幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
──血、血、血、血が欲しい。
──ギロチンに注ごう、飲み物を。ギロチンの渇きを癒すために──
中庭で口ずさむのは血のリフレイン。
中央で踊りながら、狂った歌を奏でている。
誠心誠意の敬意を以って。全力全霊の
来い、来い、敵よ。我が怨敵よ。
然らばやろう。殺し合おう。生死と存在を賭けて、楽しい生存競争を奏でよう。
「……なんで、おまえがその歌を知っている……?」
中庭に現れた待ち人に、口角が上がる。
白いマフラーに青ジャケットにズボン、この戦場の中心点にして主人公──ツァラトゥストラ。
口調からして既にこちらを敵と認めているようだが、それ以上に、私が彼らしか知りえないはずの唄を唱えていたことへの驚きが今は大きいらしい。
「よっ、来たか藤井蓮。それにマルグリット。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うが、君らの場合は三日どころじゃないねー。成長しすぎでしょ。トリファ神父からどんだけ経験値もらってんのさ」
相対する彼から感じ取れる気配は、もはや形成位階に留まらない。
──創造位階。黒円卓の大隊長クラスとも渡り合えるレベルにまで成長を果たしている。まだスワスチカは三つ目も開いていないというのに、とんだインフレーションである。
「……答えろよ。その歌は、その曲はマリィしか知らない筈なんだ。──どうして」
「なぜ知っているかって? そりゃあ知っていたからだよ。彼女の処刑は、水銀野郎と一緒に鑑賞していたからね」
「──!」
思わぬ回答に蓮から息を吞む気配。
水銀の養子。使い魔。その意味するところを、ようやく正しく理解したのか。
「見た目はこんなんだが、実はそのお嬢とは同い年なんだぜー? まぁ、そちらさんは永らく閉じこもっていたせいで、年齢概念なんて無いようなもんだけどさ」
「……おまえ、本当は何者なんだ。一体、どこから来たんだ……?」
「さぁてね。今はまだ知らん。大事なことなら、いずれ思い出すんじゃない?」
「っ……?」
記憶喪失なのか? と顔に書いてある藤井蓮だった。なんて分かりやすい奴だよ。
とはいえ──あながち、そういう認識でいいのかもしれない。
「さ、て? ベイ中尉なら屋上だよ? 後輩一号と、レオンハルトが挑んでる。加勢に行ってあげた方がいいんじゃなーい?」
「……いいや。ここで野放しにして危険なのは、おまえの方だ」
その目には敵意と警戒。殺意がまだ薄いのは、なんだ。こっちがロリだからか? 学園をこんな惨状にしているのに? ナメすぎではなかろーか。
「声に芯が足りてないなあ、ツァラトゥストラ。校舎見た? アイアム敵。殺す殺されるの関係なの、お分かり?」
「分かってるよ」
「いや分かってないって。覚悟ブレブレでしょーが。主人公力がちょいと不足しているぞ」
「──俺が好きでこんな所にいるって本当に思ってんのかよッ!?」
おお、爆発。
藤井蓮の目は怒りに満ち満ちている。この状況、この理不尽性に、心の底から怒っている。
……ははぁん。
どうやら、これは……
好感度を──上げすぎたようだな、コレッ!?!?
「むしろ、変わってなさすぎなんだよあんたは!! 敵ならもうちょっと
冷や汗が出てくる。
……やべえ……好感度上げすぎてるよこれぇ……
シリアスめっちゃされてるよぉ……!
「一体、何がしたいんだよ……メルクリウスに殺意を持ってるくせに、黒円卓の言いなりで。だけど氷室先輩を助けて、俺らに預けて、情報渡して……なんなんだよ! そんなに楽しいかよ、友情ごっこが! まだ続けたいって、思ってんじゃねえのかよ!?」
「いや、それは無い」
それはハッキリ言える。
真顔で首を振る。
「そもそも私、友達は作らない主義なんだ。というか、友情って概念には甚だ疑問を覚えるね。だから友人ってのは裏切ったり裏切り返したり、そういうスリルがないと楽しくないんだ。いいじゃない、友情ごっこ。いずれ壊れる脆く儚き時間。──壊れたって、その時間は決して無意味なんかじゃないだろう?」
「────、」
それは永遠を望む彼の渇望とは真逆の理論。
いずれ終わってしまうことを肯定し、それでも進む、
過去を認める。或いは背負って。
未来を望んで、
そういう在り来たりが良いと言う極論例。本当に普通の人間なら──きっと、いつまでも長く友情が続くことを願うのに。
「……あんた、捻くれ者だ。やっぱり」
「私もそー思う。だって、ただでさえ私にとってこの世界は──」
あり得ざる事象。
一時の夢。
これを、
「──幻想に過ぎないんだから。
「──レイ、シア?」
渇望する。
おかしなコトを、渇望する。
ああまったく滑稽だ、夢、夢、夢、夢!! なんて悪趣味だ、なんてお節介だ、なんて愚行。こちとらなんにも望んでいなかったのに、あのヤロウ。殺してやりたいほど憎んでいるのに、それをしたら総て失くすなど、どんなゲームだ。最初から永劫の敗北者じゃないか。末路まで終わり切っているじゃないか。完全に詰んでいるじゃないか。どこまで人をコケにすれば気が済むっていうんだ? 次? 次、次、次、次!! 次こそは、次なんて、次など、どこに行ったって無い。
無い、無い、無い、無い、無い無い無い無い無い無い無い無い無い────ッッッ!
「クソが」
チッ、と舌打ちする。
誰にでもなく、私を
ふざけんじゃねえよ。
そんなトボけた存在があるものか。
ああ、そうだ、おまえなんかを恨んでやるくらいなら、殺してやるくらいなら────
「…………あ、」
いつの間にか、空を仰いでいたようだ。
苛つき過ぎて。もうどうにでもなれ、と
蒼い月を、見た。
この薔薇の夜を照らす──月光を浴びたのだ。
※
「……なんか嫁の調子が悪そうだから向こうに行っていいか?」
校舎──屋上。
そこに一人、立っていたヴィルヘルムは、つまらなさそうにそう言った。
視線の先には、倒れ伏し、傷と流血でボロボロの櫻井螢と。
どうにか足を立てて、未だに闘志を燃やす遊佐司狼の姿がある。
「嫁離れくらいしろよ、ジジイ。まだ決着はついてねえだろうが」
「ほとんどついてるだろ、現実見えてねえのはどっちだ小僧。青臭い衝動だけで強敵ぶっ倒せるのはフィクションの中だけだ。ああいや、キレりゃ暴走カッ飛ばすシュライバーは例外か?」
「いねえ奴の話をしてんじゃねえよ、ついていけない話題出して浅い優越感に浸ってんじゃねえぞコラ」
「あー、悪い悪い。井の中の蛙にゃ、ちと早すぎる話だったわな」
適当に応えつつ、ヴィルヘルムの意識は中庭の気配に向いている。
……なぜか知らないが、半身の思考が読めなくなった。血盟を結んでいる以上、そして己の世界を展開している今、よりはっきりとその思考は読み取れていたのだが……、今さっき、唐突に、通話が切れたように、何も感じなくなったのだ。
なんらかの異常が彼女に起こっている。
不確定な危険因子を放置するわけにはいかない。こと、あの薔薇に関係するなら尚更──
『──あっぶねええええ!! ベイ中尉、マジ感謝! 大好き大好き、愛してるぅー!!』
「!?」
急な熱烈なラヴコールに吹き出しかけた。
その隙を狙って、すかさず司狼が発砲する。がしかし、地面から発生させた茨の杭を盾にし、それを弾き返した。
「……マジでなんなんだあいつはよ……」
「惚気野郎、さっさと死ねぇ!!」
※
「……おお、危なかった……藤井少年の青春パワーを浴びてこっちもシリアスになりかけたじゃねえか……どうしてくれるんだよ……」
「いや、ちょっと意味が分からないんだが」
「よし、何の話だったかな! もう色々と忘れたわ!」
「空気をぶっ壊さないと生きられない生態でもしてんのかッ!?」
そうだよ。
ギャグを挟まないと死ぬ病気にかかってんだよこっちは。
そういう真面目なパートは獣殿や水銀に任せればいいの。あの人たちだけシリアスやってれば、ほら、大体全体的に真面目な雰囲気にしてくれるから! それとも──
「じゃあ真面目にやってやろうか?
「ッ……!!」
少年の顔が悲嘆に歪む。
良い絶望具合だ。躊躇いはここで捨てていけ。
「それじゃ、やろうか」
仕切り直して。
気を取り直して。
──影の中から、その武装を取り出した。
「──ッ!?」
藤井後輩がその威容に目を見開く。
私の手に出てきたのは改造兵器。己の身長の四倍はある、巨大な機関銃に見える大兵装。
持った右手の指先で変形機構のトリガーを引く。ガコン、と重い機械音が響き渡った。
「これが私の歴戦武装──」
機関銃部分が内に引っ込む。代わりに、兵装はリボルバーの弾倉が回るように、次の形態へと変形した。
「──『
ガギャコンッ!! と現れたのは刃渡り四メートルにも及ぶ銀の大大剣。
私たちの開戦合図は、やはり、この言葉こそが相応しい。
処刑人にギロチン、なにするものぞ。
訣別の夜の幕は、ここに切って落とされた。