幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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50 残滓の夢

「──お、分散した」

 

 クラブから出てきた姿を認め、彼らが二手に分かれたのを見届ける。

 片方は櫻井螢──彼女は病院のある方面に。

 片方は藤井蓮、並びにマリィと玲愛と香純──彼らは遊園地のある方向に。

 発案は司狼辺りだろう。おおかた、「一塊になって、まとめて全滅するのは危ない」とでも言いくるめたに違いない。

 

「妥当な判断だな。あそこはマレウスにやったんだったか?」

 

「はい。きっと気に入るかと思って」

 

 時は晴天──摩天楼の屋上の一角にて。

 私の左横にはしゃがみ込んで完全にチンピラと化しているベイ中尉がいる。サングラスに加え、制服じゃなく私服の赤い上着を着込んでいるので、もう雰囲気がヤの付く人である。似合いすぎだ。もそもそバーガーを召し上がっていらっしゃる。

 

 かくいう私も白いコートで、手にはコーラ入りのドリンクだ。

 今日は珍しくベイ中尉が髪を弄ってくれて、髪型はツーサイドアップ。嬉しいね!

 

「コーラ寄越せ」

 

「あいあい」

 

 そう来ると思って多めに残しておいたドリンクを手渡す。

 眼下の景色では、ヒロイン三名に引きずられる形で蓮が遊園地に連行されている。本格的にハーレム王と化すつもりかアレ。原作でも存在しなかった絵だぞ……

 

「聖遺物の女に、ゾーネンキントに……もう一人はなんだ?」

 

「お忘れですか。海に行った時にもいた女の子ですよ。綾瀬香純。ツヴァイ・ゾーネンキントの末裔です」

 

「……なに?」

 

 思わぬ新情報に隣のベイ中尉の声が低くなる。

 そういえばトリファ神父の陰謀とか、全然知らないんだっけかこの人。

 がっ、とそこで頭を掴まれた。

 

「説明。洗いざらいだ。あの小娘はどういう関わりがある?」

 

「えーっと……元はトリファ神父辺りが狙ってた子じゃないですかね。玲愛じゃなくて、彼女をゾーネンキントに据えて、色々と企んでたんじゃないかな。もっとも、玲愛が自由になってるし、ツァラトゥストラには負けたっぽいんで、そっちの策は捨てたんだと思いますが」

 

「……もう一人のゾーネンキントか。真っ先に殺しとくべき相手じゃねえか。クリストフの野郎、序盤に無駄足を踏ませたのはそういう事かよ」

 

「正直、彼女の出番はもうないと思いますけどねー……」

 

「って事はなんだ。教会連中、まとめて不忠者になり下がる気か?」

 

「さて、どうなんでしょ。リザさんの方は分かんないし。まぁ、あの人が行くなら病院かな? それで明日にでも、五つ?」

 

 おそらく、これからクラブにルサルカが入って。

 病院に螢が陣取ったなら、そこにやってきたリザさんとトバルカインで──みたいな?

 

「ハッ──怒涛の展開になりそうじゃねえか。面白え」

 

 そこでドリンクを突き返される。飲んでみると、ストローが空虚な音を立てた。

 ……空じゃないか、これ。

 

 

     ※

 

 

「──そういや、おまえの『前世』ってのはどんなもんだったんだ?」

 

 夜になるまで二人でストリートをぶらついていると、ベイ中尉から意外な話題提供があった。

 前世。レイシアとして生まれる前の人生。

 それは第五神座における、ここより遥か遥か未来での出来事だ。

 

「……大したことじゃありませんよ。ありふれていて、つまらなくて、下らない一生です。劇的なものは、何もありません。どうでもいいじゃないですか」

 

「ことおまえに関する事柄において、どうでもいい事はねえ」

 

「────、」

 

 立ち止まって、真顔で言われてしまった。

 ……そんなに真っすぐ見られたら、答えざるをえないじゃないか。

 

「…………レティシア、って名前でした。当時の私は」

 

 そう切り出しながら、歩みを再開する。

 雑踏の中、世界の雑音に紛れて、ある一人の人間の生涯を語り出す。

 

「大体、どういう地点から始まってもロクな流れになりませんでした。最底辺から始まればそのまま生きて、這い上がっても上手くいかなくて、良い環境から始まっても最後には必ず墜落する。──望みは絶対に叶わない。最期の死因は決まって、身投げからの自殺です」

 

 落ちる。

 堕ちる。

 墜ちる。

 そして死ぬ。

 プロットの最後は「落下死」と定められたような、進歩も成長もない、永劫輪廻。

 

「次の時代の特徴の際たるものが、『輪廻転生』でしてね。つまり生まれ変わりのチャンスが確約されているわけですよ。で、不幸だった者ほど、次の人生、幸福になりやすいというサービスまで付いている。おかげで人類の文明の成長は著しく、人々の質だって高水準。そんな中で、私はいつまで経っても敗北者を続けていた愚か者なのですよ」

 

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬためだけに生まれ、死ぬためだけに生きている。

 それを最期に悟って、次の人生に絶望しながら死んでいく。

 

「それまで、『そこそこ不幸だった人生』が。それまで、『まぁまぁ幸福だった人生』が。

 ──ある一つの出来事(イベント)で、全部狂ってしまうんです」

 

「イベント?」

 

「女神の触覚の目撃。或いは出会い」

 

 要するに──まぁ。

 

「自滅因子としての業、その役割を自覚するんですよ。神様の自殺衝動、それを司る存在として、私はその代の女神を殺すために動こうとする。初めからそういう存在であり、そういう役割。神の玩具として生まれるのが、自滅因子というものです」

 

「……」

 

「ですが、ねえ? その女神様、守護者たちがガッツリいるんですよ。しかも三人。どれもこれもチョー強いのなんのって。ええ? 私一人でアレと()るの? 無理ゲー。って、まず絶望ですよ。やる気なくすし生きる気なくしますよ。だから──」

 

「自殺、か」

 

 その通り、と頷く。

 

「凡人にはそれぐらいしか手立ては思いつきませんからねえ。あの女神を殺したい──だけど、この時代、この世界が大多数にとって善いものであることは明白。世界の敵になる度胸なんて、とてもとても。それこそフィクションの中の主人公くらいでしょう? 悪役被って、『絶対に善いもの』である人らに、傲慢に挑む勇気なんて、無い。ナイナイ尽くしの人生の果てでぶち当たっても、絶対無理だって諦める。幸福な人生であったなら尚更で」

 

 こんな道理に合わないことは、善性では耐え切れず。

 こんな道理に合わないことは、悪性でも目を逸らし。

 こんな道理に合わないことは、中庸でも俯き諦める。

 

 最後の思考は、いつも同じ。

 

「“ざまぁ見ろ──わたしの死は、わたしだけのものだ”」

 

 それが唯一、手に入れられるもの。

 死を為すことで得られる、ひとかけらの善性。

 人として生き、人として死ぬ。

 自らを自分の意志で終わらせることで、自分の生涯を守り抜く。

 

 原則、自滅因子は存在意義を果たすまで死ねない存在だ。だが彼女は魂も、肉体も、精神も、丸ごと虚無(ゼロ)にして廃人と化し続けることで、一生涯にピリオドを打っていた。

 

「だけど──その時代の、その世界の人生には、終わりがない。必ず、“次”が約束されている」

 

 それは万人とって祝福だろう。

 あまねく全てを抱きしめる、女神の愛。

 優しすぎる故に、彼女は、自らの自滅因子さえも抱き締めた。今度こそ幸福になってほしいのだ、と。

 ……レティシア自身が虚無(ゼロ)にした魂をも転生させ、新たに蘇生させ、生かし続けることによって。

 

「無理な話ですよ。どこまで行っても、どうにもならない。自分で死に続ける私の姿を見て、いつか女神の方が耐えられなくなる。がりがり心が削れて、『わたしじゃ駄目なんだ』って気付いた時が、その時代の終わりです。──本来なら」

 

「?」

 

異常事態(イレギュラー)が起きたんですよ──特大のね」

 

 そのイレギュラーの名を、私は思い出せない。

 この世界、この宇宙において、その存在やそれにまつわる全ての発生因子は、きっと水銀によって潰されている。

 だが、一つだけ覚えている。アレは、本当に、第五神座における最大最悪の「災害」だったのだ、と。

 

「ともあれ、そんなイレギュラーが起きて、なんやかんやで、まあ乗り越えたんでしょう。その時、具体的にどういうやり取りや展開があったのかは分かりません(思い出せません)が、たぶん当時の私も、そのイレギュラーに対処しに行った。あわよくば、と役割をこなそうとしたのか……それとも、新しい自殺方法でも思いついたのかは、やっぱり分かりませんけど」

 

 ともあれ。ともあれだ。

 おそらくその時──ようやく、初めて“わたし”は、女神と対面した。

 

「そうして! 一体どういう思考と意志と意図があったんですかねえ──当時の時代じゃあ、『わたし』は幸せになれないそうだから、ついでに過去の時代に転生させて、頑張らせてみよー! ……となったのが、おそらく現在の私でございます……」

 

「おお、長かったな」

 

「長かったぁ……」

 

 歩くベイ中尉の左手を握る。握り返された。

 この手にあるものが、今は何よりも愛おしい。

 

「お陰さまで、やっとヴァルハラを見つけることが出来ました。チンピラで、ツンデレで、乱暴で、無頼で、強欲で、傲慢で、戦闘狂で、吸血鬼で、ロリコンで──イケメンで、カッコよくて、強くって、大好きな方。夢を、恋を、愛を、血を、夜を、誓いをくれたあなたに、私は私しか捧げられませんが、それでもいいですか?」

 

「愚問だな」

 

 かはッ、と彼は笑いを零す。

 

「いいも何も、寄越せよ。おまえの全部は俺のものだ。一滴残さず、余さず捧げて尽くせ。この従僕で、奴隷で、偏食家で、出鱈目で、狂人で、悪趣味で、性悪で、馬鹿で、ショタコンで──薔薇で伴侶で半身で花嫁で、ロリでクソ可愛くてふざけた奴め。夢を、恋を、愛を、命を、誓いを、俺に差し出しな」

 

「喜んでー!!」

 

 左腕に抱き着いた。

 ああ、もう、今が絶頂。幸せの時。過去だか未来だか知らないが、現在の私が優勝者です。誰にも負けない、どんな自分にも負けるものか。勝ち組ここに確定。ちっぽけな二百年余りの人生、その全てを捧げたい運命がここに在る。

 

 

 ──その果てに、行きつく結末に彼が傍らにいるのなら。

   あの無に還り続けた生涯にも、ようやく報いが訪れる──

 

 

「しかしさっきの話、一つ疑問があるな」

 

「はい?」

 

「虚無ってた人生繰り返してたのは分かったが、それでなんで今のおまえは、この世界を『幻想』として認識するようになったんだ?」

 

「あぁ……それもまた、『前』の私の名残りですね」

 

 今ならはっきり分かる。

 この世界を俯瞰して見る視点。この世にはない、異世界(クロスオーバー)の異能をなぜ持ち得るようになったのか。

 

「──『こんな世界じゃない、別の世界に行きたい』……それが、かつての私の渇望です。それを突き詰めてしまった結果、“視て”しまったんですよ。或いは、電波を拾ってしまったというか、より高次元な場所に視点が繋がってしまったというか」

 

 根源の世界を、垣間見た。

 あらゆる幻想が織りなされ、あらゆる娯楽が消費され、廻っていく世界を。

 妄想の類だったかもしれない、狂おしいほどの渇望が見せた幻覚だったのかもしれない。

 

 ──それでも。

 その幻想に憧れて、それらを──“全ての幻想を抱くものでありたい”、と渇望したのだ。

 

「魂に刻まれるレベルの衝撃だったのでしょう。だから転生した私も、この世を幻想と見る。夢泡沫、故に尊いのだと思っている。……ですが」

 

「そのままじゃあ、いずれ消えるしかない、か」

 

「──ですから、頑張らなければならないのです……!」

 

「おう、気張れや。俺と永遠を共にするって現実を手にしたいならな」

 

 そこはもう、本当に私の覚悟次第だ。

 やるしかない。そう、何度も何度も繰り返してきた、「自分のための戦い」を、自死という形ではなく、その真逆の事象として成立させなければならないのだから。

 

「──お」

 

「あ──」

 

 その時、異変があった。

 ボトムレスピット……クラブから、大量の魂が散華する気配がした。

 

「第四スワスチカ、開放……」

 

「いよいよ動き始めたな」

 

 クラブに残された遊佐司狼、本城恵梨依は、きっとルサルカに取り込まれた。

 彼女を相手に、彼らが生き残る術は──無い。だが同時に……

 

「……ご愁傷様です」

 

 あいつ……死んだな……

 

 

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