幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「──、マジかよ」
屋上への扉を蹴り飛ばして
似たような景色を見たことがある……というデジャヴ。
黄昏の空は奈落のように広がっており、錆びた手すりの向こうが終点なのだと、本能が確信する。
「おいおい、何回死んでんだ。お一人様死にゲーか。一ミリも成長してねえのかわたしは」
軽く自身に失望しながら歩を進める。
引き返す、という選択肢はない。
己の過去の所業には呆れ返る他にないが、それは今回も同じ。
──それがわたしがわたしに定めた、自分の運命だから。
「あんたも飽きないもんだな、女神サン。いや、
苦笑を漏らしながら、終わりに近づいていく。
迷いはない。
邪魔は入りはしない。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もここへ来ても──女神自らが止めに来るようなことは、絶対にない。
それがこの世の理だから。
人が人の力で歩んで行ける、その自由を尊重した時代性だから。
女神は運命に一切介入しない。
だからわたしがいつ、どこで死のうと──向こうは、見届けることしかできない。
『また、来たのかね』
で、女神はいないが、その代理みてーにいるニートがいると。
ゆらゆらと揺れる影法師。だが、その姿をわたしの眼はハッキリと捉えている。その神性、神格を、認識できる。
『本当に成長性の欠片もないな貴様は。我が女神を削り取って愉しいかね?』
「タノシイ? なにそれ?」
『……いや愚問だった。忘れたまえ。……これも私の自業自得か。もし私が“座”にいれば、君の望み通りにしてやるのだがね』
「おぉ、是非そうしてくれよ。永劫回帰永劫回帰、自分で女神を殺す度胸があるってんならな」
『……、』
影が押し黙る。論破されて拗ねているらしい。なんだこいつ。
ともあれ、こいつは話しかけてくるだけで妨害はしてこない。それも、この既知感で知っている。
「それじゃあなぁ。次のわたしによろしく」
柵を乗り越え、あっさりとわたしは身を投げる。
──ああ、この落ちる感覚も懐かしいなぁ、なんて思いながら。
意識が暗転した。
第四神座は並行宇宙を内包する理。
未知の結末を見るための渇望によって運営される世界は、そもそも
「マリィの、世界──!?」
「要は魂が未来人ってコト。いや、この世界線の未来じゃないから、並行宇宙の未来からやって来た……ってことになるのかね?」
改めて振り返っても無茶苦茶な魂の出生だ。
神座逆行者……うむ、我ながらなんと響きの良い肩書きか。厨二濃度が留まるところを知らないぜ。
「存在からして反則存在。私にとって君らは過去だ。土台となった礎の一つ。私は並行宇宙における、あなたたちの成果物とも言えるわけ。はは、今まで散々先輩面してきたっていうのに、真逆だったとはね」
並行世界の未来から、並行世界の過去に転生することは可能なのか?
──そこに人間が疑念を挟める余地はない。神が
次元を超えた邂逅。
宇宙を超越して、あり得ざる世界線がここに築かれた。
……一時のユメ。
……あったかもしれないifは、今この時も続いている。
「──だったら、どうして戦う。俺やマリィを斃せば、おまえは生まれなくなる! 過去の改ざんなんて、自滅行為だろうが!」
「自滅? いいやそれは違う。奴が求めているのは未知の結末だ。新しい可能性、選択の幅を広げるのが、きっと私の役割だ。……まぁ向こうにとっちゃ、私の末路なんてどうでもいいと思うがね」
──ソンナコトナイヨー。
「……あの、今なんか聞こえた気が」
「気のせい! 気のせい! 幻聴芸とはお前も芸人スキルが身についてきたなあ!!」
お互い、偶にあることだ!
幻聴。今のは幻聴だ。いいね?
「と! まぁ幼女の謎が一つ明かされたところで、そろそろお家に帰ろう! 見たい番組があるんだよ、世界が終わる前に消化しなきゃならん」
「ッ、おまえが、
「いいや語るね。平和と殺し合いは背中合わせだ。どちらかが欠けては存在できない。それが人類史だ、
兵装を
停止を強制される世界に逆らって、
「ッッ……!!」
ギリ、と歯を食いしばるツァラトゥストラ。
なぜ動いている、と批難の目を向けている。
これは死森の薔薇騎士、それに私がマルグリットと魂が同格にあるから実現できている拮抗だ。それに前提として、向こうがまだ創造位階止まりであることも大きい。
この短時間でそこまでの成長を見せるとは、実に驚異的だが。
戦はまだまだ、これからだ。
「ホォォ──ム、ラァア──ン!!」
ワイヤーが引き戻り、刀身を形成する。瞬間、振り抜いた銀大剣が処刑人を捉え、停止する世界の外へ向けて、その身を遥か遥か、高みへと吹き飛ばした。
──目標地点は、そう、今も薔薇が咲き乱れる、屋上を狙って。
※
地上から飛ばされた藤井蓮は、屋上のフェンスに受け止められた衝撃で我を取り戻す。
深刻なダメージは受けていない。だが真正面から己が渇望を凌駕された事実に、微かに精神が軋みを上げていた。
「おいおい、最近の幼女の戯れはバイオレンスだな」
「ッ……! 司狼!?」
フェンスから起き上がると、そこには遊佐司狼の背中があった。
まだその手にはデザートイーグルが握られており、多少の手傷は負っているものの、彼は立っている。彼の右横には、剣を杖にして立ち上がる櫻井螢の姿もある。
「そちらも一筋縄ではいかなかったようね……そして残念なお知らせだけど、あなたが叩き込まれたのは更なる地獄よ」
「──、」
その二人の後ろ姿から視線を外し──屋上の風景を目にした時、あらゆる動揺と焦燥が蓮の中から消え去った。
──浮かぶ蒼月。
──透き通る夜を引き立てるように、大地を彩るのは真紅の薔薇園。
赤い花弁が風に舞う中心に、白貌の吸血鬼が立っている──
「どうやらフラレたようだな、お疲れさん」
嘲笑を浮かべるヴィルヘルムだが、暴虐の狂気の気配は極めて薄い。
夜こそが彼の世界。闇の不死鳥が創り上げる世界は、どこまでも
美しく。麗しく。まるで夜を使った花束だ。無頼な男からは思いもしない、意外性に突き抜けた絶景を改めて直視した蓮は数瞬、言葉を失った。
そんな相棒の様子を察しているのか、司狼も振り返らぬまま笑いを零す。
「驚いたよな。こいつ、とんだスケコマシだったぜ。この薔薇、全部あいつが集めてきた魂なんだってよ。それを外に咲かせて、愛を! 謳ってるってわけ。純愛だねえ純愛。胸やけしてくるわ。もう最ッ悪」
「そりゃ、てめえら向けに咲かせてるわけじゃねえからなあ。この夜は俺とあいつのもんだ。余所者は拒まれるのが道理だろ。勝手に人の愛の巣に踏み込んで、何をゲロりそうになってんだよ。殺すぞ」
「これが、ヴィルヘルムの世界……」
あの戦闘狂が創り出す世界がこれだと?
冗談も休み休み言え。まるでキャラじゃない。学園の惨状を引き起こしておきながら、
「ほんと……似合わないわね。愛にだけは一途ってこと? その人格で?」
「初恋も知らねえ小娘に愛を語る資格はねえよ。今んとこ一番の負け組だろ」
「ああ、確かに?」
「ここリア充しかいないしな……」
「うるさいわね!!」
螢の剣に炎が帯びる。
着火した激情を叩きつける先は、この夜の主にして支配者。司狼が止めようとしたが、とうに彼女は飛び出していた。
その身が炎へと変生する。黒い髪は赤く染まり、夜の怪物を打ち倒さんとする聖火となる。
確かに歴史は浅いが、それが何だ。みすみす負けてやる道理などない。
燃えろ、燃えろ、猛て盛れ。私の邪魔をするんじゃない──!
六十、八十もの杭の弾雨が、それに迎え撃つ。火炎の斬撃がそれらを焼き飛ばし、櫻井螢という業火が足元の薔薇を燃やす。──その光景に、真紅の眼が不快と嫌悪に染まる。
「穢してんじゃねえ、劣等がァッ!!」
「爆発してなさい、恋愛脳──ッ!」
杭の魔弾を、炎が抜ける。
夜の吸血鬼となった彼の身に、炎は天敵。
接近を許した以上、次の致命傷は避けられまい。それを理解した上で、螢は炎剣を渾身の力をこめて振り放つ。取った──
「──阿呆が」
「えっ……」
その光景は、何ら不可解なものでもなかったし、むしろ在り来たりなものだった。
だが螢が虚を突かれたのも無理はない。徒手空拳、杭の雨を降らせるだけの凶獣が、今、よりにもよって、
「剣──!?」
赤黒い、血で編み上げられた
「退場だ。てめえはここで落ちろ」
「あッ──」
螢を弾き、血の大剣が振り上げられる。
獣が武器を使うという、理解不能の事象を前に、少女は完全に動きを止めていた。
「櫻井──!」
そこへ時間停止の
あと一秒。一秒さえあったならこの屋上一帯を飲み込んで、蓮以外のものは動きを停めるだろう。ならばその猶予を作るのは──
「ボサッとしてんじゃねえ──!」
司狼がトリガーを引き、銃声を轟かせる。
狙いは無論、大剣を掲げる吸血鬼、その頭部。直撃すれば蓮の創造が間に合い、螢は助かるだろう。
だが、それを弾く銃弾があった。
射手は──言うまでもない。
「てめっ……」
「──!」
司狼が遠方のフェンスを見上げた時、銃声で螢が我を取り戻す。
血の剣はもう振り下ろされている。瞬間、反射的に彼女の足は飛びのこうとして、
「ァ──」
司狼の銃弾を弾いたものと、同一の弾丸が彼女の腿を撃ち抜いた。
……それはヴィルヘルムに向かって放たれた銃弾の相殺と、ほぼ同時。神業でしかない早撃ちによって、ここに
──斬、と赤い魔剣が、炎剣ごと細い体躯を切り裂く。
その光景に、広がろうとした時間停止の理が砕け散る。
「櫻井ィイイイ────!!」
直後──彼女から幾百もの魂が解き放たれた。
それは櫻井螢が、これまでの人生で集めてきた実績そのもの。一つ残らず、ここに散華すると同時に魔法陣が起動し、第三のスワスチカの蓋が開く。
「ぁ──ああ、嫌ァァアアアア!!」
嫌。いや、やめて有り得ないこんなこと。
ここで終わる? ここで消える? このまま、あの人たちを救えずに……?
──嫌だ。そんなことは認められない。
ここで、諦めなどしない……!!
「────ほぉ」
スワスチカの陣が開いたと同時、その場に
聖遺物を砕かれたのに死んでいない。まだ生きている。
その事実はすなわち、彼女がここを生き延びるため、ある決断を下したことに他ならない。
「は──はァ、はぁ……!!」
「櫻井……!?」
「──偽槍と再契約しましたか。つくづく諦めの悪い人ですねー」
櫻井螢に起きた事象を口にしたのは、フェンスの上に立つ影だった。
蒼月を背にした少女の長い白髪が夜風に流れる。その右手には巨大兵装を、左手には銃撃の根源だろう銃器が握られていた。
「偽槍……? 再契約……!? おい櫻井……ッ」
「トバルカインの野郎と聖遺物を『共有』したってワケか。咄嗟の判断にしちゃ悪くねえ。むしろそれしかねえわな、てめえの血族は」
「黙り……なさい……」
聖遺物を次々と変えるなど、いくら黒円卓の魔人でも無茶な所業だ。
だがその中でも、櫻井の家系は特殊だ。なにせ偽槍から彼らを
それが偽槍と契約するということ。
この瞬間、櫻井螢は自ら地獄の道を歩むことを決定した。
──全ては、愛しい人たちを救うために。あの人たちを、地獄から取り戻すために──
「……必ず殺すわ、あなたたち。ベイを殺して、レイシア……あなたには自害を命じる。そして私は、絶対にあの人たちを──!」
顔を上げて立ち上がり、その瞳は決意と闘志に燃えている。
これまで集めてきた魂を散華させられ、努力を水泡に帰されてもなお、櫻井螢の闘志は燃え尽きない。
──それを。
「なるほど。
「────────、え?」
従僕の言葉に櫻井螢の思考が停まる。
イマ、アノムスメハ、ナントイッタノダ?
「あーあーあー……惚れちまいそうだわレイシア。いやもう惚れてたわ、惚れ直したわ。なんて女だよお前。手心ねえなあ、最ッ高だなァ、まだ上があんのかよ。俺好みに育ち過ぎだわ。勘弁しろ」
「ちょっ、なんですか。人前で惚気ないでくださいよ。私は純粋に感心して──……あ、しまった。これ螢ちゃんにはオフレコ案件だったわ……」
やらかした、と少女はここで己の失言を知った。思わず素が出る。
今さっき己のルーツを思い出したせいで、
「待ッ……て。待って。待ってよ、待ちなさいよ。今の話って……」
「なに、そういう事さ。スワスチカを開いた奴は城に招かれ、エインフェリアとなる。不滅の
「そっ──」
螢はもはや、言葉もなかった。
救う? 取り戻す? ちょっと待ってよ聞いていない。だって黄金錬成は死んだ人を生き返らせるためのもので、だから私は、だから私は────!
「永遠に殺し合うことは、永遠に生きること……」
先ほど、レイシアが口にしていた言葉を蓮は反芻する。
冗談でも諧謔でもなく、彼女は本気で言っていたのだ。黒円卓の従僕としてその精神性、相応しい以上の言葉はない。
──見誤っていた。甘く見ていた。黒円卓の狂気を。目の前の彼らは──完全に壊れている。
「──……本当に友情ごっこかよ、先輩……」
自嘲するような蓮の呟きに、レイシアは小首を傾げる。
「当然。屋上にキャンプ張ってる美少女がいるか、っての。私の行き先は半世紀前から予約済み。──ヴァルハラと共に在れるのなら、それがどんな形であろうと構わない」
それが彼女の見つけた夢のカタチ。
この長い生涯を捧げるに値する、至上の結末であると認めている。
「……ところで。ベイ中尉、あれだけ殺す殺す言ってたのに、そこの不良少年が生きてるのはどういうワケで? まさか愉しむためだけに手加減していたわけじゃないでしょう?」
従僕の素朴な疑問に、ああ、とヴィルヘルム司狼の方を見る。
「どうもこうも、おまえの後輩だったんだろ? 殺すなら、おまえから別れの言葉くらいかけてやってからかと思ってな」
『────、』
その発言に、螢以外の目が丸くなる。
飾りのない、ごくシンプルな言い分故に、疑う余地はない。
ただの気遣い。
それだけで、彼は司狼を殺さなかったと言ったのだ。
「────更生、しているッッッ…………!!」
「はあん?」
空を仰いで悶える従者の反応に、主人は呆れ顔。
これくらいの道義は当然だろう、と言わんばかりだ。
「……マジか、こいつ……」
司狼の顔も引きつっていた。
伴侶の心情を慮っての行動。
それを俗に、イケメンという。
「……ちょっと待て。あー、中尉殿、学園の奴らをやったのはあんただな?」
「あ? 野暮いコト訊いてんじゃねえクソガキ。黙ってろ」
「うわー、あー。これガチだぁ……うわぁー……」
司狼の野暮な疑問は、幸い今のレイシアの耳には届かなかった。
だが蓮が悟るには、そのやり取りだけで充分だった。
学園の虐殺にレイシアを関わらせなかった。それも同一の理由であると。
「……ヴィルヘルム、おまえ……」
──あの先輩面をしていた少女はまだ、この街で誰も殺していない。
その事実だけでいくばくか、少年は安堵さえ覚えた。思想にはまったく同調できないが、あの白い少女は、まだ平穏の面影を残していると。
「で、このガキになんか言ってやることはあんのかい、レイシア?」
鬼の眼に剣呑な光が宿る。
視線の先は一つ、遊佐司狼。ここからどのような事があれ、必ず殺すと殺気が示している。
だが──
「ほりゅう!!!!!!」
力強く。
ともすれば、主人的にはがっくりと。
いつものように──お預けを喰らう、という展開を彼女は提案したのだ。
「……オォイ、オォォオイ!! それはどういう事だァレイシア、いくらてめえでも限度があるぞ! いや、まさかてめえからソレを食らうとは思わなかったが!? どういう思考だ、どういうつもりだおまえ!!」
「……ダメ?」
「だッ……」
まさかの弁論なし。
つまり、ただのワガママ。
交渉も説得も口車も建前も、一切なし。
少女が得意技とするもの全てを捨てて、ストレートに言葉を受けた主人は開いた口が塞がらない。
「────つまり。いやつまりだ。ここで見逃しておけば、なんか面白え事がある、と?」
頭を押さえ、冷静さを取り戻し、どうにかヴィルヘルムが尋ねる。
それに少女は、
「……たぶん……!」
自信満々に、微妙な笑みを返す。
それでもう、ヴィルヘルム的には色々とどうでもよくなった。興がごっそり削がれた、ともいう。
「あぁ~……まぁいいか。スワスチカは開いた、レオンは折った。戦果としちゃ充分だ。見逃してやるよガキ。三度目はねえぞ」
「どーも。尻に敷かれてんなぁ、おまえ」
司狼の軽口を無視して、ヴィルヘルムは背を向ける。
……蓮は動かない。ここで再び「創造」を発動して挑んでもいいが、二人に気を配りながら、あのコンビを相手取るのは上手くない。
ただ──
「──先輩! 俺、次期部長なんか継ぐ気ないんで! 学校、きっちり卒業してくださいよ!?」
「──、」
少女は一瞥しただけで、笑みの一つも返さない。
蓮が見たのは、別にもう後輩じゃないだろう、という困ったような、呆れ混じりの視線のみ。
……そこで薔薇の園が幻のように、夜に溶けて消えていく。幻想のような蒼い月も同様に。
フェンスに飛び上がってきた吸血鬼の腕に少女が攫われて、二つの白影は、一瞬で闇夜の中に飛び去って行った。
そして──
「……う、ううううぅぅぅ……!!」
屋上に残された男性陣は、同じく敗北者と化した櫻井螢を前に途方に暮れる。
おまえどーすんのコレ? と司狼が視線で訴え。
どうにもならんだろ、と蓮は諦めたような目で応える。
「……ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさない……! なんなのよ、誰も彼も、私を舐め切って……! 挙句にこんな、こんなぁぁあ……!!」
ブルブルと涙を目に堪え、櫻井螢は悔しさ一千倍という様子で震えている。
これまでの努力を、集積した魂を使われた。全て無くなった。
それだけなら怒りと復讐心を支えに立ち上がれたが、行く先は呪われた死者の生ときた。つまり、これまで大事な人たちを取り戻そうと足掻いていた彼女の人生全てが、否定し尽くされたようなものなのだ。
支えは崩れ落ちた。
だが──そこに脳裏で反響する言葉がある。
──愚かさも貫けば不屈となりましょうや。支えが崩れた時はポッキリいきそうな危うさですが、それもまた美点──
あの、何も知らないはずの幼女の、舐め切った台詞が止まらない。ここで折れてしまえば、本当に奴の言う通りになってしまう。それが許せず、意地だけで螢は激情を燃やしていた。
アレは、不俱戴天の敵だ。間違いない。であるのならば──
「──藤井君!!」
「え、な、なんだよ」
立ち上がった螢は、人差し指を蓮に突きつける。
「協力してもらうわ、同盟よ! それとも、今からここで殺し合う!?」
「アッハハハハハハ」
吹き出して笑い出した司狼に、素早く螢の鋭い視線が向いた。
まあ待てよ、司狼は両手を上げて降参のポーズをとる。
「ここで戦ったら、それこそ馬鹿だろ。連中に一泡吹かせたいのはこっちも同じだ。利害は一致してる。同盟、オレはいいと思うけどね」
「いや、しかし、司狼……」
「決まりね。櫻井螢よ。あの幼女は私の獲物。横取りしたら許さないから」
「うわ、またロリコンが増えた……」
「ロリコンじゃない!!」
螢は大真面目に言っているが、司狼の眼は呆れに満ち満ちている。
蓮はというと、
「……まあ。敵の敵は味方、か……」
負けは負けだが、思わぬ戦果だ。
それに、これでようやく、ハッキリと分かったことがある。
「──司狼、櫻井」
「ん?」
「なによ」
言い合っていた二人の視線を受け、蓮は告げる。
「あの幼女と吸血鬼、絶対にボコすぞ」
もう決して相容れないのは理解した。
彼らは完全にあちら側。再戦の暁には、必ずこの手で打ち倒すと目標に定める。
──夜の月光が
この街で巻き起こる戦争は、まだ始まったばかりだった。