幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
どっかーん、なんて
いたたた、と顔を上げると、そこに見えたのはボロボロな藤井蓮と、その傍で同じく血だらけでボロボロなマルグリット。そしてそれに相対するザミエル卿。
あ、アレだ。名シーンだ!
“俺の女ボコってんじゃねえよ”、“わたしの男ボコってんじゃないわよ”、だ!!
……でもそれってマルグリットルートの話じゃあ……? 玲愛? 大丈夫かー?
「なにをしている従僕。あんな屑どもに不覚をとったか」
「──それは彼女を使いこなせなかったあなたの責任では? 少佐」
「ッ──!?」
屋上に響いた声に、ザミエル卿が弾かれたように振り返る。
私が叩きつけられた方角とは真反対の手すりの上。そこに、金髪のポニーテールをなびかせて佇むは──
「キルヒアイゼン──!?」
「流石のあなたも驚きましたか。ええ、私も驚きです。どこまでデタラメ突き詰めてるのか、とかそういう話じゃないですねこれは。人間の本気ってやつを味わいました。レイシアちゃん、私たちが扱うには過ぎた子だったようです。……むしろ彼女こそが、私たちの目指すべき英雄の姿だったのかもしれませんね」
開口一番にベタ褒めとはこれいかに。
相変わらず私に甘いベアトリスである。おひさー。
「さて、しばらく見ない間に若い子をなぶって悦に浸る趣味にでも目覚めてしまったらしい上官に、愛の鉄槌を下すべく、この私──ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン、地獄より舞い戻って参りました。若者の青春に茶々を入れる前に、私の
「は──はは、ハハハハハハハハハ!!」
紅蓮の女が哄笑する。
この馬鹿げた事態、奇跡のように整った茶番劇に、心から歓喜の声を響き渡らせる。
「道化師とはよく言ったものだ従僕! 貴様──初めから知っていたな!」
「き、……聞かれなかったものでえ……」
「自己弁護にすらなっておらんぞそれは。だが良い、忠道に免じて許す。くく、ははははは……これは確かに、ベイが執心するのも頷ける。こんな度外れた阿呆が傍にいれば、どんな者でも
褒められてんのか罵倒されてんのか。
テンション上がりすぎてザミエル卿も言語中枢が怪しくなっているものと思われる。
「先輩…………あんた……」
「……、」
そんな目で見るなよ後輩。
別におまえらを助けたわけじゃないぞー。
黒円卓の従僕として、黒円卓のためを思って行動した結果だよ。
「私は所詮、盛り上げ役さ。せいぜい派手にやってくれ」
「エレオノーレ──ッ!」
瞬間、ベアトリスの背後、地上から屍の巨躯とその肩に乗ったリザが跳びあがってくる。
ザミエル姐さんも因縁だらけだなぁ、と思う中、カインの雷撃が屋上に叩き込まれた。
「ブレンナー……!」
旧知との再会に水を差すな──そう言いたげに怒りを滲ませるザミエル卿だが、かくいうベアトリスは既にスタートラインを切っていた。
「心配せずとも、お相手しますよっ!」
駆ける閃光。
紅蓮の射手と共に屋上から飛び出していき、雷鳴と火砲の戦は空中戦へと移行する。
遅れて空から衝突の強風が轟き、それを呆然とした様子で蓮とマルグリットは見上げている。そこへ、屋上に着地したリザさんが声をかける。
「あなたたち、撤退するわよ。エレオノーレは一度決めたことは覆さない──今はまだ力を溜めている。病院ごと、ここで全員消し飛ばされるわ」
「シスター……」
「そういう事よ、藤井君」
とそこで、さっき私に完敗していた螢も素知らぬ顔で合流してくる。血に濡れてはいるが、もう傷は治ったようだ。
「私もあなたもここで敗退するわけにはいかない……ま、そこの幼女は病院と一緒に消えてもらった方がいいと思うけどね」
「なっ」
螢の言葉に目を剥く蓮。
嫌われたもんだ。ベアトリスを復活させたくらいじゃあ、彼女の中では収支が合わないらしい。ははは、まぁかなり煽りまくってきたしなあ。性悪幼女なイメージで固定されているんだろう。
「──レイシア。主人として一応訊いておくけれど、あなた、ここを離れる気はある?」
リザさんからの問いには片手を挙げる。
「お気になさらず。今の私はザミエル卿から命令がないと動けませんし」
「そう……大隊長の命令が優先されるのね、やっぱり」
「ッ……」
おや、我らが藤井後輩はなにか言いたげな様子だ。拳を握って、これが私を見る最後の機会かもしれない、と歯噛みしている。
いやぁ、大丈夫だって。消し飛ばされたぐらいじゃあ、このロリ従僕は消えませんから。てか逃げるにしたって私、姐さんの絶対命中を避ける手段ないし。
「……あの」
そこで──やはりというか予想通りというか、マリィが動く。
蓮から離れ、頭上の決戦にも目をくれず、金髪に……今は学生服なんか着ている女神さんは、私の前まで歩み寄ってくる。
「あなたは──……」
「なにかな、愚か者」
「ひぇっ」
反射で毒を吐くと、ピィッとマリィがちょっと跳ねた。
しかしすぐに力強い瞳になって、再び口を開く。
「な、なんのために……戦ってるの? わたし……あなたのことが、一番分からない。
「虚無、だと?」
「……ッ」
私は手すりに背を預けたまま、彼女を見上げる。
きらきらしていて、誰もが守りたくなる麗しの花。
神さえも魅了し、舞台の中央で皆を抱きしめる
それが眩しくて、目を細める。
「私の行動動機は極めて単純だよ、
……生き抜きたい。己が人生をまっとうし、安らかに、永遠に眠りにつきたい。曰く、人の生涯は一度きり。一度きりを全身全霊で生きて、燃えて尽きる。
それが真っ当な人間で。
だけどそれに憧れる一方、今は永遠に添い遂げたい相手がいるのも、私の真実。
「…………あなたは。あなたは、レイシア。ねえ────
マルグリット・ブルイユは、つい先ほど痛みを知った。
覇道の神となるための試練を越えて、覇道の神の道をまた一歩と進めて、ここにいる。
故に、そろそろ気付いたのだろう。私の正体──彼女の、未だいるはずのない自滅因子であることに。
──だが。
「
断じて言う。
断じて告げる。
断じて、否と放つ。
「
殺意を込めて。
怨恨を込めて。
拒絶を込めて。
「お前なんかじゃない、マルグリット。であってたまるか。大却下だ。誰がお前の玩具であるものか。誰が貴様の意思であるものか。
おまえなんかに。
おまえなんぞに。
「──私の人生は私のものだ。貴様には一片たりともくれてやるものか……」
ただ、睨みつけて。
ただ、恨み言を吐くことしかできない。
こっちを見るな。こっちを意識するなと、突き放す。
……分かっている。
自分の役割なんか、わかっている。
私は
あなたが嫌いと言ったところで、それはマリィがマリィ自身に言い聞かせているようなもの。私がどれだけ彼女を嫌ったところで、
だけど、だからこそ私は彼女を嫌い続ける。
仮初の憎しみを抱き続ける。
偽物の感情で抗い続けて、
喧嘩して共倒れなんて、私たちは嫌だもんね。
嫌うだけ嫌って──互いに、知らぬところで朽ちればいいのさ。
「っでも──!」
「マリィ」
女神の肩を、その伴侶が掴む。
そうそう、それでいい。手綱はしっかり、そちらで握っていてもらわねば困る。
「こいつのことは気にするだけ無駄だ。こいつは自分でどうにかするって言ってるんだ。だから……」
「レン……」
「その認識で正解だ、ツァラトゥストラ。さぁ、とっとと行け。焦熱地獄は、この時代の人類には早すぎる。後でレビューしたためてメールで送ってやるよ」
適当すぎる軽口に、ふっと後輩は笑う。
「分かったよ。期待しないで待ってる。それから……ありがとう」
「言うな言うな。私のやること為すこと、宝クジに当たったとでも思っとけ」
返されたのは、やはり苦笑だったが。
そこで主演、準主演たちは頷き合い、病院から離脱していく。
残される
「落ちるのは──トバルカインか」
逃亡者たちの存在に射手が気付く。
戦乙女が抑えようとするが、こればかりは矜持の問題だ。狙った獲物を逃がすなど、絶対必中を
故にまず、この事態の元凶たるリザ・ブレンナー、並びに櫻井螢へと砲が向き……
それに藤井蓮が──トバルカインが、対処する。
蓮は、玲愛の母親たるリザの手を引き、時間加速で一気に距離を引き離し。
トバルカインは、
かくして、第六のスワスチカは開かれる。
この病院一帯を飲み込む、大火球が上から落ちてくる。
「……ふむ」
着弾までの僅かな時間。
頭上が真っ赤に照らし出される屋上で。
──座り込んだまま、懐から煙草とライターなんか取り出してみる。
死に際にカッコつける演出小道具として持ち歩いていて正解だった。手早く煙草を箱から一本抜き、口にくわえ、火をつけて……
「げぇほッ、げほげほっ……そういや吸ったことねぇや……」
幼女に煙草は早すぎた。
そんなことを想って、最後まで馬鹿やって。
煙草を、上に放り投げる。
「
──直後、降ってきた超爆撃に私は飲み込まれた──
ぶっ飛ばされたり火葬されたり、幼女踏んだり蹴ったり。
伴侶がいないとすぐこうなる(自滅ロード猛進)。