幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
陽も地平線の向こうへ消えた頃、私とザミエル姐さんは戦場にやってきた。なお、いるだけで強大な気配を放つ姐さんは一旦、像を解いている。だが意識すればおのずと大体どこにいるかは察せられた。
やってきた場所は“本城”総合病院。あの司狼の彼女さんの家が経営する施設である。
そこでは、予想通りの光景が展開されていた。
──蓮&螢VSリザ&トバルカイン!
ただし自分の聖遺物たる剣を失った螢は、その手に別の武器を持っている。黒い長剣──形状を変えた偽槍だ。正確には、「自分の渇望」で形成した武器だろう。
トバルカインの手にも、偽槍たる鉄塊がある。まるで二つ偽槍が存在するようだが、本体はトバルカイン側。螢はあくまでも、「契約した」という繋がりと自分の渇望で、無理矢理に形成しているに過ぎない。文字通り彼女の今の剣は、彼女自身の魂というわけだ。
そんな螢が蓮と連携して、トバルカインが押され始めている。予想以上の敵の強さ……蓮の成長速度に、トバルカインを操るリザさんにも焦りの表情が見える。
奔る雷電。砕けるコンクリ。
黒円卓第二位、トバルカイン──
灰色の巨躯、仮面に覆われた顔は、生ける屍兵だ。操縦者であるリザの攻撃手段であり、櫻井の血筋の末路である。
なんでも偽槍と契約しちゃったら、ああなってしまうんだってさ。おっかなさすぎる。
偽槍を造った初代、櫻井武蔵。誰にも理解されなかった二代目、櫻井鈴。そして現在の肉体ベースとなっている三代目──櫻井戒。今のトバルカインには、歴代の櫻井、それからその縁者が取り込まれているのだ。
「ごめんなさい、兄さん……今、解放してあげるから──!」
っと、私が学園で真実を暴露したことで螢ちゃんは螢ちゃんで覚悟が決まったらしい。涙を浮かべながらも、全力全霊でトバルカイン──かつて自分の兄だったものに斬りかかっている。
そんな彼女にトバルカインが意識を、攻撃を向ける、刹那に。
「
蓮が加速の術理に入る。私と戦った時よりも、遥かに軽く遥かに速く──
ギロチンの刃が、雷速を越えて振り放たれる。
「お願い藤井君ッ!」
「──
断頭刃が滑っていく。鮮烈に苛烈に──流麗に。
トバルカインはここで落ちる。
そう、その場の誰もが思った時だった。
「ッッッ!?」
誰よりも早く異常を察したのは、時間加速状態に入っていた藤井蓮。
刃の軌道がトバルカインに向けていたものから切り替わる。すなわち──
「──加勢は必要かな、ブレンナー」
この業火の主、ザミエル卿が放った火炎砲へと。
「ッうォ──」
完全な奇襲に、しかし対処してみせたのは流石と言う他にないだろう。
直撃寸前、ギロチンがそれを両断する。だが殺し切れなかった衝撃に蓮は吹き飛ばされ、地面を転がった。
「なっ──」
「エレオノーレ……!」
あ、ちなみに私は超スニーキングしています。
吸血鬼の影、幻想にして虚無という特性をフル活用して、めっちゃ闇夜に紛れている。
なので地上の螢、リザさん、起き上がった蓮が見えたのは、病院の高台に立つザミエル姐さんだけというわけだ。
「あなた……なぜッ」
「何故と問うか。──貴様、私になにか言うことがあるのではないか?」
ザミエル姐さんの糾弾するような口調と視線に、リザさんは押し黙ったものの、真っすぐに睨み返す。その眼に、強い意思を込めながら。
フゥ、とザミエル姐さんが煙草の煙を吐いた。
「助力に関することではないぞ? このシャンバラに見当たらん、ある魂についてだ。察しは……つくようだな?」
「……」
「ヴァルキュリア──キルヒアイゼンの魂はどこにある」
……さっき蓮の邪魔をしなければ分かってましたヨー。
とは、勝手に言えないのが従僕の辛いところだ。ネタバレ厳禁! 漏らしていいネタバレと隠すべきネタバレの見分けをつけなきゃ、水銀野郎にどやされるからナー。
「……ベアトリスはもういないわ。もう、十一年も前のことよ」
「──そうか。馬鹿娘め、私の目の届かん所で死ぬとはな。どうせ死ぬなら、私の手にかかればよかったものを」
「──、」
「して、誰があれを殺した?」
その問いに、リザさんが完全に硬直する。
知ってか知らずか、いや──理解してのことだろう、更に問い詰めるザミエル卿。
「あれに自死衝動など起こるはずがあるまい。あの阿呆が、長命の身に拒絶反応を起こす雅さを持っていたとでも? であれば、摘み取った者がいるは必然。──なら、それは誰だ?」
「……ッ」
表情が硬くなったのは螢だ。
そう、ここには真相を知る者ばかりが揃っている。幸い、藤井蓮だけは部外者だが、私も、螢も、リザさんも、どのようにしてベアトリスが亡くなったか、知っている。
ならば、ここで真相が暴露されれば。
ザミエル卿は、誰も逃がしはしない。従僕である私は言うに及ばず、だ。
さぁやって参りました、日刊命の危機!
全てはリザさん、そして螢のムーヴにかかっている。螢は螢で、今はお兄さんを優先したいから、この問答に参加する確率は低いだろう。
ではリザさんは如何か? どう答えるのか? それによっては、ベアトリスを見殺しにした私は、ザミエル卿により粛清! されてしまうかもだが──!
「──ハイドリヒ卿は、きっと気にもしておられないわ」
「だろうな。ならば──誰が誰を殺そうと、気にもせぬ」
「ッ──カイン!!」
リザの命令で屍兵が動き出す。
本来なら。本来なら──ここでカインに螢を避難させ、己もろともスワスチカに溶ける選択でもしただろう、リザは。
けれども。
彼女はもう、
……愛娘と、まだ向き合えていない。
故に。だからこそ。
──これから向き合うために、今、ここで、ザミエル卿に対して刃を向ける──!
「ほう……!」
瞬間、カインが跳んだ。その様に、ザミエル卿が感嘆の声を漏らす。
病院の高台に陣取る紅蓮の使者に向かって、三メートルを優にこえる鉄塊を、振り下ろす。
跳びあがりも雷速なら、振り抜きすらもほぼ同時。
逃げ場のない空中であれど、一瞬にして距離を詰められては、絶対命中の魔弾を操るザミエル卿であっても、一撃は免れず──
「──仕事だ従僕。相手をしてやれ」
「
呼び出しがかかる。命令が下される。拝命、承った。
影から一気に飛び出していく。左手に携えた黄金機巧を操り、大大剣を以って、放たれてきた雷撃を断ち切った。
「
そのまま、斬撃を重ねてトバルカインの巨躯を地上へと叩き返す。
着地し、すぐさま体勢を整える影が見える。そこに突貫していく。ガギャゴン、と武装換装が完了すると共に、大鉈で次の神速剣戟を真っ向から打ち弾く……!
ガガガガガガガガッッ!! と甲高く金属同時がかち合う音は、大気を、大地を砕く鮮烈な嵐と化して、周囲の風景を塗り替えていく。偽槍──無骨な鉄塊大剣に紫電が帯びる。──それを即座に、斬撃の一閃で切り払って引きはがし、次の雷撃爆裂をキャンセルする。
「そんなッ……!?」
術者のリザから驚愕と戦慄の声がした。知ったことじゃない。
戦闘は続行される。大きく、こちらを薙ぎ払うように偽槍が迫ってくる。無論、周囲に雷撃を放ち、足場の踏み場すら無くしながら。踏み入る者、千差万別なく、平等に消し飛ばすために。
そこに──踏み込んでいく。
無謀といえば無謀の突貫。死に急いだ者としか映らない蛮勇性。
だがそれがどうしたという?
既知感? 必要ない。恐怖? 必要ない。勇気? 必要ない。
死ね、死ね、死ね、死ね死ねことごとく。
我が前に立った以上、敵とみなすものなり。
ならば汝、敬意と賞賛に値する宿敵なり。
故に全霊を。全力を賭して戦うのみ。
それが英雄なれば。
それが人間なれば。
それが戦士なれば。
──当然の理。
「武装換装──レェエエールガァン!!」
電磁加速砲──とも呼ばれる巨大な近未来兵器が手に現れる。
なお、魔道と科学をコラボさせた合体兵器!
さぁ見ろ、さぁ聞け、これが人類の叡智だぁあああ────ッ!!
「雷撃没収ッ! 吹き飛べぇぇええ────!!」
一瞬にして、周囲を覆い尽くそうとした破滅の落雷が消える。こちらの兵器に吸収される。術式が作動し、エネルギー充填が完了する。
そこで既に銃口はゼロ距離だった。
引き金に指をかける。
「アウフ・ヴィーダーゼェ──ン!!」
収束。解放。其は刹那。
──閃光が輝き、一点に凝縮されたカイン自身の雷撃が直撃した。
夜に、地上から未来兵器の光線が奔っていく。
逆流星となったその事象は、不吉の兆候として目撃者たちに恐怖を与えたのだった……!
◆
レールガン内蔵式の変形機構ってなんだろうな。
とはいえ──病院前を荒野に変えただけで、トバルカインも半身を吹き飛ばしただけで、なーんも戦果は挙げられていない。
まぁ、この場にいた者たちにある種の戦慄を与えることにはなっただろうが。
「……うむ。あの馬鹿娘に次ぐ馬鹿さ加減だ。ここまで振り切れるともはや賞賛の言葉しか思いつかんな。貴様は本物だよ従僕娘、出鱈目という言葉で私は片付けまい。我が君も認めたほどの芸人根性だ──その技量、その発想、その神経に敬意を表して、拍手をやろう」
ぱちぱちぱち、とザミエル卿から有難い拍手をいただく。
いやぁ、どうもどうも! それほどでもー!
「レールガン内蔵式の変形兵装ってなんだよ……」
「もはや聖遺物でしょう……いえ、聖遺物であって……むしろ……」
レールガンの衝撃……より、その前のトバルカインや私の暴れっぷりに、避難していた蓮や螢が戻ってくる。てっきり後ろでザミエル卿とドンパチやってたかと思ったのだが、ちゃんと観客してくれたらしい。最近の若者はマナーが良いなぁ。
「……絶対におかしい……なんなのこの子……こんな衝撃、イザーク以来……」
そして何気にサラッとひでぇコト言ってるリザさんだった。トバルカインを私の速度に合わせて最速運用したフィードバックか、その場に崩れ落ちている。
なお、トバルカインさんは死体なのでもう再生が完了しようとしている。
おのれー。やはり浪漫兵器ではケリがつかないかー。
「──おや?」
その時、尋常ならざる空気の異常。
──第五スワスチカ、開放の気配だ。
方向からして遊園地? あれ? もしかしなくともベイ中尉?
「第五が開いたか……フン、忠誠変わらずなようで何より。腑抜けたわけではないのは確からしい。先を譲ったのは業腹だが、まぁよい。『今宵、一つスワスチカを開く』というのが私の命だ」
……流石はハイドリヒ卿。私の舞台を予想しての御言葉だろうか。順番を問わなければ、ザミエル姐さんのプライドも傷つくことはないしね。ウン。
しかし……ここで心配になってきたのはベイ中尉だな!
大丈夫ですかー! 教会になんか行っちゃダメですよー! ……通じるだろうか、この念波……
「従僕、そこの女どもと遊んでやれ。こちらは──」
ザミエル卿の標的は、もはやリザでもカインでもなかった。
次に火炎砲が狙いを定めたのは──この歌劇の主演、ツァラトゥストラ。
「──来い、クラフトの代替。その刃がどれほどのものか、見てやろう」
「ッ……!」
爆轟が炸裂する。
咄嗟に飛びのいた蓮だが、それを囲むように火柱が展開する。
「藤井くっ──」
「おおっとアンタの相手はこっちですよー」
ザミエル卿は「女ども」と言った。つまり、私は露払いだ。
大鉈に変形して螢に斬りかかると、刃を受け止められる。
「あなたはッ……! いつもいつも……!」
「どうです? そろそろロリコンになってきました?」
「なってない──!!」
もはや親の仇を見るでもするような殺意である。
あははと笑って弾き返すと、
「はああああァァッ!!」
乱れのない、規律正しい優等生な刀の振り方。
速度、炎と合わせて申し分ない火力にして技量だが──
「雷切れるんですよこっちは。炎にも同じことが出来ないとでも?」
「ッ!」
斬撃を奔らせる。
螢の太刀筋を読み切った、斬り払う動作と合わせて、素早くその肩口に一閃する。
今、その身は炎そのもの。故にただの斬撃程度、喰らったところで
「えッ……?」
ザン、と鮮血がほとばしる。
炎を斬った。
この刹那に、技量だけで渇望を凌駕されたのだと思い至り──その事実を認めるほどの精神性を、
「ッ──!? な、なんで……!」
「退きなさい、レオン! あなたと彼女じゃ、差が大きすぎる……!」
声を飛ばしてきたリザさんは知っている。
かつてカチンの森で見せた、私の技量を知っている。
洗練された一個の戦士としての技。武芸者としての力量を。
「腹、心臓、腕、頸」
線を刻む。
断割こそしない要領で、少女の腹を、心臓を斬り抉り、腕と首を骨の手前で切り刻む。
何が起こったか分からず、呆然とする彼女に、回し蹴りを叩き込んで一気に吹き飛ばした。
「カイン──!」
その直後、再び雷帝の屍が肉薄してくる。
無言で襲い掛かってくる怪物、めっちゃ怖い。攻撃を弾いていなしても衝撃が大きいし。
「懲りませんねえ、リザさん。あなた、何のために
「……そうね。けど、エレオノーレを見て気が変わったわ。私は玲愛に向き合わなくちゃいけない……あの子はもう決意したんだもの。私はね、レイシア。ここに負けるために来たのよ。藤井くん……彼に、カインを弔ってもらうために」
「なるほど。それでスワスチカを開いて、降参して、目的だけ達成して万々歳、と」
カインの連撃を打ち払いながら、リザ・ブレンナーの思惑を理解する。
勝負に負けるが試合に勝つ。スワスチカさえ開けば、黒円卓としても使命を全うできる。母親としてもまだやり直せる。ザミエル卿と私の邪魔がなければ、この場は彼女の完全勝利で終わっていたのだろう。
が、そうは上手くいかないのが戦場。
ならば、ここでカインを打ち破ることは、当初の彼女の計画通り……となってしまうワケで。
「──オーケー。事情は理解しました。であれば、その決意に敬意を表して、こちらも神業ってやつをご披露しましょうか」
ここで私が黒円卓に貢献するには、スワスチカをザミエル卿に開かせ、かつリザさんの目的、兄を楽にさせるという螢の目的さえも達成させる──ということだ。
ならばやるしかあるまい。
「
祝詞を上げる。
今は見えぬ死の城へ向けて、祝福の音を上げる。
そうして──
「
その刹那、素で雷速を凌駕して斬撃を通した。
偽槍が弾き飛んでいく。
すれ違った両者の間に、声はなく。
この異様な静寂に、ただ一人、リザ・ブレンナーは怪訝に息を呑む。
「いい加減に起きたらどうです。可愛い妹ちゃん、私が殺しちゃいますよ?」
トバルカインは動かない。
その身に傷はない。
なぜなら私が刃を通したのは──その偽槍の方ゆえに。
「なっ──」
大地に偽槍が突き刺さった瞬間、パリィン、と鉄塊の外装が砕け散る。だが、それはただの破壊ではなく、あくまでも「形成」を解いた消え方だった。
ぐらりとトバルカインは膝をつき、私は外装の中から出てきたものを見る。
──
稲妻のような意匠が施された細剣が、淡く帯電する。
開放スワスチカは未だ五つ──ここで彼女が具現するのは、少々厳しいものがあるが、まあ。
ここで必要なのは理屈じゃなく、
「カインを砕かずに……まさか、『彼女』の魂だけを切り離したとでも──!?」
そう、未だに偽槍本体はカインの内部に健在。
だから彼の取り込んできた魂が解放されて、スワスチカが開くことはなく。
ここには、そこから繋がりを断たれた、とある戦乙女が顕現するのみで──
「──よくも妹を虐めてくれましたね! お仕置きを食らいなさい──っ!!」
夜に瞬く英雄の閃光。
復活と同時に突貫された私は、モロに初撃を食らって病院の上にまでぶっ飛ばされていった。