幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「──聖槍十三騎士団黒円卓第十三位・副首領、カール・エルンスト・クラフト=メルクリウス。偉大なる新世界のエインフェリアよ、その名を聞かせてくれまいか」
「──ロンギヌス・ドライツェーン・オルデン、元
そんな名乗りに水銀が苦笑する。よりにもよってそれか、と表情が言っている。
……ニーズヘッグ。世界樹の根をかじり、うずくまる黒竜の名前は、遥かな昔にこいつから提案された魔名である。だがまぁ、その時は結局、
「“おまえに呪いをかける余地など無い”と言ったのだがな。私があれこれやる前に、勝手に終わるのがおまえだよレイシア。そんなに欲しかったのかね?」
「ノリだよノリ。
瞬間、カドゥケウスの双頭が喰らい掛かってくる。
音速に到達する速度は只人が反応できるものではない。一撃でも掠れば抉られる。それを無意識下で理解しつつ──大大剣を振るった。
「──本当におかしいな、おまえはッ……!!」
心底からドン引き、戦慄を讃えた顔で水銀が笑う。
蛇頭の一つ、その片目を今の交錯で潰したのだ。反応できない速度に反応した? 否、攻撃が到達するまでの刹那の間に動きを読み切って、来る位置に
「一つめ──!」
そして今の衝突によって大大剣が砕け散る。
神性を失った今、この武装も今や鉄クズと変わらぬ通常兵器に過ぎない。次の武装へと換装したところで、後ろから無傷の方の蛇頭の気配が迫る。
「二つめッ!」
バラした
「三つめ……!」
大鉈を飛び出させる。真正面から蛇の顔面を切りつけ──そのまま、刃を滑らせて真っ二つに両断してみせる。その向こうで、瞠目している水銀の顔を見た。さながらサーカスのショーでも目にしたようだ。
そこでいちばん付き合いの長い大鉈にも亀裂が入る。流石、一撃じゃあ壊れない。そう賞賛しつつ、いったん内部へ引っ込め、次弾の兵装を後ろへ向かって飛び出させる。
「四つめ──ッ!」
丁度、片目を潰された方の大蛇が肉薄したところでトリガーを引いた。
ッガッカァッッッ!! と電磁加速器──レールガンの電閃がその身を消し飛ばす。射出機と化した勢いで、更に水銀への距離を縮める中、浪漫兵器が砕け散る音を聞く。ああ、もったいない。
「簡単に超えられるとでも?」
水銀が右腕を掲げてみせる。直後、カドゥケウスの残骸群が残光を放ちながら、極小の星と化して此方に一斉射撃されてくる。
周囲に瞬き輝く流星の海。
これぞ正しく光線の乱舞だ。流石にこれは──
「「──!?」」
凍結、する。
時間が凍結する。刹那が永遠に凍結する。
それは
「サンキュー……!」
凍結世界の中で、私の行動は許されている。メルクリウスと彼が起こした事象は一秒前で停まっている。その間に兵装を換装し、停まった世界を足場にして銃口を流星群へと向け、射撃する。
「五つめ!!」
機銃を撃ち放った。カドゥケウスの残骸、残滓、停まったまま光線になろうとするものを一片残らず撃ち落とす。弾薬が尽き、パージしたところで時間凍結が解除され──再び落下と、水銀の時間が動き出す。
──背後で銃弾と光線が衝突する。
嵐の爆風を背に感じつつも、兵装の換装を最後の一つに切り替える。大鉈を振りかぶり、もう十メートルを切った距離に在る水銀目がけて叩き込もうとする。
「くくっ……! とんだ横槍が入るものだ、何をしでかしたレイシアッ……!」
面白そうに。
嬉しそうに。
笑いながら──水銀は、その左の人差し指で、此方の刃を止めた。
火花すら散らない。
ただ停まる。時間でも停止したかのように止められ、受け止められる。
そうして──
「──惜しかったな──」
大鉈の刀身がヒビ割れ、砕け散る。
最後の兵装が消える。消えていく。
もはや此方に攻撃手段のカードはなく。
拳を叩き込むにしても腕の長さが幼女では致命的に足りず──
「舐めるな」
貴様は浪漫というものが本当に分かっていない。
改造兵器? 変形機構? 五つの武器種を集めて、俺だけの最強兵装?
そこで思考が止まってどうする、厨二病代表者ッ!!
複合兵装も変形機構も全て、そう全て
「全外装
「何──」
砕けた刀身の内部から。
外装を取り外し、剥き出しになったそこに──刀があった。
剥き出しの刃だ。細く流麗に長い一振り。その持ち手には、ある銘が刻まれている。
鍛冶師、櫻井武蔵。
それは聖槍のレプリカたる偽槍を生み出した親にして、初代トバルカインの真名。
目の前の魔術師によって人生を狂わされた血筋の末裔、その名もなき者の命と
「──機剣・
瞬間、振り抜いた。
空気の隙間を通った神速抜閃。一撃はメルクリウスを袈裟斬りにし、その身体から
「な──ぁ、がっ──?」
長髪の男は目を見開いたまま、何をされたか分かっていない。
分からない。分からないだろう。まさか触覚の、影法師にしかすぎぬその身から、生きた人間のような血潮を流す体験など──!
「何、この剣は単純な力しか持っていない。『斬りつけた相手の正体を暴く』ってだけだ。代償に火炎系の異能は失ったがね。触覚とはいえ元はその
「そ、んな物が──あるはずが」
「ああそうさ。無い代物だろうね。単に鋳造するだけじゃあ完成しない。──うん、だから協力者を加えたんだよ。
「ッッ……!?!?」
あ、びっくりしてる。ビッグネームだもんなあ!
「楽しかったぜぇ……武蔵お爺ちゃんとクロウリーの悪だくみを見るのはなぁ……そうだよ、黒円卓に行く前、私がいた場所知ってるだろ?」
「は、は──はは、は」
「っつぅわけだ。
「はははッ!! ははははははははははははははははははは────!!」
そこでトドメの銀剣を叩き込み、顔面を殴り飛ばしてグラズヘイムへとぶっ飛ばす。
一方私は、遅れて襲い掛かってきた先の爆風の余波に軽い身体を吹き飛ばされて、あらぬ方向へと落ちていく。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ちていく。
いつかのように。かつてのように。
勝利を胸にしたまま、黄昏の空を幻視する。
「……ああ……」
──私の死は、私だけのもの。
そう思うことは、無い。一切ない。だってもう、私の死の行き先は決めている──
『──
──こえる。聞こえる。その声に、閉じかけた目蓋が開く。
正直言って、もう疲労困憊。自由落下に抵抗しながら極大武装をブン回して、一秒たりとも精神の気は緩められず、果てにはもう、こんな幻想を捨て去った身一つしかないときた。
「ヴィル──ヘルム…………」
かろうじて出せるのは凍える声だけ。
常人なら聞こえる以前の問題で、まず私は助からないのだが。
魔人の聴覚を持つ相手なら、これだけで発声源を辿るのは容易である。
「──てめぇぇええホントに落ちてくる奴があるか──ッ!!」
迫ってくる罵倒の声が聞こえた直後、空中で捕まえられた感覚がする。
その認識を最後に、一握りの充分すぎる安堵と共に、私の意識は闇に途切れていった。
櫻井武蔵
ラインハルトが持つロンギヌスの偽槍を鋳造したヤベー鍛冶師。櫻井螢の曾祖父でもある。
アレイスター・クロウリー
みんな大好き大魔術師の代名詞。武蔵、レイシアと共に“水銀殺し”の製作に協力した。
1940年ごろ、レイシアがルートヴィヒ(真)から
「
レイシアの主武装。変形する浪漫武器。大大剣の刃渡りは約4メートル。
アークは方舟、ヴァッフェはドイツ語で兵器、の意味。
変形先は、機関銃・大鉈・
……と見せかけて。それら全ての外装をパージすると、第六の武器たる「機剣・
その能力は「斬りつけた相手の正体を暴く」もの。触覚殺し。魔改造の代償により、火炎を扱う異能はない。
これにて水銀(触覚)戦は終結。
レイシアの決戦はこれにて終わり。それでもまだ自滅因子としての業は残ってる。
物語も終盤に入ってきたわねー。