幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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65 幻想超越

 花弁が爆ぜる。杭雨と化した森は、宙を高速機動する白い嵐へと刃を向ける。

 空間の隙間もない面攻撃。逃れる術も回避する道理もないだろうに、しかし奴は咆哮一つで殺意の雨を蹴散らしてみせる。隙間が空き、突撃と共に茨を蹂躙し、再生し、いついつまでも動き続ける。駆け続ける。誰も彼もを置いてきぼりにするために。誰にも触れられない場所へ行くために。

 

「人ン領土に入ってきて無傷で出られると思ってんじゃねぇぞ──!」

 

 百の、千の、万の暴威が奔る流星を追いかける。漆黒の爆撃が暴風のように射出され続け、その速度を更に上回ってシュライバーは回避し、自己再生を繰り返しながらヴィルヘルム目がけて突撃を続ける。

 

 音速不可避の超特攻。

 絶壊しながら再生し続ける狂気の殺戮兵器は、何者をも問わず、轍の跡にした先に勝利を得る。

 

 だが、それは別に空間転移や時間逆行なんてほど、理不尽的なものではないのだ。

 どれだけ速度を出そうが、()()()()()。その軌道さえ読んでしまえば、進行ルートを誘発することは可能である。

 

『今』

 

 こちらの意志と寸分違わぬタイミングで、連続的に茨の壁がシュライバーの前に立ちはだかる。空間の隙間はある。故にそこで彼は雄叫びによる蹂躙を選ばず、回避をとった。あらゆる障害を、攻撃を回避せずにはいられない魂は、ここで一つの枷となして行動に制限をかける。

 

「──ッ!?」

 

 瞬間──獣の眼に映ったのは未知。

 障害を避け切った先、鈍い衝撃と共にその頭蓋が爆散する。

 

「……当たったなァ」

 

 超速再生は続行中。底知れぬ燃料を消費しながら、シュライバーが再び宙へ跳んでいく。それを見つめ、主人の精神に沸き立つ喜悦の渦に、内界にいる私も口角を上げた。

 

 やったことは単純。予測した道の先に、()()()()()だけ。

 

 血潮の大大剣。以前のヴィルヘルムの戦闘スタイルしか知らぬ彼は、ヴィルヘルムが武器を使い始めたことなど知る由もない。故に成立した奇襲。

 

 だが、それだけではやはり回避されるのが本来の道理。

 ──なぜ彼の回避を上回ったのか。

 ──なぜ既知感も無しにこのような芸当が成立するのか。

 

 そこの理屈はもはや言うまでもなく私にある。自滅因子の感染、または侵蝕。強すぎる血盟は主人であるヴィルヘルムの魂を変質させ始めている。学校の屋上で、蓮の時間加速に対応してみせた理由も同じだ。

 

『が、二度目からは既知です。“当てる”のは確率の勝負になってくる。いけます、中尉?』

 

「ほざけや。誰に言ってやがる」

 

 存在強度は引き上げられる。位階の階段を登り詰める。

 ──そんな針穴のような勝率(ひかり)に、全霊を賭す。

 

「行くぜシュライバァアアアアアア!!」

 

 刹那、再び死森の杭嵐が獣の追跡を開始した。

 この夜は騎士の世界。踏み込んだ以上、何者であれ逃れる術はなく、外敵を排除する機構に特化した暗黒の(その)だ。位置を捕捉することなど、それこそ意識を向けるまでもない。無数の弾雨が獣へと向けられ、疾駆するヴァナルガンドが再び唸りを上げる。

 

「ォオオオオオオオオオオオオァァァアアアア────ッッッ!!」

 

 猛る神狼の咆哮。

 魔を払う声は薔薇を、杭を打ち払い、光となって攻撃をすり抜け続けて煩わしい狩人へと牙を剥く。──だが払える量にも限度がある。絶対数がある。咆哮(こえ)を上げ続けながら疾走する獣だが、杭の総数は減るどころか増すばかり。

 

 ()()()()()()杭を払わなければ数は減らないのだ。

 

 野に咲く花々こそが攻撃の核。どれだけ蹴散らしたところで無限の補充がくる。故にシュライバーは、必然的にその薔薇園をむしり取るために地上へ近づくことになり、

 

「二撃目ェェエッ!!」

 

「ご、ォッ、グゥ──!?」

 

 咆哮でバラした杭嵐の中から大剣が投擲されてくる。彼が回避できる領域を無理矢理に制限し、かつ死角からの絶対必中。

 獣の行動を、()()()でこちらは対抗する。ヒトとしての勘。獣狩りの直感。経験の中で培った第六感を、(レイシア)の記憶を上乗せしてヴィルヘルムが利用する。

 

 もはやこれは、どちらが速くなるか、追いつくか、の勝負ではない。

 この戦いの中で進化し続けられた者こそが、勝利を掴む。

 

「ギィィイイイッ、ィイイイァアアアアアアア──!!」

 

 一度ならず二度までも「攻撃を当てられた」という認識にシュライバーから憤怒の絶叫が上がる。こえーこえー、と二人で嗤いながら次の策を、次の次の作戦を、次の次の次の手を考える。考え続ける。思考を止めずに挑み続ける。あの流星が()()()()()まで。

 

『消耗戦と侮るなかれ──』

 

「──狩られるのはてめえだ、シュライバー」

 

 直後、白獣が爆ぜて跳んだ。狙いは一点──ヴィルヘルムへと向かって。真紅の薔薇を轍と変える、殺意をまとう暴風獣となって。

 

 そしてそれをヴィルヘルムもまた回避しない。正面突破を受け入れ、大剣を差し込むがシュライバーの突撃によって瞬時に砕け散る。そのまますれ違い、ヴィルヘルムの後方上空へと軌道を変え、空気を蹴って迫ってくる。そこへ爆撃を叩き込む。更に加速を入れた獣はジグザクに、立体機動的な回避を見せて、咆哮しながら距離を詰めてくる。そこで、

 

『急な悪天候にご注意くださーい』

 

 その足元から竜巻が発生した。杭の暴風で練り上げた異常気象だ。本能で察知したシュライバーが回避に入る。杭の雨が追撃する。駆ける。駆ける。駆ける。薔薇園を駆け抜け、全てを蹂躙破壊しながら再び戻ってくる。竜巻が爆発し続ける中、やはり回避する。回避する。回避する。もっともっと速く速く、限界知らずの超加速を入れていく。──狙い通りに。

 

「■■■■■■■■────ッッ!!」

 

 咆哮。消し飛ぶ。獣が森を蹂躙する。更地と化して真紅の花弁が散っていく。

 杭の追撃はない。神速に踏み込んだ加速度はもはや捉えようがない。突撃を喰らう──その直前、シュライバーが轢いた杭の残骸が赤く染まり、新たな杭槍と化して炸裂した。

 

 今のは私が水銀と戦った時に奴が見せた技の応用か。意識外からの攻撃に再び少年の回避行動が入り、こちらから離れようとする。それをやはり直感だけで踏み切ってヴィルヘルムが杭を叩き込んだ。──すり抜けるように回避される。そして攻勢に出た隙を突いてシュライバーが迫り、

 

振り抜け(<歴戦英雄:超直感>)

 

 ──騎士が刃を振り抜いた。再び宙へ跳んで凶獣が回避する。その瞬間、大剣が杭の渦を放つ。螺旋に爆裂するようにして、この空間そのものを嵐で埋め尽くす。

 

「──ッ、────ギィィイッ」

 

 巻き込めたのは獣の片腕だけ。重畳重畳、と頷きつつ、今もなおその隻眼……右目から血液(ねんりょう)を垂れ流し続けている少年を見やる。──加速度的に削れてきている。どうやら魔城での戦闘で、主人公たちが結構奮戦してくれていたようだ。

 

『運を掴むのも英雄の条件……押しますか』

 

「よしきた」

 

 待ちばかりではつまらない。やはり突撃して打ち砕くのがヴィルヘルム・エーレンブルグの戦闘スタイルだ。行儀の良い戦法はここまで。ここからはもう、なりふり構わず暴れていこう。

 

「オラ、いくぜぇえええ────ッ!!」

 

 決断と同時に漆黒の杭が豪雨となって速射されていく。既に再生が完了したシュライバーは例の如く物理法則を無視した疾走と、そして回避を再開する。雄叫びも断続的に行われるが、散った先から杭が炸裂の花を咲かせ、一拍遅れた追撃が発生している。それでもなお回避する。神速すら超えて回避し、もはや軌道を読まれている前提の動きに入って此方へ突貫してくる。──それはこっちも同じで、迎え撃つように剣を、杭を、拳を撃ち放つ。

 

「ォォオオオオオオオオォォォォォ────!!」

 

 その攻撃行動全て、続いて発現する杭の竜巻も、茨の追撃も何もかも追いつかない。やはり全てを回避しきって嘲笑うようにシュライバーが疾駆する。ヴィルヘルムの身体が抉られながら打ち上げられ、タワーの壁面上を滑っていく。そこで回り込んできた白獣が、その片腕を噛み千切ろうと肉薄し、

 

『カウンター!』

 

 右腕との接触の瞬間、やはり勘だけでヴィルヘルムは空間を蹴り上げた。その余波でシュライバーの胴がひしゃげる。それも一瞬の内に再生され、こちらの右腕も復元してくる。空中に移行された戦場でも、杭の連続射出は止まらない。

 速度を敵に匹敵させている以上、こちらもまた同じ速度で、超速と渡り合うことは可能だ。だがやはり速度という点において、向こうを凌駕することはできない。──僅かに遠い。追いつけない。

 

「チィイ────!」

 

 分かっちゃいるが、という吸血鬼の苛立ちと殺意が精神を介して伝わってくる。強化ももう追いつかないのだ。どれだけ迫ったところで追い越され続けるのみ──ハイ、そこで意地になったらご破算だからやめようね。

 

「ォオオオオオオオオァァァァ──ッ!!」

 

 茨の暴風、杭の竜巻、薔薇の再生、それら全て、認識できる事象を片っ端から蹂躙しながらシュライバーが迫ってくる。もはや速度概念の災害だ。燃料がある限り動き続ける永久殺戮機構(マシーン)。地球に生まれたなら地球の法則を守ってほしい。重力さんに謝れよ!

 

 この公式チート野郎め。

 脱法チートの底力を思い知れ。

 

 ──というワケで。

 

「『レイシア(ヴィルヘルム)!』」

 

 問答は不要。意志の確認も不要。ここに至るまでに、必要なことは全て完了している。

 故に余計な時間は刹那もなく、鮮やかに次の行動へと移った。

 

 ヴィルヘルムの聖遺物は端的に言うと血液だ。素体は串刺し公で知られる英雄の血塊。ぶっちゃけ吸血鬼というのは後年の二次創作で風評被害も甚だしい。だがこうして吸血鬼として、騎士としての両面を併せ持つようになった今の彼なら、そのEQP(同調率)は最高位階(6~7)に達している。聖遺物そのものとの相性も良いこともあって──こんなことができる。

 

「『ずぇぇええアァッ!!』」

 

 ヴィルヘルムに循環する血液を完全に支配する。肉体の主導権をこの刹那のみ掌握する。

 シュライバーの軌道を完全に予測し切って杭槍と竜巻を叩き込みつつ、刀の形へと変容させた血刀で斬撃を振り飛ばす。

 

 初めの障害二つを回避したシュライバーが見たのは、回避した筈の杭の雨と竜巻が両断されたこと。それによって射線が変わり、次いでその奥から血閃がカッ飛んできた光景だったろう。

 

「──ッッ!!」

 

 それでもなお回避する点は絶対速度様様だという他ないが。

 だが彼の燃料は消費されている。()()()()()()()。なぜなら彼は疾走するだけの内燃機関。()()なっているだけで、潤沢に甘えた燃料を燃やし続けている。ずっとずっとずっと。挑む方は必然的に消耗戦を強いられることとなり、その間向こうは絶対回避の反則モードだ。ただし──それは「速度」という法則に縛られている。

 

 故に人間として付け入れられるような隙はそこくらいであり。

 故に競うべきものは自ずと分かって来る。

 

『超えるべきは速度に非ず。越えるべきは時間と知れ』

 

 この刹那に幻想(アイ)超越()えろ。

 

 不可能を可能にした者こそを、人は英雄と呼ぶのだから──!

 

「シュライバァァアアアアアアアアアアアア────!!」

 

 ──遂に吸血鬼の拳が凶獣を捉える。

 絶対回避の理が打ち破られ、獣は真っ向から殴り飛ばされた。

 

 蒼月の夜が蠢動する。

 闇の永久楽園が、その秩序を絶対不変の理とせんとして、()()()()へと踏み出した。

 

 

永夜の薔薇騎士

「『Der Rosenkavalier Kaziklu Bey』」

 

 

 夜は明けぬ。

 勝利をこの手にするまで、()たちは先を目指して歩き続けるのだ。

 

 

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