幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
超新星爆発が解き放たれた。
星々を凝縮した超絶火力。まさに宇宙を使った暴力に相違ない。迎撃できる手段があるとすれば、それに抗し得るほどの熱量の渇望のみだろう。
──だが──
「
消し去る。
消え去る。
何もかもことごとく。
火力も攻撃力も「無」の前には意味を為さず。
いたずらに星々はただの塵となり、
全てを
何も生み出さず、何も創り出さず、何も残さない空っぽの極点。
それが
「けど決戦ってのは盛り上がってこそだろ?」
作業ゲーをしに来たわけではないのだ、今回に至っては。
華が欲しい。熱量が欲しい。山あり谷あり、超弩級の七転八倒、逆境からの大勝利を味わいたい。
故に、まずは──
「
丸ごと虚無に帰して未来永劫に使用不可能になる。それを見て、ようやく水銀は私が何のために喧嘩を売ってきたのか分かったようだ。
「……ははは。気は確かか。そんな方法を取りながら
「最初に言っただろうが──私は神としてじゃなく、人としてお前に挑みに来たと」
「──」
今度こそ水銀の王が驚愕と戦慄の瞳となる。
何を感じているのだろうか? 怖気か未知か? 信じがたい、度し難い次元の馬鹿を前に、お得意の長文台詞さえ吐けないようだ──ならばその隙、利用しない手はない。
「さぁ、夢はここからだ。人類の夢はここからだッ! 虚無は消え、虚夢の番だ!! へたれるなよ永劫回帰、付き合ってもらうぞ──ッ!!」
幻想に
この宇宙最大の敵を前に、こっちも超級のチートっぷりをカマしてやる。
「偉大なりし宝石翁──魔法の時間だ。出典:
水銀と同じ、並行世界、多元宇宙を運営する幻想が身に宿る。
ただし私の場合、それはこの世界に向いたものではなく──外へ、より高みの次元へと向いている。
──別の世界に行きたい。
それが原初の渇望。原初の幻想。遥かな未来で抱き続けた、本当のユメ。
万象を見通す眼を持って生まれた彼女は、毎夜のようにユメを見た。こことは異なる世界の風景を垣間見た。起きた頃には全て忘れ去ってしまうほどに儚い一時だったが、それが無意識下で確かに彼女の精神基盤を支えていた。
きっと、果てのどこかに、美しいものが無数にあるのだと。
手を伸ばしても決して届かないものに焦がれ続けた──これはその断片にして残滓の夢だ。
「本気で死にに来たか、この愚女はッ……!!」
困惑、戦慄、愉悦──混沌とした感情を顔に滲ませつつ、占星術師の指が躍る。
紡ぎ出されるのは聞き取れない音声詠唱。そちらも異界といえば異界言語だが、やはりその規格はこの神座世界に則ったもの。
そうして発現するはグレート・アトラクター。
銀河面吸収帯の大激突にして重力異常。呑み込まれて無事な存在などまずいない。直撃したが最後、死は免れぬ結末だ──しかし、と入るのが魔法の良い所。
「そんな世界線は知らねえなァ!!」
「!?」
キィンッ、と──音があったかもしれない。多少の空間の乱れはあったかもしれない。だが次の瞬間には知覚さえできなくなる。それもそのはず。
「宇宙剪定。虚無へ帰れ。夢だ夢ェ!!」
発生因果からの抹消。メルクリウスの攻撃行動そのものが「無かったこと」になる。
同じ多元宇宙を握っているのだ。故にどこからどういう攻撃が来るかも分かる。ならばこんな事だって出来るはず。
「返すぞ──グレェエート・アトラクタァ──!!」
瞬間、
口から紡がれたのは彼とまったく同じ言語にして詠唱。この世界の私では知る由もない大いなる御業を今、メルクリウス本人に返礼する──!
「ッ、ど、こまで……!!」
そんな使用法は思いも寄らなかった、と感心の念さえ伝わりそうな声を上げながら水銀が迫る銀河衝突に対応する。生まれからして万能の純血では、「他の可能性の自分」なんて概念、思いも寄らないのだろう。我は我。個は個。神は神。同じ
「
そこでいつかの日、この身に呑み込んだ
それは今、私の意志に沿って血染めの大剣になっていた。柄は十字に、その刀身は私が持ちうる幻想全てで出来ている。
第二魔法……あらゆる可能性、並行世界の運営を司る異能を用いた、無尽の幻想へのアクセス。
それはもちろん水銀打倒のためだが、同時に私はそれらを捨て去る必要がある。
消費する。
使い潰す。
消していくし、捨てていく。
「これが私の
発現する異能は詳細不明。
消費し、破壊するばかりのようなチカラは一時、幻想に歪んで刀身に付与される。
「
放った極光の斬撃は、数多ある並行宇宙の幻想全てを燃料にした究極の使い捨て。超新星爆発なんか目じゃない一撃は、軽く宇宙を両断するレベルで発生し、
「ッガ……!?」
──なんかそのまま“座”にいる本体にまで攻撃が通ってしまったらしい。触覚水銀の右腕が砕け散る。
ざまぁねえわ。一矢報えた。
「ッ──」
だが喜んではいられない。今のが最上、私に出せる最高の一撃だった。
消費された幻想はこの宇宙から溶けていき、二度と私の手には戻ってこない。そのように運用したのだから当然だ。十字剣が砕け、魔法も喪い、あらゆる可能性を司る幻想が虚無へと散り、それだけで一気に多くの異能がごっそり抜けたことを実感する。
──怖い、怖い、怖い、怖い──!
神から人の身へと零落していく。矮小な存在になるにつれ、相対するモノの大きさが計り知れなくなっていって泣きたくなる。
それでも。
それでも踏み止まる。
「愚行極まれりだな……おまえほどの大馬鹿、他に見たことがないぞ……ッ!」
「そりゃあ未知ってことだろ、おめでとさん。次、行くぞぉ──!」
もはや空元気。もはや自棄。
私だって実際そうとしか思えないほどの愚挙愚行。やりたくない、やりたくない──でもやる。
やるのだ。
だってそうでないと、私はいつまで経っても「次」に進めない──ッ!!
黄金の穂先を向ける。
その間にも、この身から虚無としての特性が消えていく。
だがこの心は今、その欠落を埋めるに値する浪漫と夢に満ちている。
だってホラ──至高の幻想は、すぐ目の前にだっているのだから。
そんな私の思考を読み取ったか、水銀の口元が怪しく歪む。
この時ばかりは、此方も同じ表情をしていただろう。
重なる二つの渇望詠唱。
水銀によってもたらされるそれは、この既知宇宙の顕現だ。彼の背後には並行宇宙にまで尾を伸ばす白亜の
──対して、私が
宇宙を染め上げる景色がある。
それはあらゆる
「出典:第五神座・
「────」
かつてどこかで並行宇宙が辿った歴史そのもの。
私の既知世界とはそういうものだ。原典か外典か偽典か知らないが、どこかの神座宇宙そのものこそが、私の知る虚構神話。
だから顕現したのは、私が発生した、とある可能性世界。
今は永劫回帰に呑み込まれて影も形もなく、しかし証人として存在する私を起点として──幻想として、ここに再演される。
それは、その世界線における全ての並行宇宙の顕現と同義。
故に発生した瞬間──それらは水銀が内包する銀河とぶつかり合い、相殺され、一つのビッグバンとして極光を瞬かせた。
「っ、……!!」
だが水銀に第四までの並行宇宙しかない以上、幻想といえど第五まで保有する此方の火力の方が僅かに上回る。
反則トリックみたいな結果だが、幻想使いとはそういうものだ。それは水銀が一番よく知っているはずだろう。
「撃ち落とせぇ──!!」
宇宙同士の衝突が終息した直後、黄金槍を水銀神に投擲する。
神殺しの概念具現と言っていい聖槍は、その身に直撃し、座の本体と触覚のリンクを断ち切った。
力の供給源と分かたれたその影姿が、墜落を開始し──それを追いかけるように、力の多くを失い続けている私も落下していく。
大気圏外からのフリーフォール。懐かしい記憶が蘇るが、あの時はまだ幻想がたくさんあった。引きに恵まれて、飛行する異能でなんとか凌いだのが懐かしい。
だけど今、地上に近付くにつれ、本格的に私は神からの零落が始まっている。
一秒ごとに幻想が虚無へ消えていき。
毎秒ごとに人間という絶対弱者の
全てが終わった後、果たして私は正気でいられるのかどうか。
「いや──どうでもいい」
後のことは後の楽しみだ。
今はただ全力を。幻想使いとしての全力を。神性の全力を使い果たすことにのみ、全霊をかけろ……!
「まだ──終わっていないぞ……」
落ちながら、水銀の眼が此方を向く。
落ちながら、こちらも口角を上げた。
「ああ──分かってるさ」
異能として使える幻想貯蔵は尽き切っている。
まったく──ここまでしなきゃ業から抜けられないって、十四歳病も極まってんなぁ……!
「良いだろう……最後の試練をくれてやる……!」
水銀の右腕が振りかざされる。
天地は互いに逆転のまま、青い地平と空の狭間で、最終幕が開かれる。
「旧世界の代表として、君を祝おう──再演だ。
「おまっっ」
瞬間、再度として水銀の周囲に顕現する
それでも人一人が立ち向かうにしては雄大すぎる。
……何が“祝おう”だボケ、最後の最後まで殺す気か──ッ!!
「何を戦慄する。占星術でさえないぞこれは。ただの障害として配置したに過ぎん──この程度、乗り越えてみせろよ幻想使い」
「誰も言わないから言っておくけどさぁ! お前の占星術絶対おかしいってぇ!!」
マジック占星術にも程があるんだよアレ! 一般が知ってる占星術概念から外れ過ぎだからなアレ!!
ともかく──
「──仕事の時間だ、
呼び声に応えるようにして、今は虚空の彼方の残滓と化した黄金の気配がその場に出現する。
流石に幻想を捨てまくったせいか、もう影すら認識できないが、強大な気配は不変である。どうなってんだマジでこいつ。
“──そこは素直に頼ってくれても良いのだがな! だが然り、然りだ! こちらの卿には見事に騙くらかされたからなッ! 此度の運命に乗じさせてもらおう──!”
「そんなハイドリヒは見たくない……」
“──というわけで全力を出す。全軍出撃。”
「……ん!?」
目を見開くメルクリウスに対して。
わたしは天へ、空高く高く、聖槍を掲げた。
“──「
「待て待て待てぇ──え!! クリスマス前だぞこっちはまだッ!? 此方の事情もお構いなしか!」
“──いや、そちらの私のことなど知らんし。”
ですよね。
そんなワケで流出を続行する!
そこで目下にグラズヘイムが見えてくる。
故にまぁ、奇妙な光景が顕現したに違いない。
声を合わせて地獄のトリガーを詠唱する。
かくしてグラズヘイムの天上に現るるは、獣の英霊総軍。
空が黄金に光り輝き、ラインハルトの「創造」の魔城に、「流出」の光景が重なるという地獄のような絵図が完成する。下手すりゃ眼下のグラズヘイムが統合されるんじゃねえか? と思ったが、
“──おや。やはり私だな、やるではないか。持っていかれぬよう踏み止まっているぞ。ふはははは、愉快痛快。若い己が苦しむ様を見るのは悪くないな。面白い。”
「……そういやおまえ、
“──無茶言うな、だな。というか死体を勝手に動かされて気付くか普通。誰かが言えばよかったものを。そう、誰かがな。生憎とこの私はそういった機会に恵まれなかったが。”
今、総軍のどっかでリザっぽいのが吐血した気配がする。
ハイドリヒさん家の家庭事情はフクザツだぜ!!
※
「……ふ、ふふはははは……どうした卿ら、かかって来るといい。私は今、とても無理をしている。首を討ち取る絶好の機会だぞ……立って戦えぃ……!!」
「蓮。オレは今、初めてこいつに同情しそうになってるが……分かってくれるか」
「死因が幼女とかマジで誰もシャレにならねえ状況だよ……!」
※
──そんな城内部の状況を一瞬だけ盗み見つつも。
残滓霊の黄金の号令によって総軍の攻撃が開始する。惑星一つ分程度のカドゥケウスならば怪物狩りと大差なし。叩き込まれる銃火器砲撃、戦争の合奏祭が“怒りの日”を奏でながら水銀の
「やるじゃねえの黄金軍勢──!」
「ぐうぅぅぅっ……!! ハイドリヒの浮気者ぉ──!!」
“──はははははははは!! 私を謀るからこうなる! それが嫌だというなら、そちらの私とも向き合ってみせろカールッ!”
カドゥケウスへのダメージは多少は本体にもフィードバックされている。殺し切ることこそ不可能だが、奴を苦しめるには持ってこいだ。
今やカドゥケウスの質量はその半分が削られていた。ラインハルトは水銀の自滅因子だ。残滓霊といえど、その特性を以ってドンドン力を削り殺している。通常、彼らが戦うと相打ちにしかならないのだが、
「無駄だ無駄……! ああ、触覚だからなこの私はッ! 殺し切れると思うなよ……!」
“──フ。こちらの卿は随分と感情豊かだな。そんな顔は初めて見るぞ。ああ、娘を持って親の情でも獲得したのかな。”
「────」
残滓ラインハルトの指摘に、メルクリウスが言葉を失う。ようやく自分がキャラ崩壊していることに気が付いたのだろうか? 二百年ほど遅すぎないか?
「それじゃあラインハルト──」
“──ああ。助力できるのはここまでだ。神の道ではなくそちらを選んだのは少々残念だ。「壊れるきみ」になってしまえば、この慕情も
「それでいいんだよ──恋愛脳の獣殿なんて需要ねえだろ。カッコいい絶対者の方が
“──そこまで言われてしまっては言葉もないな! ははははは──! これが失恋か、実に苦い味だ! だが悪くない。
「……最後の最後まで口説いてんなァッ! 泣きそうになるだろがぁ!! じゃあなあラインハルト!! 楽しかったぞ! 世話焼きの幼馴染を持てて幸せだったよ──!」
意地とヤケクソ混じりに叫びながら、聖槍を投擲する。
その一撃を持って、カドゥケウスの存在は完全に崩壊を迎えた。同時に「流出」されていた軍勢の気配が、傍らにいた黄金の気配も笑い声を響かせながら消滅していく。──これで完全にお別れだ。
「これで残るは────」
虚無は捨てた。
幻想も使い切った。
同盟もこれっきり。
剥き出しになったこの身は今や人。
神格は消え、夢も消え、天地の狭間で現実の
……風が冷たい。落ちているから、足の踏み場もないんで、心細いったらない。
だけどまだ、完全に零落し切れていない。肉体と精神はともかく、魂がまだ囚われている──自滅因子、その宿業に。
つまり流出位階から遊佐司狼と同等くらいに落ちたわけだ。
今の私はちょっと戦えるだけの一般人。
高度はグラズヘイムよりまだ数百メートル付近。
眼下にはまだ、左半身を失いながらも戦意が消えぬ神の影が落ちている────
「──
コートの収納空間から唯一兵装を取り出した。
それを目にした水銀は、やはり、変わらず愉悦の笑みを浮かべている。
神威を伴っていた私の
目の色も、神格としての黄昏の瞳でも、吸血鬼としての真紅の眼でもなく、今は碧眼になっていることだろう。──レイシアとしての、元の瞳の色に。
「我が銘に未だ栄光なし」
口から紡がれるは新生の祝詞。
なんの奇跡も起こさぬ無為の詠唱。
それは今、この地点に辿り着いた私だけが持つ、精神の在り方に他ならない。
「我は宿業輪廻の巡礼者。無名の歴戦英雄なれば──敬愛なる水銀の蛇よ、我が生涯の因果の
「──無論。全霊を懸けろ、覚醒者。この首、獲れるものなら獲るがいい。それを以って、君の新たな人生の一歩としよう──」
始まる墜落の
神殺しまで、あと一手──