幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「かんぱーい!」
──屋上であった。
そこは月乃澤学園の屋上を再現した、本当に最後の最後の打ち上げ会場であった。
ヴィルヘルムの腕に抱えられたまま見るその景色は、なんか、知識にある記憶よりも人が多い。
「あー! やぁっと来たわね番狂わせ組! またの名を黒幕バカップル! あんたらのせいでもー、こっちは割を食いまくったんだからねっ!?」
などと、こちらの顔を見るなり難癖をつけてきたのはルサルカ。
その手にはビール缶が握られており、口元に泡ヒゲがついている。
「ありゃ、ほとんどてめえの自業自得だろう……」
「? そんなに酷い死に方したんですか、ルサルカさん?」
「俺を洗脳しておまえのフリして助かろうとした」
……。
「……洗脳されたんですか?」
「されてねぇよッ!!」
「必死か」
──などと軽快な声のツッコミは司狼のもの。視線を向ければ、その近くにはサークルを描くようにして香純ちゃんや螢、玲愛やマリィ、エリーまで揃っていた。全身全霊で吼え叫ぶヴィルヘルムに苦笑の眼差しを向けている。しかしまぁ、
「ルサルカさんも命知らずですねぇ。寛容な私でも怒りますよ?」
「しょーがないでしょーよー! もー!! あんな所であたしも死にたくなかったのよッ! あのクソガキが! あのクソガキが全部悪いぃぃぃ……!!」
「はーん? 格の差、ってやつだよババア。乗っ取られる方が悪いのさ」
などと、煽り文句を重ねる司狼。まあ君、相当なデタラメだからね。出生自体は本当に一般人だし。
そんなやり取りをしていると、
「うぉぉおおおん! レイシアちゃんがー! レイシアちゃんがぁー! 私の数少ない癒しのロリがぁ──!! ベーイーにとーられーたーぁー!!」
「よしよし、ベアトリス」
泣き上戸と化しているベアトリスの横には、対面するのは本当に初見の爽やかタイプのイケメン。
ベアトリスと櫻井戒──なんか上位秩序的な絶対運命によって引き裂かれていた二人も、学生サークルからちょっと離れた方に形成された大人サークルに混ざって存在している。
「私も頑張りましたよぉ!? 頑張りましたよねぇテ・レ・ジ・アッ! 褒めてください、私は私の人生に勝ったのですよぉおお────」
「はいはい、もう分かったから。神父様が変態的に凄いってことは、もうみんな分かっているから」
「テレジアァァ────!!」
「発狂してねえかアレ」
「親バカも過ぎると毒ですねえ……」
大人サークルのメンバーは、ルサルカ、ベアトリス、戒、トリファ神父、リザといった面々だ。ほとんど私が集めた主人公陣営組──なのだが、
「……なんでルサルカ入ってんの……」
「私たちだけ打ち上げ参加はズルイって、無理矢理引っ付いてきたのよ。ここまで来るとその足引き執念、恐ろしいものがあるわね……」
「なーによバビロン。というかあたしの目的は別よ。あんたらみたいなジジババじゃなくて、若い子に決まってんでしょーよ。そーよ、思い出したのよ! 超新星爆発とか喰らった衝撃で思い出したのよ!! 私の星の存在ぉお!!」
「どういう拍子で原点思い出してんだアンタは。彼と『彼』はほとんど別人でしょ」
ルサルカ、真ヒロイン説。
……というか第二の主人公の嫁さん枠なので、まあ、ギリッギリ……ギリギリ、この会に参加する資格はある……ある、のかなぁ……?
そこまでにしておけよルサルカ。
史実では恵まれまくってるくせによー!
「凄絶な戦いでしたねえアレは……ベイがいなくて嘆いていましたよ、ハイドリヒ卿は。『ああいう臣下がいないはいないで、ちょっとクるものがなくもない』、だとか」
「……ほー」
神父の証言に、やや、嬉し気に頬を染める白騎士。ヨカッタネ!
「はいはい。ちょっとエキストラ入ってるけど、これで全員だな。レイシア先輩は酒? ジュース?」
「ジュース~」
そこでヴィルヘルムの腕から降ろしてもらい、学生サークルに合流する。
軽く嘆息しつつも、彼も大人サークルの方へと歩いていく。あ、戒の横に座った。奇妙な面子になったなぁ……
「おつかれさま、レイシア」
「こちらこそ。お疲れさま、玲愛」
もらったアップルジュースのコップを持って、この懐かしき戦友と軽く乾杯する。
司狼、香純もすかさずそれに続き、マリィは一拍遅れながらも積極的に、螢は渋々、といった様子を隠さずに乾杯してくれる。
「──んじゃ! 何度目か分からないけど、改めましてカンパーイ! 皆さん、お疲れさまでした──!!」
『お疲れさまでした──!』
蓮の音頭に合わせて、全員で乾杯する。
最後の夢、終劇の打ち上げ会が、こうして始まった。
※
「──で、あの永世名誉ロリコンとの式はいつやるワケ?」
ちょうどジュースを口に含んだ時にそんなことを言い放った司狼はやはり、天才と言うべきなのだろう──吹き出しかけ、こらえて、むせる。
「やばい、ちょっと待って。そのパワーワードは卑怯すぎる……!」
「これぐらいの仕返しは当然だろ。幼女の手に転がされまくったこっちの身にもなれよ」
「というか、あの男で大丈夫なの」
「それは私も大いに疑問がありますね……」
「だ、大丈夫だよぉ……ちゃんと更生させたし……」
半世紀にも及ぶ一大攻略チャートである。
これで攻略できてなかったら、逆に泣くわ。
「というか、大変なのはこれからなんじゃないの。あの男、指名手配犯だよ?」
「そ、そうだね……」
初対面さん、ことエリーの言葉には曖昧な笑みを返す。
このまま生き続ける以上、その問題は避けては通れない。
チラ、と司狼がマリィを見た。
「……今のうちに神さんにお願いしといたら?」
「いっ、いや! もう神様の力には頼らんと決めたンだッ! 自力でなんとかしてやらぁああ──!」
立ち上がってそう宣言する。勢い余ってジュースイッキ飲み。おおー、と司狼から拍手をもらう。かくいうマリィは、ちょっとその、目を逸らしているがッ! が!! よ、余計な世話なんか焼かすなよ──ッ!?
「まあ、レイシアと一緒にいる限りは大丈夫なんじゃない。この子、たぶん素で物凄い運気持ってるし。自販機とか買ったら必ず当たりが出るレベルで」
玲愛の言葉に蓮が深く頷く。
「それは言えてる。幸運の女神ならぬ豪運の幼女。つーかまあ、この場にいる誰よりも一番人生経験多いしな。輪廻的な意味で」
「幼女つえー……」
「せ、先輩。私に何かできることがあったら言ってね!?」
「ありがとうカスミん。いざって時は頼らせてもらうわ……」
そう──綾瀬香純もまた、この世界においては生存者の一人。
神格に至った蓮はともかく、他のメンバーは次の転生が決まっている。私たちはこのまま、地続きの生をやり遂げるのだ。
「──それではここで。各賞の授賞式といきまーす」
「出た」
やるとは思っていた、の目で司狼を見る。
彼の独断と偏見による謎の式典。一体なにがもらえるんだろうか。
「まずは技能賞! 俺、エリー!」
「そんなに活躍してたの?」
「しーてーたーのー。あんたがはっちゃけてる裏で、ものスッゴイ活躍してたのー」
となると、魔城に乗りこんでた時だろうか。
見逃したなー。
「詳しくは次! 敢闘賞──チョー頑張った奴」
「櫻井螢! でしょ」
「えっ」
エリーが言い当てると、司狼が首肯する。名を出された本人は目を丸くしている。
「俺とエリーと協力して! 黄金の大魔王と紅蓮の処女に対して大立ち回り! そして! なぜか一瞬、世界の時が停まった隙を突き、蓮がお姫様を救い出しましたーっと」
「そりゃ凄い」
「ああ、物凄い反則」
当時を思い出しているのか、深々と頷き返す蓮。「なぜか」の時間停止は彼のものではなく、間違いなく私についてきた残滓霊の方の彼だろう。アレ、魔城の方にも余波がいってたのか。
「続いて殊勲賞! ──氷室玲愛!」
「とうぜん」
フンス、と胸を張るBカップ。
まあ、彼女の決断があってこその魔城乗りこみ戦だ。神父が動いたことで、ヴィルヘルムとシュライバーの決戦も出来たんだし。
「反撃の全ての起点になりましたしねえ」
「あんたがいなきゃ、あわや為す術なく全滅」
「あざーすセンパイ」
「あざーす」
エリーの真似するマリィ。
空気がゆるゆる。砕けた口調の女神さんって新鮮だ。
そこで玲愛が杯を掲げる。
「平伏せよ」
「ははー」
思わず従僕精神が働いて頭を下げる。
玲愛の顔は満足げ。それをなんか微妙な目で見つめる蓮後輩の気配。
「藤井君、ちゃんと有難み感じてる?」
「感じてる感じてる。氷室先輩がいてくれてよかったですよ」
「あたしは? ねえねえ、あたしはー?」
「香純は残念賞──いや冗談、冗談。おまえが優秀賞だ。だろ?」
周囲に視線を向ける司狼に、私も含め、皆が頷く。
打ち上げの提案者。この場を作った大功労者。優秀賞で間違いなかろう。
「文句なし」
「異論なし」
「異議なーし」
私、玲愛、蓮の順で同意する。
螢やマリィやエリーも同じ顔をしており、満場一致である。
えへへと受賞者は頭をかいて照れ顔。そんな香純にエリーが微笑する。
「それじゃ、優秀賞には景品がありまーす。あっちのドアの向こう」
「ほえ?」
エリーが指さす先は屋上出口。
そろそろ、そういう事になる。
「取りにいったらいいよ、綾瀬さん」
「さっさと行けぇ! 取っちまうぞー」
「ちょっ、お尻叩かないでってばー。分かったから、もー」
「きっと気に入るわよ」
後押しされつつ、香純はドアの向こうへ消えていく。
──そして、二度と戻ってこない。
「…………」
思う安堵はみな、同じか。
さてと、と私もグラスを置いて立ち上がる。
「ところで司狼後輩、私の賞は?」
「えー? うーん、大賞でいいんじゃね?」
「雑ゥ」
先輩の扱いがなってねー。
そう苦笑していると、隣にやってくる大きい気配。見れば、もう彼以外の大人サークルのメンバーも解散していた。ぽすっ、と頭に手が乗せられる。
「行くぞ」
「はーい」
一抜け、が来たのなら二抜け三抜けの番である。
生者はもう、現実に帰る時間だ。
「レイシア」
呼び止められて、振り返る。マリィだ。
彼女なりにお別れしたいのだろうか。立ち上がった女神はこちらへ近づき、
「わっ」
「──うん、ずっとこうしたかったの」
ぎゅっとハグっと抱きしめられた。
陽だまりのような良い匂いがする。そして胸にあたる感触がすごい。
……しかしそうだな。これが本当に最後というのなら。
一つだけ、お願いではないが、推薦というか助言というか戯言とか、抜かしてみるか。
「ねぇマリィ。────」
耳元で小さく。
二人だけの内緒話で、こしょこしょこしょ。
最後まで伝え終わると、離れたマリィは少しびっくりしたような、けれども楽しそうな笑みを浮かべていた。
「──うん。いいね、それ」
「いいんだ?」
「実は、保留にしてたから。レンがフリンするなら、わたしもしちゃうもんね」
「え゛ッ」
小悪魔的な笑みを浮かべる女神に、ジュースの缶を持ったまま硬直する主演様。ちなみに玲愛はサムズアップを向けている。そういう事らしい。
……しかしなんともまぁ。
なんか、まるで最後の最後に親孝行してしまったような気分になるではないか。
「それじゃあ」
「またね」
最期にお互い握手を交わして、それっきり。
ヴィルヘルムの隣について、歩いて、開いたドアの前へ。
「「────」」
彼と交わすのは言葉ではなく、視線だけ。
手を繋いで、同時に外の世界へと踏み出した──────
────彼らの姿が消えた後、はあ、と司狼は嘆息する。
「ありゃあ、文句なしの優勝だろ」
「だねえ」
「そうね」
「そうだね」
「間違いない」
「ダントツで、バカップル」
うんうんうん、と頷きあう学生一同。
かくして祝勝会も終わり。
やがて打ち上げもお開きに。
──誰も彼も例外なく、次の