幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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51  血盟相愛

 ──ごくん、と血を飲んだ。

 

 ルサルカがクラブをモノにした翌日。時刻はとうに夜を迎えつつあり、私とベイ中尉は確保していたねぐらの一室にいた。

 

 日付は12月22日。

 開放スワスチカは4つ。

 

 順調な戦況だ──このまま25日、クリスマスに第八スワスチカが開けば、現世にハイドリヒ卿が降臨し、怒りの日が開始する。果たして水銀と決戦するか、三つ巴と化すかはまだ読み切れないけれど。

 

 とまぁ、そこに至るまでの怒涛の一夜の一つになるであろう今夜、戦の前に私はベイ中尉から血を頂いていた。互いにフローリングの床に座り込んだ姿勢で、その首筋から牙を離す。

 

「──ふはぁっ。ベイ中尉の血を味わえる機会も、これが最後ですかねえ」

 

「どうだろうな。半世紀も飲んでんだ、口恋しくなったらいつでも言えよ?」

 

「ええ、その時はまたお願いします。……しかし、吸血鬼と言っているのに、ベイ中尉が私の血を飲んだことって、ありませんよね……?」

 

「…………」

 

 ふいっ……とベイ中尉が無言で顔を逸らした。

 ……おいちょっとあの? 何を隠してるんですかキサマ?

 

「ベイ中尉」

 

「……おう。別におまえが寝てる間に飲んだりはしてねえぞ」

 

「ヴィルヘルム?」

 

「ああ! 別に酒の肴に足りねえと思ったらその度につまんでなんか一切してねえ!」

 

「ヴィルヘルムゥ──!!」

 

 とりあえずシャツの襟を掴んでがくがく揺らす。

 なにをやっとんのじゃこの人は──! そして半世紀も気付いてなかった私はなんだ! 間抜けかっ! 道理で偶に、異様に首が痛かったりしたわけだよ! 幻痛とか肩こりの類かと思ってテキトーに流してたよ! 私は……バカかっ……!!

 

「なんで寝てる時にするんですかぁ──! 起きてる時に飲んでよぉ──!」

 

「そこかよ」

 

「そこだーっ!」

 

 それ以外に重要なことが他にあるとでも!?

 だって自分の血を好きな人が吸っ……吸うって、滾るじゃん! なんで寝てる間にされてるんだ、そのシチュエーションも悪くないけどなんて勿体ない……!

 

「なんで黙ってたんですか」

 

「いや、流石のおまえも引くかと」

 

「何度も言ってるけど北極の件に勝るほどのことは早々ないよ! 美味しかったですか!?」

 

「フツー」

 

「そこは嘘でも美味いって言えよぉ……」

 

「血の味しかしねえからな。甘さもねえし辛くもねえし。ただまあ、飲むたびにこっちが強化されてる感覚はあるぜ? やっぱ質が良いんだろうな」

 

 ……私から幻想……私の魂の一部を取り込んだ影響で、ベイ中尉も私と同位体……みたいになってるんだろうか。それとも覇道化している影響か? でなきゃ彼の牙がこっちの頑強な体に刺さるなんて在りえないし──

 

「……じゃあベイ中尉って、もう私を殺せますよね」

 

 つまりそういうことになる。

 お情けで血を頂き、存在を維持させてもらっているが、それでもなお私の魂を取り込まないのは──

 

「なんだ。糧になりたいってか? そいつはおまえの理想とする共存(両想い)じゃねえだろう」

 

「……だ、大更生している……」

 

「愛といえ、愛と」

 

 ……本当にそれだけで私を生かしてる、のか、このひと。

 なんだよそれ。

 超両想いじゃないかよ……

 

「俺はもうおまえしか吸わねえよ」

 

 抱き締めてきて、耳元でそんなことを言う。

 

「だからおまえの行きつく先は俺だけだ。俺と共に地獄に落ちろ。俺のために生きて俺のために死ね。それが俺流のヴァルハラってやつだが──文句はあるか?」

 

 あるわけがない。

 その終点。その終わり。その安寧こそ、前世からずっと私が焦がれ続けていたものなのだから。

 

「最高すぎる……」

 

「カハハッ。もうちっと語彙を尽くせや。感無量か」

 

 窓の外の月は明るく。

 抱き締めあった夜の番の影は、やがて一つになった。

 

 

     ※

 

 

 拠点を後にし、二人で遊園地を目指して歩いていく。

 今晩動くのはリザさん辺りだろうが、保険としてこちらも遊園地に陣取っておくことにしたのだ。昼間からかなり時間は経ったし、香純ちゃんと玲愛と出くわすこともなかろう。

 

 だが──

 

「……今晩はなんか、一際忙しくなりそうですねぇ」

 

 そういう、予感があった。

 スワスチカの開放を巡る戦は、今日で急展開を迎える。そうなれば必然、まず表に出てくるのは大隊長を初め、グラズヘイムやその心臓部たるイザークだろう。ここまで強くなったベイ中尉が途中退場する、なんてことは一片も考えちゃいないが、私は私で、設定している目標が一つだけあるのだ。

 

 それが叶うかどうかは──これまで打ってきた布石に全て懸かっている。

 

 その結果が出る時が、今から少し、待ち遠しい。

 

「なんだその顔。また妙な余興でも考えてんのか、レイシア」

 

「そうですね、余興といえば余興でしょう。私がやることは大体、前座ですし。世界を決するような、すごい大戦に間に合うかどうかは五分ってところですかね」

 

「別にハイドリヒ卿だってハブいたりはしねえだろう……そんな心配することじゃねえよ」

 

 うーん、頭を撫でてくれるのはとても嬉しいのだけど、そうではないのだよなー。

 つーか私、目標からして神々の宇宙決戦に参戦するのは諦めてるし。

 

「……ねえ中尉、薔薇園で私が説明したことは覚えてます?」

 

「? ああ」

 

「これはちょっとしたクイズなんですけど。私の正体的に、だったら今の世界にそれを照応させたら、誰と誰が当てはまると思います?」

 

「誰って、そりゃおまえ──……」

 

 ベイ中尉の言葉はそこで止まる。

 勘の良い彼だ、宿主とその自滅因子、なんて聞けば真っ先に連想する「桁違いの相手」など、ちょうど二人しかいまい。

 

「──おい待てよ。そりゃまさか、」

 

「まぁまぁ、実際のところは本人たちに聞くのが一番だと思いますけどね。私もその辺は気になりますし、ベイ中尉、機会があったら代わりに訊いておいてくれません?」

 

「──……、」

 

 口を閉じ、ややあって、軽く小首を傾げた中尉がこちらを見やった。

 

「……てめえ主人をパシりに使う気か?」

 

「あはははは! はーっはっはっはっは!」

 

「否定しろやァ!!」

 

 ぎゃふぅー、と首根っこを掴まれ、流れるようにフェイスロック。

 ベイ中尉の勘の鋭さは侮れない。こと私に関しては無類の強さだ、誤魔化しなんか出来るはずもなかった。

 

「はっはははははは……それでもし、うちの養父がハイドリヒ卿を騙して利用してるっていうなら、遠慮なくやっちゃってください。ええ、それはもう遠慮なく」

 

「おまえな……そりゃ下手すりゃ黒円卓を割る叛意行為だぞ……」

 

「そこはそれ、『私がそう言っていた』と証言なさってください。ええ、何か起きたら全責任は私が取りますとも。それが従僕の務めです」

 

「てめえを身代わりにするほど小せえ器は持ってねえつもりなんだがな……ま、俺としても気になる疑問だ。機会がありゃ訊いてやるさ」

 

 それでこそ忠義の騎士。

 パッと腕から解放され、私は着地する。これでこちらで用意できるピースは揃ったといえよう。後は────

 

「──む」

 

「? 中尉?」

 

 大橋に差し掛かった頃、不意に隣のベイ中尉が足を止めた。空を見上げ、彼は固まっている。

 ……え、なに。なんですか。敵襲? 私はまだ何も感じ取れな──、ッッ!?!?

 

「……ん!? んんん、んむぅ──っ!!」

 

 瞬間、抱き上げられたかと思うとキスされた。口が塞がれ息ができない。

 いきなり何事だ、と反射的に腕をジタバタさせるが拘束者はまったく放してくれる様子はない。むしろ腕の力が強まる一方で、口付けの濃度がどんどん濃厚になっていく。後頭部を押さえられ、ひたすら貪られるパターンが完成してしまう。

 

 こ、こんな恋人テロ知らない。サプライズ精神の目覚め方が特殊すぎないか!!

 

「っ……にゃ、な、なんですいきなり……」

 

「見せつけ」

 

「はぁ……?」

 

 誰に対する何だ、と思った瞬間──大気が震えた。

 凡百の魂を圧殺する圧迫感。焦熱の気配。次の瞬間、大橋の上に炎華の大輪を()かせながら、次元の壁に烈火の魂が投影された。

 

「────ご挨拶だな、ベイ。貴様、そんな調子の半世紀で、牙が抜け落ちたのではなかろうな?」

 

 ザミエル姐さんのご登場であった。

 ポニーテールの赤髪と、大隊長(エインフェリア)の証であるストラを風になびかせて、その影が顕現していた。

 

「心配いらねえよザミエル。俺としちゃむしろ、昔より強くなったとしか思ってねえからな」

 

「それが下らん劣情による誇大妄想の類でないことを祈るよ。ただまぁ、マシになったというのは確かだな。随分と英雄らしくなったではないか」

 

 ベイ中尉の魂の総量を計ったのだろう、同輩の成長に、素直な感心を示すザミエル姐さん。

 完全な顕現ではないにも関わらず、その気配の強大さは尋常ではない。

 

「そっちは相変わらず……って感じでもねえか。見違えたぜザミエル。それが城で過ごした時間の結実ってことかい」

 

「あの御方あってこその恩恵だよ。貴様も格が足りれば上がれるだろう。よもや、その忠誠までそこの小娘に絆されたわけではあるまい?」

 

「ったり前だ。それこそ愚問だろ。だがまあ、事は一歩ずつ片す必要がある。毎度毎度、同じ展開じゃやってられねえからな。あの人の傍に行くには、まずてめえの宿痾を切り落とさにゃならん」

 

「ほう……」

 

 ベイ中尉の言葉の意味する所を察したのか、ザミエル姐さんが面白げに口元を緩ませる。

 黒円卓の黎明期(モルゲンデンメルング)。その場に、彼女も居合わせた最古参の一人だ。ならばベイ中尉の「宿業」とやら、関係する人物は一人しか心当たりはあるまい。

 

「それで、どういう用件だ? ハイドリヒ卿からの御下命かい」

 

「察しの通りだ。少々その娘を借り受けるぞ。異論はないな」

 

 あ、お仕事の時間らしい。

 ……え、じゃあなんだ。さっきのキスは行ってらっしゃいのアレだったりするのか!?

 ベイ中尉の方を見るが何も言わない。なんか言ってよ!

 

「ああ、ちょこまか動ける奴が欲しいんだろ。持ってけ」

 

 そこで腕から降ろされ、頭を軽くわしゃわしゃされる。

 はーいはい。行ってきますよー。

 

「了解でーす。それでザミエル姐さん、どちらへ?」

 

「……また図々しい呼び方をする。いや、子供の戯言に付き合う歳でもないか。──ブレンナーの所へ行く。供をしろ、レイシア」

 

 意外な出番となったが、舞台の端でうろちょろするのが私の役目。

 今晩、再び特等席で歌劇を観られそうだった。

 

 

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