幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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34 青春の終わり

「──おっと?」

 

「あ」

 

 冬も近づく季節の中、いつものように屋上へ推参すると、そこには後輩ニ号こと藤井蓮がいた。

 ベンチに座って弁当など広げている。一人で。

 

「あり? 他の皆は?」

 

「司狼はサボり。香純は撒いた。氷室先輩は?」

 

「んー、そのうち来るんじゃない?」

 

 そっか、と蓮が適当に納得する間に、その左横に座る。

 本日の昼食はバーガー。ジャンクフードだ。朝に買ってきた本日のメインディッシュである。

 

「……レイシア先輩、ほんと自由っすね……」

 

「学生とは自由であるべきでしょう。モラトリアムモラトリアム、社会に出たら自分の時間なんか作れないってよく聞くし。学生時代こそ好き勝手に暴れる最後のチャンスよ、その辺、藤井後輩は優等生だけどねー」

 

「あはは……」

 

 平穏こそを愛する精神性。渇望。

 平凡な男子高校生といえばそれまでなのだが、しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──という点において、この藤井少年は常軌を逸している。

 

 そりゃ原作主人公様様様ですしな。

 あの黒円卓の皆さんが、彼の当て馬だってのが信じられねえよ。はえー。

 

「今年は色々あったねぇ。夏の海は行けなかったけど、夏祭り行ったし、先月は天体観測したし、文化祭は──」

 

「やめてください先輩。あんな地獄を文化祭だと俺は認めたくない……!」

 

 別称、血に濡れた文化祭。

 あの時の学校はたぶん特異点だった。いや、別に魔術的な意味はないのだ。あの日は本当にカオスだった。混沌だった。証言できるのはこれだけだ。

 

「楽しい一年だったねぇ」

 

「……ま、それは認めます」

 

 悪くない一年だった、と総括するツンデレ後輩。

 この短い彼の青春に、多少の色合いを加えられたのなら上々だ。

 

「そろそろゆっくりもしてられない時期だけどねぇ。藤井後輩、次期キャンプ部部長やってくれよ」

 

「……はい!? なんで!?」

 

「いやだって、もう私、()()するし」

 

「あっ──」

 

 はい、完全に不意を突かれた顔をしていらっしゃる。

 変化に鈍感。“いつも通り”を愛する彼にとって、現実は非情なり。

 時間は流れる。止まらない。どれだけ強く「同じ毎日」を願おうと、人間はアップデートしなきゃならん生き物なのだー。

 

「……そっ、か。卒業……」

 

「兄様のことがあるから、卒業後は早々連絡とれないと思う。ひとまず海外渡航は決定済み」

 

「か、海外!?」

 

「せやぞー。ま、たった三年だったけど、私のワガママ聞いてもらっちゃったからなあ。今度は私が兄様のために尽力しなきゃ」

 

 2002年から日本に住みたーい! シャンバラにある学校行きたーい!

 ……なんて無茶が通ったのは、うん、あれかな。やっぱ好感度のおかげかな。ベイ中尉にも寛容の精神が出来上がったことを示す三年間だった。反動でずっと引きこもりになっちゃったけど。

 

 向こう一年は振り回されそうだ。ま、それも従者の務めですかね。

 

「ど、どこに行くんですか」

 

「うーん、どこだろ。遠いんじゃない?」

 

「か、金とか大丈夫なんすか。バイトとか……」

 

「あぁ、資金面は株やってるし」

 

「株ぅ!?」

 

「……? そんなに驚くこと? あんなのただの数字だろ?」

 

 そこで完全に藤井後輩の動きが停止する。どした? 渇望でも発動した?

 

「えー……あの、じゃあ、氷室先輩とかと、連絡は……」

 

「レーちゃん? そうねえ、やっぱりしばらく連絡は難しいかな。あの子、あんまり本音言わないからさ。藤井少年、頼んだぞぉー?」

 

「なッ、なんの話ですか」

 

「青春純愛の話さァ」

 

 そろそろ玲愛が君に対してハンターみたいな目を向け始めていることに、彼は気付いていないのだろうか……いや、それすらも鈍感力で弾いてるのか?

 

「それとも何かね、もしや私? 私のルート開拓を狙ってたり……する!?」

 

「ルートってなんすか意味が分かりませんよっ。申し訳ありませんが、俺はロリコンじゃないんで」

 

「確かに玲愛より絶壁だからなー私。そうかそうか、あれくらいが好みだと」

 

「だから氷室先輩の話はしてませんっ」

 

「──私がなに?」

 

 と、ヒロイン登場である。

 購買部で買ったらしきパンを入れた袋を持って、こっちを見ている。

 

「藤井後輩がレーちゃん派だって話。おめでとうっ!」

 

「え。嘘。本当、藤井君? 結婚しよっか」

 

「待て待て待った待った、なんだその急展開! レイシア先輩!? 後輩いじめて楽しいんですか!」

 

「楽しいさぁ。君ほどからかい甲斐のある健全男子高校生は他にいない。あ、式には呼んでね」

 

「ちょっと──!?」

 

 素早くその場を片して、特等席を玲愛に譲る。アイコンタクトで玲愛に感謝を告げられ、それにウインクで応える。さらば、藤井後輩! ちゃんとその子のルートに入るんだよ!!

 

 

     ※

 

 

「──あ。ロリっ子先輩。チィーッス」

 

「チーッス……って、何やってんの?」

 

 学校からの帰り道、私服姿で町をうろついている不良後輩──司狼と出くわした。

 夕暮れの諏訪原市海浜公園。彼の傍らにはいかついバイクが停まっている。あ、しかもこいつ未成年のくせに煙草まで……

 

「見ての通りサボりっすよ。先輩、今帰り?」

 

「そうだけど」

 

「おっ、んじゃあ家まで送りますよ。隣町でしたよね?」

 

「……」

 

 おうおうおうおう。

 すげぇこと言ってんぞこいつ。いや、いつか言いかねないと思っていたが、凄いなこいつ。

 

「バイクの旅かー。興味はそそられるけど、先輩の威厳がなぁー」

 

「威厳て。そんな幼女(ナリ)でなにつれないこと言ってんすか。いーじゃないですか、俺、前から思ってたんすよね。()()()()()()()()()()()()()()()、って」

 

 こ、こいつマジですげぇぇぇぇぇぇ!! やめとけ、死ぬぞ!

 

 あ、ここで補足的ネタバレなのだが、この遊佐司狼クンは藤井蓮の自滅因子である。

 故に、まあアレだ。こんなことを提案しているのも、「私を藤井蓮の日常から退場させる」という使命を帯びているからだと思われる。

 

 藤井蓮の日常を壊すもの。それが遊佐司狼の自滅因子としての業である。

 当人たちからすれば、無意識下での事象なんだろうけどね。

 

「んー、そっか。じゃ、お願いしよっかな」

 

「おっ」

 

 いつか来るとは思ってたし。

 ま、どんな終わりであれ、これまでの友情が無意味、ってことになるわけでもなし。

 

 あーあ。

 でも、卒業くらいはしたかったなぁ。

 

「乗せてくれよ不良後輩。道、教えるから」

 

「了解了解っと」

 

 煙草を捨てて火を踏み消すと、司狼がバイクにまたがる。

 私は、それとすれ違うようにして──

 

 

「楽しかったよ。またねえ」

 

「──え」

 

 

 とん、と額を突っついた。

 するとその場で、バイクにまたがったまま微睡んでしまったかのように、司狼はうな垂れる。

 

 睡眠と同時に軽く暗示もかけて。

 こうして、私は束の間だった学園生活を後にした。

 

 

     ※

 

 

「……ん?」

 

 その日、屋上にやって来た時、藤井蓮はなにか違和感を覚えた。

 なにか……足りないような、と。

 

 この学園の屋上にあるのはフェンスやベンチくらいで、他には何も置いていない。

 当たり前の光景なのに、なにか不足しているような、という感覚が抜けない。

 

「……?」

 

「れーんっ。どうしたの? ボーッとしちゃって」

 

「あ……いや……」

 

 後ろから付いてきていた香純に曖昧に返すが、それで妙な感覚が消えるわけではない。

 ここには、何かがあったような気がするのだ。

 例えばそう……()()()のような。

 

「こいつがぼーっとしてんのはいつもの事だろ。なんか白昼夢でも見てんのかよ。謎の美少女がいるとか?」

 

 続いてやってきた司狼の言葉も、どこか引っかかった。

 掴めない靄のようなものが、あるような気がして──

 

「ここに誰か……もう一人いなかったか……?」

 

「私のこと? 嬉しい、藤井蓮は気遣いができる良い男の子だね」

 

 ひょこりと更に登場するのは氷室玲愛。

 嬉しそうな顔だが、しかし──

 

「い、いや先輩でもなくて。なんだろう……アレ? 氷室先輩、俺たち以外の友達っていませんでしたっけ?」

 

「う、ひどい。いきなり人の交友関係を突かないで。えっち」

 

「えっちて。本当にどうしたの、蓮。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「いや……うーん……ええっと……」

 

 当たり前の事実のみを述べる香純に、しかし蓮の態度は煮え切らない。

 なにか。

 何かが。

 足りないような。()()()()()ような──そんな感覚が、拭いきれない。

 

 ……のだが。

 

()()……()()()()()

 

 これが自分の求める日常である、と。

 微かな違和感を──藤井蓮は追わない。大事な日々は、何も変わっちゃいないのだと。

 

 

 月乃澤学園に、破天荒な学園アイドルなどいない。

 屋上を拠点にテントを設置して、好きに活動している先輩はいない。

 氷室玲愛に親友はいないし、おかしな部活動にも彼ら四人は入っていない。

 

 ここには、何もないし、何も残らない。

 

 全ては夢泡沫。

 一時の、幻であったかのように────

 

 

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