幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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66 騎士の称号は彼の者に

 夜を支配する。

 

 永久(トワ)に明けぬ夜をここに。

 

 ()たちが掴んだ法則(ルール)は、つまりそういうものだった。

 

 

     ◆

 

 

 時間軸の掌握。

 世界法則の塗り替え。

 速度で上回れぬなら、時間を超越すればいい。

 どこまで走ろうと、其は未来へと突き進むモノ。

 ならばその道──支配してしまえば、姿を捉えるのは容易である。

 

 

     ◆

 

 

 ──夜を再顕現させた時、抱いたのは奇妙な感覚だった。

 

 不滅の吸血鬼であるためには夜が必要だと渇望した原点とは異なり、今は吸血鬼でありながら()()()()()になっている。

 

 解る、解るのだ。ここが己の世界であると。これこそが己が望む常夜(セカイ)であると。空間座標、時間連続、全てが掌の中にある。きっとこの世界を拡大させた先にこそ、理想の景色が広がっているのだとも確信したが──

 

「──今は、てめえだ。シュライバー」

 

 どのみち。

 この気に食わねえ害獣(クソ)を抹殺してからでないと、この手で始まりを終わらせてからでないと、いつまで経っても己は新生しない────!

 

「ギッ、グォァ、アアアアアァァァッッッ……!!」

 

 白い流星が再疾走を開始する。

 超速再生、未だ衰えることなし。

 絶対速度の理、崩れることなし。

 血潮の燃料(たましい)は尽きることなく、凶獣の足を加速させる。奴が望む天地へと導いていく。──誰も彼もを置き去った、誰にも触れられない無謬の地へ。

 

『けど、彼のあの渇望は本心じゃない』

 

 そう、己の薔薇は言う。

 ある意味、それ故に成立しているとも言えるが。

 ……矛盾の根源。言ってしまえば黒円卓の誰も彼も、自分も含めてそれを起点に世界を創っていた。そしてそれを呪い──魔名という形で指摘していたのがメルクリウスか。本当に嫌味な野郎である。

 

「突破してやる」

 

 ならばその業、打ち破る一番槍は自分こそが相応しい。

 勝利を──勝利を。我らに勝利を与えたまえ(ジークハイル・ヴィクトーリア)

 今夜、この場で、全ての因果にケリをつける……!!

 

『──往こう、私のヴァルハラ。夜の貴方に勝てる敵はいないのだから』

 

 内から聞こえる愛しい声が火を点ける。幻覚でも幻像でもない、確かな魂の一片と融合した聖遺物の鬨の声に、次の踏み込みは大気を割った。

 

「────!!」

 

 言葉にならぬ声と共に、今なお薔薇の海を轢き潰す罪人へと肉薄する。杭の暴風雨を巻きこみながら、忌々しい白影に拳を叩きこむ。それを当然、シュライバーは己の理を以って回避──しない。否、()()()()。一分たりとて近づけなかった永遠の距離を、今この時この瞬間、乗り越える。

 

「ぜぇぇぇアアァァァァ────ッ!!」

 

「ッ──!!」

 

 なぜ追いつく、と絶壊の獣が目を剥いた。直後にはその貌に、俺の拳が突き刺さっていた。かつてない爽快な気分に暴力装置としての本能が歓喜に震える。そうだこれだ、ずっとこの瞬間が欲しかった……!

 

「は、はは、ハッハハハハハハハハァ────!!」

 

 迎撃による衝突(ヒット)とは比べ物にならぬ絶頂感。この手で、この拳で絶対回避を打ち破ったという事実が無限に喉から哄笑を響き渡らせる。

 

「ッヅ、ゥウウァ、アアアアァァ────ッ!!」

 

 身に受けた不条理に再生しながら獣が啼く。何故だ、どうなっている、貴様はなんだ、何故(わたし)に追いつくのかと怒号を上げている。──滑稽かつ蒙昧。ああ、てめえは敗因すら知らずに野垂れ死ぬのがお似合いだ。

 

 ──この夜は永久不変。

 停まった夜。続かない夜。明けもなければ先もない。

 それが俺たちの望んだセカイ。この永遠が続けばいいという完全合致の渇望だ。

 

 故にその流出(ルール)は、夜の絶対支配権を俺に与える。

 朝も昼も黄昏も要らぬという完全条理。世界を夜に固定するという、時間干渉の(すべ)

 

 ならば後は応用だ。追いつけない害獣がいるというのなら、奴が走る時間という道を奪いとり、強制的に奴の座標を、俺がいる現在軸に固定させる。

 

 時間軸の完全掌握。

 

 いかなる速度を出そうと、時間はどこまでも追いついてくる。

 そういう常識をアレに課す。因果律など吹っ飛ばす程の強度がある絶対回避だが、一段、格を上がった此方の方のルールが今は優先され、適用される。

 

 ──今や絶対回避の獣はここにはいない。

 ただ、禁足地に踏み込んだ愚かな害獣がいるのみだ。

 

「『狩りの時間だ』」

 

 己の内の薔薇と言葉が重なる。意志が重なる。方針が合致する。

 再び駆け始める獣は──もはや、逃げ惑うだけの獲物にしか見えなかった。

 

 

     ◆

 

 

 ──────ワカラナイ、と獣は思考する。

 ──────ドウシテダ、と彼は分析する。

 

 忘我の果てに置き去ったはずの演算能力が、無意識下でこの不条理を解析する。

 

「アアァアアアラアアァァァッッ!!」

 

「、ギ、グゥオオオオオァァァ──ッ!!」

 

 いたい。痛い、いたい、痛い。

 茨はどこまでも追ってくる。杭はどこまでいっても立ち塞がる。──そして、追いついてくる夜の鬼が、拳を、牙を、蹴りを、この身に届かせてくる。

 

 ()()()()()()()()

 理解不能の事象である。許されざる事象である。認めがたい事象であり屈辱だ。

 

 ヴァナルガンドの絶対回避と絶対速度は何者にも打ち破られはしない。

 因果律も時間軸だって関係ないはずなのだ。後手が先手を上回ってこその魔業。たとえ立ち止まった状態であったとしても追いつかせない。ウォルフガング・シュライバーとはそういう魔物だ。全てを置き去ることこそ彼の道。それに真っ向から凌駕されている現状はなんだ、なんだ、ナンダ? この因果の大元、この夜の根源はどこにある────!!

 

「“────────”」

 

 それを。

 疾駆する凶獣の鼻は嗅ぎ分ける。

 恐るべき殺人機構、虐殺の権化はソレの排除のために全霊を注ぐ。その間、地上で、空中で、場所を問わず位置を問わず速度を問わず、幾度となく暴虐の嵐に晒されるという屈辱を吞みながら、────己に備わる機能の総てを、総動員する。

 

 (アレ)を殺すには何をすればいいか。

 

 ただその一点のみの暴露のために、白騎士(アルベド)は感じる事象全てを計算のふるいにかけ──

 

「“──ミツ、ケタ”」

 

 吸血鬼の力の根源。

 その身の内にある気配を、確かに感知した。

 

 

     ◆

 

 

 バレたなこれ。

 

 見えるということは見られるということ、深淵を覗けば深淵もまたこっちを見ているように、向こうと視線が交わった瞬間、私も必要な覚悟を決めた。

 

 内界の薔薇園はそろそろガランドウ。

 噴水の水量は勢いを衰えさせていく一方で、薔薇も数輪しか残っていない。

 消耗戦のおわり。それはすなわち、こちらの勝算の目も潰えるということで。

 

「中尉。私が言ったことを覚えていますか」

 

 返事はない。

 返事はないが、残った最後の一本の茨の鎖が、指先で微かに揺らいだ。

 

 なにをするつもりなのかと。

 いや──何をさせるつもりでいるのかと。

 

 言葉も意志も方針も感情も、総てを一蓮托生にしていた伴侶の、一つの思考(不明)に恐怖を抱いている。

 

「“勝利のために総てを消費(つか)う”──そういう話でしたよね」

 

 そうだその通り。

 勝利のために。勝利のために全霊を賭す。そのためにここまで来たのだと、確固たる意志を感じ──

 

「では、そうしてください。それこそが私の本望です。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、そうしようと意志が返ってくる。

 ああ、しかし何だ、何を言っていないんだおまえは、と微細な波が伝導する。

 

「私を奪い取られるのなんて、ご免でしょう?」

 

 ──ああ。

 

「私を横取りされるなんて、論外ですよね?」

 

 ──その通り。

 

「私があなたの勝利となります。──どうか存分に。悔いのないよう、全力で走ってください」

 

 椅子から立ち上がる。

 血の海にそれも沈んでいき、最後に残った薔薇──彼の魂そのものである一輪を手に。

 

「その果てに、また会いましょう。待ってますからね!」

 

 刹那。

 断片(わたし)という存在意志は、血に溶けて彼の魂に降り注いだ。

 

 

     ◆

 

 

「ァアアアァァアアアアアアァァァ────!!!!」

 

 その時、外界の戦闘は決着の刻を迎えた。暴虐の権化が渾身の叫びを放つ。

 地上に咲き誇っていた真紅の薔薇園は見る影もない。

 されど蒼月が、特上の魂を得て光を増した。

 

「ッ、ッッヅ、ァァグォォォオオオアアア────!?」

 

 ここにきてシュライバーは悟った。

 遅すぎる事実に。薔薇園を消してもなお、肌を焼く痛覚(いたみ)が晴れないことに。

 

「“──ツ、キ……!?”」

 

 薔薇に毒素はなく。

 この身を永遠に焼いていたのは月の光。

 外敵を排除する機構の一環……いや、それだけではない。あの光は()()()()()()()()()()()()。主人以外の使徒など不要とす、絶対にして粛清の月光。それは今、体が聖遺物と融合しているシュライバーには致命すぎる劇毒だ。

 

 ……何分? 何分、己はこの夜の内にいた? 「創造」で夜が展開された時から20分以上は経過しているだろう。その間、十八万とある燃料はどれだけ消費されていた? 加速、再生、絶壊の身を、常に常に常に保持するため、どれだけのリソースが削りとられていた──!?

 

 ──もはや、考えるまでもない。

 潤沢な燃料は、殺し続けてきた少年を立たせる土台は、崩壊を始めている。

 一万も既にない。千……百……今この瞬間も、加速度的に、秒単位に入った残り時間しかないと、ようやく気付く。

 

「──────」

 

「──────」

 

 そしてそれは、互いに同じ。

 タワーの壁面を駆け、上空で万回以上とぶつかり合い。

 

 ──騎士の目が獣を射抜く。

 ──魔狼の目が鬼を射貫く。

 

 決着は今この瞬間。

 薔薇は枯れた。杭は尽きた。月が、輝いている。

 ヴィルヘルムの放った一撃が、今一度、時間軸の向こうからシュライバーの面を捉え──直撃する。

 

「ッッッ…………!!」

 

 頭部を半壊させながら、それでもなお燃料を消費し再生しながら、残った左目で少年は見た。

 トドメの一撃となる、騎士の鉄槌を。

 

「シュライバァァアアア────ッ!!」

 

 それを受ければもう、再生するだけの燃料(エネルギー)を彼は残していない。

 ヴィルヘルムとてこれが最後の一撃。己が総てを費やした終幕の一撃だ。

 

 

 ──だが。

 それは同時に、騎士が勝利の女神を喪った瞬間でもあった。

 

 

「“──あ”」

 

 (かわ)せる──そうシュライバーが認識した時、月光の蒼さは消えていた。

 常夜の時間が終点に辿り着く。

 逆転していた攻守が元に戻る。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「────、」

 

 (かわ)した。

 当然のように。この誉れ高い宿敵の横をすり抜けて。

 

 ──たのしかったよ──

 

 そう、憐れな戦友(カメラード)へ哀悼の意を告げて。

 最後の最後で運に見放されたんだね、と慈愛すら篭った笑みを浮かべながら。

 

 その四肢を、刹那で切断──しようと、して。

 

「“……、え?”」

 

 ────爪は、宙を切る。

 断裂する肉の感触はない。飛び散る血潮の色はない。

 月明かりの下、独りぼっちの夜で、振り返った白獣は放り出される。

 

 ──ごはッ、と血を吐いたのはその時だった。

 

「ァ……?」

 

 貫かれた。

 心の臓を。正面から。

 鮮血を噴き出し、吐き出す。

 赤い、赤い、アカイ、痛い、痛い、イタイ痛いイタイ痛いイタイ────ッ!!

 

「──、──ッ!?」

 

『…………やっと、だ…………』

 

 息を、呑む。

 そこには何もいない。何もいなかったからだ。

 腕を貫く先には、その主がいて然るべきだというのに、そこには虚空。

 けれどもその不可解は、次の事象ですぐに解決する。

 

「──やァッと油断しやがったなァ……前から鬱陶しかったんだよてめえは……ああ、ずっと言ってやりたかったんだ────」

 

 闇から、いや──()()()

 虚空から、ヴィルヘルムの顔が現出する。そこから制服をまとう体も四肢も、実体を得て顕れる。

 

 それは吸血鬼のポピュラーな異能にして幻想。

 ()()()()()()()()()

 虚無の魂を、断片とはいえ取りこんだヴィルヘルムは、その力を今さっき会得した。

 

 ……彼の女神が覇道へ変生を始めた時から、その魂魄の結びつきは強力なもの。

 愛し、愛された。更にその魂の欠片をモノにした暁には、吸血鬼の幻想として、その異能を持ち得るのは必然の帰結であり────

 

 

あばよ、くたばっちまえ(アウフ・ヴィーダーゼン)────俺の、勝ちだ」

 

 

 本物の吸血鬼が、そこにある。

 白き乙女の(からだ)が引き裂かれる。

 原型など残さず、残さない。

 

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 

 タワーの屋上階へと、白いその身は落ちていく。

 

 全てを拒絶する彼は、何も持たぬ。

 逆転の切符となる異例の魂も。

 授けられるような神の加護も。

 

 何も────無い。

 

闇の死騎士(カズィクル・ベイ)────!!」

 

 憎悪と憤怒の咆哮が響き渡る。

 最後の最期で己が攻撃を躱され、殺される屈辱に獣が吼える。

 

 瞬間、タワーに魔法陣が起動する。第八スワスチカ解放を告げる、終戦の合図。

 白貌の吸血鬼が集めてきた魂は薔薇として散華され、最後のスワスチカが開かれる。

 

 されども勝者は暴嵐の獣に非ず。

 亡骸の破片と化しながら、地上へ墜落する。

 

 

 以て騎士たちの戦いは決着した。

 ──ここに、新たな白騎士(アルベド)の誕生をもたらしながら。

 

 

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