幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
──それから一週間後。
ルサルカや螢は昼間、学校に通って
他のリザさん、トリファ、玲愛の教会組も表面上いつも通りに過ごして。
私も、ベイ中尉が外出する時は影に潜み、寝ている時は傍に
夜になれば、狩りが始まる。
首切り連続殺人の犯人を捕えるべく動くご主人を、影の中から応援したり実況したり、そんな日々だった。
「出かけるぞ」
「ほ?」
日中だというのに、そんな言葉がベイ中尉の口から飛び出した。
私服サングラスカッコいい。スチルください。設定画どこ? ──などという思考に支配されていた意識が、我を取り戻す。
一度、陽光がさす窓の外を見てから、もう一度ベイ中尉の方を見る。
「どこへ?」
「学園。シュピーネに頼んでた調査の報告だ。『指揮官』殿にな」
「……デート?」
「終わったらな」
はよ準備してこい、と頭をわしわしされたので、喜んで支度にかかる。
ヒャッホー!! デートだデートぉ!
※
──久々に見た
ザ・平穏。日常の象徴。学生が血で血を争う孤立した箱庭。体育館裏には三人以上で近づくな。グラウンドの倉庫に人なんかいない。音楽室でトランポリンをやると呪いがかかる。
そんな、どこにでもある何の変哲もない学校だ……
「なんか絶対におかしいだろ」
ツッコミしつつ、あっさりとベイ中尉はその敷地内への侵入を完了させる。グラウンドの外れの樹の近くには、既にこちらの気配を察して来ていたレオンハルト──螢の姿があった。
「よう」
「……」
言葉も交わしたくないのか、黙って螢は樹の幹に背中を預ける。“何の用だ”と全身の雰囲気が言っていた。肩をすくめ、ベイ中尉も樹に背を向ける形になる。
──と、そこで屋上のある方角から、ルサルカと蓮の話し声が聞こえてきた。どうやら、蓮が色々と彼女に問い詰めているらしい。ルサルカはともかく、蓮はこっちには気付いていないだろう。
「よく喋りやがる。あれでも拷問の専門家かよ。ペラペラ話しやがって……なあ、そうだろ?」
「……、」
「聞いてんのかーレオーン」
「無駄口が多いのはそちらもだろう。わざわざ……何の用だ」
ツンツンである。でも昔のベイ中尉に比べればまだ可愛いツンデレだ。あの頃のベイ中尉はツンデレツンギレツンドラの融合キメラに加えてまったく素直じゃなかったのだから。
人って成長するもんだね。
『なんだよツンドラって……』
「ベイ?」
「あー、悪ぃ悪ぃ。あと二、三日でシュピーネが来る。会ったことは?」
「五年前に一度。あまり好きなタイプじゃない。それがどうした」
「あいつも嫌われてんな……金の工面やら裏工作やら、結構な働き者なんだが……この街の設立だって、シュピーネの奴がいなきゃ成立してねえんだぜ? そう邪険にするもんじゃねえよ」
「本題を」
取り付く島もない。
年頃の女の子とベイ中尉の相性は最悪だ!
「はあ……シュピーネに、あのガキについて調べてもらった。結果はシロ。五代前まで遡ってもアーリア人の血は混じってねえ。残念だが外れだな」
「……」
「がっかりしたか?」
「別に」
櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。
ベアトリスの抜け番、という肩書きの通り、彼女は見た目と精神年齢が一致している新参ちゃんだ。純然たる十七歳の女の子。クール女子に見せかけたポンコツ娘。ぶっちゃけベイ中尉と同格ヅラしてるのを見るとちょっと面白い。可愛いね。
「辛辣だな……」
「なんだ、私に好かれたい気でも? おぞましい」
「あ? あーいや、おまえに言ったわけじゃ……いや、別にいいか……」
「……? それにしても、らしくなく勤労じゃないか。彼に興味はなかったのでは?」
「……そう言いたいところではあるんだが、な」
そこでふと、ベイ中尉が自分の影──正確にはその奥にいる私の方へ視線を投げた。
笑顔でピースしておく。
「クッ……なんにせよ、メルクリウスを甘く見ねえ方がいい。まともに口を利けたのは首領とマキナと──奴の使い魔くらいか。使い魔の奴に至っちゃぁ、会うたびに殴りかかってたけどな。ま、アレは特例だ。存在からしておかしい」
ひどいよー! なんて言い草だよーう!
ていうか水銀クソ野郎を殴るのはノルマみたいなもんですよ。アレをやんなきゃ会った気がしないからネ。
「殴る? 副首領閣下を? ……聞いた話では、その使い魔は黒円卓の従僕なんだろう? そんなことをして、許されるのか」
「許されてたのさ。首領にも気に入られてたしな。初めは所詮、狗っコロだって全員が見下していたけどな──首領だけはその真価に気付いてたんだろうさ。実際、あんな面白い玩具は他にいねえよ。俺も気に入ってる」
デレ期だデレ期! 惚気だー! 照れるからやめてよー! すきー!!
「……なんか気持ち悪いぞ、ベイ。変なものでも食べてきたのか……? やはり日差しか……」
「言ってろ。ま、『黒円卓の従僕』だって言われる資格はあるわけさ。てめえには縁がないと思うがね」
「……そうだな。そんなものの手なんて、私は借りない」
会う前にフラれてしまった。
ベイ中尉はそれを嬉しそうに笑ってるし。もー。
「メルクリウスが選ぶなら俺らに関係ある奴だろうと思いたいが……あのガキが関係してくる可能性もゼロじゃあない。全宇宙を舐めくさってたような、いけすかねえ野郎だったからな。逆説、何を仕掛けていてもおかしくないってわけだ」
「……意外だな。自分たちだけは特別だと、そうは言わないのか」
「そうだな。昔の俺だったらこんな考えもしなかっただろうさ。だが世の中、なんでもある。それを一番体現してるのが俺らで、それを持ってくるのが奴なんだよ。証明はされている」
あ、私のことっすねー。
いやはや、歓迎パーティの時はお世話になりました。
「言いたいことは分かった。……だが、本当に首領……ハイドリヒ卿は戻ってくるのか? その保証がない限り、下手すれば私たちは……」
「狂い損、ってか。そこは安心しろよ。首領は必ず戻ってくる。そういう人だからな。レオン、四半世紀も生きてねえ人生観であの人を計ろうと思うなよ。あれは悪魔で、地獄はここだ。契約はベルリンで首領とメルクリウスが交わしてる──発言には気ィ遣えよ?」
「……そちらも自重はするように。今は慎重に動くべきだ。聖遺物の担い手なら、間違いなく近くにいる。マスター不在でゲームを始めても、仕方がない」
「分ぁってるよ」
そこで暗に、話は終わりだと告げるようにベイ中尉が樹から離れる。
引き留めるような声もなく、日差しが雲に隠れた一瞬で、私たちは学園から退散した。
※
さて、お待ちかねのデートだ!!
「デートだ……!」
「はしゃぎ過ぎんなよ」
いけない、興奮で残像を出しかけていた。ピタリと一旦止まり、大きく深呼吸をする。
よし、問題ない。着てきた黒いコートに、お洒落重視で12月の寒さなど無視したゴスロリチックな白いワンピースもばっちりだ。ご主人の右腕に掴まった状態で、路地裏から道へと出ていく。行き先はとりあえず、近場の公園だろうか?
「行きたい場所でもあんのか?」
「えっじゃあ遊園地」
「クソ遠いじゃねえか」
完全に逆方向である。晴天の下をこの人に歩かせるのは心苦しいが、ぶっ壊れる前に行ってみたいのだよ遊園地!
「はあ……まぁいいけどよ。犬の散歩も飼い主の務めだ」
「わんわん」
「あ゛ぁ゛―……」
そこでベイ中尉が片手で顔を覆った。どうしたというのか。かっこいいですね?
くふふふふ、昼間にこの人と歩けるとは、ここ半世紀の中でも珍しい機会だ。存分に謳歌するとしよう!
やがて遊園地へ辿り着く前に、でっかいタワーに出くわした。
諏訪原市は観光地なので、こういった名物もあるのだ。折角なので登ってみましょう、と提案すれば、なんかもう、色んなものを諦めたような表情で中尉は許可してくれた。
「……たかい」
展望台は地上180メートル。そりゃ分かってはいたが、なんだ、実際来ると高すぎる。
足がすくむ。自分が異能もない、ただの人間のような錯覚を覚えて、ちょっとぐらつく。
「今さら高所恐怖症だなんて言うつもりじゃねえだろうな?」
「いや……別に高いのはいいんですけどね……なんだろう、こう……」
高さへの恐怖、というより。
……まったくさっぱり要因は分からないが。
「……次、行くぞ」
立ちすくんでいると、腕を引っ張られた。
この人が強引なのは今に始まったことじゃないが、このタイミングで?
「デートっつってんのに死にそうな顔する奴があるかよ」
「……そんな顔してました?」
「主人の言を疑うんじゃねえよ、ったく」
そうだったらしい。別にそんなつもりはなかったのだが。
気を取り直して。
ついでにタワー内にあるレストランで腹ごしらえである。
「七千円の特大パフェ……こいつを待っていた……!」
さぁさぁ、Diesのデート名物といえばコレ! 30分以内に完食必須の、大食い御用達、馬鹿みたいな大きさのスウィーツだッ! やってやらぁーッ!!
「長い付き合いだ、てめえの阿呆さ加減にゃ今さら文句つける気はねえけどよぉ……こいつは嫌がらせか? 俺への遠まわしな当てつけか? おい、食い残したらそこの海に沈めるからな」
「ヤー、マイマスター」
短く告げてこの戦場に斬りかかっていく。
……なぜだろう。なぜか、ここでは負けてはいけないと本能が訴えている。いや、何に対抗しているのかも分からないが、これは、もはや聖戦の類だ。
レイシアという存在のプライドがかかっている。
殺し合いにも匹敵する緊張感の中、ひたすらに私はこの甘味の山を食べ続け──
「──ジャスト20分。完食にして完全勝利ィ──!!」
「マジか……」
食い切った。
なんかもう、ありとあらゆる法則、概念、加護全てを動員して、打ち勝った。
残り10分という余裕まで残した、パーフェクトゲームである。
「つくづくデタラメだな。その胃袋のどこに消しやがった……人間が食っていい量だったか、アレ?」
「人は本気になればなんでも出来る──人生の真理ですよ」
「いや、おまえに限っては絶対にその法則は破綻している」
頑として譲らぬベイ中尉。
まぁまぁ、食べ切ったので、これで何度目かの危機回避だ。命が懸かると、私はとことんまで全力を出せるらしい。
そして、遂に本命の遊園地までやってきた。
日暮れまであと一時間という頃合いだ。まだ人は多く出入りしており、私たちもそれに交じって入場していく。
……ちなみに、ここまでも軽く視線避けの魔術を行使している。ベイ中尉は常に殺気を撒き散らす危険人物だし、私も私で目を引くロリ美少女だ。監視カメラ越しとかでは効果なさそうだが、こうして外出する分には魔術で補助していく。まぁ、変な噂が立って主人公の立ち回りが変わってもいけないしね。
「コーヒーカップだ──! ああぁあああ──!! 速いッ、ベイ中尉これ回転がががぁッ──」
「……あれっ、ちょ、中尉? なんで私だけジェットコースターの列に並っ……ちょっと──!?」
「ああああああ!! ひぎゃああああああああ!! 中尉中尉中尉ちゅ、ああああああああ!!」
コーヒーカップ、ジェットコースター、お化け屋敷と梯子した後──私はベンチに座ったまま放心していた。
というかお化け屋敷をナメていた。なにあれ超こわい。作り物って分かってても恐怖を煽る技巧が詰まり過ぎだ。なんだあれ。
「……おまえよぉ」
隣に座るベイ中尉が、買ってきたドリンク片手に声をかけてくる。
なんかその目は、もう憐れな動物を見るやつそのものだ。
「──満喫しすぎじゃね?」
「あ、アトラクションってのはそういうもんです……」
そうかね、と空を仰ぐベイ中尉。
もう黄昏時だ。狩りの時間が近い。そろそろ切り上げ時だろうか。
「ま、見てるこっちは飽きなかったがな。しかしおまえ、作り物の幽霊屋敷にビビりすぎだろ。どういう感性なんだそこは。ハイドリヒ卿の膝に乗った時も、そこまで狼狽してなかったろ」
「あれは臨死体験の間違いっす……だってめっちゃ怖かったじゃないですか、さっきのアレ。ベイ中尉は動じなさすぎでしょう」
「当然だろ。戦場でいくつも本物見てんだぞこっちは。魂食らって、燃料に使ってさえいる。あんな低俗な
そりゃそうですよねー。
というか、この人が普通に遊園地に来ているだけでも充分な非常識が働いているし。
「楽しめたか?」
ベンチから立ち上がり、夕陽をバックにベイ中尉が見下ろしてくる。
その問いの答えは、言うまでもない。
「はい! ありがとうございましたー!」
「そうかよ。さっさと帰るぞー」
帰るまでがデートである。行きの時と同じく、その片腕にしがみつく。
夜が訪れるまでの僅かな時間、最後までこの時間を謳歌することに努めよう。