幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「っぅ──……う、ぐ、っっっ…………!」
……せり上がってくる嗚咽を堪えていた。薔薇園の地に伏して、必死に感情を抑えていた。
そういう事かぁ、と納得する冷静な自分がいる。だから今更なんだ? と割り切る思考がある。泣くほどのことでもそこまで感情移入すべきことでもないだろうに、と呆れる意識がある。
それでも歯噛みする。蘇ってきた記憶が痛くて精神が軋む。自分を捨ててきた行為とその後悔の火に焼かれそうになる。自業自得に涙するなんて情けない。それを恥じて、そんな自分が嫌過ぎて、声を堪えていた。
「……ガキのナリしてなんで瘦せ我慢なんかしてんだ、てめえは?」
「ッ!」
この薔薇園は彼の内的世界。集めてきた魂が幾万もの薔薇として咲き誇り、蒼月が夜空に輝くここは私たちしか入れない。
……いや、しまった。本当に従僕失格だ。こんな情けない姿を主に晒すわけにはいかない。だから早く立ち上がっていつもみたいに──
「強くなるコツでも教えてやろうか? 叫びてえ時ゃ叫べばいいんだよ。ありったけの力でな。……あー、だから、泣きたい時ゃ泣けばいいだろって話だよ」
「うわーん!!」
そこで限界だった。決壊した。本当に恥とかそんなの知らずに子供みたいに泣きじゃくる。
幼女ギャン泣き。
ちょっと自分でもどうかと思うくらいの泣き喚き具合だったが、そこで更にすくい上げるように抱きかかえられたのが追撃だった。触れる。泣く。縋りつく。腕の中で、半世紀に一度あるかないかぐらいの、本気の大泣きを披露してしまう。
──レイシアの前世。私の起源。虚無に墜ち続けた、死人の記憶。
ただの一度の例外もなく、黄昏の女神に刃を向けることなく──自分で自分の幕引きを行い続けた、救いようのない人間。
頑固で臆病。神と敵対なんて出来るはずもない。だってよく考えてみてほしい。
我ら黄昏防衛神。
刹那、水銀、黄金────原作知識を得ていた彼女は、彼らと出会う前に完全に戦意が挫けていた。マリィと同格? それがなんだ理由になるか? 戦うべき理由になるのかふざけんな。
そういうことである。
日和ったのである。
当たり前の話だった。
あんなのと戦って怖い思いをした果てに死ぬくらいなら、自分で死んだ方がマシだ。
英雄の器ではなかった。神の視点を手に入れたのは凡人だった。英雄譚も少年漫画のような山も谷も逆境もなく、ただただ面白みもなく、自殺を選び続けた。
……もっと早くに気が付くべきだった。
総てを幻想視するということは、総てを否定しているということ。
それは総てを抱きしめたいと願う、幸せの祈りとは対極にあることを。
だからあの結末。
これが私の正体。
思ったより邪悪でなくて一安心だが、思った以上に救いようがない愚者すぎて死にたくなってきた。アレが前世とかマジで言ってんのかよ。レイシアってもしかして生き恥なんじゃね? そんな気すらわいてくる。なんで時を遡ってまで転生してんだよ。必死か。馬鹿か。
「……はあ」
幻想。虚無。夢幻。
この私を成立させた要因を仮に挙げるとしたら、つまりそういう事なんだろう。
どのように行動したところで、0という起点に還るだけものモノ。
何も手にすることが出来ないのなら、その存在は無意味と同義──
「──おいカス。このクソボケ娘、勝手にネガッてんじゃねえぞ」
「!!」
急に話しかけられて心臓が飛び出すかと思った。
思わず固まっていると、ぐいと顔を上向かせられる。
「てめえのデタラメに今更理由がついたからって何なんだよそれは。知ったこっちゃねえだろうが。そもそも無意味に砕けるモンなんかありゃしねえ。そいつはおまえが刻んできた道じゃねえのか?」
「はうっ……」
真紅の眼に強く見据えられては、もう反論なんて出てきやしない。
このひとはいちいち株を上げなきゃ済まないのだろうか? 好き! やっぱりベイ中尉は最高のご主人だぜ! ──と思った途端、ベイ中尉は急に黙りこくって、再びこっちを抱きしめて、私の肩に顔を隠してしまった。
「……あの、ベイ中尉? ヴィルヘルムー?」
「……、」
決意の沈黙。
表情も分からなければ、どういう気持ちなのかも不明だ。ど、どうしたんですかアナタ。
「……あのぅ」
「うるせえ」
「えー……」
なにこの取り付く島もない様は。
不機嫌? 不機嫌というか、なに? 落ち込んでる……? て、ていうかアレ、さっきの言い方からして、彼もさっきの記憶を見たんだろうか。あははー、いやぁ、お見苦しいものをお見せしてしまったようですね。あのー?
「……なんか泣いてません?」
「……泣いてねえ」
「じゃあなんか、落ち込んでません?」
「……腹ァ立ってるだけだ」
ぜんぜんそういう声色じゃないんですけど。
なんか弱々しいニュアンスが入ってる感じなんですけど、ねえ。
「……よォく分かったよ。てめえはつまり、放っておくと『ああなる』ワケだ」
「え。い、いや、そうかは分かりませんよ? 昔はあくまでも昔──」
「物置部屋」
「うッ」
……た、確かに、目を離すと自滅に突っ走ってるな、私……
それが宿業ってやつだろうか。水銀野郎から魔名を与えられなかったのも、そういう?
「ま、まぁ……そのー……そんなに、お気になさらず。ほら、もう終わったことですし」
「……おまえな。嫁が自殺衝動持ちって知った側の気持ちが分かんねえのか?」
「…………」
……それは、もう……
……言い訳も、弁明も、なにも思いつきません……!!
◆
チッ、と舌打ちする。
「クソがよ……」
箸にも棒にも掛からない、そんな夢を見た。
呆れ返って物も言えない。愚かにすぎるとか、馬鹿だとか、そんな次元を超越した三文悲劇に嘆息する。
自分のために自分を殺す。
そう確固として思いながら、その実、己を殺す世界を肯定する意味不明。
救えないし救われない。手に負えないとは、ああいう事だ。
生まれる世界が悪すぎた。
奴の運命は、どうしようもないほどに詰み切っている。
──とりあえず苛立ちが収まるまで存分に気の済むまで拘束した後、レイシアを解放する。
やや微睡みかけていた奴は、ハッと意識を取り戻し、いそいそと腕から抜けていった。
「では改めまして──スワスチカの開放、おっめでとーございまーす!」
パーン、と銃声にも似た音で鳴るクラッカー。
俺の前に立ったまっ白バカ従者は平常運転。なるほどあの過去夢らしきモンを見た後なら、このデタラメな精神強度も頷けるというものだ。
「……」
しかしこいつこの野郎。
あんだけ泣きやがって、挙句あんなモン見せておいて、切り替えが早すぎだろ。
「晴れて黄金の恩恵、内定ですねー! 従僕うれしい!」
「おまえな……」
「はいこれ勝利の美酒~。こっちはケーキ~。ここでなら『空想具現』も使い放題ですからね。お祝いパーティめっちゃしましょう。いぇいいぇい、祝辞も用意していますが聞きますか!?」
……ここは俺の内的世界にして影の中。
血盟の繋がりによって入ったここでは、このロリも現実世界以上に自由気ままである。
祝い自体はいいが、しかし──優先順位というものがある。
「後にしろ。はしゃぐのは構わねえが、レイシア──」
「…………、」
なんか言うことあるんじゃねえのか、と睨むと、察しの良い従僕は肩身をすぼめる。
別に、校舎の屋上で獲物をオアズケにされたことを言ってるんじゃねえ。つか、あんなのは正直どうでもいいというのが本音だ。最優先で聞き出さねばならないことは、こいつにある。
ややあって。
「……あの、ヴィルヘルム。ちょっと、お話がありましてね……?」
しゃがみ込んで、恐る恐る言い出しやがる。
それに俺は深く溜息を吐いて、その小さい白頭をがしがし搔きまわす。
「……言い出さなかったら一発殴ってたところだ。聞いてやる。座れよ」
リアクションも忘れて固まっている阿呆に命令する。
本当にこいつは、手がかかる……
※
「初めの異常は、大橋でハイドリヒ卿が降臨なされた時ですね」
──レイシアの話はそんな切り出しで始まった。
夜に花弁が舞う中、膝に座った白薔薇を感じながら、俺は黙ってそれを聞いている。
「より正確にいえば、その時……ツァラトゥストラの使う聖遺物に宿る魂、マルグリットに、『穴』を開けられた時でしょうか」
「彼女はいわゆる、求道神と言いましてね。この世における存在の中で、最高位に位置する魂の持ち主です。それこそハイドリヒ卿に対抗できるほどの。ただまぁ、使い手が未熟なので、今は発展途上なのですが」
それがメルクリウスの固執する「女神」とやらか、と尋ねればコクンと頷かれる。
「お察しの通り。今回の戦は、彼女のために引き起こされた歌劇です。黒円卓の皆さんと戦わせて、経験を積ませて、彼女を押し上げる──“次代の神”にする。これがまあ、水銀の描くメインシナリオですね」
「────、」
いきなり話が飛躍したせいで、一瞬、何事かを理解できなかった。
ちょっと待て。だったら黄金錬成の話は一体どこに消えやがった。というかその話しぶりだと、まるで──
「ハイドリヒ卿は嘘を言ってませんよ。ただあの人のことでしょうから、どうせ全て察した上で、これをやってるんだと思いますが。要するにあの方の目的は、既知感を打破することですからね。どういう結末を迎えるにせよ、愉しめれば問題ないのでしょう」
「……レイシア。てめえ、もうちっと要点をはっきりさせて喋りやがれ。結局、その女神とやらと、おまえはどういう関係なんだよ」
「……それは……」
「言え」
「……私は彼女の自滅因子なんじゃないでしょうかねえ」
…………ああ、やっぱりそういう事になるのかよ。
なんとも言えず、言葉が思いつかずに、少女を抱く腕に力が篭る。
「えーと……じゃあ、時系列順に話していきましょうか。
──まず、この儀式が完遂されて、マルグリットが神になった世界がありました」
時系列順とか言いながら、未来の、しかも仮定の話から始まりやがった。
解説さえも好き放題なのかこいつは。と呆れながらも、とりあえず聞いてみることにする。
「そしてまあ、めっちゃ時間が経って、彼女の自滅因子である私……の、オリジナルというか、存在のルーツにあたる個体が誕生しました」
ちょっと待て、といったん話を止めた。
どうぞ、とレイシアが言う。
「──そもそも自滅因子ってのは、なんだ。どういうものなんだ」
「ああ、自壊衝動の神版ですよ。えーと、要は『神様の自殺衝動を司る存在』ですかね。宿主を殺すために生まれて、宿主が死ぬと一緒に死にます」
「……」
「ちょ、ヴィルヘルム、苦しい」
苛立ちに歯を食い締める。
ふざけた話だ。まったくふざけた話だ、これは。
「つ、続けますよ? 色々あって、その時代の『私』は亡くなりました。けれども、マルグリットが神としての力──輪廻転生の能力によって、『私』はこの世界に、レイシアとして生まれ変わりました」
「……時間が逆行してねえかソレ」
「はい、してます。そこは……何でしょうねえ。やっぱりマルグリットファン筆頭の水銀が手を貸したんじゃないでしょうか」
メルクリウスのようなトンデモ助力者がいた、とでも言いたいのだろう。
ひとまず俺はそう解釈して、先を促す。
「転生した私は、水銀に拾われ、黒円卓の皆さんに、ヴィルヘルムに出会うことができました。そこは言うまでもないですね。そうして現在、マルグリットの求道神という殻がハイドリヒ卿に壊されたので、私も現在、求道から覇道にジョブチェンジを始めています」
「──はア?」
「まず私とマルグリットは、この時代、同じ時間軸に存在するはずがない。そも、私のオリジナルの発生時期は遥か未来ですからね。だから生まれてから数百年間、私も彼女も、お互い求道の殻に篭って不干渉を貫いていた」
「……求道求道というが、そりゃ聖遺物の発現タイプとは別の意味なのか?」
「ええ。『創造』の一段階上、『流出位階』かつ求道タイプなのが私たちです」
絶句、とは今この時のことを言うのだろう。
創造の上? そんな奴がいるなど聞いたこともない。というかハイドリヒ卿でさえ未だ到達していない地点だ。それが、まさか、こいつが──?
「ですが、求道神では世界の覇者にはなれない。自分の世界に篭るのが関の山です。人の形をした異世界、彷徨える特異点。覇道神が大海を塗りつぶす一滴の墨なら、求道神は海の中で輝くダイヤモンド、みたいな」
「……なるほど」
要は、創造の上だと言っても、自己完結で終わる無意味な存在。
外界からの干渉がない限り、己に埋没しているだけのモノ。
だが、しかしだ。
「……おまえ、思いっきり外界に関わってたじゃねえか?」
「そこは水銀野郎の手腕ですかねー。私を見つけ出して、外と関わらせた。──ほら、家じゃ誰にも気付かれたことがなかったって話、前にしたでしょう?」
「……ああ」
レイシアの生家での生活。
確かにそれは、もう随分と昔に聞いた話だ。
逆説的に、その時点のこいつを見つけられるのは、メルクリウスだけだったということか。
「話を戻しますと。マルグリットの殻が壊れた時、連鎖的に私の殻も壊れた。求道から覇道へ。ジョブチェンジってのはそういう事です。このまま、物凄く上手く事が進んでしまったら、私にも次代の神になれるチャンスがあるというわけです」
「なるつもりねえだろ、てめえは」
「あは、分かります?」
考えるまでもない。
資格を手に入れたからといって、世界を掌握したいなどと考える奴ではない。生きているだけで楽しいとうそぶく奴が、全人類をどうこうしたいだのと、そんな殊勝なことを考えるわけがない。
「お察しの通り、私は神の座に興味はありません。どのような形であれ──あなたと一緒にいられたら、それが一番幸せだから」
振り返りつつ、淡く微笑まれる。
……だから不意打ちを止めろと。いちいち火力が高いんだよ。
「で、神だの未来だの転生だの、自滅因子だの──色々と聞いたが、つまり? 何の問題があるって言うんだよ」
「はい。このまま行けば私、消えてしまうかもしれません」
「──ッな」
大問題である。
それを初めから言え!!
「おいこらどういうことだ説明しろ、簡潔に! 説明しろ……!!」
「マルグリットが覇道神として完全覚醒した暁には、私もまた覇道神として覚醒するわけです。親元の彼女に、色々と引きずられるわけですからね。で、この完全覚醒レイシアちゃんの特性が、これまた厄介なのです」
「なんなんだよ」
「『虚無』なんです」
「……は?」
「だから、虚無。何もない、空洞の存在。それが私の覇道なんですよ。もー、なんなのかなーこれ。他にもうちょっとマシなもんにならなかったのかなー」
ガッ、とその白い頭を掴んだ。
ふざけてないで説明しやがれ。
「──私が幻想使いであることは知ってますよね。ですがそれは求道である時の特性。ベイ中尉に吸血鬼幻想を持っていかれたせいで、私は一度消えかけました。今だって、あなたの血がないと生きていけない……どころか、存在することもできません」
「その時点で、私の求道の殻には亀裂が入っていたのでしょう。そしてそれは、マルグリットの変化と同時に、決定的なものとなった。ですが要はまあ、このまま行けば私は自立して、ベイ中尉の血液なしでも存在できるってことになるのです。ただし──『虚無』として、ですが」
……それではまるで変わらない。
というか、むしろ悪化している。
血を与えることで存在の楔を維持していた頃の方が、まだ安全だったまである。
「つまり私の進路、今のままだと詰んでいるのです。滑り止めの余地すらありません。勝っても負けても、いずれにせよ消える。ベイ中尉には認識されなくなってしまう。私は……まぁ、認識できるかもしれませんが、そんなの、」
「大却下だ、ボケ。そんな一方通行は認めねえぞ」
「うっ……好き……」
レイシアが胸を押さえる。
昔より遥かにチョロさが増してやがる、こいつ。
「解決策はねえのかよ?」
「……一つだけなら。ですがこれ、ほんっと戦の最後の最後じゃないと、できない手段ですよ」
「……というと?」
すう、と一度息を吸ってから、レイシアは覚悟を決めた目をする。
やがて緊張した面持ちで、その解決策とやらを口にした。
「……」
「……」
──しばらく、静寂が満ちた。
レイシアは座って俯いたまま、
俺はというと、息を吸い込んで、漠然と夜空を見上げていた。
なるほど。
なるほどな。
未だに神だの、こいつが未来人だの、色々と思うところはあるが、なんだ。
「────やるしかないんじゃねえのか。それしか方法がないんだろう」
すると、パッと弾かれたようにレイシアが顔を上げた。
……なんなんだその表情は。まるで人を妖怪でも見るように。
「……いいんですか?」
「なんで疑問を持つんだよ……」
「だ、だって。そうなったら、アレですよ? 私、もうベイ中尉とは戦えなくなるかもというか、本当にお荷物になるかもというか! いや、最低限、戦えはするかもしれませんが、えーっと、身の回りのお世話をするしか能のない、ただのお嫁さんになってしまいますよ!?」
そうかよ。
逆に問うが。
「それの、何が問題なんだ?」
レイシアの口が
ウサギの口かよ。間抜け面にまだ新規差分があろうとは。こいつの言葉の失い方は独特だな。
「死ぬつもりもない。消えるつもりもない。そして俺から離れる気なんて更々ない。それが確認できただけでも充分だ。好きなようにやれ。応援ぐらいはしてやるよ」
要は、こいつもまた俺と同じように、自分の「業」に挑む時がきたというわけだ。
もうその突破法が見えているなら、話は簡単なことだろう。
「互いに宿業を乗り越えて再会する。約束できるな?」
「~~~~ッ!」
感極まったか、そこで首に抱き着いてきた。
結構な勢いだったのでバランスを崩し、抱き留めつつも後ろへ倒れ込む形となる。薔薇の花弁が舞い上がる。
「っ、おまえな……」
少しは後先考えて行動できねえのか、と言いかけて。
「──、」
……その顔を見て、何も言えなくなった。
しかも筒抜ける感情からしてこいつ、どうも俺に見限られるのが怖かったらしい。
「……馬鹿が」
小さい背に腕を回しながら呟く。
ここまで来ておまえを手放すとかありえねえだろ。
何のためにこの戦に参加したと思ってるんだ。もう開戦前に言ったことを忘れたのか。
「……中尉まじイケメン」
「言うに事欠いてそれかよ」
「……ありがとうございます。……Ich liebe dich.」
……だから不意打ちをやめろと。
襲われたがりにしか思えなくなるだろうが。
「ふふふ」
急に笑って、レイシアは俺から離れた。
立ち上がり、赤い薔薇園の中でくるりと踊る。
「──素敵な夜。あなた、更生し過ぎでは?」
「……うるせえ」
思わず視線を逸らす。
更生、なんてつもりは無い。いつの間にか、こうなっていただけだ。俺の渇望は昔と大して変わっていない。
夜に不滅の吸血鬼となりたい。
だからこの夜が、この薔薇がある限り、不滅であり続ける。吸い尽くすだけだった性質はそこには無く、ただ──
「ここが私の
「言わせんなボケ」
「わぁーい!」
とたたたたたっ、と落ち着きのない小動物よろしく駆け回り始める馬鹿一名。
自分に似合わないのは分かっている。だが、あいつにならこの風景は相応しい。
真紅の海で踊る一輪の白影。
月光に冴えた輪郭が夜に浮かぶ。赤い吹雪の中で、少女が咲き誇る。
──いつまでも目に留めていたいだけの、ささやかな奇跡がそこにある。
「……あっ」
と、いきなりその動きがピタリと止まった。
きょろきょろと周りを警戒するように見回している。今度は何を思いついたというのか。ある程度の思考や感情が把握できるようになっても、読み切れない言動には感心するばかりである。
「なんだよ」
立ち上がり、近寄りつつ尋ねれば、いやですね? とレイシアは口元を押さえ、囁き声で言う。
「……ここ、庭師さんというか。その、お姉さん……いるのかな、とか」
「ヘルガか? いねえよ。とっくに」
「え!?!?」
びっくり箱でも開けたような驚きっぷり。
……まぁ、これは言ってなかった俺が悪いか。
「ありゃそもそも本人じゃなくて聖遺物の化身だしな。俺の記憶が元にあるってだけの。なんか知らんが、北極でおまえを喰って以来、静かなもんだ」
「……………………わぁ」
妙な笑顔でレイシアは固まってしまった。
ちょっと面白いが、どういう感情の顔なんだそれは。
「……じゃあ、もう、なんですか。中尉、私にベタ惚れ……にゃっ?!」
それ以上の無駄口は許さない。腕に抱え上げてその唇を塞ぐ。
なんでもかんでも言葉にしたがりやがって。言わねえ方が風雅なこともあるだろう?
「……反則やめませんか」
「おまえだけには言われたくねえよ」
降ろしてやると、すかさずレイシアがこちらの腕を掴んでくる。
「踊りましょうよ」
「なんだいきなり」
「勝利のお祝いでーすよー!」
それがなぜ踊りに繋がるのか。
そしてなぜ俺が付き合わなきゃならんのか。
などという文句も聞かぬと言わんばかりに、少女がステップを踏み始める。……仕方ねえので乗ってやる。
「つーか踊り方なんぞ知らねえんだが?」
「こういうのはノリでくるくるすればいいんですよー」
「大雑把な奴め」
永久の夜に、二人きり。
いつまでもいつまでも、朝が来るまでそうしていた。
メンタルケアなバカップルの回。方針会議。
ちゃんと愛でないと死ぬロリなので正しいコミュニケーションだったり。