幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
──一瞬で蓮の懐に入り込む。最速最短速度で、その身に銀剣を奔らせる。
「ッ!!」
瞬間、自己の時間感覚を加速させたか、蓮の左腕からギロチンの刃が「形成」される。
ガギャィイン!! と金属がぶつかる衝撃の後、重さを捌き損ねた蓮の身体が右真横へと吹っ飛ばされていく。校舎の壁を貫通して処刑人が消え、同時に距離を取ろうとする気配を感じたので、すかさず再び変形機構のトリガーを引き、
「あーそーぼー!!」
陽気で無邪気な幼女の声を響かせながら。
蛇腹剣よろしく分かたれたワイヤーが伸び、校舎の廊下を切り裂きながら獲物へ迫る。ワイヤーの有効範囲は約40メートル。豆腐のように校舎をぶった斬り、轟音と瓦礫を生み出しながら、遮蔽物から姿を見せた敵手を感知する。
「
死の詠唱が聞こえてくる。
時間の覇者がやってくる。
彼が
既知こそが是。
未知など不要とする停止の異能──
「──
蓮の姿が消える。いや、加速する。
彼の認識世界では全てが停まって見え、こちら側からすると彼こそが加速しているように見える。
故に対応は困難。現に今、刹那にして彼は私との距離を詰め、すぐ目の前にまで迫って刃を振り落とさんとする死神と化して、
「──ッ、──!?」
「新技取得でアガッてんなよオイ」
弾き返す。再び加速を増した刃が来る。叩き返す。再加速。受け流す。再再加速。迎撃する。再再再加速。軌道を逸らして一歩進んで顎下にアッパーを食らわせた。
「ッが……!!」
『な、なんで!?』
「遅い──ッ!!」
容赦なく横殴りにする。ギリギリで防御され、そのまま藤井蓮が中庭の地面に転がり滑る。体勢を整え、向こうの息が整うまで待ってやる。──その目は、異常、理解不能なものを見る視線に満ちていた。
「なんッ……でだ!? あんた、今、肉眼でこっちを認識したのか!?」
「人間、本気を出しゃあそれぐらい出来るよ」
あっさりとした答えに、絶句する蓮。
そんなのはあんまりだろう、と。
己が理想、渇望によって現実に起こりえない事象を発現させているっていうのに、ただの人間風情が──当たり前のように対応してくるなど。
「ありえない、か?」
「……悪い夢でも見てるみたいだ」
実際の理屈は単純。創造と流出。下位の理は上位の理に勝てず。これはシンプルに、立っている位階の差がもたらしている現実なのだが。
とはいえ、大前提として私は
水銀の舞台において期待されているのは盛り上げ役。つまり、超踏み台なのである。彼ら彼女らに試練を与え、乗り越えさせる。経験を積ませなくてはいけないのだ。
なので、
「じゃ、試験といこうか。乗り越えてみせろ──出典:
「ッッ!?」
瞬間、蓮の背後にギロチンがせり上がった。
そこから伸びた黒い触手の群が彼を絡めとり、処刑台へと引きずり込む。処刑人をギロチンにかけるなんて正直狙い過ぎのネタだが、これくらいは突破してもらいたい。
「っ、この……! マリィ以外に俺が殺されるかっての!!」
「
蓮のギロチンから放たれた斬撃がそれを破壊する。あの幻想の処刑確率は、運命に対する抵抗力による。精神で弾けば、このように瓦解するが必定だ。
処刑台を壊した蓮が再び加速し、こちらへ向かってくる。その表情には鬼気迫るものがある。或いは、彼は水銀と繋がりがあるから直感的に解っているのかもしれない。私は長期戦になればなるほど、ひたすら相手を削り、疲弊させる系統の相手だと。
その通りである。
「首を断て──出典:
瞬間的に最高峰の暗殺者としての能力を獲得する。握る大剣に黒い靄が帯び、それは死の気配に満ちている。先ほどのギロチン幻想とはまた異なる即死攻撃。それにぎょっと蓮が目を見開き、迎え撃つように放った此方の一閃を全力で回避する。空振りした死の一太刀は校舎へと突き刺さり、大斬撃の跡を刻み付けた。
「おっかねぇ技出してんじゃねえよ!? いやつーかあんた、異能は日替わりだって──!」
「そうだよ? でも
「──!?」
私のこの驚きのチートっぷりはベイ中尉のおかげである。
空想具現化も引いてないのにこの無法。それはこの夜が0時で停止しているためだ。薔薇を最高に咲き誇らせるための世界、すなわち──愛である!
『いちいちボケねぇと始末がつかねえようだな?』
「ははははは! 出典:
頭の中に響く主人の声に笑いつつ、この夜という領土に無数の杭を飛び出させる。幻想の串刺し公、主が魔名を同一とする英雄の宝具だ。進路も退路も塞ぐ物量攻撃には流石の蓮も動きを鈍らせたが、最短最速で道をギロチンで斬り開いてなおも迫ってくる。
「これで止められると思うな──!!」
「出典:時間を操る程度の能力」
真の無法とはこういうことだ。
己の渇望じみた
「ッがぁぁあああアアアア!?!?」
『レン──!』
嵐に呑まれて蓮が吹き飛ばされ、女神が悲愴な声を上げる。
どうだこの屈辱、敗北感。自分に似た異能で苦しめられる体験なんて他にないんじゃないかな!
「はーっはっはっは! ロリに蹂躙される気分はどうなんだよぉ、ベイ中尉は喜んでたぞ! ……戦闘狂として!」
『その間はなんだ』
特に他意はありません。
「こッ、の……やってくれる……!」
校舎の瓦礫から立ち上がった蓮の顔はキレ笑い。うん、なんか私と戦う時のベイ中尉もそんなお顔をされる。
「そんな屈辱と敬意を混ぜたような表情しなくても……」
「敬意じゃなくて苛つきだよ! あんた悪趣味にも程があんだろ!?」
「しょうがないじゃん、幻想使いなんだもん」
業腹だが水銀の養女教育受けちゃってますからね。業腹だが。
無意識にそういう面が出てしまうのは特性だと思ってほしい。
「だったら……!!」
『うん、レン──!』
その時、奏者と女神が呼応する。
今この瞬間、一気に彼らは高みへと駆けあがる。
加速でまだ付いてくるというのなら。
時間をそちらも利用するというのなら。
その主導権を完全に握る。おまえはそこで停まっていろと、彼らの秩序が、法則が具現する。
「
紡がれ始めるのは、彼の創造の究極形態。
刮目して恐るべし。この世界の彼らは、彼らだけの力でその位階の階段に到達する。
──力を寄越せと、森羅万象の根源中枢、世界の中心たる“座”へ向けて、唄い上げる。
ああ、であるのならば。
そちらが、そうくるのなら。
かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか
「『Wo war ich schon einmal und war so selig.』」
「──」
迎え撃つように、此方も魔業を具現する。
声に重なるのは夜の主。彼と彼女のように、比翼連理の奏者たる吸血鬼とその眷属として、目の前の敵に対抗する。
「ッ、
あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい
「『Wie du warst! Wie du bist!』」
「
もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい
「『Wär' ich kein Mann, die Sinne möchten mir vergeh'n.』」
互いに互いを塗り潰すような詠唱加重。
地獄と地獄。渇望と渇望がせめぎ合う。
「
何よりも幸福なこの瞬間――
「『Das ist ein seliger Augenblick,』」
「
私は死しても 決して忘れはしないだろうから
「『den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.』」
「
刹那を永遠に味わいたい。
夜に不滅の吸血鬼となりたい。
停止の理は時を縛り。
常夜の理は闇を司る。
「
ゆえに恋人よ
「『Sophie, Blühen Sie üppig.』」
──完成は同時だった。
全てを永遠に停止させる
全てを奈落に堕とす
異変は直後に──絶望を伴って展開する。
かけられる万倍もの重力圧。
それは時間概念の鎖だ。周囲を停止させ、自己加速を実現させる円環疾走。
たとえ
では夜の展開は無意味だったのか?
端役は所詮、端役。その道を退けと叫ぶ主役たちに後れを取る他ないと?
「『──ハ』」
否であろう、とこの無間地獄を前に、夜の化身たちは嗤笑した。
「オオオオォォォォォォ────!」
奏者が闇夜へと
神威を伴う咆哮は闇を砕かんと放たれ、真っすぐに此方へと向かってくる。
その速度は、もはや対応しろというのが無理な話だ。時間停止の法則は絶対的。神座から流れ出した力が使われているのである、人間の本気だのと理屈をこねてどうにかなる代物ではない。
対抗できる
同格
故に、
「──それで勝てると思うなよ?」
当然のようにその刃を
「ッ、この……!!」
先ほどの戦闘とまったく同じ事象に蓮が歯噛みする。
『ッたくよォ……どいつもこいつも、人の嫁に手ぇ出してんじゃねえよクソがッ!』
瞬間、蓮へ向かって四方八方から茨の杭が殺到する。
そこで気付いたのだろう、停止の世界の展開と同時、この中庭、ひいてはこの学園という土地全土に起きた異変に、蓮が瞠目した。
「
槍の暴雨を抜け、時に迎撃しながら蓮はこの変貌した夜を視認する。
──舞い上がるは真紅の花弁。
数万、数十万本と咲き狂う庭園の光景は、それこそ血に染まった海のようだ。
そんな地上を照らすは蒼月の光。余人なら息苦しいとさえ思う大地に反して、天空はどこまでも透き通っている。
「良い夜でしょう! 羨ましがってもいいんだぞぉー!」
「冗談……!」
嵐を凌ぎ切り、加速を継続している蓮の姿は再びこちらに距離を詰めてくる。
放たれる処刑の黒刃を、やはり弾き、返し、迎え撃つ。互いに音速を置き去った速度の剣戟乱舞。私が一重に対応できているのは森の加護を全面的に受けている故だ。逆に蓮側はこの森に足を踏み入れている限り、
「くそっ……動きづらい……!」
謎の不調の原因を、もちろん私は知っているが教えない。
ここはそういう場所であり、部外者が侵入したからには、その天罰は免れない。
「はーっはっはっは! 凄いでしょう、もっと苦しめもっと讃えろ、ほらほら頑張れぇー!」
「言ってろ、舐めるなよ……!」
蓮の瞳に宿るカドゥケウスの紋が力を増す。その瞬間に、再びどこからともなく──薔薇が咲き誇る海の、あらゆる場所から杭の群が射出されてくる。それらの多くは蓮の停止領域に入るなり停められるが、私に近付けば近づくほど、覇道同士の衝突はより大きなものになる。
再び茨の暴風を踏破し、蓮がギロチンを滑らせる。
先と二番煎じ、ではない。刃の通し方が違う。闇雲な一閃ではなく、それは空間そのもの──夜を、闇を切り裂くことを意識した、渾身の一撃だった。
「────ッ」
渾身はブラフ。今の一手は、私の手から武器を手放させるためのもの。だが大きく弾かれただけで、手指は柄を掴んだままだ──片腕を大きく広げる形となり、ガラ空きとなった失態の言い訳にもならないが。
「悪いな、先輩──!」
事ここまで来ても、未だに割り切れない部分があると認めながら。
しかし流麗な断頭台の斬撃は、寸分狂うことなく、私の首に叩き込まれた。
──はず、だった。
『──……え……?』
先に困惑の声を漏らしたのは、奏者ではなく彼女のほう。
その身を刃にして彼の武器となっているマリィ本人。私の横首に触れながら、いつまで経っても、まったく亀裂も傷も何も入らない異常事態に、愕然としている。
「……、で?」
私は停止していた。
武器を再び振るうこともなく、至近距離で困惑と驚愕に染まった蓮の顔を見据える。
死んだような静寂は、何も語らない。
マルグリットには呪いがかかっている──「触れた相手の首を斬る呪い」。断頭台の加護。誰とも触れあえない彼女の業。由縁など誰も知らない。
こればかりは、創造だの流出だのは関係ない。
不明の事態。
不可解の事象。
──その理由を、この時、
「皮肉だな……ようやく望んでいた展開なのに、何の気持ちもわかない。やっぱりおまえは優しすぎるよ、マルグリット。一度も
「────何を、」
「ギロチンの呪いはわたしには通じない。いや、通じてるのかもしれないが、どうも相殺されるらしい。
そこで大剣を振るって蓮を弾き飛ばす。
静けさが増した月夜の下、わたしは一瞬だけ目を閉じる。
──思い出す。
あの黄昏を。あの夕焼けを。あの終わりを。あの失意を。あの結末を。あの永劫を。
わたしがどのようにして生まれ、生きてきたのかを、刹那の間隙に思い出す。
だが、その想いは『私』だけが知っていればよい。
他の誰にだって、渡すものか。
死者の想念など、
……ああ──長らく、私自身も勘違いしていたが。
この世界をゲームだと思う俯瞰視点? この世界は所詮、作り物で幻想に過ぎず、私はそこに紛れ込んでしまった
──否。否。否。
そんな回りくどくて大回りな経緯は、私の正体ではない。
もっと単純に。もっと明快に。これは、簡単な話である──
『──あなた、は、まさか──』
「うん、どうやらそのようだ」
マルグリットもまた、自覚する。こんな在りえない存在を、しかし確信を持って認識する。
私を見て悲しいと言った君。私に憐れみをかけたあなた。
ああ、そうだろうね。だって、
「わたしは
おまえの未練、おまえの自責から生まれた……有り得ない
──神座逆行転生者。
結論、レイシアという少女は、そういうモノだった。
~各々の温度差~
黄昏>……思い……出した……!(ひらめき)
幼女>……思い……出した………(うんざり)
蓮:なにも分からない……(困惑)
ベイ中尉:まだ設定が生えるのか……(貫禄)
水銀「しってた」
蓮の停止世界への拮抗には、「死森の薔薇騎士+レイシアの魂」要素が含まれる。
原作ではラインハルトの戦奴たる大隊長がこれに対抗していたが、今作ではマリィと同格にある幼女の魂あってのこと、だとお思い下されば。
幼女しんじつその1! 神座逆行転生者!
その2はもう予想ついたかな?