幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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45 相克始曲

 タワーを去った後は、教会へ行き、制服の着替えを回収して、ベイ中尉を叩き起こしに行き、きっちりご飯を食べて準備万全に整えて。

 日も暮れ始めた頃、ビルの屋上に私たちはいた。

 

「ってか、なんでてめえがいやがる──マレウス」

 

「いいじゃないの。あたし、今朝はその子に邪魔されたのよ? 埋め合わせに少し分けなさいよ。ここまで待ってあげたんだから、さ」

 

 玲愛からアンテナを引っこ抜いたことだろう。すみません、と肩をすくめてみせると、ベイ中尉から舌打ちが返ってくる。

 

「それで、どこをやるの? やっぱりあのクラブ? あそこ、今みんな集まってるっぽいし」

 

「レイシア、決めろ」

 

「はい?」

 

 ベイ中尉の指示に、私だけでなくルサルカも意外そうな顔をする。

 

「ちょっとベイ、いつからそんなに従僕主義者になったのよ? 甘すぎっていうか、親バカっていうか、従僕バカ?」

 

「アホウ。俺らはこいつに借りがあんのを忘れたのか」

 

「借り? ──あっ」

 

 そういう事か、みたいな顔をするルサルカ。

 ……あの。私はよく分かってないんですが……?

 

「シュピーネをやったことだよ。お陰様でハイドリヒ卿からの怒りを貰わずに済んだ……花見がどうのって命令は下したが、借りは借りだ。一度だけ好きな戦場を決めさせてやる」

 

「──なんと」

 

 これは予想外だった。

 え、マジで? やったぜ! じゃあ遠慮なく要望を伝えよう。

 

「じゃあ──アレとか」

 

 そうして私が指をさした先の建物を見て。

 ベイ中尉もルサルカも一瞬やや驚いた顔をして──凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

     ※

 

 

「──ねえシロウ。赤ちゃんってどこから来るの?」

 

「ブゴフッ!?」

 

 諏訪原タワーでの経緯、玲愛からの情報がある程度整理された区切り、不意にマリィが口にした奇襲攻撃に、司狼のみならず蓮も香純も巻き添えになった。

 ただし、玲愛と司狼のツレ──本城恵梨依ことエリーらは何も口にしていなかったので、惨事を免れたが。

 

「……マリィ。そんな話をどこで、いや分かる分かった。あの幼女だな!? あいつ……!」

 

「あっはははは──いやマジでどこにいても変わんねえなあの人。ここまでくると逆に恐ろしいっつか、むしろ尊敬の念すら湧いてくるね。あの調子で黒円卓にもいるのかよ、無敵すぎだろ」

 

「古参も古参らしいからね。元々は、カール・クラフトの使い魔だっていう話だし」

 

「というか、正確には養父って言ってた。なんかすげー殺意を持ってるらしいけど」

 

「……あたしはまだ、その人のことよく思い出せないんだけど……本当にいたの……?」

 

 困惑の面持ちでいるのは綾瀬香純。

 彼女はエリーによって拉致られ、このクラブで蓮たちと合流を果たしていた。黒円卓に関する情報整理の際は、別室に隔離されていたのでよく知らない──が、「レイシア」という名の先輩がいたらしい、という話だけは司狼から聞かされていた。

 

「いたいた。一度見れば、おまえも嫌でも思い出すだろうよ。絵に描いたような幼女だからな。ロリコンには堪んねえ相手だ」

 

「いやロリコンって」

 

「藤井君、なんで目を逸らすの」

 

 呆れる香純を横に、玲愛の指摘が飛ぶ。

 藤井蓮、男の無言であった。ノーコメント。黙秘権を行使する腹積もりである。

 

「……? ねえねえ、それで赤ちゃんって──」

 

「はーいはいはい。それは後であたしが教えてあげるから。これでも院長の娘だからねー、保健体育の授業は得意だよ」

 

「???」

 

 エリーのファインプレーにより、マリィのなぜなに衝動は抑制された。ナイス、と蓮、司狼、香純の心が一つになる。

 

「で、場所は判明したんだ。ここからどう動くかね。順当に考えれば──」

 

 そこで切った司狼の言葉の続く先は、言うまでもない。

 ここ、ボトムレスピット。敵手である蓮が、マリィがいる地であり、今襲撃を受ければひとたまりもないだろう。

 

「──ん」

 

 その時、四者から同時に携帯の着信音が鳴った。

 蓮、司狼、香純、玲愛からだ。面子的に、その送り主は決まり切っている。

 

『件名:キャンプ部同窓会のお知らせ☆

 本文:合言葉は見敵必殺! サーチアンドデストロイ!』

 

「──ッ」

 

「へえ……そうくるか」

 

 ──ふざけ切った文面に比例して、藤井蓮の体温は冷え切った。

 司狼は面白そうに目を細め、香純は「けんてき? みてき?」と小首を傾げ、玲愛に至っては暗い面持ちで黙している。

 

「司狼……ッ」

 

「ああ、行こうぜ。ご指名だ。エリー、香純と先輩、よろしく」

 

「オッケー」

 

「えっ、ちょっと蓮!?」

 

 立ち上がった男二人に、香純が異を唱えようとするがエリーによって拘束される。マリィの手を引き、戦場へ向かおうとする蓮の背に、

 

「──藤井君。レイシアは……」

 

「……分かってる。きっちりブチのめして、ロリ鑑賞会でも開いてやろう」

 

「それは変態だろ」

 

「反対はしないんだな」

 

 蓮の返し文句に司狼が笑う。以前より皮肉と嫌味に図太くなったのは、間違いなくあの小さい先輩の影響があるだろう。

 

「……気を付けて。ちゃんと四人、帰ってこないと、ダメだよ」

 

「了解」

 

 三人がクラブを飛び出していく。

 武器としてマリィをその身に宿らせ、蓮は司狼のバイクに乗り込んだ。

 

「三ケツか、おっかねえな」

 

「はあ?」

 

「ジンクスだよジンクス。夏におまえとバカスミ乗せて海行った帰り、事故っただろ。あーあー、おっかねえ。これで事故ったら蓮、おまえの責任だからな」

 

「なんでだよっ」

 

 言い合いつつもバイクを発進させる司狼。

 黄昏時はもう短く、大橋に彼らが辿り着く頃には夜の闇が空を覆い始めていた。

 ──と。

 

「ぬっ?」

 

「司狼!」

 

 大橋の路上に見えた人影に、司狼が急ブレーキをかける。

 幸い彼が恐れる事故は回避されたが、目の前に立ちはだかる人物に、バイクから飛び降りた蓮は歯噛みして睨む。

 

「──ヴァレリア・トリファ……!」

 

「こんばんは、藤井さん」

 

 長い金髪に眼鏡、カソック姿の神父。

 それが今、重厚な壁のような威圧感を伴って、彼らの行く道を塞いでいた。

 面識どころか、数日前に戦った相手の顔に司狼の口が吊り上がる。

 

「お久しぶり、神父さん。今夜の相手はオレじゃなさそうだな?」

 

「ええ。私の用向きは藤井さんです。あなたはどうぞ、お通りください」

 

「ッ……──」

 

「ほーお。ま、釈然としないが相手してやれよ、蓮。オレは先に行ってるぜ。この場合、一人でも辿り着いといた方がいいだろう」

 

 蓮の逡巡はそうかからなかった。

 ヴァレリア・トリファ。彼は氷室玲愛を救う上で、いずれ打倒しなければならない相手だ。その機会が今ならば──

 

「……分かった。俺が行く前に、勝手にくたばるなよ」

 

「おまえが来る前にオレが終わらせてなきゃいいな。出番が欲しかったら急げよー?」

 

 どんな時でも遊佐司狼の軽薄っぷりは変わらない。

 それに内心、呆れつつも活が入る。蓮が強く頷くと、そこで司狼はバイクを走らせ、神父の横を過ぎて学園へと向かっていった。

 

 

     ※

 

 

 ──私が学園に踏み入った時、事は総て終わっていた。

 

 各教室のドアは無惨にも破壊され、流血はカーペットとなって廊下を彩っている。獲物が溜まっていた場所以外は元の形を残しているので、まるで文化祭で校舎が丸ごとそういう舞台会場にでもなったようだ。

 

「にゃあ。まさかの出番なしとは」

 

 初めの戦場に学園を示した後、ベイ中尉から下されたのは「合図があるまで外で待機」だった。

 それに従った結果、私が見たのはもう全部が終わった後のこの末路のみ。あの人も久々に一人で殺戮ショーを楽しみたかったのだろうか? ま、朝から昼にかけて色々動いたので、こちらの肉体労働は休めてよかったが。

 

「ん、っんー! いやぁ、やっぱり若い子はいいわねえ。たまんないわー」

 

 と、二階廊下の最後の教室から、肌がなんかツヤツヤになったルサルカが出てきた。うわあ、と若干引かざるを得ない。

 

「あら、やっほーレイシアちゃん。ベイに呼ばれたの? ってことは、もう大体終わったのねえ」

 

 窓際に寄って、ルサルカが外を見る。

 その空は夜に包まれている。()()()が輝く、吸血鬼の世界の中だ。

 

「……あいつ、ホントに変わっちゃったわねえ。あたしとしては、前の方が……うーん、でも若干マシになっただけだし、あんまし気にすることでもないわね」

 

「ええ、ベイ中尉は以前からイケメンでしたとも」

 

「……別にそういう意味で言ったんじゃないけど。ま、いいわ。馬に蹴られたいような性分でもないし。けどここまでバカップルっぷりを見せつけられるなら、もう少しあなたと遊んでおけばよかったかなあ」

 

「??」

 

 ルサルカはちょっとよく分からないことを言っている。

 分からなくていいのよ、と手をひらひらされたので、ひとまず思考はそこで切り上げる。

 

「……ん? 誰か来ましたかね」

 

「ああ、レオンでしょ。ここってあの子の縄張りでもあったし。なに、知ってて選んだんじゃないの?」

 

 ──忘れてた。そういやそうだった。

 いや、別にレイシアとして聞いていた情報にはなかったが、知識としてはそうだった、と思い出した。螢ちゃん、ごめーん。

 

「あ~……そういえば、そうだったかも。いやまあ、ここを選んだのは大した意味はなかったんですが」

 

「ってゆーと?」

 

「いや、ここって日常の象徴らしいんで。真っ先に壊して、『後戻りはもうできないのじゃー』感を、私なりに演出したかっただけというか」

 

「うん。その性格の悪さ、趣味の悪さ、実に良い従僕っぷりね。この飴ちゃんを進呈しましょう」

 

「わーい」

 

 メロン味だ。嬉しい。うまうま。

 

「──マレウス! っと、それにあなた……!」

 

「あら、遅かったわねレオン。どこか気でも緩んでいたのかしら──もう大体終わっちゃったわよ?」

 

「ッ……!」

 

 ギリ、と螢がこっちを睨んでくる。

 素知らぬ顔でルサルカの後ろに隠れた。

 

「こらこら、子供いじめなーい。そんなに悔しいなら、ベイに責任取ってもらえば? まだスワスチカも開いてないようだし」

 

「……マレウス。学校(ここ)を彼に譲ったの?」

 

「んー? そうねえ」

 

 なんて答えよっかナ、と意地悪い笑みを浮かべる魔女。

 学園は元々、ルサルカと螢の縄張りだった。しかしベイ中尉がそこを狩り場としたなら、それは“譲った”と言ってもいい。大元の原因は私にあるのだが、それをここで言えば螢の刃は私に向くだろう。

 

「マレウス!」

 

「そうカッカしなーいの。あたしはあたしで、代わりの先約が取れたから。ねえ?」

 

 はい、と頷く。

 学園を襲撃する代わり──ルサルカに了承してもらう代わりに、クラブの殲滅権を彼女に譲渡したのだ。今や主人公たちが集う、一番美味しいところである。

 

「てなわけで。ま、あんたに黙ってやったのは悪かったけど、遅参した(ペナルティ)としては十分でしょ。昔だったら処刑ものの失態だったんだからねー?」

 

「屁理屈を……ッ」

 

「早い者勝ち競争の敗因を他になすりつけるんじゃないわよ。油断したあなたが悪いんじゃないの」

 

 螢の怒りのボルテージは上がるばかり。

 これ、戦場指定の犯人バレしたら終わりやな! めちゃくちゃ楽しいぞ。

 

「──そりゃあそうだ。油断大敵、戦いのキホンだな。自分に憤るまではいいとしても、八つ当たりしていいのは餓鬼の頃だけだ」

 

「ッ!?」

 

「おや」

 

 螢の後ろ──階段を登って現れたのは遊佐司狼。

 どうやらメールを送った甲斐はあったらしい。しかし肝心の主人公の姿が見えないが。

 

「来たね後輩一号。二号は?」

 

「そっちは神父に邪魔されてるよ。まぁ、来るまでそうかからないだろ」

 

 トリファ神父、ここでかあ。

 蓮が自分を越えられなかったら香純を回収しに行くつもりだろうか。しかし蓮が超えた暁には、そろそろ覚悟も決まる頃合いか。

 

「で、これは仲間割れの現場ってやつか? 実に好都合だが──肝心の野郎はどこにいる?」

 

 司狼が言葉を向けた先は、尋ねるまでもない。

 私がいるなら、必ずここにいるであろう相手に、彼はあえて話題を振っている。

 

「──ベイ! 姿を見せろ、私の領域を侵した落とし前はつけてもらうぞ……!」

 

『──かはッ』

 

 勇ましい呼び声に、校舎のあらゆる空間から吸血鬼の嗤笑が響いた。

 

『くくくく……ははははは! ったくよォ、色男っぷりも過ぎると困りもんだな。皮肉な話だ、なんでもかんでも求めていた時は逃げられまくりだったってのに、一途に切り替えた途端、獲物がそっちから来るようになりやがった。これを笑わずしてどうするんだよ、ええ?』

 

「来てくれる分にはいいんじゃないですかねえ。伴侶としても誇らしいですよ?」

 

『おいおい、そこは嫉妬してくれる所じゃねえのかよ?』

 

「いや、今はあんたの中にいるも同然なんで嫉妬する気も起きないというか幸せというか」

 

『ぶっちゃけ過ぎだァ!!』

 

 良いツッコミの声。似合いすぎである。

 

「はいはい、夫婦漫才どうも。そんでどこにいんだよ中尉殿? 出てこなきゃ、ここでまたお嫁さん攫っちゃうぜ?」

 

『──あァ、てめえは俺が殺すって決めてんだよ。二度とそのふざけた口を利かせなくしてやる。人の女に手を出す塵糞は死ね。レオン、ついでにおまえも相手してやるよ。黒円卓の席に相応しくない劣等は、ここで朽ちろ』

 

「……なら、おまえを斃してその資格を手に入れるまでだ。覚悟はいいな、カズィクル・ベイ中尉」

 

『覚悟、ね。四半世紀も生きてねえ甘ちゃんに獲られるほどこの首は安くねえぞ。──屋上まで来な、クソガキども。一対二、まとめて叩き潰してやるよ』

 

 どこまでも強者からの視点、傲慢さでヴィルヘルム・エーレンブルグは宣告する。

 そこで司狼と螢は、お互い視線を交わすことなく、屋上に繋がる階段へと駆けていった。

 

 で、残された私たちはというと──

 

「……ルサルカさんはどうします?」

 

「ん~、そうねえ。このまま観戦してもいいけど……得るものは得たし、帰ろうかしら。あのお嬢ちゃんに変な因縁を付けられたくもないし。それにほら──あんた向けのお客さんも、来たみたいよ? せいぜい頑張りなさいねー?」

 

 彼女の言う通り、校舎の領域内に新たに侵入する気配がある。

 神父を見事下して、やってくるのはギロチンと処刑人。

 配役的には、まるでこっちが噛ませになりそうなシチュエーション、だが。

 

「私の人生、私が主役ですからね。ポッと出の主人公には負けませんよ?」

 

 こちらにだって意地がある。

 一人の人間として、ここまでやってきた矜持がある。

 

 故に易しく獲られなどしない。

 彼らには今夜、現実というものを味わって頂こう。

 

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