バイクにまたがったまま微睡んでしまったかのように、司狼はうな垂れる。
睡眠と同時に軽く暗示もかけて。
こうして、私は束の間だった学園生活を後にした。
※
「……ん?」
その日、屋上にやって来た時、藤井蓮はなにか違和感を覚えた。
なにか……足りないような、と。
この学園の屋上にあるのはフェンスやベンチくらいで、他には何も置いていない。
当たり前の光景なのに、なにか不足しているような、という感覚が抜けない。
「……?」
「れーんっ。どうしたの? ボーッとしちゃって」
「あ……いや……」
後ろから付いてきていた香純に曖昧に返すが、それで妙な感覚が消えるわけではない。
ここには、何かがあったような気がするのだ。
例えばそう……
「こいつがぼーっとしてんのはいつもの事だろ。なんか白昼夢でも見てんのかよ。謎の美少女がいるとか?」
続いてやってきた司狼の言葉も、どこか引っかかった。
掴めない靄のようなものが、あるような気がして──
「ここに誰か……もう一人いなかったか……?」
「私のこと? 嬉しい、藤井蓮は気遣いができる良い男の子だね」
ひょこりと更に登場するのは氷室玲愛。
嬉しそうな顔だが、しかし──
「い、いや先輩でもなくて。なんだろう……アレ? 氷室先輩、俺たち以外の友達っていませんでしたっけ?」
「う、ひどい。いきなり人の交友関係を突かないで。えっち」
「えっちて。本当にどうしたの、蓮。
「いや……うーん……ええっと……」
当たり前の事実のみを述べる香純に、しかし蓮の態度は煮え切らない。
なにか。
何かが。
足りないような。
……のだが。
「
これが自分の求める日常である、と。
微かな違和感を──藤井蓮は追わない。大事な日々は、何も変わっちゃいないのだと。
月乃澤学園に、破天荒な学園アイドルなどいない。
屋上を拠点にテントを設置して、好きに活動している先輩はいない。
氷室玲愛に親友はいないし、おかしな部活動にも彼ら四人は入っていない。
ここには、何もないし、何も残らない。
全ては夢泡沫。
一時の、幻であったかのように────