幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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56 今は虚の幕前劇 - 2

 ──一週間後。

 

 メリークリスマスを祝う声が、街並みに聞こえている。

 煌びやかなイルミネーションが積もった雪に照り、家族連れやカップルが行きかう道を、わたしは浮浪者のように歩いていた。

 あの野郎、これすらも狙っていたのかよと思いつつ、コートのポッケに突っ込んだままの箱を、しかし手で弄ぶだけで捨てる気にはなれなかった。

 

 マジでどうしよう。

 いや現実的に考えて、悪い選択じゃない。むしろ良いのは分かっている。

 

「メリットしかねえぇー……悔しいぃー……」

 

 自分が結婚できるなんて欠片も思っちゃいなかったが。

 しかし、相手があいつというのもまた、欠片も考えちゃいなかったのだ。

 

「しかも期限の今日がメリクリってなんなんだよ。どうなってんだよッ。プランが完璧すぎてこえぇぇぇよぉぉぉ……」

 

 わたしが今日、了承すれば晴れてカップル成立で。

 あいつからすれば、予定通りの理想通りの一日になるってワケだ。

 

 怖いッ!

 計画が綿密すぎて……怖いッ!

 

「ラインハルトと結婚かぁ……」

 

 今、物凄いパワーワードを発している気がする。

 いっそのことギャグギャグしい。だが真面目な案件なのだこれは。人生の分水嶺なのだ。ここであいつの申し出を突っぱねて独り身を謳歌…………いや、

 

「……なぜだろう。逃れられる気がしない」

 

 なんかもうこの一週間、そんな気がしていた。

 あいつはどこまでも追いかけてきそうなのだ。地獄の果てまで行っても、とういうか地獄の主でもやってそうな……ていうか出来る奴なのだ。逃げ場がない。どこ行ってもない気がする。もはや立ち向かう他に道がないのではないか?

 

「でも結婚かぁ~~~~」

 

 やはり、それはちょっと、受け入れがたい。

 なんだろう……なんだろう? 分かるだろうかこの気持ち。恋愛感情じゃないのは確かなんだよ、このドキドキは。肉食獣、ライオンとかに出くわした時の危機感のドキドキなんだよ。蛇に睨まれた蛙、獅子に目をつけられた兎、そんな感じなんだよ。

 

 この気持ちで応えることはその……なんか、なんか違くないだろうか……??

 

 愛にはちゃんと、お互い納得のいく愛で応えるべきではないだろうか?

 

 おそらくラインハルトのことだから、そんな些細な事は気にしないだろうが……しかしだ。

 一友人として。奴の幼馴染として。そこはきちんと、真面目に向き合いたいところである。

 たとえそれが奴をフることになっても!! ここは! 振ることこそが、わたしの役割だ!!

 

 ……とは、考えているのだが。

 

「……怖すぎて連絡できん」

 

 あともう少し、もう少し待て、と先延ばしにしている。

 別に友情の終わりとか、そういうのを恐れてのことではない。

 たとえ応えたとしても──わたしは、無責任にどこかで終わってしまう気がして、ならないから。

 

「……弱いな」

 

 ああそうだ、レティシアってのはそういう人間だ。

 最後の最後、終わりの直前にまで行かないと、決断を下せない。

 ()()()()()()()、と運命を知りながら、立ち向かえるほどの精神が、度胸がない。

 

 そんな勇気ある行動は、わたしらしくないことだから。

 

 ……だけど、まあ。

 

「……そんなことが一度くらいあっても、いいか」

 

 決まり切っている運命を悟りながら。

 無意味かもしれない刹那を過ごす。

 今まで、それはきっとやってこなかった事だから。

 今回だけは、一度きり、そんな例外があっても……

 

 

──■■■■■(独りになりたい)──

 

 

「ッ……!?」

 

 ゾクリ、と。

 携帯を持ったまま、思わず虚空を見上げた。

 

 見えるのはビル街。その風景はもう何百年、何千年と昔の文明をなぞった街並みだが、中身の構造は当時のものとはまったく違う。外観だけを似せて、構造や建築技術、材質さえも今の人類の最先端技術の結晶で作られた代物だ。曰く、核とかいう攻撃が直撃しても耐えるほどの強度を持っているというのは、この時代の義務教育を受けている人間なら誰でも知っていることだ。

 

それが今、暴風と共に何十棟とまとめて砕け散った。

 

 いや違う。何十、とかいうレベルではない。しかもここは、破壊の発生源ですらない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけで、それがまとめて消し飛んだのだ。──その光景すら、一瞬のものだったが。

 

「──、────」

 

 気付けば、周囲には誰もいなかった。

 白い閃光の後、街並みは剥がれ、そこは原初の、土色の大陸すらも残っておらず。

 

「……えー……」

 

 ただただ、漆黒の闇が広がっていた。

 突如として私という個だけが宇宙空間に放り捨てられたような天変地異。

 メリクリ概念なんてどっかに消えた。塵に消えた。さっきの謎の暴威、破壊の災禍に、まとめて消え去った。全て、総て、夢幻だったかのように。

 

 だがそれを前にしてなお、私は平静だった。

 元よりどこかで、この世界はそういうものだと認識していたからかもしれない。故に動揺は本当に少なく、眼前に広がる光景を、しかしてこの眼は正確に認識しており。

 

 そして──思い出す。

 

 自分がなんのために生まれてきたのか、

 自分がなんのために生み出されてきたのか、

 これまで自分がどんな人生とどんな最期を迎えてきたのか、

 

 自分が、何者なのか。

 

 それを知って、理解して、把握して、知覚して、自覚して、思考して、逡巡して、意識して、再構築して、再定義して、再理解して、再適応して、再観測して、決断して、決定して、存在して、────答えは一つだった。

 

 

「……あの野郎、うるせぇな。一人で好き勝手やりやがって。気に入らねえしぶっ殺すか」

 

 

 動機はそれだけ。

 だが殺意も、敵意も、意思も、次の瞬間には消えた。

 消える。消える。消える。

 わたし(レティシア)という存在が消える。

 其は起点となって、全ての人生を逆行して、回帰して、一つの結末(運命)へと辿り着く────

 

虚空を想う。

「Ich denke an die Leere.」

 

塵は塵に。        灰は灰に。        夢は永久に。        永久は刹那に。

「Staub zu Staub. Asche zu Asche. Träume sind ewig. Ewigkeit vergänglich.」

 

おまえは誰だ。     わたしは誰だ。     いるのは誰だ。     ここはいつだ。

「Wer bist du?  Wer bin ich?  Wer ist hier?  Wann ist hier?」

 

わかっている。

「Ich weiß.」

 

 ああ、ああ、分かっている──

 嫌というほどに分かっている。

 わたしがなんなのか。

 何者であってなんなのか。

 知る度に絶望して、逃げ出して、捨てて(墜ちて)きた。

 

黄昏よ、■■■。        永遠よ、■■■。     わたしの夜はどこにある。

「Dämmerung, ■■■. Ewig, ■■■. Wo ist meine Nacht?」

 

偽典を開け。

「Öffne die Apokryphen.」

 

我が渇望こそが原初の零落。

「Sind Untergang wie am ersten Tag.」

 

流出──

「Atziluth――」

 

 消えろ、消えていけ、何もかもことごとく。

 原初の極点に余分は不要。

 本来なら、そう──本来なら、この世界も丸ごとそうしてしまうところなのだけど。

 

「……、」

 

 特異点に、黄金を、見てしまった。

 この世界の中心点、黄昏を守ろうと出撃している三柱の一人として。

 

「はぁ……今回だけだぞー」

 

 流出を、我が渇望世界を、この身に留める。

 広げるのではなく収束させる事には慣れている。ずっと、そうしてきたから。

 かくして、わたし自身はもうどこにもいなくなった。

 

 虚無にして虚夢。

 

 そういう誰にも認識できない神格として、嫌々ながらも、あの世界の防波堤へと向かっていった。

 

 

 

 

 その戦況も、やはり「視」た瞬間にわたしは理解した。

 

 このあらゆるモノを見抜いてくれる眼の名称も知らないが、敵の弱点が一瞬で明らかになる点においては破格の力である。

 

 虚無は誰にも認識されない。

 

 故に戦線に辿り着いてもなお、時間も、天体も、軍勢も、個我も、誰一人としてわたしを見つけることはなかったし、気付く兆候も無かった。

 

 なのでその作業は、至極簡単に終わった。

 

──■■(っ?)

 

 雑音を吐き散らかしていた暴威が停止する。

 それもそうだろう──彼が追い求めていた無謬の静寂。それを、今唐突に得たのだから。

 

 とりあえず虚無(わたし)が行ったのは、奴を独りにすることだった。正確には奴の中にいたモノを虚無に帰した。なにかしら願いはあったかもしれない。だが顧みない。一を切り捨て十を救う法則にわたしは則る。なんでも救えるヒーローじゃないんだよ。

 

 ただ、本当にそれだけで、奴の強大な力は一気に弱体した。……いや、“元に戻った”というべきなのか? だがなんにせよ、一秒前とは確実に戦況は変わった。軍勢の攻撃が、時間の理が、占星の超火力が、この好機に嬉々として牙を剥き、奴に効果を及ぼし始める。

 

 おっかねえ。

 あんな三大守護者と相対する絶望に歴代の『わたし』が心折れるのも頷ける。そりゃあ自刃するわ。敵対しているあいつは馬鹿なんだろうか?

 

 かといって守護者たちの誰かが欠ければこっちの絶望度が増す。あんなのとは絶対に相対したくねーので、守護者連中を盾にし続けるため、虚無(わたし)も多少は加勢する。

 

『──お互いせめぎ合ってるな。ああ、あの馬鹿、初手から馬鹿やらかしたな』

 

 黄昏の女神の法は、本来衝突するしかない覇道神たちを共存させる。だが現状、見る限りそれは失われていた。既知と、修羅道と、刹那が互いの力を邪魔しながら戦っているのだ。あの、腕を一振りされただけで消しとばされるほどの災禍を前に。

 

『シャキっとしてくれよ……黄昏(あいつ)が死んだらこっちも巻き添え喰らうだろうが』

 

 その結末をもたらすのが、わたしの本来の役目なのだろうけど。

 ──知ったことじゃない。だからこうしてきたし、ずっとずっとずっとずっと反逆してきたのだ。なのでまあ、次に執り行うことも、一切まったくわたし自身の行動原理としては妥当なもので。

 

『Void fall──書き直しだ、クソッタレ』

 

 脚本却下。台本棄却。

 ()()()()()()()()()()

 

 虚無(わたし)にとって、この世の全ては二次元だ。下位の次元に見えている。全て全て全て、どれだけ強大な力を持つ存在だろうと、紙に書かれた文字に過ぎない。だから時間軸なんか知らないし、展開の整合性とか意味わかんないし、設定の矛盾とかそんなの知ったこっちゃねーわけで。

 

「「「「──!?」」」」

 

 ──だから次の瞬間、太極座に共存の理が復活する。

 

 虚無が描いた後付け設定なので、既知も黄金も刹那もおろか、黄昏さえも突如として再稼働した事実に驚いている。しかも元のものとは微妙に異なっているのだ。この共存ルールは、敵方には適用されていない。そのように書き変えた。これで三柱だけが、それぞれ全力値を出せる環境下に整った。

 

 地盤の対処はこれで完了。後は──

 

──■■■■■■(消えろォォオ)!!

 

『うぜえんだよ、ボケ』

 

 解き放たれた暴威を消し飛ばす。

 ありとあらゆる他者を排斥する滅尽滅相。桁違いの飛びぬけた数値は絶望しかないが、今はそこに上限がある。元に戻る、とはそういうコトで、今の奴はブーストを失っていた。だからどれだけ怒りを燃やそうと、先ほどまでのような馬鹿みたいな強さは発揮できない。

 

 しかもこいつが求めているのは無謬の虚無だ。

 

 虚無(わたし)との相性は最悪といえる。

 

 なので奴が振るう暴威、守護者たちと黄昏の女神へ向けられる神威を虚無に帰す。奴が放つ雑音、攻撃の威力、及ぼす効果、ことごとく、虚無に帰す。帰しきれなくとも半減までは持っていく。減衰効果、衰退効果、あらゆる弱体効果を奴の攻撃にデバフし続ける。虚無れ虚無れ……

 

『よし行けー! 水銀がんばれー!』

 

『そこだ黄金ー! 攻撃たたきこめー!』

 

女神(そいつ)から絶対に離れるなよ刹那ー! あ、もうちょっと時間停止()展開広げてくれると助かるなー!』

 

『いけいけー! おまえら頑張ってくださーい!!』

 

 かくして始まる他力本願決戦。

 刹那の陰に隠れ、黄金の軍勢を盾にし、水銀の占星術にお祈りする。

 わたしがやっていたのは、主にそれだけ。

 完全に逆運動会な具合である。幼児が大人たちを応援する絵面に似ていた。

 

 神々の決戦とは何だったのだろうか……?

 まぁ勝てばいいか。うん。相手が相手だし。

 

 そんな感じで奴に関すること全てを虚無ゲーにしつつ援護していたら、いつの間にか破壊と災禍の化身は削られていき、────なんか満足して消えた。

 

 終了。

 終結。

 終戦。

 

 誰一人として欠けることなく、

 誰一人として落ちることなく、

 誰一人として敗けることなく、

 

 史上最大の危機は消え去り──第五天は守られた。

 

「あ──」

 

 が──ここで、彼女は気付く。彼女だけが気付く。

 戦場の隅に佇む、虚無(わたし)の存在に。

 

『……、』

 

 黄昏が、虚無(わたし)と視線が合う。

 ──殺す。殺してやりたい。消してやりたい。原初に戻った今、その使命と本能と渇望がこの身を構築している。

 

 だが──それに背を向ける。

 

 おまえを殺すのは悪だから。

 おまえを殺すのは善くないことだから。

 おまえを殺すのは皆のためにならないから。

 

 長い永い輪廻の果てに、ようやく出会えた奇跡だが。

 この身を占める渇望を満たす、唯一の機会だが。

 

 背を、向ける。

 

 知らない。知らない。知らない。

 おまえのことなんか知らない。

 知らないんだよ、なにも。知りたくもない。

 

 勝手に朽ちて、勝手に削られて、勝手に死ね。

 自殺の手伝いなんてしてやらない。

 

「ま──待って!」

 

『ばっ──』

 

 馬鹿かこいつ。

 触れれば全てを虚無に帰す身に触れようとするな。おまえが今のわたしに触れることは盛大な自殺行為に他ならない。虚無の穴に落ちる真似に他ならない。だから咄嗟にかわそうとし、

 

「マリィ!?」

 

 女神の指が触れる直前、時間停止がそれを制していた。

 危ない。本当に危ない。ナイスファインプレー。

 

 ……じゃ、わたしは先に定時退社(永劫自殺)するので……

 

「あ、ちが、違うの! いるの! そこに!」

 

「え、はい? なにもいないけど……」

 

「────ふむ? そこか」

 

 あかん捕捉された。

 全力で逃げようとしたが、全宇宙を覆う白の大蛇が追ってくる。こちらの存在、匂いを感知して追ってくる。やべえなんだこいつ! あらゆる可能性存在、可能性因果を把握する神格だとでもいうのか! 虚無さえ捕捉するってどうなってんだよ!!

 

 だが、それらもわたしに触れた瞬間、ごっそりと身を削られる。虚無に帰す。

 さぁさぁ、怯んでいる間に逃走続行! わたしはおまえらみたいな変態どもに関わる気はありませんっ!

 

「なるほど、『無』故に干渉を阻害する存在か。ならば──発生の起点を引きずり出すか」

 

 あかん怖い後ろでなんかスッゲーラスボスじみた詠唱が聞こえてくるッ! それナニッ!? なにそれぇ!? キサマ魔道の神でもあるとでも言うつもりか──!

 

「ほれ、捕まえた」

 

「ミ゛」

 

 全部虚無にする鎧を剥がされて。

 並びに虚無としての特性因子さえ跳ねのけられて。

 ──()()()()の、十七歳ほどの虚無(わたし)の本体が、蛇神によって首根っこを捕まえられる。

 

「えッ……」

 

 赤髪の神格──少年らしき姿をした神格が目を見開く。

 それも当然だろう。わたしの顔立ちは、そこの黄昏の女神と双子かってぐらいにそっくりなのだから。

 ……まぁ、胸囲の大きさだけは違うが。クソが。

 

「おやおや」

 

 黄金の獣の眼もこっちを向く。怖い怖い見るな見るな。おまえなんか知らねーからな!! なんだその長髪、その軍服、雰囲気も全然こっち(レティシア)が知るのと違うんですけどッ!?

 

「なるほど、先の災禍が急に萎んだのは君の仕業か。大義結構、はは。脇役などと言ってすまなかったな、正式に謝罪しよう。目立たぬ活躍だったが、確かにこの戦功の立役者であることに相違ない」

 

「離せ陰気野郎。殺すぞ」

 

「うおッ……その顔で睨まれるのは、こう、クるものがあるな……ふふふ……」

 

 なんで笑ってんだこの黒髪邪神。変態か。変態に違いない。

 

「……が、ガラの悪いマリィみたいだ……」

 

 彼女の目付きをすげえ悪くしてすっげえ長髪にして、軍帽被って黒い和風軍服か学生服みたいな格好している少女でも思い描いてほしい。そうすれば大体今のわたしだ。……ちなみに神格状態がコレなだけで、今世であるレティシアは貧乳でもなければ、こんなファッション野郎でもないクールビューティーなのでそこは言っておく。ただし髪と眼の色は一緒。

 

「して、どうしたものかな我が女神。どうも……君から生まれた者のようだが?」

 

「っ……うん。でもその子、いつも同じことをして……ずっと……」

 

「己が自滅因子さえ抱き締める、か。しかしマルグリット、それこそ彼女が望んでいるものではないと分かっているだろう。まぁ……その愛こそが、私を惹きつける要因ではあるのだが……」

 

 そこでこちらを掴まえている奴の腕を振りほどいた。

 

「おまえがどう言おうと知ったことか。自殺なら勝手にやれクソガキ。()()()()で生み出しておいて、他人任せとかどういう神経だ。どういう機構だ。おまえがどんなに幸せ願っても救われない連中は必ず出てくるんだよ。いい加減に分かれ、受け入れろ。どうやっても成長しねえ人間はいるんだよ。わたしみたいにな」

 

「待って! わたしはただ、あなたも幸せになってほしくて、だから……!」

 

「知るかボケェ! 決戦したいならそこの三騎士をどうにかしろォ! クソゲー無理ゲーなんだよ!! こいつらを乗り越えておまえを殺しに行くってどっちにしろ自殺行為だよ!! ゲームバランスを考えやがれクソッタレッッッ!!!!」

 

「いやいや、ワンチャンあるかもだぞ? 全てを虚無る権能を存分に振るえば、まあ、五分的な確率だが」

 

「信じない……確率なんかわたしは信じねえぞ……! 世は確定! 確定報酬こそが絶対正義だ! 重力さんという絶対法則に従ってわたしは死ぬッ! それじゃあサヨナラ、二度と会わねぇッ!!」

 

 適当極まる捨て台詞を吐いて、その場から踵を返す。

 この後のことなんか知らない。勝手にやってろ世界運営。続編待ってまーす。

 

 そうやって、座から離れようとした時────

 

 

「異議あり」

 

 

 ────黄金の獣が立ち塞がった。

 

 

 

 

 目の前には黄金。破壊の光。メフィストフェレスと呼ばれる男が立っている。

 今世(レティシア)が知るものとは似ても似つかない、絶対王者にして、永劫の鉄風雷火を生み出す地獄の主。その黄金の瞳が、こちらを睥睨していた。

 

 こいつ、なにを──

 

 そう、その場の誰もが困惑の眼を向ける中、彼の口が開く。

 

()()()()()()()

 

 ────────────????????

 

 全ての者の思考が、漂白される。

 全ての者の表情が、呆然となる。

 

「きみに傅かせていただきたい、月よ」

 

 一切合切が意味不明の乱立。

 混乱に構わず、しかし破壊の君は謳い上げる。

 

「────我が軍勢(レギオン)に入れとは言わん。どうか同盟の約定を結んで頂けまいか。この慕情、この場限りとは惜しい。実に惜しい。なにせ初恋なのだよ、慈悲をもらえまいか。ふふははははは、ああ佳い、好い気分だ。そうか、これか。これが皆が、友が熱く語る激情の感覚か。確かにこれは狂う、狂してしまいそうだ。ああ、私は今、熱に浮かれている。狂しているに違いない──!」

 

「なにこいつこわい」

 

 恐怖から逃げようとする。腕を掴まれる。恋人繋ぎで指を囚われる。ひいいいいい!!

 

「獣殿……獣殿? おいハイドリヒ? それは女神を殺すモノだぞ、分かっているのか」

 

「笑死にして愚問だな。故にこうして請い()願っているのだ。自らを虚無とし続けるのなら、我が恋を捧げよう。彼女は役目から逃げているのではない、この世界を守るために健気に奮闘せし英雄だ。相応の報いが女神の祝福により与えられぬのなら、私が与えるまでだ」

 

うーん、何言ってんだこいつ(アクタ・エスト・ファーブラ)

 

「おい誰かどうにかしろよ……なんなんだこのナンパ野郎は。こっちを破滅させる厄ネタの気配しかしないぞ。おい、そっちの何かいっぱいいる奴ら! こいつおまえらの上司だろ!? どうにかしろよ!!!!」

 

「総員動くな。邪魔立てすれば例外なく除籍するぞ」

 

 ビクリ、とその一声だけで総軍が震え上がった。

 おい……おい! おまえら! おまえらぁ──!!

 

「えー……ええー……どうしよっかなこれ。マルグリット、どうにか……」

 

「それであの子が幸せになってくれるなら……!」

 

「マルグリットォオオ!?」

 

 水銀の蛇が変な声をあげる。こっちだって叫びたかった。

 おかしいだろ! おかしいだろうがその理論はァァ!! なにが幸せじゃボケェ、軍門に下らなくていいっつっても、同盟とか言っても、繋がり持った時点で色々オシマイな気がするわ!!

 

「フ、唯一の外堀が埋まったな。さて虚空の女神よ、返事やいかに?」

 

「大却下だが。お断りだが」

 

「さて、よく聞こえんな。返事は?」

 

「諦めろよッ!?」

 

「いいや認めん。ここでは私が法だ。このラインハルト・ハイドリヒが失恋など、ハ、無い無い」

 

「獣殿ぉー……」

 

 曰く、女は駄菓子。

 学生時代(かつて)そう公言していた男が、よりにもよって本命を逃すなど、プライドが許さないのか。

 ウッソだろこいつ……どうすんだよ……どうにかしてくれよもう、誰でもいいから…………

 

「いや、あの……出会って直後にプロポーズは、どうかと……」

 

 そこで赤髪の少年──刹那が挙手する。

 プロポーズって捉えられてんのかこの状況? 同盟=結婚なの? 嫌だがッッ!?

 

「ふむ。では例えば、何を語れば?」

 

「えっ……えと、なんで恋したんだよ……ってかあんたにそんな感情があったのかさえ未だに謎だが……」

 

 刹那の言葉に、ふむと獣は瞑目する。

 そして開眼する。

 

「彼女こそが、我が愛──破壊の果てにあるモノだ。今まで壊してから形を捉えることばかりでな……ああ、元より『壊す余地のないもの』を見るのは初めてだったのだよ。一目惚れだ。決して壊せず、壊れない。()()()()()()()()()()──ならば恋をせずしてどうするという?」

 

「……お、おお……」

 

「……真っ当、か……?」

 

「耳が腐ってんのか貴様ら」

 

 黄金の光に魂でも焼かれてんのか。

 どこが真っ当じゃボケェ、こんな破綻者に恋されるなんてバッドエンドの何物でもないだろうがァ!

 

「おま……おまえは、せめて神格を落としてからにしろ……人間同士だったら、まだこっちにも考える余地はあるぞ……」

 

「ふむ。これより永劫、転生のたびにきみを娶り、きみを見送る生──か。ナシだな」

 

「ナシかよ」

 

「添い遂げられなければ恋の甲斐がない。ここから元に戻ったところで、きみは自死を選ぶのだろう? この世界を守るために」

 

 そりゃそうだろ。

 わたしはこの第五神座の自滅機構だ。放っておけばレティシアなんて人間の自意識を食い破ってでもこの世界を殺そうとする。だが神の自殺は何も残さないし、何も残らない。そんな存在がいていい余地など無いだろう。

 

 だからレティシアは、自分の人生を守るために自死する。

 役割なんかに囚われたくない。自分の死は自分だけのものだと言って、死んでいく。

 虚夢(わたし)が得られるものは、いつだってそれだけだ。それだけで──充分だ。

 

「しかしどうあれ──きみが生まれた以上、今の時代も長くはない」

 

 その言葉に黄昏が俯く。

 どれだけ祝福された時代、神座であろうと、代替わりの時は来る。それは彼女の代であっても同じことで、いつか訪れる時まで、この三人の守護者たちは彼女を守り続けるだろう。

 

「そして同時に、この時代ではきみは幸せになれないときた。──手詰まり、だな」

 

「と、言うと。獣殿」

 

「既に私の考えなど透けているだろうカール? 状況は明白だ。かの女神は彼女が幸せを得るまで彼女を転生させ、彼女はこの世を存続させるため、己が人としての生を守るために死に続ける。そしてやがて、限界を迎えた女神が代替わりをし、一つの時代は区切られる。──死に続けた彼女だけは、なんの報いも与えられぬまま」

 

 それがどうしたというのか。

 これは簡単な算数だ。一を切り捨て、多くを救う。

 神格という座にある彼らならば、そんなこと、考えるまでもない答えを持っているだろうに──

 

「────率直に言って。一人の女を犠牲に成り立つ世界など、存続する価値はあるのか」

 

 ……?

 ……何を言っている……?

 これは犠牲ではない。当然の帰結だ。わたしの結末は自然現象となんら変わらない。舞台装置として在るべき機構に過ぎない──

 

「────故に問おう。我ら、共に黄昏の祝福を戴く人類として──彼女の自死衝動すら救わずして何が英雄か?」

 

 ……は?

 

「いずれ終わる? 代替わり? この行いは無意味に帰すと? ()()()()()()()。それが何だ。それを見過ごすのは果たして、英雄的か? 神を名乗るに値するか? 再度、問おう。我ら各々の愛によって志を一つとする同志諸君、戦友たちよ。彼女がこの神座に抱く()は、救うに値しないものなのか?」

 

 値するワケねえだろそんなもん。

 釣り合いなどどうやってもとれるもんじゃない。

 一が百にならないように、零が一になることはないんだよ。

 だから止めろ。その愚考を止めろ。その先の言葉を続けるな。だったら、なんのために今までわたしは──!

 

()()()()()()()()()()()()

 

「────、」

 

「何、私とカールのような事例もある。虚空の神として確立した存在となるか、或いはまた別の形か……人の可能性を追求するのが今の世の理なれば、我々もそれに倣うのみ」

 

 黄金のかんばせが笑う。慈愛を篭めた眼で微笑する。恋に揺蕩う視線でこちらを見る。

 

 なんなんだ、その目は。

 なんなんだ、その思考は。

 なんなんだ、おまえは。

 

 大体、そんなの、他の二柱が黙っているワケが──

 

「然り、だな」

 

「無茶は今に始まったことじゃないしな」

 

 ……。

 …………。

 …………こいつら頭おかしい。

 

 なんなんだこれ。

 なんなんだこの状況。

 一人のために世界を捨てるとか、正気で言ってんのか?

 

「やめろ……やめろよ。博打にすらなってないぞこれは。零には何を掛けたって零にしかならないッ! 何をするつもりか知らないが、わたしはこの時代で一番成長のない人間だぞ! そんな奴がおまえらみたいな高みに行けるとでも思うのか!?」

 

「異なことを言う。きみは既に我々を救っているではないか」

 

 ────。

 ……いや、それは。

 そんなのは、なにも。

 

「あの災禍相手に全員が揃って生存している。これは奇跡の光景だと私は思うがね。ああ、アレは正直、我々でも手に余る気配だった。瞬殺されかねんと思ったほどだ。だがどういうワケか、生きている。この奇跡の返礼に、きみ一人を救うというのは、そんなにも不当な取引かね?」

 

「諦めたまえよ。君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。もはやどう反論、抗論しようと聞く耳持たん。──黙って救われてしまえ」

 

「違う────そんなのは、理由に、なって、いない…………」

 

「あんたからしたら、そういうつもりじゃなかったんだろうが。要は()()()()()()()()って話なんだよ。救われっぱなしで胡坐をかくような奴はここにはいないんだ。諦めろ」

 

「っ、から、そんなのは結果論だろうが! わたしがいようといまいと、おまえらが勝ったかもしれないだろ! 馬鹿げてる……こんな話は馬鹿げている……世界より一人を優先するだと? おまえら、絶対にそんな殊勝な考えもつ神性(キャラ)じゃねーだろッ!!」

 

うぐ

 

まあ

 

酷い

 

 一瞬でノックアウトされてんじゃねーよ。

 なんでぐうの音も出てねえんだよ。

 さっきまでの英雄ムーヴはどこいった?

 

「……わたしが抱きしめきれなかったなら……みんなで、あなたを抱きしめるよっ……!」

 

「頼んでねぇぇええええ────ッ!!」

 

 善意の押し売りにも程がありすぎるだろッ!

 これ、絶対にこんな事していい場面じゃないって! ラッキーだったと思えよ! 見捨てろよ! ひ、一人で、一人で死なせてくれぇぇぇぇ────ッ!!!!

 

「聞く耳持たんと言っただろう。さて、そういう話になると、彼女を転生させる先は私の世界(第四神座)で良いのかな、マルグリット」

 

「……うん。お願い。酷いことしたら、ダメだからね」

 

「まぁ、善処しよう」

 

「あの子を消したりしたら、カリオストロに会ってあげないんだからねッ!」

 

「んんん……!! ぜ、全霊を賭して尽力しよう……!!」

 

 あの水銀野郎、黄昏の女神には頭上がんねえのか?

 親戚のおじさんと反抗期な娘って感じがする。しかしあそこまで釘を刺すって、あいつどんだけ最悪な性格してんだよ……?

 

 つーか、

 

「……え、なに? あいつの世界……?」

 

「まあ、逆行することになるんだよ。第四(まえ)はあいつが“座”に就いてたから。……はあ。ってことは俺もまたあいつらと戦うことになるのかぁ……」

 

「……あんた、巻き添えか」

 

 こいつだけは押し売りとかじゃなくて、同時に被害者になる感じか……

 

「いいんだよ、俺は俺でどうにかするから。気にすんな。──で、ラインハルト。おまえはいつまでその子握ってるんだよ」

 

「……? 恋した相手を手放すものか。この私は今、この場にしか存在しないのだぞ。恋を知った私なぞ、他の並行宇宙を見渡しても二つとしていまい。実に甘美な心地だ……」

 

「…………」

 

 ……なんか……もう…………

 ……あそこまで言われた以上、反抗するのは失礼な気がする。

 

 ひとまず黙って握られたままの左手を振りほどこうとするが、がっちり固められている。なんだこの握力。マジで怖い。

 

「……本当に壊れないんだな。ラインハルトに触れても」

 

「だから言っただろう。彼女は破壊の果ての極点なのだと。私としても、まるで雲を掴んでいるような感覚だ。──そういえば、同盟を結ぶという返事を聞いていないが」

 

「まだ言ってんのかよ……あー、分かった分かった。一回だけ結んでやる。一回だけ」

 

「それは重畳。ここぞという時に()ぶといい。いつ、いかなる時でも参上しよう」

 

「いや、ここにいるおまえは今だけって、さっき自分で言ってなかったか……?」

 

 刹那の言葉に、そうだそうだと私も視線で訴える。

 すると黄金閣下は含み笑いを零した。

 

「──愛だ。愛」

 

「それでどうにかするつもりなのか……」

 

「こいつ……いつもこんななの……?」

 

「どうかな……どうだろ……総てを愛してるとかって公言してるからな……」

 

「私は今──恋しているっ!」

 

「軍勢になんかダメージ入ってるからやめてやれよ……」

 

 そのまま長身と握力に引きずられる形でダンスが始まる。

 回帰が始まるまでの僅かな猶予の間、恐るべき破壊の君と奇妙な時間を過ごす。

 

「──まぁ、虚夢(きみ)に恋をした私は、この私だけだ。転生した先で、我が爪牙の中で気に入った者がいれば持っていくといい。しかしどれもこれもクセの強い者ばかりだからな……そこはどうにか、自分の手で調教してやるといい」

 

 ざわっ、となんか軍勢の方がざわついてるんですがそれは。

 

「そういえば……幼馴染としてのプロポーズは、どのような返事をくれるつもりだったのかな」

 

 その言葉に、えっ、と刹那から声がする。

 この黄金野郎、神格verはどんだけキャラ突き抜けているんだろうか……

 

「……『来年までに好きになったら受けるよ』ってメールするつもりだった」

 

「──なんと。そうか。では転生は一年先送りに……」

 

「いいや今すぐ転生したくなってきたなぁ! すぐに転生しないかなぁ!!」

 

 果たして、わたしの転生が先送りになったかどうかはご想像にお任せするとして。

 

 かくして前日譚、第五神座における虚夢神の顛末はこのように。

 神座逆行転生者としての物語が開幕するのは、ここからもっと、ずっと先の話になる────

 

 




虚無神
 元レティシア。マルグリットの自滅因子。渇望は「ここではない別の世界に行きたい」、「全てを虚無で満たしたい」。
 女神の自責の念を元に生まれた存在であり、その行動全てはいかなる理由であり、どういう結果になろうと、最終的に女神を追い詰めるものとなる。

 生まれながらに全てを見通す眼……天眼を保有しており、この世には諦観的。
 大元の女神の触覚を知覚すると、一瞬で自滅因子としての役割を自覚、その用途に従って行動を開始するのだが、自ら生を放棄することで自滅因子の仕事を放り出し、人間レティシアとしての人生を守り、同時に第五神座の存続を維持していた。

 それは自己否定ではなく、()()()()による自殺。諦観的だが悲観的でないのはこのため。
 たとえその人生がどれほど悪性にまみれた悪人の人生であろうと、動機も結末も変わらない。
 最後の最後で、微かな善性の欠片を抱いて彼女は死に続ける。

 全て消えろと言いながら、自分だけを消し続けた、バグった自滅因子。

 しかし当の黄昏は「次こそは」と次の生へ送り出し、またレティシアは自殺を選ぶので、もう勘弁してほしいという。成長を促す治世にありながら、その生は皮肉にも、永劫回帰と同じだった。
 通常の友人関係というものが軒並み破滅していたのは、彼女の「虚無」という特性に周囲が耐えきれなかったため。人の縁が自動的に切れてしまい、これに耐えきったのは神格持ちだけだった。

 魂の質はマルグリットと同格。
 天眼と「別の世界に行きたい」という本人の渇望が合わさって、別次元を垣間見、原作知識を獲得した。
 マリィとは、神によって造られた神造の神──第四神座におけるメルクリウスと蓮、ラインハルトと同じような関係にある。純血ではなく、人間部分との混血の神性。

 虚無に則した技は割と多様。「虚構」概念を内包するので現実改変、現実否定が可能。やろうと思えば相手の渇望を虚無って再起不能にしたりもできる。虚無そのものなので、与えられるダメージも基本ゼロ。
 対抗するにはやはり覇道による世界の塗りつぶしが最有効で、虚無のいる余地のなどない世界を広げて押し流したもんの勝ち。つまり多元宇宙を掌握する水銀や、軍勢を膨れ上がらせる黄金がモロに天敵となる。刹那には時間概念そのものを消し飛ばして対処する。

 仮に三大守護者と戦えば、刹那を真っ先に虚無(ころ)し、女神の精神を叩き折り、水銀と黄金は無視して即殺RTA決める。その場合は間違いなく水銀による回帰が発生する模様。
 ……だがその可能性は決してない。
 運命に抗い、己の良心を疑わない意志こそが、彼女を彼女たらしめるもの故に。

 ただしこの保守的な性質は、あくまでも嫌気のさす第五神座の中で形成されたものであり、もしも異なる時代(神座)で生まれ育ったなら、より能動的な意志を持つようになる。


水銀
 お馴染み、黄金が暴走するとツッコミ側に回ってる人。
 愛する黄昏から生まれた存在として、虚無のことは知っていた。初めの人生の終わりや、駅で一ファンとして声をかけたのもそのため。また、転生後の彼女への対応がやや甘い根源も、マリィが生み出したもの=マリィの子供、的な視点があったから。
 黄昏防衛戦の終結後は、黄昏の願いと黄金の要請を受け、しょーがないなー、と受諾。マリィとラインハルトに甘い神である。
 結果、マルグリットの輪廻転生+メルクリウスの時間逆行の技を組み合わせた、異例の神座逆行転生者が爆誕した。

黄昏
 皆を抱きしめたい、幸せになってほしい、という願いから第五神座を管理していた女神。
 しかして長い治世の中、運命を管理せずに見守る彼女では、どうしても救うことができない人間の魂は存在した。無論、彼らの幸せを諦める彼女ではなかったが、徐々に幸せにできない自分自身を責めるようになっていった。やがて深層意識のどこかで、「こんなわたし、消えてしまえばいいのに」という思いから、虚無の特性を持つ自滅因子が誕生した。

刹那
 黄昏の伴侶。ご存じ、元は藤井蓮だったもの。
 虚無に助けられた事実、すなわち借りを返すためにも、黄昏と黄金の意向に同意した。

黄金
 確実にバグっている。そんな獣殿がいてたまるか。
 虚無すら(アイ)すのが彼だろうが、しかして出くわした虚無は自分を自分で壊す、もっとも無意味な存在。──つまり、初めから他者の破壊(アイ)など求めない、一切眼中にないということ。
 恋という不確定かつ理屈など通じないものを説明するなど野暮だが、彼がバグったのは愛の破壊魔としてのプライドが、虚無如きに傷つけられたから……かもしれない。
 おそらく紳士的な態度に隠された裏の意図は、好きな子に意地悪しちゃう心理の表れ的なアレ。
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