幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
ローゼンヴぁんぷ!
そんなBGMが脳内に流れてくるお時間です。蓮と螢が大橋方面へと戦場を移していったのに対し、ここ諏訪原タワー広場では後輩一号こと司狼と、ご主人ことベイ中尉がぶつかり合っていた。
杭と銃弾が凄い飛び交ってる。
右腕から棘を生やしたカッコいいベイ中尉の姿はまさに鬼の騎士。その動きはもはや暴風と化してガンガン攻めているが、それでもなお司狼は避ける。回避する。迎撃する。射撃する。煽る。あっ、こっちに銃弾飛んできた。撃ち落とす。
「つーかよォ先輩、あんた装填する隙が見えねえんだけどォ!!」
「そりゃそうだ。だってこれ
「ロリってのはチートもアリなのかァァ──!?」
「おいコラ人の女に手え出してんじゃねえクソガキッ!!」
キレてるベイ中尉がなんだかんだで一番カッコいい気がする。嘘です。本当は寝起きが一番好き。なぜなら隙だらけだから。でも嫉妬してくれてる今が史上最高に輝いて──ちょっと杭が飛んできたァ!? よける!
「ちょっと何ですかー! ツンデレ中尉──!」
「うるせェ煩悩ロリ!! 戦場で頭に花咲かせてんじゃねえぞオ!!」
「思考同期系の使い魔っぷりかよ……面倒だな」
あーほら、変な意地張るせいで情報抜かれたし。
司狼クンは頭イイ部類である。観察眼と思考の速さは並じゃない。今回はともかく、次の戦いで何を仕込んでくるか分からん、トライアンドエラーを積み重ねる人間の鑑である。
「っつーかオタクら何、付き合ってんの!?」
「はんりょ!」
「ツガイ」
「クッソ隙なし相思相愛かッ! マジモンのバカップルじゃねえか!!」
信頼関係の隙さえ失せて嘆く遊佐司狼。
すみませんね、ルートお互いに攻略しちゃいましたからね。もうエンディング後の主人公とヒロインみたいなアレです。
「チッ──中々当たんねえなァ、おい」
不可思議な光景に眉をひそめるベイ中尉。
それもそのはず、“形成”による杭──機銃の爆撃を浴びせているのにも等しい闘いの中で、司狼はその悉くを、すり抜けるようにして回避しているのだ。
奇妙、奇異。
常識を廃した埒外の異常性。
理解不能にして絶対無敵──そういう
「おう、もっと気合い入れてくれよ中尉殿。デジャヴるんだよ。どういうワケかね、どんな選択肢を選んでも、中々死なねえんだわ」
水銀病の罹患者である。
やっぱりあの水銀が全部悪い。
「ほおん……ってことは、てめえの天敵は俺の嫁か」
おれのよめ。
オレノヨメ……
俺のよめ…………
「我が生涯はここに完結した…………」
「おたくの嫁さん、なんか天に昇りそうだけど」
「気にすんな、いつものことだ」
「えぇー……あれで初心なの……? そりゃ
なんかちょっと同情気味な不良後輩にイラッときたので意識を取り戻す。
割と本気の射撃術を食らえ。
「ッ、うおおっ!?」
こちらからの不意の攻撃に司狼は全力回避。自らの計算能力を総動員して最善の回避ルートを算出したのか、見事に避け切ってみせた上、最後の銃弾は撃ち落としてみせた。すごい。
「は、ははははっ──マジだわ。確かにこりゃ天敵だ。デジャヴらねえ──いや、すっげぇ薄い。なにもんなんだよ、先輩。ロリで従僕で使い魔で人間の極致って、そりゃ属性盛り過ぎじゃねえの」
「知らん。こちとら全力で生きてきただけでーすー」
「全力──ね。あーァ、ますます天敵属性盛りやがって。なんでそいつらなんかの従僕なんかやってんだ、あんたほどの人が」
「楽しいからです」
「そこはせめて忠誠と言っとけよ……」
呆れ返るベイ中尉。そのツッコミついでに杭を司狼に叩き込むが、やはり掠りもしなかった。
しかし渋い顔をしているのは司狼も同じ。
「あんたもあんたでやりづれえよ中尉殿。隙が無さすぎだ。女の前だからか? カッコつけに全力だなぁおい……!!」
「ほざけや。当然だろ」
ああっ! なんか男同士でしか分からないカッコイイ会話をしている気配!
なんか憧れあるんだよな、そういうの。いいなー!
「だがまぁ──こいつで終わりだッ!!」
茨の弾雨をよけた瞬間──つまりは杭の次の掃射までの一瞬の隙を突いた刹那、司狼が数本の魔法瓶を叩きつけた。
私はそれに対する迎撃の引き金を引け────ない。あれはマズイ。手の出しようがない。
それを計っていたのか、司狼自身の銃弾がそれらを打ち砕く。
直後に爆ぜる、マイナス196度の極低温物質。又の名を液体窒素。白煙と共に、瞬く間にベイ中尉が見るも鮮やかなイケメンの氷像へと様変わり、その隙に司狼は戦場外に停めていたバイクまで一気に引き下がると、それに乗って──
「ぶっ壊れろォッ!!」
容赦なく轢き殺し。
というか激突。氷像に一撃カマすと、──おや、なんかこっちに来るんですが──!?
「ロリ確保」
「えっ」
防御体勢を取ろうとした瞬間、左の二の腕を掴まれた。
あっ、こいつ、さては初めからコレが狙いかー!?
などと奇天烈なその発想に度肝を抜かれている間にも、爆音吹かしてバイクが疾走を開始する。
半ば引きずられかける形で、私はそのまま戦場から拉致────
「「──ッッ!?」」
──され、ようとした時だった。
「あ、ヤベェ」
「にゃッ!?」
大気を軋ませる殺気に、即断した司狼が戦利品──というか私を放り捨てる。
なるべく後ろへ。なるべく遠くに。
ぞんざい過ぎる扱いには異を唱えたいところだったが、彼の生存本能としては正しい判断だったといえよう。なぜならその時、
「──レェェエイシァアアァッッッ!!!!」
鬼の怒号と共に。
逃げ去るバイクを追うように、大地から赤血の茨道──杭の絨毯が広がった。
あと一秒でも私を捨て去る選択が遅れていたら、司狼は愛車ともどもこの絨毯の餌食になっていただろう。寸でのところでそれは回避され、不良後輩の後ろ姿はバイクと共に、あっという間に地平線の彼方へ消えていく。
道路の半ばでポイ捨てされた私は、追ってきた茨の蔓に捕まえられて完全拘束。チクチクするんですがー。
で、そのまま身動き取れずにいると、未だ半身が凍りついた状態の夜の怪物が、そんな身体を無理矢理に引きずりながら回収しにやってきた。
「あ、ぁー……ヴィルヘルムー……?」
逆光で顔が見えない。
物凄いプレッシャーと殺気の塊。
さっき名前を怒鳴られたこともあって、凄い緊張を感じる。司狼からすれば、それこそ息をしただけで八つ裂きにされそうだと感じることだろう。
しかし──まぁ、今のこの人は結局のところ、
「攫われかけてんじゃねえ……ぶっ殺すぞ…………」
相手をですね分かります。
という軽口も今は叩けない。膝をつき、こちらを絞め殺さんばかりの腕力で抱きしめられては、継げる二の句もない。安堵に満ちた声色もストライクである。なのでここは素直にならざるを得まい。
「……油断しました、ごめんなさい。助けてくれてありがとうです、えへへ」
「笑ってんじゃねえ……笑い事じゃねえんだよこっちは…………」
はああぁぁぁ、と深すぎる溜息を吐くヴィルヘルム。
謝罪と感謝を込めて口付けを献上すると、ようやく私が手元にいることに実感が帯びてきたのか、殺気も落ち着いていく。
……ところで嫁的には、お召し物の状態が気になってしまっているんですけど。制服の外套が、というか左半身が剥き出しになってるんですけどこの人。あとここ、道路!
「クソどうでもいい事を気にしてんじゃねえ、馬鹿が」
再び呆れの息を吐くと、横抱きされて歩き出す。
これ、今日はもう離してくれないやつだなー、と思った時。
「あ、中尉。血が」
「──、」
彼の白い脇腹から、手から血が流れ出していた。
先ほどの戦闘による傷……ではない。聖痕。スティグマ。これが反応しているということは、ある一つの事実を示している。
「……ハイドリヒ卿?」
「だな。クリストフの野郎、えげつない真似しやがる」
強大な気配の起点は大橋から。
※
──大きく分けて四パターンある原点のルートにおいて、その違いは更に二分される。
綾瀬香純、櫻井螢が大きくメインに絡んでくるルート。
マルグリット、氷室玲愛が中心となって進んでいくルート。
何がどう違うのかといえば、水銀の脚本が上手く進んでいるかいないかが関係していて、もう一つの大きな違いは、
閉じた己の世界という殻に篭り続ける求道の神。
それがこの夜、大橋で、降臨したハイドリヒ卿によって壊されるか否か。
殻を壊されたマルグリットは、生じた穴を通じて蓮の感情を知り、成長を遂げていく。その果てに至るのが、覇道化だ。
世界を掌握する資格。
世界を塗り替える存在。
それが求道と対極にある覇道神であり、水銀の目的とは、マルグリットをそうすることに他ならない。
だから今夜の展開次第では、私も今後の身の振り方を考えることに、なる、の、だが────
「──……、……?」
ヴィルヘルムに抱えられたまま、ふと自分の手を見やる。
冷え切っていく体温。やけに大きく聞こえる、己の鼓動。
ハイドリヒ卿が降臨する強大な気配よりも、内側から聞こえてくるこの異変に、私の意識は引っ張られる。
──血、血、血、血が欲しい
「……ッ」
それはいつか、自分の魂の暗部で聞いたものと同一で──
──殺せ
──消えてしまえ
──血を注ごう、ギロチンに
どうして今のタイミングでそれが聞こえてくるのか、分からない。
だが聞こえるのはそんな大観衆の歌声だけじゃない。感じるものはもう一つ。
──レン
──わたしの
──どうか一緒に戦わせて──わたしはあなたの──
自分のものではない
自分のものではない愛おしさ。総ての人の想いを、愛おしむ慈愛の情。
イミがワカラナイ。
ナンダコレハ。
不快不愉快、極まりない。
これは私じゃない。私の感情じゃない一切断じて絶対に違う──!
「……ッ、ぅ、」
気持ち悪い。
なにもかもが気持ち悪い。
女神由来らしき愛情も、それを憎んで嫌う感情も、私のものではない。
二つの他人の想いが自分の奥底で渦巻いている。感覚をカットしようにも、意識すればするほど強く絡みついてくる。
これはマズイ。このままでは絶対にマズイ。
レイシアがレイシアでなくなる。
私は私を見失って、廃人になりかねない。
「……──ヴィル。ヴィルヘルム」
「ん?」
橋の方角に意識を向いていたヴィルヘルムは、呼びかけるとすぐにこっちを見てくれる。……今はその深紅の眼が、心底から頼もしい。彼に見られている間、私は私を保っていられるようだ。
──ああ、ならば取るべき行動は一つきり。
知らず、口が歪む。弁論の余地もなく、今の私はこの恋人を餌のように認識していた。
「……血が欲しい」
欲望が口をついて出ると、白い伴侶は仕方なさそうに息を吐く。
タワーに背を向け、足は場所を変えるために歩き出していく。
そんな、この身を抱える感覚に全てを委ねながら、私は予感する。
己が原点を探る旅路、
その真相を知る刻が近いことを、予感する。
そして第一歩となる事象は──今、この夜に果たされたのだ。