幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
地を、這いずる影があった。
それは立つこともままならず、瀕死の重体でその身を引きずる他にない敗北者。
「ぎッ……ぐゥゥ……クソ、クソクソクソクソクソォオオ……!」
黒円卓第十位──ロート・シュピーネ。
夜の公園の地べたを死に体でまだ足掻く。つい先ほど、彼はツァラトゥストラ……藤井蓮の会得した「形成」の前に敗れ去った。未だ命がこうして在るのは、一重に相手が殺し合い慣れしていなかった故だ。敵の死体を確認せずに立ち去った事。その未熟さに縋って延命した、短い命。
「──おのれ。おのれ、おのれ……!!」
口から零れるは呪詛と怨嗟のみ。
必ずこのツケは返す、傷が癒えたならば、次は必ず、必ずあの小僧を────
「こんちゃーっす。これまた独特な歩行法ですねえ、流石はシュピーネさんだ」
「ッ……!?」
窮地に現る、白き女神。
ああそうだ、忘れていた。そうだ、自分たちには彼女がいたではないか。黒円卓の従僕。絶対の僕にして味方。副首領の使い魔という得体の知れぬ肩書き持ちだが、今は藁にも縋る気持ちだ。
命令を下せば、彼女は自分に従う。
コレはそういうモノであり、そういう存在だ。こういう時にこそ有効活用すべきだろう。
そして今度こそ、
「レ、ィ──シア。良い所に、ひひ、ははははッ、やはり、やはり私はまだこんな所では……! はやく、早くこの傷を治しなさい、命令です、従え、私ニィッ……従えぇえぇええ!!」
「──いや、お断りですが。私がここに来たのは一重に、元主様という義理から最期を看取りにきただけというかぁ……」
「な────に?」
一転、救いに見えた少女から全ての色が失せる。
ならば……ならば彼女は何だ? 何をしに来た? 看取る? 看取ると言ったか、今。
「ま、それすら建前ですけどね。ですが最後に、本心から感謝の言葉をば。これまでお話して頂き、ありがとうございました! そしてさようなら──アウフ・ヴィーダーゼン☆」
刹那──
「出典:
シュピーネのいる地表から、無数の槍が飛び出した。
人一人に科すには重すぎる
「ギ、ァアアアア────アアアアアアアアッッ!?!?」
木霊する蜘蛛の絶叫。
敗残兵に対する凄絶な追い打ちは、しかし慈悲にすら思わせるその一撃を以って完結した。
──第二のスワスチカが開かれる。
どれほど外道に堕ち、救いようのない敗残者といえど黒円卓の末席。
死と同時にその身に溜め込んだ魂は解放され、確かに黄金の獣の帰還を進める一手となった。
※
月に代わって粛清よ!
な、幼女戦士レイシアちゃんでお送りしました。
トリファ神父はどうしたかって? なんか私の忠言()が効きすぎて出遅れたみたいっすね。裏切り者、不忠者には罰を! そんなわけでシュピーネの遺体が消え去ると同時、魔法陣が展開してスワスチカが開放されました。でかい花火やー。
そういや“怒られ”くるかな。
シュピーネとかいう愚者──ハイドリヒ卿への忠誠と名誉を汚した者を、黒円卓に連ねていた罪をこの後、皆で背負わされるイベントがあるのだ。めっちゃ痛いらしいね。でも私、
こ……これはどっちだ!? 従僕的に罰則あるんスかね、デスカウント一回ぐらいくるかな?
「……、…………、…………どっち?」
ドシューンッ、ってまだスワスチカ開放の強風が発生しているが、未だに何も起きない。
判定中なんだろうか。
どうなんだろ?
「……ふーむ?」
目を閉じて両腕を組み、待つ。
痛みは来ない。
罰は訪れない。
──その時。
『主の家を穢した罪あれど、従僕は揺るがぬ忠を示した。罰を下すことは即ち、彼女の忠義を冒涜すると同義なり。よって
……なんて。
例外がすぎる天の声は……果たして幻聴であったと願いたい…………
※
つまり、なんだ。
本来、従僕である私が黒円卓の一人を排除することは重罪かつ極刑なのだが。
しかしそれなら私は即死するはずだが生きているので、それは不忠者を始末したという功績と化して不問となり。
故にここで他のメンバーに罰を負わせるとなると、従僕の鑑である私の忠誠に失礼だよね、ってなって許された────みたいな?
そんな感じっぽい。
でも首領代行権はいらなかった。
これは本当にいらなかったぜ!!!!!!
「やばい……どうしよう……今なら黒円卓全員ミニスカサンタ化なんて命令も通るのかよ……」
「ハイドリヒ卿ォ──!!」
「なんでこんなアホの子に命令権をァ──!!」
そして教会地下では主にベイ中尉とルサルカが発狂していた。それを私は第十三の席──つまりは水銀野郎の席に足組みして座りながら眺めていた。
あのクリストフ神父でさえ、眼鏡越しに冷や汗をかきまくっている。
「……で。ど、ど、どうするのですレイシア……いや、首領代行。まさか今の、本気で言ってませんよね? ね?」
「ここでクリスマスの夜、一人鍋を強制させるなんて事も……?」
「じ、地獄のような発想を……!」
「そんなフローエ・ヴァイナハテン嫌よ!?」
皆さん、未曽有の恐怖に叩き込まれている。
傍から見れば、ある意味、一番おっかねえ奴に命令権が渡ってしまったわけだ。付き合いが半世紀にも及んでいるベイ中尉がダントツで顔を青くしているし今にも吐きそうな顔をしている。
「安心しろおまえら……こいつがトチ狂った命令を下した瞬間、俺がなんとしてでも抑えてみせる……命を賭けて……相打ちだろうと……ッ!!」
「やめてベイ。あんたがガチめな覚悟決める度に恐怖上がるからッ! どんだけえげつないのを想定してるのよ、やめてってば!!」
「信用ナイナー」
「少しは普段の行いを省みろってんだァ!!」
うーん、ツッコミがキレキレ。ていうかハイドリヒ卿から罰が下った場合以上の恐怖と戦慄を浮かべてるのは何なの? そんなに人の心がない幼女に見えてるんだろーか。
「レイシア、レイシア! 犠牲にするならベイだけにしてッ! お願いだから! ほら、あんたたち仲良いじゃないの、普段は命令できないアレやコレをベイにするチャンスよ!!」
「いやぁ、ベイ中尉は全力でおねだりすれば何でも言う事聞いてくれそうだし……」
「殺すぞォオ!!」
「あかん、ロリコンじゃ話にならないわ……」
叫び散らしてるけどベイ中尉、顔が赤いですよ。そんな中尉の様子に、ルサルカは絶望と共に天を仰いでいる。
黒円卓はいつにも増して戦々恐々。
グラズヘイムでハイドリヒ卿が爆笑している気配を感じる。
「どうしよっかな~」
チラ、と螢に視線を向ける。ビクッとされる。
リザさんを見てみる。苦笑を浮かべられている。
トリファ神父を見る。笑顔で顔が固まっている。
ルサルカに視線を投げる。ヒィッ、と震えられる。
ベイ中尉に目を向ける。無言の重圧と共に睨み返された。
──エレオノーレ姐さんの席を見る。若干ながら動揺の気配。
──マキナさんの席を見る。特になし。不動なり。
──シュライバーの席を見る。お、やる? みたいな殺気を感じたので無視する。
トバルカインとゾーネンキントは、まぁこの場にいないし命令しても仕方ないので除外して。
最後に後ろ、十三の席を見る。水銀野郎の気配はない。
……なんとなく、見つめていると、背もたれに冷や汗が出てくるような気が……しなくもない。
「────よし。決めた」
『ッ!』
決断の一声に、場の緊張が高まる。
一体どういうベクトルの命令が下されるのか。
ベイ中尉は座ったまま臨戦態勢に、ルサルカは逃げ出す準備を。他の面々は、もう結果を結果として受け止める覚悟の面持ちでいた。
しかし安心めされよ。
私が尽くすのはあくまで黒円卓なれば。
「
命じたのは下らないこと。
みんなでお花見。
さっぱり意味不明な単語の羅列に、はぁ? という声すら上がらなかった。
「では、これにて首領代行のお仕事は終了ということで。トリファ神父、後はよろしくでーす」
「え。あ、はぁ……」
そこで席を立って、私は黒円卓の空間を後にする。
任務完了。一仕事を終えたような達成感である。
当然のようにベイ中尉用の扉から外へ出ると、背後にご主人の気配。見上げてみると、むんずと後ろ首を掴み上げられる。
「……どういうつもりだ?」
「未来の展望」
「?」
「ジークハイルってことですよ。勝利を祝う席ってのは、大事なことでしょう?」
打ち上げ希望、というやつだ。
これくらいのワガママ、水銀も黄金も通してくれるだろう。理にかなっているし。
「……まぁ、言われてみれば……?」
「でしょう。
「確かにな」
お世辞にも仲が良いとは言えない職場である。
ベイ中尉はまぁ、比較的、螢以外とは仲良くやってる方だけども。
「だからってなんで花見なんだよ」
「んー、なんとなく?」
Dies知識──第四神座に関する知識しか私はないんで、ほんと、他意はない。
純前たる思いつきだ。祝いの席といったら花見であろう。
「……つくづく直感と向こう見ずだけで生きてる奴だな」
「いやぁ、中尉ほどじゃ……あががががっ、首絞めないでー。でーっ!」
所詮ガヤにできることなど、これくらい。
ここからはもう──戦況は進んでいくばかりだった。
トリファ神父
幼女がシュピーネを始末したと聞いて一番動揺した。
前回のこともあって幼女への恐怖度が増している。
ルサルカ
幼女の動向については、「自分より腹黒ではないのか?」と訝しんでいる。
早めに一応の不可侵条約を結んでおこうかと見当中。
リザ
幼女の玲愛への対応を知っていたので、ややドン引き止まり。
正直、関わりたくない。
螢
シュピーネへの好感度がゼロマイナスなのでクールに結果を受け止めている。
想定する幼女の強さはシュピーネより少し上くらいなのかしら、と思っている。可愛いね。
ヴィルヘルム
勤労な奴だなと思っている。つーか俺を誘えよ、と後で面倒くさい拗ね方をする。
ちなみに本気でおねだりされたら正直どうなるか自信がない。そんな野暮な真似をする奴ではないとも解ってはいるが。
この中でまともに幼女の強さ(本気)を知ってる人:ヴィルヘルム、ルサルカのみ
リザさんは戦闘力を垣間見ているので、三騎士と同等に渡り合えるのでは、と推測している。
トリファ神父は水銀の使い魔、という肩書きだけで、幼女が測定不能の怪物だと見抜いている。