幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
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「──ようこそ、シャンバラへ。久しぶりですね、お変わりないようでなによりです」
2006年12月2日──
夜の諏訪原市の大橋に、三人の人影があった。
一人は金髪の神父。
一人は赤髪の少女。
一人は白髪の優男。
ここから、全てが始まろうとしていた。
「変わりないっつーのは昔から進歩がねえとでも言いてえのかよ、クリストフ。言葉は選んだ方がいいぜ、ちったぁ気を付けるんだな」
「おや、どうやらベイ中尉は六十年前よりは変わったご様子ですね。あなたが他者を気遣うなど、まるで悪い冗談でも耳にしているようだ」
「そうねえ。ま、その辺はしょーがないんじゃない。ロリコンが悪化してんのよ、こいつ。そういう神父様は変わらなさすぎじゃない? 怠けてたの?」
「なにぶん隠棲していた身ですからねえ。それなりに理由はありますが、説明責任を果たすべきでしょうか?」
「要らねえよ、堅苦しいのはナシだ。今、シャンバラには何人が入ってる?」
ヴィルヘルムの率直な問いに、クリストフと呼ばれた神父は微苦笑しつつ答えていく。
「レオンハルト、ゾーネンキント、バビロンにトバルカイン──そして私と、あなた方二人を合わせて七人ですね。私はあと4、5日はここを動けませんが」
「レオンハルト……って、あ。もしかしてヴァルキュリアの抜け番の子?」
「ええ。お二人も面識はあるでしょう、あの日本人のお嬢さんですよ。彼女には今、副首領閣下の代理の捜索を命じています。新兵ですが、なかなか大したものになりました」
大したもの、とは。そいつは面白い。──そんな不穏な空気を察知しつつも、神父は言葉を続ける。
「あなた方も、まずは“彼”を見つけてください。そう難しいことではないはずです」
「なるほどな。ってことは、まだ入ってないのはシュピーネだけか。いつ来るんだ?」
「調べ物を頼んだので、彼はもうしばらくは後でしょう」
「なにそれ、気になる~」
「いいじゃねえか、代行殿の腹黒さは今に始まったことじゃねえ。こっちはこっちの仕事……狩りをするだけだ」
「いかにも。では──」
神父の口調の変化と共に、場の空気も切り替わる。
祝詞が紡がれ、兵士の顔となった二人も言葉を揃える。
『──
約束の刻は遂に訪れた。
これより、
※
この刹那に愛を
どうも、走者の一人のレイシアでっす。チャートは水銀がある程度は組んでいると思うんで、序盤はそっちをなぞっていきましょう。まずは
え、ベイ中尉に取材にきたインタビュアーの人はどうなったかって? 気まぐれ起こしたベイ中尉が「欲しがった」ら、なんか死んでしまいましたよ。私が彼の傍に居られているのは、一重に「黒円卓の従僕」って立場が効いてるからなんだなァ、と強く思わされる一件でございました。
……ところでどこで実況してるのかって? ベイ中尉の影ん中だよ。
シークレットキャラクターなので、しばらく身を潜めるのだ。あははぁ、ここでの心の声はベイ中尉にも筒抜けてると思うんで、今はコレ全部ラテン語で喋ってるってことにしといてくれ。ふふはははは、ネタバレ防止はばっちりですよー。
そんなこんなで、黒円卓の皆さんは教会を拠点にしてとうとう活動を開始した。
まずはツァラトゥストラ──副首領こと水銀クソ野郎の代理捜しだ。ふぁいとー。
──とか思っていたら。
「エーレンブルグ……エーレンブルグねえ。なんかどっかで聞き覚えのある名前なんだよなあ。オタク、おんなじ苗字だったよな。なんか知らねえか?」
シャンバラ入りして二日目の夜。
後輩一号こと久々の不良少年、遊佐司狼が黒円卓に接触してきた件について。
反社会的行動だけで生きてるよーな彼の経緯に関しては、もはや何を追及する気もない。
ベイ中尉の視界を借りて見た司狼の隣には、彼と似た雰囲気の女性が立っている。といっても、つい先ほど司狼後輩は
『だってよレイシア。ありゃおまえの“お友達”か?』
『後輩クンですねー。出ましょうか?』
『いや、まだいい。面白ぇガキだし、そのうちまた突っかかってくるだろ』
念話、以上終了。
数秒の会議は私とベイ中尉との間だけで完結し、表で相対するご主人が言葉を返す。
「そりゃ口説いてるつもりかよ? 生憎とそっちの趣味はねぇぞ」
「安心しろ、オレもねーよ。ま、なんも知らないならいいや。それより──」
と、司狼がベイ中尉とルサルカの背後──にて、炎上している車両を指さす。
「車、弁償しろよ。高かったんだぜソレ」
「くっ……くく、ハハハハハハハハ!」
「あはははははは! 面白いねこの子。あたし気に入っちゃった。どーするベイ?」
「クリストフの野郎が見逃したんだ、こっちも一度は見逃すさ。根性萎えてねえなら、また来いよガキ。受けて立ってやる」
そう言いつつ、司狼たちとすれ違うようにして歩いていく二人。
──瞬間。司狼が、取り出した銃をベイ中尉の顔に向けて発砲していた。
「
「っ──」
が、その銃弾を歯で受け止め、吐き捨てながらベイ中尉は振り返らずに去っていく。
完全に戦争初心者へ対する、熟練者からの余裕の姿勢だ。
……あのぅ、かっこいいんですけど、この人……
※
そして──この日はこれだけでは終わらない。
青春の終着点。海浜公園。
普段はデートスポットにさえなっているこの場所には今、生者はいない。
ぶちまけたペンキのような血潮の海。
死体が転がっていた。首なし死体だ。その近くに、まだ何も知らない少年がいた。
平穏、平和、日常とはかけ離れた光景に、彼の目は眩み、その場で吐いている。
「俺がやった……のか……?」
「違うのか?」
「ッ!?」
刹那、少年が四つん這いのまま、その場から十メートル以上の距離をとる。
一般人とは思えぬ反射神経。それに、感心したような声を零すベイ中尉。
「──っ、ぁ──」
「なんか言えよ。緊張してんのか
少年は答えない。
いや、答えられる精神状態ではないのだ。理由不明の死体、そこへ現れた人智を越えた人外。
プレッシャー。恐怖。そういった本能的な忌避から、一瞬でその場から離脱しようとする。
「ばぁっ。なんで逃げるのー?」
「ッ──!」
しかし、それは背後を押さえていたルサルカの存在によって止められる。
退路はなし。彼女一人から発される重圧に、一ミリだって動けない。
「ふうん……私の
「……なん、なんだ……おまえらは……」
「メルクリウスの代理かって訊いてんだよ。あの
「知らない……俺は、殺しなんか……何も……知らない──!」
「おお、そうかよ」
興味なさげに呟いた直後、近づいていたベイ中尉が少年の胴を蹴り飛ばした。
ぐふぉっ、と軽く吹っ飛んで倒れた少年の左肩を軍靴が踏みつける。
「──で──もう一回訊くんだが、メルクリウスのクソから何を命じられてる? どう繋がってる? もったいぶってないで教えてくれよ」
「──ガ、ァ、がぁあっ!」
「拷問は得意じゃねえんだがなぁ……ほら、さっさと吐けよ。殺しちまうぞ?」
途端、少年の空いていた右手がベイ中尉の足を掴んだ。
チッ、と舌打ちが鳴る。
「触んじゃねえ、気色悪ィ」
少年を振り払い、軽く蹴り飛ばす。それだけで少年の体躯は浮き上がり、何メートルも向こうにある海沿いの柵にその姿が激突した。
「なぁどうするよ。海にでも飛び込むか? 溺れちまいそうだなァ。それとも立つのか? やっぱり逃げるか? そろそろやる気出していこうぜ、シラけちまう」
「っ……!」
少年は俯いたまま動かない。
だがその中では、微かに、確かに闘志が湧いてきているはずだろう。
そもそも、
「──どれ。ま一回、殺してみるか」
歩み寄り、軽く言いつつ、殺意を以ってベイ中尉が手を振り下ろす。
狙いは首。このまま少年の目が覚めなければ、彼は先ほどの首なしと同じ末路を辿るだろう。
──が。
「!!」
素早く少年が死から回避する。
転げるように距離をとり、歯噛みしながら白い脅威と対峙する。
それを見て、吸血鬼も嬉しそうに喉を鳴らした。
「……ちったぁアガる展開になってきたか? いいぜ、手加減はしてやる。“武器”は出さねえし、使うのは片手だけだ。おまえはなんだ、死に物狂いでなんでも使ってみせろや」
「だったら、もっとやる気出させてあげようか? あなた、さっきまで教会にいたんだよねー?」
「……!?」
ルサルカから告げられた、思いも寄らぬ言葉に少年の顔から血の気が引く。
「ここで逃げたら──お友達、皆殺しにしちゃおっかな」
「やめろォオオ──ッ!!」
怒りに染まった少年がルサルカへ飛び掛かる。
だがその前に、ベイ中尉が立ちはだかり、その首を掴み上げた。
「がっ……」
「敵はこっちだ、ガキ」
そのまま、放り捨てる。
しかし少年の方も覚悟は決まったのか、地面を滑りながらも着地した。そこへ、容赦なくベイ中尉が襲い掛かっていく。無論、約束通り右手一つでだ。
「くっ──!」
少年がかわす。地面が叩き割れる。人間を凌駕する魔人の一閃を、改めて目の当たりにしながらも、少年はベイ中尉の猛攻をかわし続けていく。
「逃げてばっかか!? かかってこいよ。楽しませてくれなきゃぁ、この町、地図から消すぞ!」
「っォ──」
黙りやがれ、とでも言いたげに少年の拳が敵の顔面に叩きつけられる。
反動で飛びさがっていくが、聖遺物の使徒の霊的装甲は人の身では貫けない。事実、少年は攻撃したのにも関わらず、右手の骨は砕け、一方でベイ中尉は掠り傷一つもない。
「──こ、の……!」
立ったまま、少年は外れた左肩をはめ直し、右手も方向だけは矯正する。
その目はまだ、敵を打ち倒さんという闘志と殺意に燃えている。
対する白髪白貌──始まりの強敵は、真紅の眼でそれを見据えながら台詞を放つ。
「俺は聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ。
──名乗れよガキ、戦の作法も知らねぇか」
開戦の合図が告げられる。