幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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  今は虚の幕前劇 - 0

 ────別の世界に行きたいと思っていた。

 ここではない別の世界。別の時代。別の次元に。

 なぜそんな渇望を持つに至ったのか? 理由は簡単だ──生まれた時から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 俯瞰風景。

 どれもこれも、わたしの眼には低次元のものに見える。

 劣っているとか、下らないとかいう意味じゃない──説明は難しいが、言葉通りの意味だ。わたしはこの世の何もかもが、()()()()稿()()()()()()()()に見える。

 

 仏教用語でいえば、「天眼」とでもいうのだろうか。

 あらゆるもの、総てを見通す神の眼。わたしはそれを持って生まれた人間だった。いや、こんなの持ってる時点で常人じゃねえのは明白なのだが、とにかくそういう機能を持って生まれたのがわたしだった。

 

 だから願った。

 こんな分かり切った世界にいたくない。こんな世界じゃなくて新しいものが見たいのだと。

 

 その渇望の結果、視点は夢の中で繋がった。

 より高高度の次元──この世界を俯瞰できる視座に、繋がってしまった。

 

 そして視て、知って、獲得した。

 この世界の成立経緯。神座システム。いいやもっともっと根幹にして原点。娯楽作品として創られたという冗談のような真実。

 

 

 それは創作的にいえば原作知識と呼ばれるモノだった。

 

 

 まさかのノベルゲーということには驚きだが、まあ、世界の真相なんてそんなもんかもしれない。

 

 

「……クリスマス、か。ほんと変わらないなこの国は」

 

 ──久々の故郷は雪の降る季節だった。

 店の硝子窓には白いコートを着た、金髪を伸びっぱなしにしている女──冴えない自分の姿が映っている。

 両親、親族なんてものはいない。孤児院育ちにして天涯孤独。二十年と少し生きてきたが、知人や友人たちとの縁もことごとく長続きしなかった。だけどそんな自身の境遇なんて、どうでもよかった。

 

 特に何をするでも、何をしたいでもない。

 ただただ、生きていた。ぼうっと、凡人らしく生きていた。人々が人並みに持つ「熱意」に憧れて海外に飛び込み、それなりに戦場も歩いてみたが、わたしの気質に変化はなかった。

 

 虚無──そう、一言でいうなら()()だった。

 何をしても生きている感じがしない。何をしても愉しめない。何をしても面白くない。

 この世界に、飽いている。

 

 だから唯一の趣味といえるのは原作知識を初めとした、虚構の物語を反芻することくらいだった。誇大妄想家の在り方としか言いようがないが、精神の安定剤としては充分だった。皮肉なことだが、コレがなければわたしはどこかで暴走していたかもしれない。それこそ、

 

 こんなつまらない世界、さっさと総て消え去ってしまえばいいのに、とか。

 

「ま、それこそ愚行だな」

 

 軽く首を振って歩き出す。

 精神異常者であることは承知の上だが、客観性まで失いたくはない。

 どんなにつまらない世界でも、その思想を他者に押し付けるのは暴力だ。それはいけない。

 

 ──この世界が優秀である事実は、間違いないのだから。

 

 面白みはないが有能、それがわたしから下せる評価だった。そしてその有能性を認めるからこそ、こうしてひっそりと生きていた。

 

 

 第五天。第五神座。黄昏輪廻転生(アニマ・エンテレケイア)

 人の魂は輪廻する。人生の可能性を追い求めて進化を続け、巡り巡っていく。

 それが今の世界であり、愛と慈愛と幸福で廻る理だった。

 

 

「……とはいえ」

 

 わたし自身としては辟易している。呆れている。

 いつまでこんな事を続けるつもりなのかと。いつまでも続けられるものなのかと。

 慈愛とは言うが要するに放し飼いだ。全員が幸せになれば素晴らしい世界になる、なんてことはない。万人の幸福が満たされた世界などありえない。

 

 そしてこれを運営する神の慈愛も永遠とは限らない。

 

 そう思えてならないのだ。だから呆れている。呆れ返っている。早々に後継者を探すか育てるかした方がいいと思っている。人類は成長するが神は不変の存在。──その決定的な違いが、いつかこの時代に牙を剝くような気がしてならないから。

 

「ま、わたし如き凡人が世を憂いても仕方ないんだが」

 

 幸福ともいえず不幸ともいえず。

 どっちつかずの中庸人が、ぐだぐだ駄弁してても何が変わるわけでもない。というかむしろ、なんでこんなわたしに、こんな「眼」があるのかが疑問なんだが──

 

 

「────────こっちだよ、レンー!」

 

 

 雑踏の中、やけに、美しい声を聞いた。

 美鳥が通ったような、天使が不意に地上へ声をかけたような、そんな声。

 なんとなく惹かれて、視線を向けた。

 

 それが、全ての間違いだった。

 

「──、」

 

 そこには、ツリーがあった。そしてその下には、白いコートを着た/金髪の/十七歳の/少女/チガウ/アレは/人間/じゃない/アレは────アレはアレはアレはアレはアレは何だ──!?

 

「マルグリット・ブルイユ……」

 

 ()()()名を、口にする。

 最上。最美。最悪。無窮。永劫。神性。不変。究極。無限にして不滅。

 ──そんな単語群が頭を埋め尽くす。事実アレは、そういうものだった。

 

「……?」

 

 ふと。不意に。

 その眼が、此方を見た。

 きょとん、と名を呼んだ此方を不思議そうに見ていた。

 

「……!」

 

 ──逃げろ、やめろ見るな。

 止まっていた足が下がる。後じさりする。

 おかしくなる。あんなの見ていたらおかしくなる。わたしが、わたしという存在が、ああクソ、そういう事かよ、マジで言ってんのかよそういう事かよそういう事かよそういう事かよ──!!

 

「──ごめん、遅れたマリィ。……ん? どこ見てるんだ?」

 

「あっ、ううん、なんでもないの!」

 

 彼女の傍に少年がやってくると、向こうの視線は此方から外れた。

 見る限り、二人は恋人なのだろう。少年も少女も、お互いに付き合わせた顔は、そうとしか言いようがない。

 

 ──とても──

 ──その横顔は、幸せそうで──

 

「……………………は、はは」

 

 乾いた声が漏れる。

 笑うしかない。

 笑うしかない。

 こんなのだって、笑うしかない。

 

「あ、あのっ……!」

 

「──!」

 

 いつの間にか俯いていた。そしてかけられてきた声に、ゾッとする。

 弾かれたように顔を上げてしまう。そこには先ほども見た、金髪の少女が立っている。

 

「貴方、苦しそう……その、だ、大丈夫、ですか!」

 

「────」

 

 ぶっ殺そうかと思った。

 心臓が氷みたいに凍てついて、一分前まであった自分の精神なんかどっかに行って、身を焼き尽くすような殺人衝動がわいた。

 

 ──だけど。

 

「……いいや。いいや、大丈夫だよお嬢さん。わたしの顔が景気悪いのはいつもの事なんだ。心配されるようなことじゃあない」

 

 自分の理性を、意志を、結集した。

 衝動を力づくで抑え込む。この少女を害そうとする本能を捻じ伏せる。

 

 釘でも打ったように地面に張り付いていた足を引きはがす。歩き始める。全身全霊をかけて、命がけで歩き出す。──ああ、歩行がこんなに困難に思うなんて、思いも寄らなかった。

 

「……あの、すみません。こいつ、いつもこんな調子で──」

 

 少女の後ろにいた少年からそんなフォローが聞こえてくる。

 わたしはその顔も見ないまま、すれ違いざま、

 

「──幸せにしてやれ。それ以外の結末は許さない」

 

「え……?」

 

 突き放すように、言い捨てて。

 どこまでも、どこまでも、決して振り返らないように、その場から歩き去っていった。

 

 

「──は、はは、はははははは……!!」

 

 笑う。笑う、笑う、笑う──もう限界だった。

 少年と少女の視線から逃れ、気配すら感じないほどに遠くまで来た瞬間、精神が破裂した。

 

 脱兎の如く走り出す。追われているかのように駆け始める。初めて鮮烈に強烈に抱くこの「感情」を、笑いながら消費する。

 絶対に絶対に絶対に絶対に振り返らない。身の内に猛る憎悪を原動力にして、ひたすらに走り続ける。

 

「ふざ、けてん、じゃ、ねえ……」

 

 ふざけるな。

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。

 頭おかしいのか。世界狂ってんのか。そんな事があるのか。馬鹿じゃねえのおかしいだろうが。

 

 ────脳裏にチカチカと明滅するのは、先の記憶だけだった。

 

 笑う顔。幸せそうな顔。幸福だと、それ以外に解釈しようもない少女の笑顔。

 

 

 ──アレが。

   心底、

   本当に、

   憎くて憎くて、仕方がない──!!

 

 

「──ッ!」

 

 その時、路地裏を無理に突っ切った先でつまづいた。

 バランスを崩して倒れかける。全力疾走していたので、相応のダメージは確実だ。己の愚かさに歯噛みし、衝撃に精神が備えようとした時、

 

「っと──危ない」

 

 横から、手が伸びてきた。

 腕を掴まれ、抱き留められるようにして転倒を防がれる。虚を突かれつつも顔を上げると──そこには見たこともねえ、金髪の美青年がいた。

 

「──うわっ」

 

 ゾッとした。

 いやもう、さっき視た女神並に、ゾッとした。

 

 反射的にバシッとその体を突き飛ばす。よろけながら、しかし典雅な高級コートを着た美青年は意外そうな顔になってこっちを見ていた。

 

「君、大丈──」

 

「うるせぇ黙れ死ねこのクソカス」

 

 印象も態度も反射なら、言葉も反射だった。

 なんだこの邪神ふざけんな。

 その一心で言い捨てて、そこから全力で離脱していく。

 

『──き、貴様ァァア──!! 今なんと──!』

 

『うわうわうわっ! ちょ、落ち着いてくださいせんぱーい!』

 

 ……どうも大人数だったらしい。もう振り返らないので定かではないが、青年の友人らしき者らからの怒号が聞こえてくる。

 知らねえよ馬鹿野郎、おまえらこそ頭おかしいんじゃねえの。

 

「──あぁクソ、ちょっと冷静になれちまったじゃねえか」

 

 足を止めないまま、取り戻した理性を利用してこの街の地形を思い出す。

 地図なんか参照する必要はない──というか、周りを見れば、自分が大体どの辺を走っているかはすぐに分かった。このまま、郊外の廃ビルを目指していく。

 

「……つか、そうだよ。あんな連中、勝てるワケねーだろ」

 

 あの美青年と、少女の傍にいた少年。

 あいつらは同僚だ。たぶんそんな感じだ。女神を害そうとすれば、すっ飛んでくる防衛機構だ。

 

 守護者、と言っていいのかもしれない。

 この世界を守る、女神の味方。世界の味方。絶対正義。

 

「──無理。絶対無理。あんなのと戦えるわけないだろふざけんな……!!」

 

 『原作知識』を参照して改めて震え上がる。よくさっき助かったなわたし。いやほんと、今の向こうが人間でよかった。本当に。

 

 そこで廃ビルに到着する。鍵をぶっ壊して階段を駆け上がる。屋上へのドアを蹴り破る。

 黄昏の空が、そこに広がっていた。

 それを前に、ようやく疾走してきた足も落ち着き──息を切らしながら、歩き出す。

 

「……ここが終点か」

 

 終わりを、告げる。

 あの少女(マリィ)を視た瞬間、出会った瞬間、完全に理解した。自分がどういうモノで、どういう役割で、どういう意味があるのか、どういう存在なのか、何もかも。

 

「ったく、冗談じゃない」

 

 死にたがっている。

 わたしではない──あの少女が、幸せそうな笑みを浮かべていたあの少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……より正確にいえば、()()()()()()()()

 自分なんかいなくなってしまえばいいのにと──自分を責めている。

 

 自覚は薄いだろう。無意識下での精神活動だろう。それくらい、彼女は世界を愛している。皆、幸せになってほしいと願っている。そう思いながら、世界を見守っている。

 

 だけど同時に、自分など消えてしまえばいいとも、思っている。

 どうしてもどうしても、愛を届けられない人間はいる。救えない者はいる。長い長い永い治世をもってしても、総てを救うなんて、皆を幸せにするなんて、どだい無茶な話だ。夢物語だ。

 

「……だから、わたしが生み出された」

 

 

 ()()()()()()()()()()自滅因子(アポトーシス)

 

 

 神の玩具。神の端末。神の対極。

 それが唯一、わたしの正真正銘の正体で、真実になってしまった。

 

 ──血、血、血、血が欲しい。

 ──ギロチンに注ごう、飲み物を。

 ──ギロチンの渇きを癒すため。

 ──欲しいのは血、血、血──血が欲しい──!

 

 処刑しろ。

 処刑しろと、遠くから大観衆の絶唱が聞こえてくる。

 あの女神の首を斬り落として血を与えろと、絶え間なく、頭の中に響いている。

 

 わたしはまったく知らない記憶だが、この声がわたしという存在の起源なのだろう。

 女神を殺すモノ。殺せと叫ぶモノらの概念具現。

 事実、彼女の生涯において、彼女を責め立てる記憶はそれっきり。自責の声は処刑を望む民衆の声となり、自滅因子(わたし)の根底に焼きつけられている。

 

 ──ごめんなさい。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 もう嫌だ。救えない。救えない。救えない。救えない救えない救えない。

 幸せにできない。わたしのせいで、苦しんでる。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、わたしなんかが神様になってごめんなさい。ああ、ならばもう、いっそのこと────!

 

 

「──それはない。いくら女神(おまえ)が自分を責めようと、この世界が間違ってるなんて言わせない」

 

 

 完璧な世界はない。この黄昏世界にも欠陥があることは認める。だけど「消えてしまえばいい」と切って捨てるには勿体ないほど優秀すぎた。少なくとも──自滅で終わっていいような世界じゃないだろう。

 

 というか第一、()()()()()()()()()()()()()()

 発生起源がなんであろうと、それだけは否定させない。

 わたしの時間を生きてきたのはわたし自身で、他の連中でも、ましてや女神でもない。

 

 つまらない人生だったけど。

 劇的でもない、退屈でもない、平凡な時間だったけど。

 ちっぽけで下らなくて取るに足りない人生だったけど。

 

 それでも。

 女神(おまえ)を殺すためだけに生まれて、生きてきただなんて、言わせない。

 

 

あの笑顔を壊すことが役割だなんて馬鹿馬鹿しい。

それは確実に、間違っている。

 

 

「わたしの終わり方はわたしが決める」

 

 たとえそれが、酷く陳腐なものだとしても。

 ドラマ性の欠片もない、朝のニュースで消費される程度のものだとしても。

 

 ……それでいい。それがいい。もう、なんでもいい。

 誰かに殺されるのもイヤだ。誰かに憎まれるのもイヤだ。誰かと戦うのもイヤだ。

 そんな苦痛から逃れて、自分の生きてきた道を残すには、もう、それしかない。

 

 黄昏が死ねば世界も終わる。

 わたしは神様の自殺を手引きすることしかできない。

 生きていい理由も、生きるべき理由も、存在しない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこうして、ぐだぐだと躊躇うのも終わりにしよう。

 

「……ああ。後悔なんて、ないとも」

 

 屋上の手すりを乗り越える。

 見下ろす地上は遥か遠くに。

 ──死が、足元に広がっている。

 

『────それで本当にいいのかね?』

 

 ……聞こえた幻聴に、知らず、笑ってしまった。

 

『その行いは無意味だ。君は死ねない。死ぬことを許されていない。落下したとて、生き返る。()()()()()()()()()()。どうあれ、君は己が役割を果たすまで、果てることはできない』

 

 ……まあ、神様の端末だしな。

 そんなことは察している。解っている。すっごく痛い想いをするだけで、何事もなかったかのように、死は復元される。わたしは生き返って、死体になったまま、あの女神を殺しに動くだろう。

 

『挑め────我が友ならば、或いは』

 

「冗談」

 

 くは、と嗤った。

 なんだなんだこの世界。あの女神野郎、守護者は三人かよ。そりゃそうか。にしたって守られすぎだろ。堅牢すぎだし、過保護すぎだろ。クソゲーすぎだろうが。っつーか、これから死ぬって奴にサービス良すぎだっつーの。

 

「冗談じゃねえよ。与えられる死に何の意味がある。本当に欲しいものは掴み取るものだろうが」

 

『──ならばこそ』

 

「挑めと? 戦いの中の死こそ至高なり? ンな破綻者じみた思想は男どもだけでやっていろ。馬鹿馬鹿しい、下らねえ意地だの欲求だので拳を握るアホじゃないんだよこっちは。意味不明だわ。理解しがたいわ。男の陰で舞台回してやんのが女の仕事なんだよ。だからてめえらは表で理性カッ飛ばして馬鹿面晒してカッコだけつけてろ。美人薄命、良い言葉じゃないか──刹那に煌いて消えないキズ残してくって意味だろう?」

 

 黄昏を仰ぐ。

 その泣きたいぐらいの輝きに、目を細める。

 

「それとも──おまえは、この世界を終わらせたいと願うのか」

 

 そこで幻聴が完全に止んだ。はっは、どうやら完全論破してしまったようだ。

 かける言葉もなくなった、とはこういう事だ。

 

「じゃあなぁ、馬鹿野郎ども。せいぜい勝手に傷ついたり、迷ったり、悩んだりしていろよ。わたしは先に上がらせてもらう。────こんな世界、生きてられねえよ」

 

 ためらうことなく、踏み出した。

 足場はない。道はない。あるのは分かり切っていた、一方通行の終点だけだ。

 

 輪廻転生の『次』に希望はない。

 可能性なんか模索しないし求めない。

 わたしはこれからずっと、同じことを繰り返すだけだろう。

 ここから先には、どこにも行けない。いや、行かない。わたしは──ここに留まることを選び続ける。

 

「──Atziluth(アティルト)──」

 

 宙に身を投げた瞬間、己が原点に到達する。

 

 何もない無。

 何もない虚。

 

 消えてしまえ、消えてしまえ、消えてしまえ。

 

 わたしが生きてきた人生(じかん)、その総て。

 わたしを作ってきた記憶(かたち)、その全て。

 人格、思想、決断、過去、なにもかも。

 

 この命を、この存在を──虚無に帰す。

 

 総てが暗闇になる、その果てで、

 

「──ぁ」

 

どうして(なんで)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 あ──

  ああ あ────ああ──

 

 あああああああああああああああああああァァアアアアアアア────!!!!

 

 

 なんでなんでなんでなんで落ちる嫌だ死ぬなんでなんでなんで嫌だ嫌だなんで飛び降りたなんで消したなんで捨てたなんで諦めたなんで決断したなんで忘れたなんで分からないなんでなんでなんでなんで────!!

 

 ……ずっと閉じ込めていた感情が溢れ出す。

 それを認めたが最後、わたしはもうこの世界を憎むしかなくなると気付いていた。嫌悪するしかないと気付いていた。そんな存在になりたくなかった。だから遠ざければいいと思った。俯瞰した視座なら諦観するだけで済む。憎みたくない恨みたくない──だって誰も悪くないんだから。

 

 でも、本当は。

 

 本当は。

 本当は。

 本当は……!

 

 なんでも視える眼なんていらなかった生きたかった愛されてみたかった生きたかった誰かに触れたかった生きたかった死にたくなかった生きたかった助けてほしかった生きたかった縋りたかった生きたかった消えたくなかった生きたかったあああああああ誰か誰か誰か誰か誰か──!

 

 

──大丈夫、幸せにしてみせるから──

 

 

 ──聞こえた神の声に正気を取り戻す。

 だがもう、まともな人格も理性も残っていやしない。

 死の間際にあったのは、身勝手な激情だけだった。

 

「何が大丈夫だ幸せだ貴様!! ああああ来るな来るな廻すな廻すなもう嫌だもう生きていたくない嫌だ生きるくらいなら幸せなんかいらないからお願いだからやめろやめてくれ関わらないで、消して消して消して消して殺せ殺せ殺せ殺せ!!!

 

 黄昏の手が伸びてくる。

 ()()()()()()()()()()()()と指を伸ばしてくる。

 

 あなたはあなたを消してしまうけれど、わたしが何度でもあなたを生かすから、と。

 

「違う──違う、ちがう……!!」

 

 泣きじゃくる。

 もう絶対に成立しない没交渉に絶望する。

 

 違う、違うんだよマルグリット。

 わたしはおまえに会う前から終わってたんだ。終わってる存在なんだ。排除してくれ頼むから。

 こんな眼を持ったまま、同じ世界でなんて生きていられない。絶対に無理だ。終わらせてくれよ頼むから。

 

 これ以上の幸せなんていらないから!!

 今まで生きてこられただけで、もう充分だったから……!!

 お願いだからお願いしますもう嫌だ生きたくない嫌だ、わたしの死まで奪わないで…………

 

 

 後悔と嘆きはどこにも届かない。

 全てを捨ててなお、何も得られることはなく。

 

 

 ────わたしの輪廻の地獄は、こうして始まった。

 

 




虚無>色々マズイんで死にます(ガンギマリ
女神>救うよ大丈夫!(善意100パー
虚無>大丈夫じゃないです(全ギレ

 というわけで幼女のルーツ。第五神座における彼女の立ち位置、過去編その1。今回の話を踏まえて前編の幼女の言動など振り返ってみるとちょっと楽しいかもしれない。ベイ中尉はパーフェクトコミュ強。


第五神座
 既に運営開始から数万年が過ぎている。
 定期的に邪神が沸き、文明をリセットし、それを守護者たちが鎮圧して継続している世界線。
 因果の狂いにより黄昏アンチ勢も出てくるのが遅れている。逆説、それはこれから出てくる、ということもであるが。
 救ってはいけないものまで救おうとするのがこの世界の欠陥。深すぎる慈愛は例外なく総てに向けられる。それが女神の首を絞めることになったとしても。

■■■■■
 天眼+覇道虚無+自滅因子←new!
 幼女の遥か昔の前世。伏字は彼女の名前である。
 完全なる「第五神座出身の現地人」であり、天眼によって原作知識を得た人。

 なんでも見通す眼により、宿主の触覚を一目見ただけで正体を看破、と同時に己の役割を自覚→自滅因子に覚醒した。原作知識こそあったが、まさか女神の対極存在とまでは目撃するまで思い至っていなかった。覚醒条件は「目撃」だけで達成される。天眼自体は(無意識にだが)マリィが自分を見つけてもらうために授けたもの。「眼」に関することは第一話で水銀が実は匂わせていたり。直視の魔眼との相性とかもね。

 天眼は公式設定から解釈するに、覇道神が持つ権能のようなもの。肉体ではなく魂が持つような機能なので、転生しても引き継がれる。黄昏の理は「排斥」する機能を持たないため、無いハッピーエンドを求めさせられる苦行と化してしまった。通常、自滅因子は宿主の神が死ぬまで死ねないが、黄昏の輪廻転生なら、肉体・記憶リセット→再スタートができるのでは、と本作では定める。

 自滅因子となれば、つまり最終的に女神と、その三守護者と対決する宿命を決定付けられるようなもの。原作知識が更にその絶望を後押しした。自滅因子の業として、生きようが死のうが最終的に女神を追い詰めることになる。クソゲーライフオブザイヤー受賞である。圧倒的に詰み。

 地獄への道は善意で舗装されている。
 これから先、転生される度に彼女は自殺し続ける。──きっとそれは、女神の心が耐え切れなくなるまで。


 第五神座に真の邪神が現れるまで、あと数百年。
 そのとき彼女は、何を決断するのか?

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