幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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64 茨の姫

 敵情報の確認。

 

 名称、ウォルフガング・シュライバー。

 加速限界、防御を省みない突撃型。

 人器融合型の聖遺物そのもの。

 絶対最速にして絶対回避。

 燃料数、およそ十八万。

 物理法則脱却。

 超速再生あり。

 なお、紙装甲。

 

 総合評価。

 誰にも追いつかせない絶対速度を持ち、どのような位置角度からでも攻撃を入れ、燃料切れが起きるまで永続再生し、聖遺物そのものと化しているので咆哮(こえ)すら攻撃判定ありと考える。

 

 対策の提案。

 一つ、空間ごと消し飛ばす全体攻撃。

 二つ、再生速度を上回る瞬時壊滅。

 そして────

 

 

「…………ごはッ、ガッ、クソが、読み通りすぎか」

 

 タワーの壁面に逆しまに叩きつけられた状態で、ヴィルヘルムは血反吐と共に吐き捨てた。

 開戦してから既に五分以上が経過している。

 その結果、未だに空間を……大気を足場に縦横無尽に飛び跳ね続けている白い嵐に、攻撃は一撃たりとも届いていなかった。

 

 速度でアレには追いつけぬ。

 茨の森では、吸血鬼ではあの神速とは渡り合えぬ。

 誰もがそう認識していたのか? 俺はこいつ以下だと? 役者不足だと? どいつもこいつも全員揃って敵わないと? 届かないと? ほざいていやがったのか?

 

 ──否。

 ただ一人、ただ一人──愛しい薔薇は、一言たりともそんなことは口にしなかった。

 

「……カはッ、は、はははは……」

 

 笑いが漏れる。喜悦が零れる。

 勝ち目が薄い、とは言われたが。

 それでも勝ってほしい、勝てるのだと彼女は言った。

 

 その事実が──騎士に狂おしいほどの燃料(ねつ)を与える。

 今この時、再び男の心は彼女に惚れ直した。

 

 愛しい愛しい我が薔薇よ。

 待っていろ、待っていろ、待っていろ──必ずおまえを奪いに行くからな。

 

 そのためにも──

 

「……邪魔なんだよ、てめえは」

 

 男を焦がす愛が。

 次の瞬間、一片残らず憎悪へと反転する。

 邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。ああ邪魔だ。臭い臭い臭い、なんなんだおまえは。いつまで俺を縛り付ける? 邪魔をする? どこどこまで行っても出てきやがって。俺と被り過ぎなんだよ色味も血を流し続けるその有様も。だが明確に違う所が一つある。そう、たった一つ。

 

「総てを拒絶し続けたか、否かだ」

 

 あの白獣はなにも望んでいない。

 他者に焦がれながら殺し続けることしか知らない。

 だが己は違う。運命は変わった。奇跡があった。愛を手にした。それが両者を分ける決定的な違い。女神の寵愛を受けることすらできなかった、痩せさらばえた捨て犬とは格が違う──!

 

「教えてやるよ……舐めるなよ、俺たちを」

 

 壁から身を引き抜く。裂傷が再生していく。

 再び、視界の端に、遅れて大気を伝播して、獣の咆哮が聞こえてくる。

 それに構わず、吸血鬼は己が渇望を紡ぎ出した。

 

  かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか

「Wo war ich schon einmal und war so selig.」

 

 ──最速の獣が、動きを止める。

 この夜に現れる必殺の兆候を本能が感知し、足を止める。

 

 

 あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい

「Wie du warst! Wie du bist!」

 

 かつて、全てを吸い殺さんとした暴虐の夜ではない。

 それは、ただ一輪を祝福するために編み直された、至高の夜。

 

    もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい

「Wär' ich kein Mann, die Sinne möchten mir vergeh'n.」

 

 愛している。

 愛している愛している愛している愛している愛している愛愛愛愛愛愛愛愛────

 狂愛にさえ似た渇望。狂喜にさえ似た熱望。狂愛にさえ似た切望。

 

    何よりも幸福なこの瞬間──私は死しても 決して忘れはしないだろうから

「Das ist ein seliger Augenblick,den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.」

 

 焦がれている。

 永遠に、永遠に。あの白薔薇に焦がされている。

 故にヴァルハラを与えなくてはならない。水の代わりに血をやらなくてはならない。

 でなければ、そこでしか、少女(かのじょ)は生きられないのだから。

 

    ゆえに恋人よ 咲き誇れ

「Sophie, Blühen Sie üppig.」

 

 故にその言葉が変わるのは必定。

 渇望は愛に歪み、捻じ曲げられ、夜は変革し変生した。

 

  ()()()()()

「Gelübde ablegen」

 

 謳い上げられる愛の祝詞。

 月夜の騎士は、それを矜持に剣を執る。

 

 恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じよう

「Sophie, und seh' nur dich und spur' nur dich」

 

 だからどうか応えてほしい。

 相愛の誓いを捧げてくれ。永遠の夜を共にしよう──

 

    貴方に全てを

『──Alles für Sie.』

 

 聞こえる。

 聞こえた。

 

    ゆえに恋人よ 咲き誇れ

「Sophie, Blühen Sie üppig.」

 

 紛れもない、聞き違いようもない、薔薇からの応答に口が吊り上がる。

 飢えを満たす歓喜に震えながら──永久の闇夜が展開する。

 

 創造──

「Briah──」

 

 言霊は祝言となり、至上の夜として完成した。

 

 

死森の薔薇騎士

「Der Rosenkavalier Schwarzwald」

 

 

 瞬間、真紅が世界を埋め尽くした。

 咲き誇るは薔薇の庭園。最高純度で顕現せしは、蒼月が照らす常夜の楽園。

 その薔薇の一輪一輪、全てがヴィルヘルムの集めてきた魂そのもの。この瞬間、この時、間違いなくヴィルヘルムは一つの魂しか身に宿さず、無防備な姿を晒している。

 

「────ァ、」

 

 だが──相対する凶獣に、そんな思考はなかった。

 湧き上がってくるのは嫌悪──嫌悪嫌悪嫌悪嫌悪ッッ!!

 なんだこれはなんだここはなんだコレは!! そこらじゅうが他者の気配に敷き詰められている。常に触れられている。常に常に常に劣等が愚物がこの身にまとわりついている──ッ!!

 

「ァアアアアアアアアアア!! 触るな、触るなァァ────ッッッッッ!!!!」

 

 人語を忘却していた自我が引き戻されるほどの嫌悪感。

 急いでその場から跳躍し、獣は地上を逃れ、タワーへの壁面へとへばりつく。

 

 そこから眼下に見えたのは、鬱蒼と広がる赤の大海。

 百を、千を、万を超えた薔薇の森は、如何なる獣であろうと鼻が捻じ曲がるほどの薫香に満ちている。常人が踏み入れば生き埋めとなる他にない、自然という暴威の界。ここで死す者は例外なく、あの薔薇の一輪と化すのだと嫌でも思い知らされる。

 

「……ッッ」

 

 理性をなくしたシュライバーだが、吐き気を催さずにはいられない。

 なんだこの世界は。狂っている。

 嫌だ、なんだ、分からないが不愉快以外の言葉がない。触れられている──もちろんそれもあるだろうが、さっきから()()()()と肌を焼くこの感覚が不明だ。

 

 毒薔薇の庭園。

 許された者以外が踏み入れば、一切平等に拒絶し排斥する、死森の(その)

 

 ……そうシュライバーの無意識は分析した。ああ、ならば次に行うことは簡単だ。

 それしかないし、もはやそれ以外にミチはない。

 

「──消えろォォォォ!! ────ッッッ!!」

 

 人語らしく発せたのは前半まで。後半はもはや、怒りと憎悪によって雄たけびにしからなかった。

 轢き潰す。轢き潰して一輪たりとも残さない。

 あんな薔薇園、轍の跡にしてしまう他にない。

 根まで踏み潰して、あの全てを枯らしてやると。

 

 

     ◆

 

 

 ────目が覚める、という認識はこの場合、正確ではないのだろう。

 

 視界は漆黒だった。何もない暗闇というわけではない。血液の噴水(プール)が溢れ、流れ出て、紅色の絨毯を形作り、薔薇の花畑が咲いている。

 

 座っている椅子は私の背丈に合ったサイズだが、まるで玉座のように豪奢なデザインだ。これはセンスで選ばれたようなものでなく、単純に彼なりの最上級の賛美を表した結果だろう。

 

「なるほど。こうなっていたか」

 

 そこで私が本体(わたし)から分離した魂の断片であるという自覚を得る。人格、記憶、精神、なにもかも同期は出来ている。血盟の絆は維持されている。吸血鬼という幻想総体をヴィルヘルムが取り込んでいる以上、彼の内側にこうして私が、彼の聖遺物……『闇の賜物(クリフォト・バチカル)』の化身として現れるは必然の成り行きだった。

 

 ──レイシアの魂と聖遺物の融合存在。それがここにいる私である。

 まぁ大まかにいって、ヴィルヘルムの血液を媒介に顕現した分霊みたいなもんだろう。

 

 いわば、こっちの私は神格の残滓だ。あの北極で彼に奪われ、血の聖遺物に取り込まれた断片存在。永遠に本体には合流できない、一バージョン前のレイシアと思ってほしい。

 

 前任者(ヘルガ)はとっくに虚無に消えたか。ま、虚無神と深く繋がるってのはそういうことだ。存在が曖昧なものとなり、虚無としての因子、特性を得る。ただ記憶から構築されただけの意志が長く持つはずがない。というか他の女が恋人ん中にいるとか耐え難いので真っ先に虚無行きだ。

 

 状況把握。

 ひとまずこの、手足や髪や胴や、首まで()()()にガッチガチに縛られてんのはちょっと笑うが。

 

 身動き全然とれんし。

 大切に座らせておくけど逃がさんよ? の意志が強い。爆笑していいか? 恋人冥利に尽きすぎるぞ。

 

「ふふっ、はっはっはっはっはっはぁ──愛されてるなー」

 

 零すと、首を絞めている茨がシュルシュル言いながら力を強めてくる。ツッコミのつもりだろうか? それとも求愛だろうか? 実に愛おしい。まぁ、ともあれだ。

 

「──想定が甘かったなぁコレ。このままじゃ私たちの愛の庭園が荒野になってしまいますよ。マジでどーなってんだアレ」

 

 ヴィルヘルムの視界を借りて外界の戦闘を見ると、そこでは薔薇の海で荒れ狂いながら、殺意の流星よろしく暴れ回っている嵐の凶獣(フローズヴィトニル)がいる。

 

 今も外では薔薇が踏み荒らされ、その度にこちら側の薔薇が消え、補充されていく。ヴィルヘルムはどうにか薔薇庭園の維持を続けているが、このままじゃ本格的にただの消耗戦だ。「相手の燃料を吸収する」というかつての薔薇の夜の特性が失われている以上、ひたすら削られていくだけ。

 

 とはいえ、まあ向こうの敵さんも薔薇駆除に夢中で肝心なトコに気付いていないのは僥倖か。

 

 ちなみに外に展開された薔薇は、そこに存在するだけでヴィルヘルムをバックアップしている。薔薇がある限り永続的に彼は再生を果たし、その際にはシュライバーのように()()()()()()()()()という超特性を得る。

 

 創造中のヴィルヘルムの本体は「庭園(だいち)」なのだ。

 

 なんでまあ、天敵中の天敵といえば範囲攻撃を得意とするエレオノーレ姐さんとかになるんだが、こうもシュライバーによって草刈り機されるとアドバンテージが落ちてしまう。困ったもんだ。

 

 向こうの総燃料が18万。

 でもってヴィルヘルムが持つ魂の総量は()()()だ。不滅という特性が活かされれば、長期戦も目じゃない最強と化すのだが、相手が悪い。ひたすら薔薇を狩り尽くす暴威と化している。

 

──では、敵わないと?

 

 取り囲む薔薇園が、茨の鎖たちが抗議の意を示すように足元に這ってくる。それに親愛の眼差しを向けながら、いえいえと私は椅子にも巻き付いている茨に寄りかかる。

 

「害獣は駆除されるモノ。狩人とは獣を狩るモノ。──結論から言って。負ける道理などありますまい」

 

 そして続ける。

 

()()()()()()()()()()()。戦は始まる前に終わっている。それが人の戦いというものです。獣はまだ、己が罠にかかったことにも、負けていることにも気付いていない。目を覚まさせてあげようじゃありませんか」

 

 蒼く光り輝く満天の月。

 薔薇の香りに鼻を狂わせた瘦せ犬は、狩られる恐ろしさを味わうことになる──

 

 

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