幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「……」
「……」
残されるは微妙な気まずさを持つ我ら女子二人。
任せて、と言いつつも、マリィはチラチラとこっちの様子を伺っている。まるで友達になりたい子に、どう話しかけようか迷っている子羊である。
「……なにかね。ちなみに私は、藤井後輩からの質問に答えろ、と言われただけであって、君からの質問は受け付けないぞー」
「えっ。じゃあ、じゃあえっと……!」
両拳を作って、あわあわする金髪美少女。
会話慣れしてナイナー。感情機構を搭載したばっかだからか、年下の幼女を相手にしている気分である。
こいつはちょっと話題にも困ったな、というところで。
「……おっと。流石に気付かれたか……?」
私の携帯が振動した。
パカッとガラケーを開けると、相手はベイ中尉。無視など恐ろしいので、一瞬マリィに静かにしてね、と人差し指を立ててから通話を繋ぐ。
『遅ぇ』
「開口一番になんですか。こっちも色々あるんですよ」
『どこで油売ってやがる……』
「急務が入ったんですよ。軽いお使い中です。あと二、三時間以内には戻りますから」
『……クリストフか』
「間接的には、まあ、そうなるんですかねえ」
チッ、と舌打ちが聞こえる。
首領代行からの命令、とは言っていないのだが。この辺の詮索の甘さはまだ直ってないなー、と思う。
『……さっさと帰ってこい』
「
『ああん?』
「Ich
『な゛』
ブツリと通話をそこで断ち切る。ケッケッケ、通話テロとはこうやる。
……言ってから気付いたが。戻ったらまた、もみくちゃにされそうだなぁー。
「……大事なひと?」
携帯を仕舞うと、なんだか慈愛の笑みを浮かべたマリィがこっちを見ていた。
……なんか、君にその眼差しを向けられるとムズ痒いんですが。
「そうね。私の
「レイシア、嬉しそうだったよ。ふふ、なんでだろう、わたしも嬉しいな」
そりゃ君がそういう気質だからだろうよ。
やがて総てを包み込む女神の愛。永劫回帰から脱却したい水銀が渇望する新時代。
……ああ、でもそれは。
──私にとって、今の
「仲睦まじいわね。同性異性、関係なくロリコンにする病原菌かなにかなの?」
「お、レオンハルトさん。お仕事おつかれでーす」
タワーから出てきた螢に片手を挙げると、呆れたような息を吐かれる。
「まったく……なにをやってるのかしら私は。時間を無駄にしたわ」
「そうなんです? ガールズトーク、盛り上がりませんでした?」
「……先に、あなたから答えを聞いてしまっていたから。でも、あまり衝撃がなかったのは覚悟していたお陰かな。おかしいわね。私、本当に全然、なんにも気付いていなかった……」
自嘲するように螢は笑う。
彼女が言っているのは、実の兄とベアトリスについてだろう。玲愛もそれについて真相を知る身だ、話題になったに違いない。最終的に相打ちしてしまった彼らの関係性。──愛し合っていたのだろう、という推測に、妹である櫻井螢は、今の今まで思い至っていなかったのだ。
「……、」
そんな彼女を見て、マリィは悲し気な表情をしている。
感情豊かで結構結構。忙しそうで何よりだ。
「──ふむ。頭の馬鹿さ加減を嘆いているのなら、それはもう筋金入りなものっぽいし、嘆くだけ無駄なのでは?」
「な。ちょっ、馬鹿ってなによ、馬鹿って!?」
「いや、事実ですが。嘲りも侮蔑もなく、ただ単純に……事実ですが……?」
「その曇りなき眼をやめなさいッ!? あなた、従僕名乗るクセして図々しいわよ!?」
「それは昔からよく言われますなあ」
幼女誇らしげ。
ああ! なにせだって、あのラインハルト・ハイドリヒの膝に座ったことがある幼女だからなぁ!
もう二度とやりたくない勘弁してほしい。
「まあ、愚かさも貫けば不屈となりましょうや。支えが崩れた時はポッキリいきそうな危うさですが、それもまた美点。残念美少女の地位は不動のものでしょう」
「くっ……なんかよく分からないけど、馬鹿にされている事だけは分かるわ……! もういい、あなたと話しているともっと馬鹿になりそうだから、もう行くわ」
皮肉ぶった捨て台詞を吐いて、螢はどこかに行ってしまった。
さよーならー、とハンカチを振っておく。なんてからかい甲斐のある若者だろうか……
「優しいんだね」
「はぁーん?」
そして横からの特に嬉しくない賞賛の声。
マリィはまた、さっきと同じように母性的な慈愛の笑みでこっちを見ている。痒い痒い、なんか痒くなってくる。やめろォ、その笑みを!
「……てやっ」
「きゃぅッ!?」
ムカついたので腹いせに再びおっぱいを掴んでやる。
くそ、でかいな……永遠ロリでは一生勝ち目のない豊満さだ。羨ましくなど……ない! ないのだからな!!
「わっ、わー! わあわあ、レ、レンー!」
反抗したいができない、という慌てっぷり。
今は藤井蓮が手綱を握っているが、このマルグリット、元は「触れた相手の首をチョンパする呪い」の持ち主である。おっかねえ。だが私が触れても問題ないことに気付いてないのか、ひたすらアワアワするだけと化している。
つまり胸揉み放題。
傍から見れば幼女が年上のお姉ちゃんにちょっかいかけてる画なので、微笑ましい事この上ない。
が。
「飽きた」
ぱっ、といきなり巨乳を解放する。
なんか若干ショックを受けた顔になったマリィは、「うううう」と涙目。これが理不尽というやつだ。学びたまえ。
「あなた、酷い子……いじわる……」
「そうかなー。藤井後輩ほどじゃないと思うけどなー」
「れ、レンは違うもん!」
「じゃ蓮クンがおっぱい揉んできたらどうなの?」
「えっ……それは、ええと、ええと……」
カァー……と顔を赤くするマルグリット。嫌、どころか“それはちょっと嬉しい”という感情が芽生えたか。もじもじと視線を逸らして胸を押さえている。
「これが無知シチュってやつか……エロいな」
「? むち? ??」
「ああうん、気になったら『赤ちゃんはどこから来るの?』って司狼クンにでも聞きなさい。そう、皆が飲み物とか飲んでいる時にでも」
「? わかった」
昨晩の借りを仕込んでやる。一番良いところで爆発させてほしいもんだ。
それからまたしばらく、会話が途切れる。
距離は互いに、どこか近寄りがたく。
しかしチラッと横目でマルグリットを見れば──少女の視線は明後日の方角へ向いていた。
「?」
視線の先を追うと、そこには商魂逞しくも朝から開店しているクレープの移動販売車。
……女神はそちらに釘付けであった。おい、わたしの監視はどうしたね。
「……食べるかね?」
「! いいの!?」
いーのいーの、と適当に言いつつ、ご注文のクレープを購入しに行く。
マリィが選んだのはイチゴクレープだった。「姉妹かい?」と店員さんに聞かれたが、ちゃいます、と首を振っておく。
「ほい」
「あ、ありがとう。あれ、レイシアは……?」
「食べない」
拒否ってさっさと近場のベンチに腰を降ろす。その右隣、ちょっと間を空けてマリィも座ってくる。もくもく、とクレープを頬張り始めている。なんか、調子の狂う光景だ。
そのまま黙って観察していると、ふと女神が次の好奇心を発動させる。向かいの遠くのベンチで、お爺さんがハトに餌をやっていた。そして私たちの前には、ニャーン、と通っていく白ネコが。
「……、」
もう展開読めたな、マリィを見ると案の定、そおっ……と立ち上がり、しゃがみこんでクレープを差し出そうとする──ところで、ペシッと頭をはたく。
「あうっ」
「野生動物に餌をやっちゃいけません」
「そ、そうなの?」
「そーなのー」
しっしっ、とネコに圧をかけると、そそくさと去っていく。
それを、ぽかーん、とした顔で見送る人生一年生。おい藤井蓮、ちゃんと教育しとけ。
(……なんか、すごい疲れる……)
この短時間で精神的疲労がハンパじゃない。
なんかこう、本能的なセンサーが反応している。こいつは天敵だと。関われば関わるだけ、こっちがめっちゃ削られるだけの相手だと。
……ベイ中尉に会いてー。
「ねえ、レイシア」
「なんだよぉ……」
「わたしたち、どこかで会ったこと……ある?」
「初対面だよ、間違いなく」
彼女の生前に、こっちが一方的に見はしたが、あれを初邂逅とは言えまい。
マルグリット・ブルイユと言葉を交わすのはこれが初回。
ま、永劫回帰を含めれば幾度か会ったことはあるかもだが、覚えてない回数を数えるのは違うだろう。
「だが、私はお前が嫌いだ」
「えっ」
「私はあなたが嫌いです」
「い、言い直された……!」
大事なことなので二度言っておく。
そう──私はこいつが嫌いだ。なんでか分からないが、マルグリット・ブルイユを見ていると苛ついてくる。凄まじいまでのストレスを感じる。精神が文字通りに削られる想いがする。
なにかなこれ、呪いかね?
「私はお前が嫌いだよ、マルグリット。これまでも、これからも──永遠に」
「レイシア、あなたは──」
「おーい、お待たせ……おいロリ先輩、さっきマリィの悲鳴が聞こえた気がしたんだけど、変なことしてねえだろうな」
マルグリットが何かを言いかけた時、そこでタワーから蓮と、その腕にくっついた玲愛がやってきた。
……この時点の彼ら、こんなに距離近かったっけ……?
「見てレイシア、私も彼氏ゲットしたの」
「カレシ?」
「──なるほど。やるじゃねえの藤井後輩、まさかハーレムルート狙いとはな……」
「いやこれは違っ……!」
そこでマリィの背を押してハーレムチームに叩き込む。きゃぅっ、とバランスを崩したマリィを蓮が寸でで受け止め、両手に花状態が完成する。これが主人公の貫禄か……即座に携帯でパシャッて司狼に送り付けておく。
「っておい写真撮るな!?」
「撮らざるを得ませんよこんな光景。んじゃ、元気そうなのも確認できたし、私はこれで。次は戦場で会おう!」
ひらひらと手を振って、その場を後にする。
役目は果たした。仕事は終わりだ。
「……レイシアっ!」
後ろからの
「ありが、とう……ねえ、あなたも一緒に──」
「それだけはご勘弁を。不忠者になるつもりはないんでー」
それで完全に会話は終わる。
とっとと足早にそこを去った私は、さっさと最初の目的地である教会へと足を運んでいった。
──そろそろ主人公陣営には、ロリ先輩の評価を更新してもらわなくっちゃなぁ。