幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「近々、私の使い魔を召集しようと思う。皆、そろそろ掃きだめの神秘では歯ごたえがないだろう。アレは大した者ではないが、手品の数だけは一線を画している。各々、好きに遊んでみるといい」
──聖槍十三騎士団黒円卓第十三位、カール・クラフトが告げたその言葉に、面々はそろって怪訝な顔になっていた。
副首領の得体の知れなさは今に始まったことではないが、使い魔だと?
いや、魔術師ならば使い魔の一匹いても不思議ではないかもしれない。だがことカール・クラフトという男に限って、そんな己の手足となる直々の端末がいるなどと、思いも寄らなかったのだ。
「どう思う、アレ?」
召集会議の帰り道、城の廊下でルサルカがそう言った。
「どうも何も、副首領閣下の思いつきは今更でしょう。我々は神秘に踏み入れた存在と戦うことで、己が力に理解と進化を促すことができる。魔術師狩りと大差はない、あの方なりの催しのつもりでは?」
そう返した男はヴァレリアン・トリファ。冴えない容貌の凡庸じみた司祭だが、その身に持つ
そんな彼をもってしても、副首領──カール・クラフトは、人智を外れた存在としてしか認識できていない。
「奴の思惑など知ったことではないが、面白そうではある。退屈な余興で終わることはなかろう。うっかり我々が壊してしまったとしても、それはそれだけの
そう端的に言い捨てたのは長い赤毛を
エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ。彼女の結論は、この場にいる黒円卓メンバーの大半が同意するものだった。
「どんな子だろーね。女の子かな、男の子かなー」
楽し気に歌うのは眼帯を付けた白い頭の少年。
ウォルフガング・シュライバー。可愛い子犬じみた笑顔を浮かべているが、その身の内に渦巻く狂気は、全員が感知するところにあった。今も何を考えているのか分かったものではない。
「人型って保証はねぇだろ。アレの使い魔だぞ? 鳥とか虫とか、そういうんじゃねぇのかよ」
ぶっきらぼうながらも使い魔の予想を立てたのはヴィルヘルム・エーレンブルグ。
何が来るかは知らないが、向かってくる以上は愉しめるかどうかだ。あのメルクリウスが勧める獲物に、多少なりとも期待する節はある。
「……まったく想像つきませんね。まぁ、今からその使い魔には同情しますけど……」
黒円卓の戦闘要員を一人で相手にする。
あのハイドリヒ卿までもが参加する以上、どうせまともな死に方はすまい。それを、金髪ポニーテールの戦乙女、ベアトリス・キルヒアイゼンは憐れんだ。
「けど、私は参加できるか分からないわね。今はイザークのことがあるから……」
呟いたのはリザ・ブレンナー。
彼女は去年の夏、黒円卓でも特に重要な位置にある子を産んでいる。常人の五倍の速度で成長しているという幼子の世話を、此度の召集時なら例外としても、一時の余興で離れるわけにもいくまい。
トリファが肩をすくめる。
「私も戦闘面ではお役に立てませんからね。副首領閣下の使い魔……興味はありますが、席を外しましょう。一体どんなものが来るか、分かったものではない」
「賢明ね。まぁ、私たちはそういうわけだから、後は皆で楽しんでちょうだい。生きて帰れることを祈っているわ」
「は、誰に物を言っている」
リザの戯言をエレオノーレが嗤う形で、その場で話は終わった。
黒円卓の席はまだ二つ空いており、更にリザが離れるとなると、彼女が操る
よって、水銀の使い魔を迎える参加者は6名。
いずれも血風雷火の戦場を乗り越えた、魔人たちである。
※
──意味が分からない。おかしい。何があった?
うつ伏せに倒れ込んだまま、ヴィルヘルム・エーレンブルグの頭の中では疑問が反響していた。
倒れている。自分が倒れている。
滅多にないどころか、ここ数年ではありえざる状況だったが──それに腹を立てる以前に、メルクリウスが連れて来た「使い魔」とやらが、完全に想像の埒外だった。
むくりと肘を立てて起き上がると、そこは夜だった。
己の
この時点でおかしい。自分たちは城の中にいたはずだ。
白い月が浮かぶ、どこかの草原。正確な場所など察する余地もないが、とにかくここは草原──白花が咲き誇る、幻想世界だった。
「……なんだここは……」
立ち上がって振り返る。と、目を剥いた。
そびえたつ壮麗な巨城。ヴェヴェルスブルグ城とはまた異なる、およそ現実には存在しえないだろう建築物が、そこに当然のように存在する。
その前に、人が、立っていた。
少女だ。黒円卓の制服を着た、幼い面影を残す少女。白い長髪が風に流れている。その目の色は……青にも緑にも、赤にも見えた。正確な色は分からない。ただ、異常の塊であることは明白だった。
「“
アナウンスのように、可憐な声がそう紡いだ。
まるで遠い世界から呼びかけられたかのような錯覚。人から発せられたような音声には思えなかった。異国の言葉を告げられたような感覚に近いか。
「──卿が、我が友の使い魔か?」
絶対者の声に、そこでヴィルヘルムは気付いた。この場には自分以外のメンバー、今日集まった黒円卓の従者たちもいる。──全員、まさかあの子供の創造に呑み込まれたというのか。
「
養父。養父だと? つまりあのメルクリウスの義理の娘だというのか。
場に静かな衝撃が走る中、しかし黄金の君はなるほど、と声を零すのみ。
「カールの話に聞いたことはある。私のことも彼から聞いたのかね?」
「
「……ほう」
異様な問答。
少女はメルクリウスから何も聞いていなかったと言いながら、「知っていた」と言ってハイドリヒ卿の名を言い当てた。
──得体のしれない、おぞましさが背筋に這う。
アレは、間違いなくあの水銀に連なる異常存在だ。
「では卿も、
「14の頃に外れたようです。もはやそちらの感覚は分かりませんが、そのような
「──それはまた。カールめ、虎の子といえど限度があろうに。そんなことを言われたら、
「左様ですか。しかし今は、多少なりともマシなのでは?」
「確かに。不思議なものだな、おそらく今の感覚こそが本来あるべきものなのだろう。未知、か。久しく忘れていたよ。ああ──これならば、卿との余興も愉しめそうだ」
二人は二人にしか通じない会話を交わしている。
だが黄金の王は上機嫌だ。会って間もない小娘一人に、あのカール・クラフトと同じような視線を向け始めている。──それが、黒円卓の従僕たちは気にくわない。
「嫉妬されてますよ獣殿。
無表情に徹していた少女の目に呆れが滲む。まるで玩具を取られた子供のような不機嫌顔。過大評価してくれるな、と降参する雰囲気すら出てきていた。それに王は微苦笑する。
「父親に似て謙虚な娘だ。では我が爪牙たちも、卿と競い合いたくて堪らないらしい。盛り上げてくれるかな、奇術師殿?」
「この身の全力を賭して。微力ながらも、我が幻想の数には果てがないと自負しています。気に入ってくだされば、それに勝る喜びはありません」
戦意の気配に、エインフェリアたちの気合が高まっていく。
まずはどう殺すか、とヴィルヘルムの思考もそうなろうとした時、
「じゃ、
パチン、と少女が指を鳴らした瞬間。
ゴッッ……!! と西の方から強大な気配が満ち溢れた。反射的に全員が振り向くと、そこには──
数十メートルを超えた巨大な、
銀色に光る蜘蛛のようなもの、が、
『……は?』
一瞬で理解を超越した。
なにあれ。
なにこれ。
等と思っている間にも、不気味としか言いようのない存在は光り始め、稼働を開始している。魔物? 幻覚? 否、否、否。異質かつ重厚すぎる存在感は、絶望という文字すら許さぬ、埒外にして未曽有の恐怖を体現している。
「ほう……!」
愉し気に口元を吊り上げるは黄金の君ただ一人。それ以外の者らは、例外なく唖然とした表情をさらしていた。
「いやー、やってみたかったんですよね。黒円卓 VS ORT。まぁ若干メンバーは足りませんが、皆さんほら、生きた英霊みたいな人たちですし。大丈夫大丈夫、私も応戦しますから。あ、ちなみにアレ、取り込まれたら一定時間、動けなくなる仕様なんでそこは気を付けて。じゃ、やっていきまっしょう!!」
一人ノリノリな少女は知らない。
黒円卓はこの時、しっかりと理解した。
こいつは間違いなくカール・クラフトの義娘だと。
そして紛れもなく──誰よりも幻想に殉ずるイカレ野郎であると。
「ちょっと待て!! てめえが相手すんじゃねぇのかよ!?」
「え、なに言ってんですか怖い……まさか幼女一人を集団リンチする予定だったんですか。というか私の素の戦闘能力なんて皆さんに比べればゴミですよ? 瞬殺じゃないですか。だったら協力して脅威に立ち向かいましょーよ。いつか役に立つ日が来るかもしれないし」
そうこうしている内にも多足の化物がこちらに迫ってくる。
聖槍十三騎士団、空想の星喰らいとの大決戦がここに開幕した。
獣殿>楽しかった
原作の空想具現じゃORT作るのは絶対ムリに決まってるけど、本作ではある事情でとても使い勝手のよい異能になっている模様。主人公の詳しい能力説明は次回にて。