幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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09 従者の意地

 ──朝の気配がして目を覚ます。

 

 そこで視界に映ったのは白い貌。普段、紅い眼光を利かせているその目は、今は閉じられている。整った造形は優男と呼べるものだが、起きている時、常に放たれているのは常人を気絶させるほどの殺気だ。

 

 首にかかる程度の長さの白い髪は頬にかかり、主の寝息に合わせて上下している。前分けになっている前髪も、横になっている状態では分け目も分からない。陽光を断ち、夜に生きてきた種族らしく、その肌は白蝋のように透明である。

 

「……、わぁ」

 

 眠気を一発で吹っ飛ばす顔面兵器。

 ベイ中尉の寝顔イケメン超カッケェ。

 いや、別に見たのはこれが初めてではないのだが、こうも至近距離で拝めた機会はなかった。見過ぎると目を覚ましそうで怖かったので。

 

 あ、そうだ。

 キスされたんだっけ。

 しかもすげえやつを。

 

「……、…………」

 

 しにたい。ころしてくれ。

 弁解すると、まあ。────油断していたといえば油断していたのである。

 

 感情は凄まじく複雑だ。

 

 嬉しさ、悲しさ、罪悪感。大別するならこの三種。従者として女として個人としての淡い嬉しさ、相手はマジで「遊び」以上の意味しか持ってないことの悲しさ、そして──年上として、転生者として、ガヤとして、()()()()()()という浮気男のような強烈なまでの罪悪感──!!

 

 っていうか大丈夫なのか中尉。アンタ、中にいるお姉さんにどやされてない? こっちはあのヤンデレシスター、マジで怖いんだけど……

 

「……うぅ」

 

 水銀じゃない方のお父さん、それにお母さん。レイシアはなにか大事なものを失ったような気がします。奪われた気がします。ほんとマジ吸血鬼。どーなってんだ思考回路。

 

 ……しかし、肝心の問題はそこじゃない。

 ファーストキス強奪なんて、この問題に比べりゃ些事同然だ。

 

 

 ──シナリオ会議。議題:ヒロインがいない。

 

 

 ワルシャワ蜂起戦で公的に粛清扱いとなったベイ中尉は、そこで一人の少女と出会うはずだったのだ。そしてこの時期、屋敷に一緒に住んでいたはず……なのだが、その気配がまったくない。

 

 つまり彼のメインヒロインに私がなっている。

 

 こいつはヤバイ。

 

 私、もしかして光になって消えなきゃいけないんですか?

 

 や、ヤダ──────ッ!!!!

 

「嘘やろ……」

 

 冗談じゃねえ。

 冗談じゃねえぞ!!

 

 じゃあ何か、私はこれから陰気純愛水銀系列ストーカー野郎に狙われたり、ベイ中尉に恋心を教えたりするフラグイベントをこなさなきゃならんのかッ!? 嘘やろ──!! 自分でチャート走れってかァ! 「Dies irae √Kaziklu Bey」!? 嘘やろぉ──!!!!

 

 くぅっ……

 ……い、嫌だ……キスで落ちたとかぜったいに認めたくねぇ────!!

 

 幼女クソチョロ!! ああそうだよ、チョロい自覚はあるよありますともッ! だって「構ってくれるだけで嬉しい」んだよ! 水銀を除いてッ! こちとら“舞台に参加する資格ないな! 引きこもろ! 寂しいけど!”で引きこもってた元ニートなんだよぉ! まったく、一切、向こうにそっちの気がなくても純真乙女心にはクリティカルなんだよぉ──ぅうううぅぅ…………

 

 くやしい。

 悔しい悔しい悔しい悔しい。

 恋したら破滅一直線の男になんで惚れかかってんだよぉ──…………

 

 せ、せめて。せめてだ。

 千歩譲ってベイ中尉に恋を教え? 愛を教え? それで、ただ真人間補正を持ったまま道を歩んでくれたのなら……それが一番嬉しいし、最善ではないのか。

 

 彼の精神を半分にはしたくない。

 しかしそうでもしないと、この人は恋なんて叶えられない人格をしている。

 

 困ったもんだ。

 チンピラ筆頭のベイ中尉を、更生させる……だと……? 無理ゲーかな?

 

「……いやいや」

 

 ──無理ゲーだ。改めてそう思う。

 

 ヴィルヘルム・エーレンブルグの経歴の闇は深い。

 まず出生したのが戦時下のドイツ、という時代背景。実の姉と父親の近親相姦によって生まれ、先天的なアルビノ体質、両親は盛りまくるせいで育児などロクにされず、動ける夜に一人で獲物を探し、喰らい、やがて殺人へと犯罪歴をステップアップ。

 

 そんな夜に生きる中、誰に教えられることもなく“自分は他の生物の血を啜るモノ”だと自己意識が芽生え、吸血鬼という概念に自力で辿り着いた。やがてそんな意識から、まず両親の存在を容認できず、殺害。とりわけ姉は、“彼女こそを殺さなければ自分は新生できない”という強烈な想いから犯してから殺めるという徹底ぶり。

 

 自分の血が気持ち悪くて仕方がない。

 故に他から奪って吸い尽くし、枯れ落ちさせる。

 

 ──それがヴィルヘルムという男、吸血鬼の本性にして本質だ。

 

 そんなのに恋? 恋ですと? しかも更生? フラグよ、一昨日きやがれ。乗り越えられる試練だけを持ってこい!!

 

「くっそぉ……カッコイイ寝顔で寝てんじゃないよ……」

 

 どれだけ考えたところで、目の前の寝顔は変わらない。すやすやと安らかに眠っていやがる、この野郎。しかもなんか、がっちり身体を確保されてんですけど。抱き枕状態なんだけど。もー!!

 

「ベイ中尉のばかぁ……」

 

「──誰が馬鹿だ」

 

「んッ!?」

 

 ぱちり、と当然のようにその深紅の瞳が開く。

 起き抜けの殺気は心臓に悪い。あ、お、オハヨーゴザイマァース……

 

「たかがキス一つでオチてんじゃねえよ、発情ロリ。惚れんのは結構だが、襲ってくるんじゃねえぞ」

 

「……、」

 

 こいつ……

 この非モテ野郎が……

 こっちがどんな気持ちであんたの今後を憂いていたか知らんクセによぉ……

 

「ツンデレ中尉」

 

「あ?」

 

「ロリコン。ロリコンロリコンロリコンロリコン! はぁーあ、男って嫌ですねえ、キス一つで付き合ったように思っちゃうとかぁ? 紳士としてどうなんですかねぇそれはー。身の危険を感じるのはむしろこっちの方ですよ。この永久殿堂入りロリコンがッ! そんなにロリが好きかぁ──!!」

 

 自分でも割と必死にキレながら。もう精一杯の怒りをでっち上げながら。

 ベイ中尉の腕を押しのけ、布団からさっさと脱出する。

 

「あ、おい」

 

「なんすかロリコン野郎。発情してんのはどっちですか。性欲と愛をごっちゃにしてたら戦闘狂(バトルジャンキー)としてしか生きる道がなくなりますよー! そんなんで獣の爪牙なんて名乗れるんすかねぇー!」

 

「っ、てめえ……」

 

 ゆらり、とベイ中尉もそこで起き上がってくる。

 気に入らないことがあればすぐキレる。こんな幼女からの煽りにさえ弱いのは頂けない。

 

 ……敵意と悪意にまみれた環境で育ってきた夜の鬼。

 思うに。思うに──彼はまず、自己肯定感というか、その屈折しまくってる人格をどーにかしなきゃ、どーにもならない。

 

 しかして、真っ向からのアドバイスなんか聞く耳を持つはずがない。そしてそれに従うような人でも、断じてない。

 

 だからやり方を選ぶ必要がある。

 故に、そのためだけに、命を賭ける。キスの礼とでも思っておけ──!

 

「──ヴィルヘルム・エーレンブルグ」

 

「ッ!?」

 

 ベイ中尉が怯んだ顔を見せる。珍しいこともあるものだ──それもそのはず、今の私は純前たる“殺気”を彼に向けている。これまで、一度としてしなかった蛮行。主へ対する反逆にすら取られかねない、本気の殺気だ。

 

 151年間、生きてきた、一人の人間の本物の殺気だ。

 

 そしてそれを一瞬で引っ込めて、唖然とするご主人へ指をさす!

 

「いいかよく聞けぇ! アンタはイケメンだがそれにカマけちゃ成長しねぇ! テッペン取るのはいつだって()()()()()()()()()()()だぁ! 常に成長、向上心を忘れるなぁ! アンタはやればできる! ()()()()()()()()()()! 捻てるだけじゃあ道はできねぇ、道は切り開くものとか言うがそれは弱者の思想だ! 覇者ならば歩いた道こそが道となる! そうだろう! カズィクル・ベイ!!」

 

「お、おう」

 

「覇者の条件とはすなわち上限知らず! どこまでも成長し誰にも届かない高みへ至り続けること! 誰にも追いつかせず、誰にも阻まれねぇ! そうなったアンタは絶対無敵だ! だが今はそうじゃねぇ! 道半ばだ! そこで諦めるアンタじゃないだろう、顔を伏せるアンタじゃないだろう! つまり結局、何が言いたいかっていうと──!!」

 

 ゴクリ、とベイ中尉が唾を呑み込んだ。

 なんか、どうやら聞き入ってくれたらしい。

 

「────────主導権なんか握られるな。一方通行だと諦観するな。ねじ伏せろそんな相手の理屈。()()()()()()と言ってやれ。アンタはアンタだ。アンタはアンタだ! ヴィルヘルム・エーレンブルグこそが絶対秩序(ルール)なのだと分からせろ!! 私の絶対王者は黒円卓(アンタら)だ! 自分の世界を叩きつけろ、見せつけろ! ()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 叫んだ。

 叫び切った。

 命を賭けて。命を削って。

 言いたいこと全てを、言い切った。

 

 ──なんか、一生分の思いの丈とか、勇気とか、気力とか、ぜんぶ使った気分だ。

 全てを出し切って、その場にへたり込む。やべぇ、死ぬかもしれん。

 

「……はぁ、はあ……つまり、そういう事で……はあ、まあ…………あぁ……」

 

 ちょっともう、しばらく台詞が続かない。

 と、上から笑い声が聞こえてきた。

 

「……く、くく。はっははははははは──良いこと言うじゃあねぇかよオイ。レイシア、おまえも爆発することなんてあるんだな。俺好みだぜ。カッコイイとこね。従者根性、遂に極まってんな。そこまで豪胆に叫ばれちゃぁ、応えない方が廃るぜ。ああいいぜ、おまえの言葉、しかと受け取った。頭に入れておいてやる」

 

「あざーっす……」

 

 もうぐったり。

 朝ご飯を食べる気力もだいぶ消えている。

 なんとか、まあ、命をチップにした忠言は、聞いてくれたようだ。

 

「──それで?」

 

「はい?」

 

 こちらにしゃがみ込んできたベイの兄貴が、ニヤリと試すように笑う。

 

「おまえの言う、『カッコイイとこ』ってのは具体的にどう見せればいんだよ?」

 

「ああ、それはですね」

 

 ポン、と私は彼の右肩に手を置いた。

 

「大人気なく()()()()()()()()()、だ。このツンデレ中尉」

 

「ケンカ売ってんのかぁ!!」

 

 ガゴン! と殴られた。そういう気はしてた。

 完全ノックアウトを決められた私は大の字に転がる。見上げた視界で、ベイ中尉が制服の上着を着始めていた。なんだ、起きるのかこの人。

 

 ……制服だけはきっちり着るんだよなぁ。粗暴なのに。

 

「ネクタイ曲がってますよー」

 

「む」

 

 起き上がって手伝ってやる。この人、本当に今の時代の主人公かぁ?

 

「ちなみに」

 

「あ?」

 

「女性ってのは、物凄く些細なことにお礼を言うと、好感度はあっさり稼げます。心が一切篭ってなくとも、そこは勝手に解釈して好感度上がります。キャラじゃない、とか意地にならずに。そういう鷹揚さ……絶対者の余裕ってやつを構築するのが、ベイ中尉の当面の課題かなー」

 

「オウヨウ……」

 

「余裕ってのは、大事ですよ」

 

 余裕ねえ、としなびた声を上げるベイ中尉。まぁ、いきなりは難しいか。

 そこで制服の着替えは終わった。はい、今日もイケメン。ばっちり決まっている。

 

「……あんがとよ」

 

 ぽん、と頭に手を乗せられた。

 思わず、固まってしまう。

 

「こういう感じか?」

 

「……中尉、筋が良いですね」

 

「だろ」

 

 ニヤリと笑った顔は、世界で一番カッコよかった。

 

 

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