幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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57 自由の女神

 ────決戦の前には牛乳。

 

 そんなワケで私は病院跡地から離れた後、近くのコンビニを探して軽い夕食と牛乳を買っていた。

 ザミエル卿の爆撃喰らっても無傷だったが、制服は消し飛んでしまったので、そこは影にストックしていた替えでどうにかした。吸血鬼の影、超便利倉庫と化している。

 

「ベイ中尉たちは城かなぁー」

 

 従僕、置き去り。

 病院爆撃跡にも、誰かが回収しに来てくれる様子はなかった。たぶんザミエル卿は意識すらしてないだろうし、マキナさんも同じだろうし、シュライバーは論外。

 で、ベイ中尉はスワスチカを三つも開きまくった大功労者として、生き残っているだろう教会組、並びに主人公陣営も城に招かれ。

 

 原則、黒円卓の一員ではない私は爪弾き。

 

 従僕、ぼっちである。かなしい。

 

「あ──あれっ!? 白い幼女……白……れ、レイシア先輩!? 思い出したッ!」

 

「おやぁ?」

 

 聞こえたのは、底抜けに明るい女子高生な声。

 逆U字ポールに座ったまま見れば、綾瀬香純ちゃんが目を丸くしてこっちを凝視していた。

 また意外なトコで出てくるなー、この子は。

 

「おひさーカスミっち。一年ぶりぃー。馬鹿後輩どもは元気かな?」

 

「あっ……う、うん! でも最近はなんか色々あって……そうだ! 氷室先輩、見ませんでしたか!?」

 

「レーちゃんがどうかしたの?」

 

「あたしの家に泊まっていったんだけど……ずっと具合悪そうで。それでさっき、止めたのに外に行っちゃって……!」

 

「んー、それは心配だねえ。まぁ、見かけたら私の方でも気にかけてみるよー」

 

 完全に上辺だけの言葉だが、それで香純ちゃんは心強い味方を得たように安堵の笑みを浮かべる。

 彼女だけは、この戦から遠ざけられている。

 トリファ神父も計画を投げ捨てた以上、もう彼女に忍び寄る危険はない。本来のゾーネンキントである玲愛がいる以上、皆そちらを優先するだろう。

 

「ところでその黒い格好……櫻井さんが着てたやつと似てるけど……?」

 

「知らないのかね、今流行りのコスプレだよ」

 

「えぇっ!? そ、そうなの!?」

 

「そーそー。伝説のファッションデザイナー、カール・クラフトことメルクリウスって人による珠玉の一品でねえ? その道の手段でしか手に入らない限定品ナノサー」

 

 嘘八百。

 彼女が本筋に関わらないのをいい事に、あることないこと吹き込んでおく。

 

「へぇぇ……全然知らなかった……ところで先輩、いつから帰ってたんですか? また、しばらくこっちに?」

 

「あぁ、そうねえ。そう長い滞在はできないと思うけど……」

 

「あ……そっか。えと、でも、また屋上、来てくださいねっ! 皆で集まって、打ち上げしましょうよ!」

 

 その発案には、素で言葉を失ってしまった。

 なにも知らない彼女だからこそ、そんな言葉が出てくるのは当然だろうに、私も間抜けだな。

 

「……そう。でも、先約があるから参加できるかは怪しいかな」

 

「そ……そうなんですか?」

 

「ていうか打ち上げの前に……君らを式に呼ぶ方が先かも?」

 

 おどけて言うと、ぽかんと香純の目と口がまあるくなった。

 コロポックルみがある。

 

「し、し、式──ッ!? せ、せせせ先輩、結婚するのっ!?」

 

「さぁてどうかなあ」

 

「お、おおおおめでとうございます!? だ、だ、大丈夫ですか……危ないロリコンの人じゃないですよね!?」

 

「ああ、うん。たぶんロリコンではないから」

 

 たぶん。

 

「それよか、玲愛も心配だけど()()()()()()()()()()()()()()。今の町は物騒だからね」

 

「あ──……うん、そうだね。先輩も、気を付けて……」

 

 そこで香純の瞳から光が消え、ふらふらと来た道を戻っていく。

 軽い暗示だが効果は充分だろう。隣の部屋に誰かが帰ってきたりしない限り、彼女は日常を続けるはずだ。

 

「さーて、気合の一発」

 

 牛乳瓶を飲み干し、ゴミ箱へ投げ入れる。

 

 ──夜の上空を仰ぐ。

 次元の向こう、そこには死者の魔城が在る。

 それを──目視する(<転生引継:天眼>)

 

黒騎士(ニグレド)は蓮、赤騎士(ルベド)はリザとベアトリス、白騎士(アルベド)はトリファ神父……第六位(イザーク)は玲愛、と。んで──」

 

 病院で食らった爆裂の拍子に思い出したこの異能(チカラ)が、まだ使えるとは思わなかったが、観客として振るう分には許可されているらしい。

 

 ご厚意に甘んじて、向こうの戦況を把握する。蓮はパワーアップしまくったおかげで優勢。女性陣はやはりザミエル卿が破格だが無意味に終わりはしないだろう。シュライバーは神父に良い感じに狂わされて、ベイ中尉へのお膳立てが完了。ゾーネンキント組は、まあ主人公に任せればヨシ。

 

 ならば注視すべきは──

 

「──司狼と螢が玉座直行中。ああ……出て来たな」

 

 先を急ぐ二人の前に、(メルクリウス)が出しゃばってくる。

 

『なんだ……てめえは』

 

『藤井君と、同じ顔──?』

 

『愚息の友人とあらば、歓待せねばなるまい。まあ、我が使い魔が働き過ぎたので、少々調整しにきただけだがね』

 

 彼ら二人は私が用意し過ぎたエキストラだ。ここで活躍されても脚本家としては困るのだろう。

 で、そんな具合に足止めしている間に、ホラ、神父様が役割を完遂して、先に玉座に到達する。

 

『イザークとお話になられてください、ハイドリヒ卿──』

 

 この瞬間、彼は人生に勝利した。

 お見事、とどこにも届かない拍手を送る。

 

『ラインハルトは──俺が斃す』

 

『──ならば、勝ってみろ』

 

 同じ頃に蓮が試練を突破する。黒騎士は長年追い求めた唯一を手に、果てていく。

 五色に欠損が生ずるが、彼は不死英雄。城で死んだ以上、黒騎士はまた復活するだろう。……もっとも、ケリが付いた以上、もう儀式の装置以上の仕事はしないと思うが。

 

 流出の階を掴んだツァラトゥストラは、そろそろ決戦状態。下手をすればここでハイドリヒ卿と戦いになりかねず、そうなった場合、脚本の筋は大きく乱れるだろう。

 

 だが、蓮の目的は今、黄金の打倒よりも先に玲愛の救済に向いている。

 

 故に水銀はそれを放置し、司狼と螢を先導しつつ、彼らを玉座へ導いていく。

 そこで赤騎士、白騎士の方も決着し──白騎士の方は完全暴走に移行したが──両者も、玉座へと向かっていく。

 

「役者が集う」

 

 黄金卿、ラインハルト・ハイドリヒ。

 赤騎士、エレオノーレ・ヴィッテンブルグ。

 白騎士、ウォルフガング・シュライバー。

 

 ツァラトゥストラの自滅因子……遊佐司狼。

 黒円卓の決別者にして奇跡の生存者……櫻井螢。

 

 そして────

 

 

『──ようメルクリウス。ちっとばかりハッキリさせてえ事があんだけどよ。

 おまえ、ハイドリヒ卿を謀ってるって噂は本当なのか?』

 

 

 本命も本命、大本命。

 私の歌劇の主演が、最後のピースを嵌めにやってきた。

 

 

     ※

 

 

「ほう?」

 

 黄金の玉座──

 そこに集いた役者を睥睨し、地獄の主は放たれた意外な一声に片眉を上げる。

 

 赤騎士もまた発言者の意図の不明に眉をひそめ。

 白騎士は理性を失くしながらも、聞き捨てならぬ事象(モノ)と判断したか動きを止めている。

 

 玉座の間に踏み込んだばかりの司狼と螢もまた、背後から現れた白貌に息を呑み。

 糾弾された当人──影絵のような男、メルクリウスは愉快げに口元を歪ませつつ、振り返る。

 

「噂、か。また突拍子もないタイミングで顔を出したな、ベイ。その心外な悪評は、一体どこから聞き及んだのかね?」

 

「てめえの使い魔だよ。端役(ガヤ)の戯言とするにしちゃあ、無視できねえ事柄だろ。だからこうして直接聞きにきたんだよ──なんか俺たちに隠してるコトがあんじゃねえのか、おまえ?」

 

 ヴィルヘルムの真紅の眼には剣呑と懐疑の光が宿っている。

 レイシアの正体。自滅因子という存在概念を考えれば、この世界(時代)にもそういったモノがあるのは道理。ならば仮にこの水星が「  (そういうモノ)」だと仮定して考えると、自ずと首領と副首領の友情が、どのような理屈で成立しているのかも察しがつく。

 

 質疑者である彼としては、信憑性は五分。

 半信半疑に留まるだけの、無視してもよい些末事ではあるが──、

 

 こと従僕(花嫁)に関する事柄において、些末事などという認識、彼には存在しなかった。

 

 ……メルクリウスは人の情というものが見抜けない。

 故の誤算。従僕の伴侶であるという認識でしかなかった端役が、ここにて最大の誤謬を彼の脚本に落とす。

 

「私としても気になる発言だな。カールよ、申し開きがあるなら聞きたいものだ」

 

「おやおや……あなたらしくもありませんな、獣殿。一従僕の諧謔がそこまで気にかかりますか」

 

「諧謔? あの娘は総てに命を賭けている。戯れにも本気を尽くすのが彼女の従僕としての在り方だ。であれば、その諧謔にも一定の真実が含まれているのは疑いがない。幻想に従事する者が、軽薄な虚言を弄することもまた在りえない」

 

「…………」

 

 数瞬、カール・クラフトは瞑目する。

 なるほど、そうきたかと。

 恐らくあの従僕の狙いは、ここで己と獣を衝突させること。黒円卓の双頭を別々の方向に向かせる展開を引きずり出して、来たる生誕祭、未知なる流れを作ること。

 

 実に賢明。従僕という最下層の役者なりの足掻きらしい、拙い筋書きだ。

 

 だが愚行。こと謀略という盤面にかけて、自分を相手に回すなど悪手以外の何物でもない。

 

 

 ──ああ、女神の寵児ということで甘くしていたが。

   歌劇の台本を乱す不穏因子と化す道を選ぶのなら、相応の報いがある──

 

 

「……ふふ、ははははははははは……」

 

 水銀(カミ)は笑う。

 幼子の健気な一矢を笑い飛ばす。

 そしてこれから──彼女が叩き込まれる絶望、地獄をその頭に描きながら。

 

「──なるほど。ここで黙そうが弁明を尽くそうが、友を失うのは避けられない、と。この一点にかけて、実に見事な手腕(チェック)だ。我が使い魔ながら恐れ入った。どうやら、あれの教育に失敗したようだな、私は」

 

「「……」」

 

 黄金は答えない。

 白貌もまた黙す。

 ──この時、二者の心は一致していた。

 

 “おまえ、まさかサッパリ従僕(レイシア)のことを分かっていないのか?”と。

 

「……ハイドリヒ卿ォ……」

 

「言うな、ベイ。元よりこういう男なのだよ、我が友は。父親の器ではないのだ。血の繋がりもないとなれば至極当然。まぁなんというか、実に残念な気質を持っている」

 

「失望ですか、獣殿。しかし私とて嘘を吐いた覚えはないのですよ。あなたとの約束を反故にするつもりもない。愛を諦めるつもりもない。ですから──」

 

 誤謬には誤謬を。

 乱れを引き起こした責任は、自分で取らせるのが親としての仕事……そう理論的に考えて、水銀は宙に指を滑らせる。

 

 その時点で、もう完全に、詰み切ったこと(チェックメイト)にすら気付かずに。

 

「私は友も愛も、両方を取る。ならば責任は己で果たさせるが道理。故に劇の始まりはこう紡ごう──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、黄金の空間に閃光が(ほとばし)る。

 使い魔としての召喚。それは同時に、彼女を()()()()()()()()()(くびき)()()()()()()ということでもある。

 そうして現れる少女は、唯一の主人の命令にしか動かない歴戦英雄(エインフェリア)。メルクリウスの命と声だけを胸に、稼働し続ける殺戮機構と成り果てる他にない。

 

 こと他力本願を十八番にする男。

 劇を整えるまではするが、盛り上げ役には最適がいる。

 そのために採用(スカウト)したのなら、その仕事を果たさせるのみ。

 

 それが例え、愛する者を手にかけるという、彼女にとっての悲劇の結末(バッドエンド)に繋がるとしても────、

 

 

流出

Atziluth

 

 

「……ん?」

 

 城に召喚した声の響きに。

 愉悦を滲ませていた黒幕の笑みが、固まる。

 

 カールよ、だから卿はカールなのだ、と黄金は失笑し。

 そりゃあ、そうなる他にねえよなあ、と白貌は苦笑する。

 前世と今世。関係性も縁もまったく異なれど、同じ魂に焦がれた者同士だけが現状を理解する。

 

「なぜ、分からんのかねカール」

 

「てめえが信頼する奴の価値ってのを、勝手に下げてどうすんだよ」

 

「愛が足りん。まったく嘆かわしい」

 

「逆に訊きてえんだけどよ……あいつがおまえの味方をしたことなんて、一度でもあったのか?」

 

 黄金と白貌から交互に放たれる評論を、しかし水銀は解し切れない。

 愛が、足りない。まさにそうとしか言えない理由だけで。

 

 

「神は死んだ──Gott ist tot(虚構神話/永劫終点)ッッ!!」

 

 

 光を消し飛ばして現れたのは、白金(プラチナ)の長髪を伸ばした一人の少女。

 服装こそ黒円卓の制服のままだが、その身に宿す神威はもはやただの幻想ではない。

 

 虚空の夢。

 虚無の理。

 虚夢の神。

 

 原初に至り、その魂が織りなし、積み上げてきた宿業輪廻、全てを内包した覚醒存在。

 

 ──黄金の虚構神話を語る夢神(グルヴェイグ=モルフェウス)

 

 覇道の一柱が、ここに顕現する。

 その黄昏色に染まった双眼は水銀を見据え──言い放つ。

 

「──私を()び出したということは私に殺される覚悟が出来たということだな? ああ、間違いなくそうに違いない」

 

「ん??? いやちょっと待て」

 

「知りたいんだろ? 未知を。見たいんだろ? 未知の展開を。だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうが。何を裏でコソコソしてやがる。主人公力を見せろよ。チートものはいつの時代だって大歓迎だぞ。流行り廃れはあるだろうが、需要だけは無尽蔵だ。それともいつかの(忘却した)時代でそういうのは使い果たした末路が今なのか?」

 

「──まさか。おまえ、ずっとこれを狙って──」

 

「出会い頭に殴り飛ばし続けてただろうがァッ!! 伏線に気付けよ脚本家ァ!!」

 

 少女の咆哮(こえ)が、周囲の色を消し飛ばす。

 それだけで床の、壁の、天井の髑髏がバラバラと砕けて消える。距離があったこと、余波に過ぎなかったこと、少女自身が未だ加減していたおかげで被害はそれだけで済んだが、眼前で起きた異常に誰もがその目を見開いた。

 

 ──ただ一人、その殺気を向けられている水銀を除いて。

 

「……ここで私を排斥したところで何も変わらんぞ、レイシア。まさしく虚無。意味がない。おまえはここで舞台そのものを無に帰すつもりか?」

 

「はーん? 誰が考えなしだ舐めるなよ。知ってるわそんくらい。用があるのは今の触覚(おまえ)にだけだよメルクリウス」

 

「では、取引がしたいと?」

 

「違うね」

 

「……っ? ではなんのために此処へ──」

 

()()()()()()

 

 神が、言葉を失くす。

 無意味、無意味、無意味──あまりにも無為の極致で放たれた動機(りゆう)に、絶句する。

 

「……ちょ、ちょっと意味が分からないんだが」

 

「なんで分からないんだよ? 私は常々、そう! 常々言っていただろうが──『水銀死ねぇ!』と!!」

 

「ふ、ふふふ──はははは、はーはっはっはっはっはっはッハッハッハ!!」

 

 堪えきれず、玉座から爆笑が響く。

 座ったまま、黄金の君が余りの暴挙に腹をよじらせて笑い尽くしている。片手で顔を覆い、この馬鹿げた壮大な茶番劇に、もはや笑うしかなかった。

 

()()()()()()()()──ああ、おまえ(論理的)に合わせて言えば? 私が()()()()()()()()には未練を消化する他にないと思うんだよ。つまり全力。全力だ──全力を尽くして英雄としての人生を全うしたい。あとついでに積年の恨みを晴らしたい。以上!」

 

「い……以上って。それはおまえ、獣殿にこそ挑むべきでは──」

 

「嫌だよ。あいつ怖いもん」

 

「私は怖くないと……?」

 

「とても殴りやすい相手だと思う」

 

 うん、と腕組みして強く頷く白幼女。

 それに同調するように、ヴィルヘルムや司狼も頷いていた。

 

「ガキの面倒を見るのも親の仕事だろ。再教育の機会と思えよ、メルクリウス」

 

「いや、ベイ。おまえなベイ。頼むと言っただろうベイ。自分の女の機嫌を取ることもできないのか貴様──!」

 

「俺に対しちゃぁ、常に上機嫌だからなぁ」

 

「ラブフォーユー! そういうワケだ──死ね水銀」

 

 刹那──レイシアの右手に超大な気配が収束する。

 彼女が有するのは虚構の夢。すなわち、またしても埒外の幻想宝具がその手に現れると全員が察知し、身構え────呆気に取られた。

 

「……えっ? はっ? おまえそれ」

 

「聖槍抜錨──なんてな」

 

 メルクリウスさえも呆と化したのだから、他の者たちの衝撃は計り知れず。

 女神の手に現れるは、黄金の武具。

 金色の光を穂先から放ち、数多の魂を凝縮させ槍の形にした宇宙(ヴェルトール)────

 

運命の神槍(ロンギヌス)……!?」

 

 思わず零したのはエレオノーレ。我が君の唯一武装が、なぜあの者の手に顕現する!?

 

 思わず視線を玉座に向けるが、そこで見たのは所有者であるラインハルト本人さえ唖然としている顔だけだった。目が点になる、とはまさにその表情のことを言うのだろう。

 

「借りるぜェェ並行宇宙の獣殿(ラインハルト)ォォオオオ!!」

 

 ──そう。この場、この宇宙、この舞台にいる者は、知る由もない。

 この未知を。あまりにも度を超えたデタラメの要因を。レイシアという原点が生まれた未来の神座の最終局面にして最期の地で、黄金の獣に起きた異常事態を。

 

 故に。

 

 

“──ハハハハハ──!! よい、存分に持っていけッ! 我が麗しの同盟者……!!”

 

 

 続く事態も、全ての者の理解を置き去りにする。

 一瞬、聖槍を携えた女神の背後に現る黄金化身(ラインハルト)。残滓に過ぎぬ気配()なれど、それがこの場にいるラインハルトと同じ気配、同じ声を響かせた理解不能に放心する。

 

「この時を待っていたァ──!! 死ねぇ、クソ水銀──ッッッ!!!!」

 

 そして、迷うことなく聖槍(それ)が放たれる。

 まさしく黄金一閃。

 一時代につき一人しか主になれぬ道理(ルール)を無視して、神殺しの槍が振るわれる──!

 

「意味が分からん意味が分からん意味が分からんッ!! なぜだ、どうなっているっ、どういう事だそれはっ!? なぜおまえが持っている、ほんっ……本物じゃないかそれ──ッ!?!?」

 

 真っ当な絶叫を吼えながら、黄金に吹き飛ばされていく水銀の影。城の壁をぶち抜いて外へ消えていく中、ああうん、とレイシアは頷く。

 

「なんか初恋記念でレンタルオッケーだって向こうの獣殿が」

 

「はつ」

 

「こい」

 

 棒で反唱したのはラインハルトとヴィルヘルム。

 エレオノーレの脳内には宇宙が広がり、シュライバーはそもそも何も事態を理解しておらず、司狼はざまあねぇ、と水銀が消えた方向を見やり、螢に至っては情報の処理許容を越えて混乱状態だ。

 

「……いや、この私は知らんぞ。断じて知らん。幼女趣味にも目覚めておらん。断じてだ」

 

「なにがあった前世(みらい)…………」

 

「それじゃあ行ってきまーす!」

 

 場を混乱の渦に陥れた虚空の女神も城から飛び出していく。

 戻ってきた聖槍を手に、この舞台の演者の一人としての喜びを胸に抱きながら──

 

 




 これがやりたかった。
 というわけで水銀(触覚ver)との決戦。がんばれー。
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