幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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後編 謳歌せし怒りの日
36 恐怖劇(グランギニョル)の始まり


「──ようこそ、シャンバラへ。久しぶりですね、お変わりないようでなによりです」

 

 2006年12月2日──

 夜の諏訪原市の大橋に、三人の人影があった。

 

 一人は金髪の神父。

 一人は赤髪の少女。

 一人は白髪の優男。

 

 ここから、全てが始まろうとしていた。

 

「変わりないっつーのは昔から進歩がねえとでも言いてえのかよ、クリストフ。言葉は選んだ方がいいぜ、ちったぁ気を付けるんだな」

 

「おや、どうやらベイ中尉は六十年前よりは変わったご様子ですね。あなたが他者を気遣うなど、まるで悪い冗談でも耳にしているようだ」

 

「そうねえ。ま、その辺はしょーがないんじゃない。ロリコンが悪化してんのよ、こいつ。そういう神父様は変わらなさすぎじゃない? 怠けてたの?」

 

「なにぶん隠棲していた身ですからねえ。それなりに理由はありますが、説明責任を果たすべきでしょうか?」

 

「要らねえよ、堅苦しいのはナシだ。今、シャンバラには何人が入ってる?」

 

 ヴィルヘルムの率直な問いに、クリストフと呼ばれた神父は微苦笑しつつ答えていく。

 

「レオンハルト、ゾーネンキント、バビロンにトバルカイン──そして私と、あなた方二人を合わせて七人ですね。私はあと4、5日はここを動けませんが」

 

「レオンハルト……って、あ。もしかしてヴァルキュリアの抜け番の子?」

 

「ええ。お二人も面識はあるでしょう、あの日本人のお嬢さんですよ。彼女には今、副首領閣下の代理の捜索を命じています。新兵ですが、なかなか大したものになりました」

 

 ほう(へえ)、と二人の魔人が僅かに興味の声を零す。

 大したもの、とは。そいつは面白い。──そんな不穏な空気を察知しつつも、神父は言葉を続ける。

 

「あなた方も、まずは“彼”を見つけてください。そう難しいことではないはずです」

 

「なるほどな。ってことは、まだ入ってないのはシュピーネだけか。いつ来るんだ?」

 

「調べ物を頼んだので、彼はもうしばらくは後でしょう」

 

「なにそれ、気になる~」

 

「いいじゃねえか、代行殿の腹黒さは今に始まったことじゃねえ。こっちはこっちの仕事……狩りをするだけだ」

 

「いかにも。では──」

 

 神父の口調の変化と共に、場の空気も切り替わる。

 祝詞が紡がれ、兵士の顔となった二人も言葉を揃える。

 

『──我らに勝利を与えたまえ(ジークハイル・ヴィクトーリア)

 

 約束の刻は遂に訪れた。

 これより、恐怖劇(グランギニョル)の幕が上がる。

 

 

     ※

 

 

 この刹那に愛を超越()える「Dies irae」、はーじまーるよー!

 

 どうも、走者の一人のレイシアでっす。チャートは水銀がある程度は組んでいると思うんで、序盤はそっちをなぞっていきましょう。まずは安定第一(共通ルート)ですからね。

 

 え、ベイ中尉に取材にきたインタビュアーの人はどうなったかって? 気まぐれ起こしたベイ中尉が「欲しがった」ら、なんか死んでしまいましたよ。私が彼の傍に居られているのは、一重に「黒円卓の従僕」って立場が効いてるからなんだなァ、と強く思わされる一件でございました。

 

 ……ところでどこで実況してるのかって? ベイ中尉の影ん中だよ。

 シークレットキャラクターなので、しばらく身を潜めるのだ。あははぁ、ここでの心の声はベイ中尉にも筒抜けてると思うんで、今はコレ全部ラテン語で喋ってるってことにしといてくれ。ふふはははは、ネタバレ防止はばっちりですよー。

 

 そんなこんなで、黒円卓の皆さんは教会を拠点にしてとうとう活動を開始した。

 まずはツァラトゥストラ──副首領こと水銀クソ野郎の代理捜しだ。ふぁいとー。

 

 ──とか思っていたら。

 

「エーレンブルグ……エーレンブルグねえ。なんかどっかで聞き覚えのある名前なんだよなあ。オタク、おんなじ苗字だったよな。なんか知らねえか?」

 

 シャンバラ入りして二日目の夜。

 後輩一号こと久々の不良少年、遊佐司狼が黒円卓に接触してきた件について。

 

 

 反社会的行動だけで生きてるよーな彼の経緯に関しては、もはや何を追及する気もない。

 ベイ中尉の視界を借りて見た司狼の隣には、彼と似た雰囲気の女性が立っている。といっても、つい先ほど司狼後輩はトリファ神父(クリストフ)と戦ってボロ負けの敗走中。そこへ、ちょっかいをかけにいったベイ中尉とルサルカに対し──司狼が言ったのが、先ほどの台詞である。

 

『だってよレイシア。ありゃおまえの“お友達”か?』

 

『後輩クンですねー。出ましょうか?』

 

『いや、まだいい。面白ぇガキだし、そのうちまた突っかかってくるだろ』

 

 念話、以上終了。

 数秒の会議は私とベイ中尉との間だけで完結し、表で相対するご主人が言葉を返す。

 

「そりゃ口説いてるつもりかよ? 生憎とそっちの趣味はねぇぞ」

 

「安心しろ、オレもねーよ。ま、なんも知らないならいいや。それより──」

 

 と、司狼がベイ中尉とルサルカの背後──にて、炎上している車両を指さす。

 

「車、弁償しろよ。高かったんだぜソレ」

 

「くっ……くく、ハハハハハハハハ!」

 

「あはははははは! 面白いねこの子。あたし気に入っちゃった。どーするベイ?」

 

「クリストフの野郎が見逃したんだ、こっちも一度は見逃すさ。根性萎えてねえなら、また来いよガキ。受けて立ってやる」

 

 そう言いつつ、司狼たちとすれ違うようにして歩いていく二人。

 ──瞬間。司狼が、取り出した銃をベイ中尉の顔に向けて発砲していた。

 

()()()

 

「っ──」

 

 が、その銃弾を歯で受け止め、吐き捨てながらベイ中尉は振り返らずに去っていく。

 完全に戦争初心者へ対する、熟練者からの余裕の姿勢だ。

 ……あのぅ、かっこいいんですけど、この人……

 

 

     ※

 

 

 そして──この日はこれだけでは終わらない。

 青春の終着点。海浜公園。

 普段はデートスポットにさえなっているこの場所には今、生者はいない。

 

 ぶちまけたペンキのような血潮の海。

 死体が転がっていた。首なし死体だ。その近くに、まだ何も知らない少年がいた。

 平穏、平和、日常とはかけ離れた光景に、彼の目は眩み、その場で吐いている。

 

「俺がやった……のか……?」

 

「違うのか?」

 

「ッ!?」

 

 刹那、少年が四つん這いのまま、その場から十メートル以上の距離をとる。

 一般人とは思えぬ反射神経。それに、感心したような声を零すベイ中尉。

 

「──っ、ぁ──」

 

「なんか言えよ。緊張してんのか初心者(ルーキー)? ()()()()()()()()()()()()?」

 

 少年は答えない。

 いや、答えられる精神状態ではないのだ。理由不明の死体、そこへ現れた人智を越えた人外。

 プレッシャー。恐怖。そういった本能的な忌避から、一瞬でその場から離脱しようとする。

 

「ばぁっ。なんで逃げるのー?」

 

「ッ──!」

 

 しかし、それは背後を押さえていたルサルカの存在によって止められる。

 退路はなし。彼女一人から発される重圧に、一ミリだって動けない。

 

「ふうん……私の食人影(ナハツェーラー)に抗おうとしてるんだ。あなたがツァラトゥストラなのかな?」

 

「……なん、なんだ……おまえらは……」

 

「メルクリウスの代理かって訊いてんだよ。あの水星(クソ)から、聖遺物でも受け取ってんじゃねえのか? でなけりゃ、殺人(さっき)のはなんなんだ?」

 

「知らない……俺は、殺しなんか……何も……知らない──!」

 

「おお、そうかよ」

 

 興味なさげに呟いた直後、近づいていたベイ中尉が少年の胴を蹴り飛ばした。

 ぐふぉっ、と軽く吹っ飛んで倒れた少年の左肩を軍靴が踏みつける。

 

「──で──もう一回訊くんだが、メルクリウスのクソから何を命じられてる? どう繋がってる? もったいぶってないで教えてくれよ」

 

「──ガ、ァ、がぁあっ!」

 

「拷問は得意じゃねえんだがなぁ……ほら、さっさと吐けよ。殺しちまうぞ?」

 

 途端、少年の空いていた右手がベイ中尉の足を掴んだ。

 チッ、と舌打ちが鳴る。

 

「触んじゃねえ、気色悪ィ」

 

 少年を振り払い、軽く蹴り飛ばす。それだけで少年の体躯は浮き上がり、何メートルも向こうにある海沿いの柵にその姿が激突した。

 

「なぁどうするよ。海にでも飛び込むか? 溺れちまいそうだなァ。それとも立つのか? やっぱり逃げるか? そろそろやる気出していこうぜ、シラけちまう」

 

「っ……!」

 

 少年は俯いたまま動かない。

 だがその中では、微かに、確かに闘志が湧いてきているはずだろう。

 

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()──

 

「──どれ。ま一回、殺してみるか」

 

 歩み寄り、軽く言いつつ、殺意を以ってベイ中尉が手を振り下ろす。

 狙いは首。このまま少年の目が覚めなければ、彼は先ほどの首なしと同じ末路を辿るだろう。

 ──が。

 

「!!」

 

 素早く少年が死から回避する。

 転げるように距離をとり、歯噛みしながら白い脅威と対峙する。

 それを見て、吸血鬼も嬉しそうに喉を鳴らした。

 

「……ちったぁアガる展開になってきたか? いいぜ、手加減はしてやる。“武器”は出さねえし、使うのは片手だけだ。おまえはなんだ、死に物狂いでなんでも使ってみせろや」

 

「だったら、もっとやる気出させてあげようか? あなた、さっきまで教会にいたんだよねー?」

 

「……!?」

 

 ルサルカから告げられた、思いも寄らぬ言葉に少年の顔から血の気が引く。

 

「ここで逃げたら──お友達、皆殺しにしちゃおっかな」

 

「やめろォオオ──ッ!!」

 

 怒りに染まった少年がルサルカへ飛び掛かる。

 だがその前に、ベイ中尉が立ちはだかり、その首を掴み上げた。

 

「がっ……」

 

「敵はこっちだ、ガキ」

 

 そのまま、放り捨てる。

 しかし少年の方も覚悟は決まったのか、地面を滑りながらも着地した。そこへ、容赦なくベイ中尉が襲い掛かっていく。無論、約束通り右手一つでだ。

 

「くっ──!」

 

 少年がかわす。地面が叩き割れる。人間を凌駕する魔人の一閃を、改めて目の当たりにしながらも、少年はベイ中尉の猛攻をかわし続けていく。

 

「逃げてばっかか!? かかってこいよ。楽しませてくれなきゃぁ、この町、地図から消すぞ!」

 

「っォ──」

 

 黙りやがれ、とでも言いたげに少年の拳が敵の顔面に叩きつけられる。

 反動で飛びさがっていくが、聖遺物の使徒の霊的装甲は人の身では貫けない。事実、少年は攻撃したのにも関わらず、右手の骨は砕け、一方でベイ中尉は掠り傷一つもない。

 

「──こ、の……!」

 

 立ったまま、少年は外れた左肩をはめ直し、右手も方向だけは矯正する。

 その目はまだ、敵を打ち倒さんという闘志と殺意に燃えている。

 対する白髪白貌──始まりの強敵は、真紅の眼でそれを見据えながら台詞を放つ。

 

 

「俺は聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ。

 ──名乗れよガキ、戦の作法も知らねぇか」

 

 

 開戦の合図が告げられる。

 恐怖劇(グランギニョル)の夜はまだ、長い。

 

 

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