幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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55 今は虚の幕前劇 - 1

「たとえば、己の運命が定められていたとしたらどうだろう」

 

 駅のホーム。

 たまたま座ったベンチの背後から、名も顔も知らぬ男の声が聞こえた。

 

「人生におけるあらゆる道筋、選択、結末……全て、ただ一つの運命のために、選んでいるのではなく、選ばされているものだとしたらどうだろう」

 

 昨今、流行りの宗教勧誘の類かなあ、と思いながらわたしはそれを聞いていた。

 一見、お花を愛でてそうな名称の邪教集団のニュースは少し前までよく見かけていた。しかしあの集団の構成員は全員女性ではなかったか。ならば今、話しかけてきている男は無関係か。

 

 ……夕暮れの陽が目に当たる。この時間帯の空の色を好む人種を多く見てきたが、わたしはそれほど魅力を感じない。真昼の青と、夜の黒の境。幻想的だが、決して手の届かないものを見せつけられているような気がしたから。

 

「もしもそんな人生があるとしたら──君は、どう思う?」

 

 投げかけられた問いの相手は、両側、後ろを振り向いてもわたし以外には見当たらない。

 黒髪の男はこちらを振り返らないまま、座して答えを待っている。

 或いは、答えなどなくても、ずっとそうしていそうだった。

 

「傍観者としてなら憐れに思う。当事者としてだったら──そうだな」

 

 そんな人生があるのなら。

 そんな人生にされているのなら。

 

「脚本家に直談判する、かな。値千金叩いてでもシナリオの変更を求めるね」

 

「ほう。ならば例えば、どのように?」

 

「わたしを降板させる」

 

 物語そのものからの退場。

 初めからいない人物として、全ての人生を虚無にしてでも、そこからの離脱を願うだろう。

 

「どだい、わたしみたいな人間を配役する時点でその脚本は狂っている。誤字どころじゃない、設定矛盾(ミステイク)だ。そんな脚本、破り捨てて暖炉の薪にしろ。なぜならわたしが必要ということは、つまり、もうその脚本は完成しているということだ。わたしという余分を切り捨てることで、よりよい完結(クオリティ)を目指してほしいね」

 

「興味深い意見だ。役者として、創作者として、両方の視点で語るか。それに君は、つくづく脇役根性が染み付いた性根の持ち主らしい」

 

「否定はしない」

 

 常、人生は誰かの脇役。

 主役は別にいて、わたしという存在はそこに関知すらされない。

 

 自分の人生、自分が主役? まったくおかしな理論である。本当の主役は舞台にすら登っていないのかもしれない……自分たちの悲喜劇が前座に過ぎない可能性を、誰も考えないのだろうか?

 

「そういうあんたは、傍観者って感じだ。声がそんな感じ。ナレーション、語り部ってところかな。表に出てきたら満を持してラスボス降臨! しそう」

 

「はは。買い被りだよ。そも、私が舞台に出ると途端につまらないものになる。役者たちの輝きを損なうだけだ……舞台袖でニヤニヤしている方が、性分に合っている」

 

「あんた友達いないだろ。よかったら紹介してやろうか? 誰とでも友達になれる、スーパースターみたいな奴知ってるぜ」

 

「それが、君にとっての主役かね?」

 

「いいや、そいつも違う。輝きすぎてる奴は、むしろ逆に主人公じゃねえ。なんだろーなー、アレ。レイドボスかなんかかなぁ」

 

 人間、破格な奴というものはいる。

 わたしの知っているそいつは、その筆頭だ。……ほんとアレ、一体どういう因果なんだか。

 

「……いや、興味は惹かれるが遠慮しよう。言っただろう、私が関わるとろくな事にならないのだ」

 

「んじゃ、話しちゃったわたしはこれから、ろくな事にならねえと?」

 

「いいや……君は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうか。

 そうだろうな。

 

「じゃあ、なんのために出張ってきたんだ?」

 

「敬意を表するために、だよ」

 

「?」

 

「これ以上の介入が出来ないのが惜しいくらいに、私は君に敬意を抱いている。誰がなんと言おうと、私だけはこう言おう──()()()()()()()()()()()()()

 

「……皮肉かね?」

 

「そう聞こえてしまったのなら申し訳ない。だが、ね。君の生を、無意味だと……価値なき虚無のものであると、断じたくはないのだよ」

 

 男の言っていることは、一切合切が分からない。

 けれども声色は本気だった。悪意も嘲笑も何もなく、ただただ純粋な敬意に満ちている。

 ……なんだか、むず痒い。

 人からそんな事を言われたのは、初めてだったから。

 

「ただのファンレターだとでも思ってくれ。脇役にもファンは付くものだ。……そうだろう?」

 

 再び振り向いた時、男の姿はもうそこには無かった。

 白昼夢でも見たかな、とわたしは首を捻って、やってきた電車に乗り込んでいった。

 

 

 

 

「────こんな所にいたのか。探したぞ、()()()()()

 

 摩天楼の屋上で夜風に吹かれていると、典雅な響きのある声が聞こえた。

 視線を向けると、そこには短い金髪の美男子がいる。

 誰が見ようとザ・イケメンと意見を揃える絶世の青年だ。人体の黄金比、人間の造形としてこれほど完成された奴は、他にわたしも見たことがない。

 

「いよーぅ、ラインハルト。わたしを探した、とは時間を浪費したな。結構結構、ざまあ見やがれ」

 

「君の罵倒は相変わらず大雑把だな……とりあえず私を馬鹿にしたいだけのように聞こえるぞ」

 

 そりゃあそうだろう。当然だろう。

 こいつは警視総監の息子として生まれたエリート中のエリート野郎だ。そんなのが()()()として居た人生、多少の罵倒を真っ向から言える人間も少ない。故にわたしはそいつらを代表して言うのだ、

 

「爆発しろエリートォ……一生ガチャ大爆死する人生になれぇえ……」

 

「私はソーシャルゲームの類はやったことがないのだが……ああ、もしや以前、部下に頼まれたやつかな? SSRとかいうのが十枚出た」

 

「こいつ……ッ! 既に確率の概念をぶっ壊しているだとッッ……!!」

 

 つくづく常識というか、ありとあらゆるものを壊すことしか能のない奴だ。こんなのが警察のトップに就いて、この国は大丈夫なのだろうか? 犯罪者すら消え失せるのでは? 大帝国とか築きそう。いや統一国家があんだからそれはねーか。

 

「雑談はさておき。──その様子だと、今回もつつがなく終わったようだな」

 

「まぁなぁ」

 

 そこで屋上に備え付けられたベンチに座り込む。懐から煙草を出して咥え、火を点けながら──報告を開始する。

 

「そこそこ手こずったぜ。えーと、ヴィーンゴールヴ……黄昏騎士団だっけ? あれがなぁ、有能だったけどまぁまぁ邪魔でな。主に連中の目をかいくぐるのが面倒だったよ。まぁ今頃は、もぬけの殻と化した宿敵さんちで呆然としているかもしれんがね」

 

 今の世の中、それなりに荒れている。

 言うなれば、世界を支配する闇の組織VSそんなの認めねえぜこの野郎団、による対立構造だ。多くの一般民衆は彼らの活躍をメディア越しに、コンテンツとして消費する観客側だが、実際、二組織の衝突によってもたらされる社会秩序の乱れは目に余る。

 

 前者の闇の組織が、例の邪教集団。

 後者の騎士団は唯一、そいつらに抗う反抗団体──騎士団だ。

 

「君が直接、戦ったのかね?」

 

「まさか。強固な信仰心は狂気よりも恐ろしい。面と向かって戦うような蛮勇さなんて持っちゃいないさ。わたしがやったのは、ただの()()()()()だよ」

 

 世の中、何事も因果という積み木細工だ。

 母がいなければ子が生まれないように。時間がなければ昼夜がないように。石がなければガチャが引けないように。

 

 今回、わたしがやった仕事とは──すなわち、因果というドミノの整理整頓だ。

 

「……なるほど。君が干渉したのは彼らそのものではなく、周りだな?」

 

「ご名答」

 

 宗教団体にだって金はいる。生活がある。人間という生物として生まれた以上、社会秩序に依存しているのは一般人と変わらない。

 

 そして如何なる規格外どもが集まっていようと──いや、規格外であればあるほど、業があり、根深い因果がある。

 

 だからまずそこから切り崩していった。

 資金源を徐々に断ち、社会的立場を隔離して、因果を整え、固まっている連中を少しずつ、少しずつ、一人ずつ、袋小路へと追いやっていった。

 

「八割以上が自滅したよ。今世で足掻く激情……燃料の底が尽きた。『次がいらないなんて言ってごめんなさい、やっぱり助けてください女神さまー』────なんて、一人も言わなかったところは敬服するが」

 

 どこまでも強情な連中であった。

 我が強かったぶん、その土台にあるものを取っ払ってやれば、破滅は一瞬だったが。

 

「ともあれ、これにて悪の邪教集団は壊滅! 黄昏騎士団さんの出る幕もなく、真相は闇の中に。戦功は全て、現場を押さえに行った国際警察のものとなるでしょーう」

 

「すまないな。本来、英雄として讃えられるべきは君だろうに」

 

「いいんだよ、そんなことは。名声のためにおまえに協力してるわけじゃないんだし」

 

「しかし……どうやって遂行したんだ? 情報によれば、例の教団には『あらゆるものを見通す』という現人神がいたはずだろう」

 

 そりゃあ、まぁ。

 チート持ってんのはあっち側だけじゃないという話なだけであって。

 おそらく現在、おそらくただ一人、あの邪教集団と対等に渡り合えたのは、()()()()()にあった、わたしくらいだろう。

 

「別に。わたしが昔からやることは何も変わってないさ。今回のドミノ倒しだって、わたしにとっては学校のマークシートとおんなじだ。つまり、『知られたところで対処不可能』な事象を叩きつければいい」

 

「知られている前提で動く──か。まぁしかし、マークシートの例えで納得はいった。本当に昔から何も変わらないんだな、君は」

 

「ああ! 心は永遠に十四歳だからなぁ!」

 

「精神論の問題なのか……? しかし億が一、君まで入信するんじゃないかと私は心配したがね」

 

「いや、未来(さき)を目指して歩いてる他の連中の邪魔をするのは、絶対的に間違ってるだろ」

 

 やりすぎ邪教集団。

 連中の創作混じりの教義によると、この世には輪廻転生の理が働いていて、全てが歴代の神々の世界の上にあるという。そしてその輪廻転生を否定し、歴代の……神座とかいうものを壊し、今こそが至高であると断ずるのが連中の首魁だった。

 

 しかし神を否定しながら、それら全てをぶち壊す神を担ぐとは。

 盛大な矛盾である。

 おまえら結局、そこまで言っておいて、人の身で神をぶっ壊すぜという気概もねえのかと呆れたものだ。

 

 次は要らないという思想には同意だが、それを周りにばら撒くのは如何なものか。

 

 好き勝手やるにも限度というものがある。自重しろ。

 

「神の否定、大いに結構だけどね? 今こそが至上だと語りながら、今を生きる他の連中をないがしろにするのは間違いだろう。真偽はともかく、過去を否定する要素もマイナスだな。それは逆説、今の否定だ。どれほど今を至高と断じようが、今に留まり続ける奴はいずれ過去になるだけだ」

 

「然り、だな。故に少し意外だ。君も君で、今ここにいる自分こそがと考えるタイプだろう。感化されなかったのが不思議に見える」

 

「ほほーう。無意識的なのか意図的なのかは知らんが、おまえは素で人の神経を逆なでする才も持ち合わせているようだなラインハールト」

 

「そうか?」

 

「そうだろ」

 

 腕組みして首を傾げてるんじゃないよ。天然の皮を被ってんじゃねえ。

 はあーあ、と煙草の煙を吐き出す。

 

「どんだけ理想語ろうが、世界を滅ぼすのは悪だろう。私欲のために世界が滅んでいい理由なんて、どこにもない。もしもわたしにそんな強大な力があったとしたら、とっとと自殺するね」

 

 そんな、当たり前のコトを口にした。

 

 

 

 

「実は今日は、大事な話がある」

 

「おお、そうかい」

 

 報告を終え、改まった口調に切り替わった上司を一瞥もせず、わたしは再び煙草を吸い込む。

 

 そも、ラインハルトからの用向きというのは大体が極秘任務の案件だ。幼馴染という腐れ縁で、わたしはそいつの裏方仕事を手伝う探偵業のようなことをやっている。まぁ、要はこいつの私設部隊の一つのようなもんだ。それで食って生きているんだから、大事な用だというのは当然のことだ。

 

「今度はなんだ? 潜入工作か、核ボタンの奪取か? それとも部下たちの浮気調査か。スパイのあぶり出しなら時間はくれよ、アレ準備とか大変なんだからな」

 

 ふぃ────、と煙を吐き出す。

 

 こんな態度でもラインハルトには恩を感じているのだ。ヤク漬けでダメダメだったわたしの親父をムショに放り込み、下らない枷から解放してもらった恩がある。こいつが幼馴染にいるって結構なアドバンテージやな、と理解して積極的に関わり始めたのはいいものの、結局体よく駒として使いこなされている現状、完全にやられたとしか言いようがないだろう。

 

 初めの頃はまあ、「知識」があったんでちょっと怯えはしたけどさ。

 

 けれども、まあ、こんな人生も悪くはない。

 悪くない──人生だ。

 

「いや、仕事の案件ではない。プライベートな事だ」

 

「ほお?」

 

「レティシア、私と初めて会った時のことを覚えているか」

 

 後ろのベンチの席に座る気配がし、問いかけられた質問に、ああと答える。

 

「おまえが隣に引っ越してきた時のことだろ? あの頃はまだ親父もマシだったな。警視総監の一家が来たってことでビビリ散らかしてたのを覚えてる。挨拶に来たおまえと、そしてその両親にわたしは言ったぜ、『新聞ならいりません』と」

 

「ああ、あの時の壮絶なほど他人を拒絶していた君の目は覚えている。まさに死魚だ。同年代に、あれほど絶望と諦観を滲ませた人間がいるとは思わなかったよ。しかし君の目は、それでいて芯があった。生きる気概に満ちていた。諦めながらも、それでも抗う瞳に満ちていた──」

 

「なんだその記憶力の良さは……描写が具体的すぎるんだよ……」

 

 一周まわって怖いまである。

 過去を語る時、こいつはどーでもいい細々としたことをよく覚えている。それが能力になって警察としてもエリート街道走ってるんだろうが、こうして喰らうとその恐ろしさがよく分かる。

 

 絶対にこいつを敵に回したくねえ。

 心の底からそう思う。

 

 しかしそんなわたしの反応に対しても、後ろのラインハルト君は苦笑を漏らすだけだった。塵芥の攻撃など意にも介さないらしい。強い男の余裕ってやつを感じざるをえねえ。

 

「当時の私は、正直言って君を下に見ていた。少し目に留まるが、しょせんはそれだけの女の子だとね。だが同じ学舎に通い、──打ちのめされたよ。万年トップ成績を維持していた私が、君に完敗したのだから」

 

 そういやこいつとの因縁はそういう事から始まった。

 

 学業。成績競争。

 全国テストだか色んな試験で負け知らずだったラインハルト君は、わたしというライバルの登場により、立ち止まらざるを得なくなった。自分に匹敵する実力の持ち主、自分に比肩する頭脳の持ち主として、なんかちょくちょく声をかけてくるようになったのだ。

 

「こっちの学生時代は地獄だったぜぇ……主にてめえのせいでなあ……学園中の女子を、毎回毎年、敵に回していたからな……!」

 

「それはすまなかった。だが君も君で、随分と学園生活を謳歌していたではないか。ククッ……同じクラスになって、女装喫茶を提案された時は本当にしてやられたものと思ったよ……」

 

「大人気だったじゃねえか、メイドラインハルト君」

 

 そして物凄く可愛かったと言っておく。多くの男子生徒の性癖に甚大な被害をもたらし、その生写真は裏で埒外の桁で取引され、紅蓮の生徒会長が叩き潰し回ったとかいう噂も聞いている。真偽は定かではないが。

 

「しかし、わたしは別に自分が天才とは思ってないんだよ。もう何度も同じ話をしたと思うがね」

 

「答えは学ぶものではなく、既知であると」

 

「そーそー」

 

 空白だらけの解答用紙があったとしよう。

 わたしはそれを、なんとなくで答えを埋められる。問題文を読んで……いや、()()()()()()()、なんとなく答えを理解する。全てが穴埋め問題で、思考という過程をすっ飛ばして答えを得る。

 

 人はそれを天才と言って線引きするが、わたしにとってこれは日常で、当たり前で、常識で、「ああなんか自分は異常なんだな」と思いつつ、便利な能力として使い倒していた。

 

 便利は便利なのだ。

 人よりはつまらない人生かもしれないが、別にそれを恨んだり、疎んだりはしていない。

 かといって、優越感に浸れることがあったかといえば……それも無い人生だったが。

 

「だからまあ……感情、人情が挟まない案件に関しちゃあ、わたしは専門家の自負があるね。で、おまえは人心掌握の達人として、そのカリスマでエリート街道まっしぐら。これが映画とかだったら、良いコンビだったと思うぜ?」

 

「二人で私たちは最強、だと?」

 

「だが現実はそうじゃねえだろう──おまえはわたしがいなくても充分やっていけるはずだ。つまり、()()()()()()()()()()()。その気になりゃあ、わたしなんか吹き飛ばしていけるほどの潜在能力があるはずだ。なんつーか、おまえを見ていてつくづく思うよ。自制心が怪物級に強い奴だってな」

 

「……」

 

 ラインハルトは本気を出していない。

 まぁ、マジになったら本当にどこまでも行けるような奴だが、こいつは頑なに、そうはならない。

 

 真っ当な人として生きること。

 それに、全身全霊を注いでいるように見える。

 

「そう、かもしれないな。だがそんな事を考えるたび、どこかで思うのだよ。それは私の矜持が許さない、と」

 

「……そ。ま、それでいーんじゃねえの。真っ当万歳。飽いて飢えて朽ちるが正しい人間さ」

 

「……ふふ」

 

「?」

 

 なんだいきなり含み笑い。

 こいつの笑いはなんか意味があるんじゃねえのかと、いちいち勘ぐってしまう。だがそれも考えすぎなのだ、とは長年付き合ってきているから分かっている──あ、ていうかそうか。

 

「~~っていうのはアレだ、受け売りだからな? うん、そう、なんか百万冊ベストセラーか何かに書いてた人生論!」

 

「っ、まったく、なにを誤魔化しているのか……ふふふふ、やはり君は可笑しいな。出典など気にはしないさ。その思想は、君の在りようを見ていた時から漠然と感じていた」

 

「……え、そう……?」

 

「ああ。常、餓死寸前で気丈に振舞っている奇人だというのが第一印象だよ。そんな人間を十数年も近くで見ていたんだ──多少、思うこともある。君の言う通り、私は惑いながら生き、只人として死ぬのが定めだろう」

 

 ……さ、左様ですか。

 こいつが自分をそう肯定するのなら、わたしも言うことは何もない。

 ラインハルトの人生はラインハルトのものだ。わたしの人生が、わたしのものであるように。

 

「──故に。君にはその手伝いをしてほしいのだよ」

 

「……ん?」

 

 なんか話の流れが変わった気配がする。

 手伝う? なにを?

 

「レティシア、私たちはそれなりに長い付き合いだ」

 

「お、おお。そうだな。おまえには世話になりっぱなしだよ」

 

「そして私は、君と過ごす時間がそれなりに悪くないものだと感じている」

 

「こ、光栄だね。ああうん、わたしもおまえをかけがえのない幼馴染だと思っているぜ。学生の頃はよく、金も借りたりしてたしな。今は仕事まで斡旋してくれるし」

 

 なんだろう、なんだこの予感は。

 このまま話の続きを聞いてはいけないような予感。

 しかし、こう、立ち退けないような謎のプレッシャーは……なんだ……!

 

「そうだな。我ながら、よく世話を焼いているものだと思うよ。君はなんというか、放っておくことができないというか。目を離せば何をしでかすか、分からないことがある」

 

「……ほ、褒め言葉として受け取っておこう……」

 

「これをどういった感情で呼ぶのか、長らく掴めていなかった。友情、信頼、義理人情……そういった括りで見ていた節はあるが、どうもそれは違ったようだ。友情と呼ぶにしては胸を焦がされ、ただ信頼とするには君の幸福を案じすぎ、義理人情にしては──距離が近い」

 

 距離が近い。ほう。

 結局、このエリート様は何が言いたいのかねっ!?

 

「なので、ふと。通俗的概念に私と君の関係性を照らし合わせてみたところ、一つの結論が出た」

 

 そこでラインハルトが立ち上がり、こちらの方へ回り込んでくる。ただでさえ長身なので、座ってる側から見上げると巨人のようだ。

 

 だがそれも一瞬。

 次の瞬間、そいつが跪いたからだ。

 

 

「──結婚してくれレティシア。私は君を愛している」

 

 

 ……。

 …………。

 

 ……あのすいません、こいつ何言ってんの?

 

 とりあえずノータイムで携帯を取り出した。瞬間、立ち上がってきたラインハルトが、ガッとこちらの腕を掴んだ。早いよ。反応が早すぎるよおまえ。

 

「おまえ……疲れてるんだろ……? 病院行けって……」

 

「素で返されると私にも傷つく心があるのだが……? 今言った言葉が全てだ、狂してなどいないぞ」

 

「えー……ああ、いやアレか。ちゃんと計算があるんだよな? な?」

 

「無い。好ましい異性と共に在りたいという感情を、人は恋と呼ぶらしいが、私はそれに倣って今の台詞を放ったと自負がある。つまり、計算などない」

 

「おまえ……恋愛感情なんて概念があったのかッ!?」

 

「むしろ君の方にはないのかね。ホラ、私はイケメンだぞ。乙女的になびく心はないのかね?」

 

「いやぁー……どうかなぁ……上官としては最高だけど、異性としてはちょっとなァー……」

 

 なんか、そういう枠から外れてるんだよおまえは。

 異性とか、男とか、そういう枠組みに入らないんだよ。選考対象外の例外個体だよ。結婚とかお付き合いとか、正直言って、出会った時から今まで、一度も一瞬も考えたことねえよ。

 

「うーむ、ここまで脈がないとくると、逆に滾ってくるな。実に落とし甲斐がある。本当の本当に、今まで一秒一瞬も、私にそんな気を抱いたことがないと?」

 

「無いな」

 

「素晴らしい。なんとしてでも結婚したくなってきたぞ」

 

「なんだこいつ怖……」

 

 変なスイッチが入ってねえかこいつ。

 自制心はどこに置いてきたんだよ。

 

「ちなみに」

 

 言って、ラインハルトは警察の制服……その上着から、箱を取り出した。

 そしてパカッと開いて見せる。

 

「指輪の準備はもうできているのだが」

 

「怖ぇえよ!! マジで言ってんのかよおまえ! 先を見据えすぎだろッ! いやそうじゃねえ、おまえ自分がフラレると一ミリも考えてねえのが一番恐ろしいところだわっっ!!」

 

「まぁ、考えてないからな」

 

 真顔で頷きやがる。

 眼がマジすぎて怖い。なんだこいつ……

 

「ま、これが私の本気具合だ。受け取るだけ受け取ってくれたまえ。それでも三時間迷って決めたものだからな」

 

「具体的な数字を出してくるんじゃねえよ……」

 

「値段の方がよかったかね?」

 

「うおおおお絶対に聞きたくねぇええェェ──ッ!!」

 

 全力で叫ぶ中、ぐいぐいと箱を押し付けられるので渋々受け取る。

 ……えー……どうすんだこれ……即座に換金したい衝動に駆られてるんだけど既に……

 

「換金したら怒るぞ」

 

「それは逆に見てみたいまであるが……あぁ、うん。まぁ考えてみるよ……」

 

 手の平にある箱が重い。重すぎる。主に値段という意味で。

 と、そこで、軽く肩に手が置かれた。なんだよ、と再び見上げた時、金の髪がこちらの顔に掛かった。

 

「……」

 

「……ふ、照れもしないか。これでも勇気を振り絞ったのだが。まぁいい、考えてくれるというのなら、私は待つだけだ。期限は来週までだぞ」

 

「…………おう」

 

 なんとか返事をすると、ひらひら片手を振ってラインハルトは屋上を去って行く。

 夜の闇夜に残されたわたしは、右手に煙草を、左手に箱を持ったまま、しばらく硬直していた。

 

「……どうすんだこれ……」

 

 顔に当たる夜風はやけに冷たく。

 わたしはただ一人、途方に暮れた。

 

 




レティシア
 転生N回目。正体は例の通りだが、自殺と同時に輪廻転生されて記憶がリセットされている。
 策謀にかけてはチンピラも真っ青な手腕を発揮する。虚無特性を持つので、活用すれば誰にも察知されず、誰にも気付かれず、誰にも認識されない、完全犯罪めいた方法で邪教集団を潰した。お前は犯罪界のナポレオンか。国際警察に属しているのは単に本人が良心的だから。
 既に成熟した精神に近付いており、自らの業を無視した行動もとれるようになっている。
 邪教団アンチ。音楽性の違いってやつです。

ラインハルトくん
 同じく転生N回目。エリート街道の人生だが、基本的にはまっとうな人間やっている。
 挫折、敗北を知り、恋まで知った。間違いなく人生バグっているが、本人は満更でもない。
 バグの見分け方はレティシアへの呼び方に「卿」ではなく「君」を使ってるところ。

黄昏の騎士団
 元第四神座からの転生者たちで構成された団体。
 邪教団の本部を突き止めて総力戦を仕掛けたが、既に入っていた横槍によって空ぶった。

邪教集団
 第五神座に敵対する集団。アンチ黄昏。
 自滅にまで追い込まれたのは、策謀者の特性によるもの。自己認識の根幹、現実性の否定により、この世と虚構の区別がつかなくなり発狂。神座も自分たちも「そもそも存在しない」という可能性を突きつけられ瓦解した。その最期は虚無の覇道に塗りつぶされた、とも言える。
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