・・・
この世界には、不思議がいっぱいです。
空の色が変わるのも、月の形が変わるのも。
鏡に自分の姿が映るのも、テレビが離れた景色を映すのも。
鉄が、空を飛ぶことも、海に浮かぶことも。
キリンの長い首も、ゾウの長い鼻も。
冷蔵庫が物を冷やせるのも、レンジが物を温められるのも。
川の水は味がしないのに、海の水だけしょっぱいのも。
全部全部、理由がわからないけど、当たり前のようにそうなのです。
それが不思議で、その理由を教えてほしくて、いろんな人に聞きました。
どうして? なんで? おしえて?
最初はみんな、考えてくれます。教えてくれます。
だけど、そのうちみんな嫌な顔になって、離れていきました。
どうして? なんで?
私には友達ができませんでした。だから、大人にも聞きます。
でも、大人の人もすぐに話をやめようとします。
どうして?
でも。
一人だけいました。
私の不思議を何度も何度も解き明かしてくれた人。
分かることならその場ですぐに。
たとえ分からないことも、真剣に考えて答えを出してくれました。
不思議です。
なんで私はその人のことを覚えてないのでしょう。
男の人かも、女の人かも、わかりません。
年上か、年下かも、わかりません。
不思議です。
いつ会ったのかも思い出せない。
実際にどんなことを話したのかも覚えてないのに。
何かを聞いて、応えてくれて、嬉しい気持ちになった。
それだけがわかるのです。
不思議です。
教えてもらったはずなのに、何を教えてもらったか分かりません。
何が分かったのか分からないのに、分かった喜びだけが残っています。
不思議です。
絶対に、忘れるはずがないのに。
私は、その人みたいになりたいと思っていたのに。
この不思議を解き明かしてくれる人は、どこにいるのでしょう。
この人のおかげで分かっていることが一つだけあります。
お話を聞いてもらえるってことは嬉しいこと。
なら、私もみんなのお話を聞かなくちゃ。
そう思うようになりました。
教えて。を我慢して、静かにみんなのお話を聞く。
それだけで、嫌な顔をする人は、少しだけになりました。
大人の人たちにも、いつの間にか、いい子と呼ばれるようになりました。
でも本当は、知りたい不思議がいっぱいあります。
調べられることは自分で頑張って調べるようになりました。
それでも、どうしてもわからない不思議はまだまだあるのです。
私にはたった二人だけ、友達がいます。
でもその二人は同級生じゃなくて、先輩です。
小学校も中学校も同じなのですが家がすごく近いわけでもなくて。
クラブ活動や部活動も全然違って、普通なら接点がありません。
私たちは、どのようにして友達になったのでしょう。
二人はとても優しくて、私のお話をちゃんと聞いてくれます。
もしかしたら、私の不思議の人は、この二人のどちらかだったのでしょうか。
でも、違う気がします。二人は優しいけど、私の不思議には一緒になってよく首を傾げています。
二人とはよく喫茶店やファミレスに行きます。
そこでは、私は紅茶が苦手なのに、アイスティーを見ると頼みたくなってしまいます。
あと何故かガムシロップじゃなくて、お砂糖を入れたくなります。さーっと、勢いよく。
そして沈んで溶け切らないお砂糖を見て、私は首を傾げるのです。
なんでなのでしょう。
私がいくら調べても、考えてもわからない不思議なこと。
これを解き明かしてくれる人は、きっとあの人しかいないんだ。
そんな気がしています。
私はいつか、あの人と夢の中以外で会えるのでしょうか。
・・・
おじさんだよ!
……といっても、もうどうせ誰も聞いてないんですけどね!
もはやただの独り言だけどやめたら死ぬから続けるよ!
それにしてもなんか、別に死なないってわかっててやったってのに。
おじさん、ちょっと自分でも(あれ、なんでまだ生きてるんだ?)って思っちゃってたりする。
あのシリアス感の後だからあのままこの世から消えて終わりの方が綺麗なんじゃない?ってのは感じてるよ。
いやぁ、生き恥晒しちゃってるね。悔い改めて。
でも、まだやり残したことあるからねぇ。
というかやっておきたいことというか確認しておきたいことというか。
おじさんはあれから、途方に暮れている『察知』ちゃんを横目に帰ることにした。
どこへって? そんなの決まっている。
でもさー、苦労するのはわかってたけど大変だったねほんと。
最終決戦のバトルフィールドを割と近場にしたのはいいんだけど……。
それでも故郷の近くでドンパチするのは気が引けたから多少は離れたとこだったもんでね……。
普通にたどり着くのに徒歩じゃ丸一日以上掛かっちゃう。
というか、この先はほとんど未来視えてないし、もう視れないから色んなことが上手く行かない。
思いのまま力を振るってた時がどれだけ異常だったかわかるね。それが普通なんだけど。
加えて、いまの自分は誰からも認識されない。
これが漫画の世界の設定であればエロいことし放題かもしれないけど。
残念ながらこれは現実なので、んなことできるわけがない。
まず、自分を認識してくれない人間の力がマジで予想以上に強い。
最初はひと眠りしてから朝の電車に乗って帰ろうと思ってたのだけどねぇ。
朝の高速移動通勤リーマンに、これラグビーでも一発退場やろ……って体当たりを喰らって諦めた。
正直まだ痛い。そのあと別動隊の通勤リーマンに踏み殺されそうになって這々の体で逃げ出したのも含めて色々つらい。
流石にあんだけおじさんは死にましぇん! とか言っといてさ。
次の日に普通にのたれ死んでたらいくらなんでもお話にならないじゃん……。
ところで『未来』の代償の、干渉できないってのがどのレベルまで干渉できないのかなんだけど。
一応ほんのちょびっとだけこの辺の未来は視えてたので、
下手したら究極生命体みたいな末路になるところだったかもだけど、まあこれは幸いだよね。
でも干渉できない、の基準がよくわからんのよ。服は特に問題ないけど、バッグは持てなかった。
持ってこうとしてもびくりともしないもんだからしゃーなしに放置して諦めてきた。
色々持っていきたいものとかあったけど、仕方ないね。
長い付き合いだったけどあのボストンバッグ君はあそこの物陰を終の棲家にしてもらおう。
あとなんか、服も脱いだら着れなくなりそうな感じ。
着てる間は大丈夫なんだけど。
……大きな声で言えないけど、おむつ脱いだあとパンツ穿けませんでした。
ノーパンスタイリストおじさんです。おむつ穿き直すこともできませんでした。
あれ、というか脱衣しかできないってなると、これ最終的に全裸おじさんになるのでは……?
誰にも認識されない世界ですっぽんぽん。やばい。変な扉開きそう。
というか既に、いや、なんでもない。
なんでもないってば。
なんでもないって言ってるでしょ!
終わり! 閉廷! 以上! みんな解散!!
そんなことはさておき。
当然、人や動物にも何もできない。
こっちからぶつかってもびくともしないし、逆に吹っ飛ばされる。
歩いてる人の肩とか身体を掴もうとしたら身体ごと持ってかれちゃう感じだ。
扉を開けることもできないので建物に自力では入ることもできない。
あ、いやなんか、くっっっっそ頑張れば開けれるかも。って感じではある。
この世のすべての扉が試練の門、みたいな?
かっこよく言ってみたけどただの超絶貧弱おじさんなのよね……。
世界の優先度が極端に低い、って感じなのかな。レイヤーというか、権限というか。
そういうわけで、今のおじさんは物もほとんど動かせない、すり抜けもできないクソザコ幽霊状態だ。
そして、選択が出来ない、という代償も実のところ発生している。
途轍もない倦怠感。途方もない無気力感。油断すると呼吸すら忘れそうになる。
こうして、思考も常に回していないと、一切何も考えられなくなりそうだ。
いつか本当に、何もできなくなって死ぬかもしれない。
いーやきっつい。
なんとなくしかわかってなかったけど、マジでベリーハードだね。
まああの地獄の追記作業を思えばまだまだぬるいもんだけど。
いったいあれで、何万年? 何億年? どんだけの未来を見てきたことやら。
でも、みんな、どんな声してたっけか。
流石に忘れちゃったから、また聞けるのが楽しみだな。
・・・
あの日から2日目だよ。
ようやっと故郷に着いたんだよ!!!
懐かしい町並みだね。ほとんど変わってないんじゃないかな。
あんま覚えてないけど。
実際は変わってないというより、戻ったというのが正しいんだろうね。
災害が無くなって、復興後の街とは様相が違うわけだし。
ここまで見てきた限りでは、魔力が関わらないところでは深刻なパラドクス的なことは何も起こってないようだ。
頑張って選別したから大丈夫だとはわかってるんだけど、やっぱり未来を視て確信できないのは少し怖い。
ネタバレ嫌いなはずだったんだけどなぁ……。
現実って何が起こるかわからんし……嫌な癖がついちゃったもんだ。
さて、あとはあの曲がり角、
突然すぎて。
言葉に、ならなかった。
消失した『未来』では、はっきり観測できていなかったから。
ずっと不安だった。本当に、本当に、上手くいったのか。
他のものだけが元に戻ったのに、おじさんの、『私』の大事なものだけが返ってこない。
絶望が、そんな悪夢が、何度も頭をよぎった。
身体を食い破られそうになる感覚。
その中を、わずかな希望だけを胸に、ここまで足を進めていた。
そう、希望。
今の『私』に残された、唯一の、新たな未来。
無数の未来、無限の牢獄に閉じこもっていたから。
そんなものを抱くのは、本当に、久しぶりの感覚だった。
未来がわからない。どうなるかわからない。決定的な不確定が迫り来ることの、想像を絶する恐怖感。
だから、その光景を見たとき、その反動で、
あっぶね。取り乱すところだった。
おじさん大人だからね、落ち着かないと。
元気そうじゃん。よかった。
・・・
3日目だよ。
おじさんが何を思ってるか分かるかな?
風呂入りてぇ……。だよ……。
いやね、別に臭くはないんだ。
おじさんは美少女だからね。何ならむしろいい匂いする。
ただやっぱね……気分的にさっぱりしたいって気持ちにはなっちゃう。
あ、でもやっぱ風呂入ってリラックスするのはやばいかも。
なんか無気力感にも慣れてきて、ある程度ボケっとしても死にかけたりしなくなったけど……。
風呂入ってリラックスは、多分まだやばいかもなぁ。
あと全裸おじさんになる度胸も勇気も今のところない。
なんかいずれなることが確定してるみたいな言い方だけど。
……別に楽しみにしてるわけじゃないぞ。本当だぞ。
そういえばあの生理現象はどうしてるのかって?
今のおじさんはJK姿のスカートでノーパンだ。これ以上言わせんな恥ずかしい。
ちなみにおじさんは今、我が家にお邪魔している。
いやもう我が家ではないのだけどね。不法侵入ですよ不法侵入!
母親も父親も元気そうだ。本当に良かった。
母が何故か一人分お弁当を作りすぎて父のお弁当がバイバインになってる。
相変わらず母は可愛い人だ。
妹もいつも通り超絶可愛い。世界で一番お姫様。
サイリウムってどこで売ってるんですか!? 多分持てないけど!!
全力で推していくよ……!!
そしてそんな妹をストーキングして一緒に学校に向かう姉。
どこからどうみても不審者である。誰にもみえないけど。
通りがけに、少年と出会う。
妹が頭を撫でられ、少年に可愛い悪態をついている。可愛い。
遅れて親友……もうおじさんは彼女の親友ではないから、彼女か。
その彼女が合流して妹と楽しそうにお話をしている。
この二人が妹の友達のままで、本当に良かったなって思うね。
おじさんという因果が無くなって、妹が独りぼっちになるんじゃないかって思ったけど。
本当に、本当に、良かった。
・・・
4日目だよ。
放課後に待ち合わせして遊んだあとの少年と彼女を見守ってるよ。
二人はベンチに座ってダラダラしてる感じだね。
ていうかほんとこいつら全然いい雰囲気にならねぇ……。
くそっ……じれってぇな。おじさんちょっとやらしい雰囲気にしてきます!
できないけど!!
それにしても、少年は成長したなぁ。かなり男らしくなってきた。
そして相変わらず彼女は、どんどんいやら……女らしくなってる。
ちょっとそのおっぱいでボーイッシュキャラは無理でしょ。
ばるんばるんいうとるで。
そしてふと、自分の胸元を見てしまう悲しいおじさん。くっ……。
少年は高校生になって身長がまた伸びてるみたい。
170cmは余裕で超してる。180行くんじゃないか。
145cmのおじさんじゃ、手を伸ばしても頭まで届くか微妙だね。
身長差がすげぇや。
彼女は160cmくらいかな?
あの時より伸びてる気もするけど、ちょうどいい身長なんじゃない?
少年が抱きしめたらいい感じに胸に収まりそうだ。
彼女の胸は収まってないけど。なんてな!
おじさんだと……腹の位置か。
なんかおじと姪っ子みたいな感じになりそうだな。
ふざけんな! おじさんがおじさんだぞ!! (意味不明)
まあ少年も彼女のことは悪く思ってないみたいだし。
彼女がもうちょっと積極的になれたら余裕で本当の彼女になれるんじゃないかなぁ。
男なんて狼だからな。あのおっぱいでビンタすればイチコロよ。……くっ。
……おぉ! 彼女がウトウトして少年の肩に頭ライドオンしたぞ!!
イケるぞ少年! 抱けっ! 抱けーっ!!
・・・
5日目だよ。
ちなみに少年はあのあとヘタレて寝たふりしてたよ。
ハァ~~~(クソデカため息)
今日は人混みに気を付けながら町を散策してるよ。
……これまたあまり大きな声では言えないけど、本当の目的はゴミ漁りだよ。
今のおじさん買い物できないからね。そもそもお金ないけど。
ちなみにゴミ漁りも普通に犯罪だよ。
見つかれば捕まるからホームレスのみんなは気をつけようね。
おじさんは誰にも見つからないけど。
さて、とりあえずまだ生きてるつもりだから、食料になりそうなものの確保を優先に漁る。
食料品だと、コンビニなんかは割と狙い目だ。
商品の入れ替えが激しいし、雑なバイトだとゴミ袋をゴミ庫に入れずに脇に置いたりする。
まだ普通に食べれるものも捨ててあるので有難いね。
超絶貧弱おじさんはお弁当ですら持ち上げるのもしんどいので、おにぎりなんかあると嬉しいな。
おにぎりだって正直しんどいけど、口に入りさえすればしんどさもなくなるので小さめのやつなら問題ない。
最悪、直食いだ。絵面が悲惨だけど背に腹は代えられない。
口に入れたら問題ないって、なんだろうねこのよくわからない代償の基準。
くそっ、カラスが来やがった……おい、ここはおじさんの縄張りだぞ!
あ、ちょ、体当たりしないでごめんなさいどうぞ。
……負けてないが?
何かにぶつかったのに何にぶつかったのかよくわかってなくて、ひとしきり暴れてからきょとんとしてるカラス。
その隙を突いてなんとか小さなサンドイッチを確保したので、それをもぐもぐしながら我が家をウォッチング。
あんまり不法侵入は出来ないからね。外から眺めるだけだよ。
父が仕事に行って、妹が学校に行って。
母が洗濯物を干して、取り込んで。
母が買い物に行って、帰ってきて。
妹が帰ってきて、父が帰ってきて。
食卓に明かりが灯ったのを見届けて、おじさんは、山へ戻る。
そうそう、今おじさんは裏山の、扉ついてないタイプの山小屋を不法占拠して暮らしてるんだよ。
開放感がすごいけど、虫にも認識されていなくて無視されるので問題ないよ。(激ウマギャグ)
掃除も一応はしたけど、今のおじさんには限度があるからね。
ちょっぴり散らかってるけど住めば都のおじさんの城さ。
頑張って掃除してほんの少し綺麗になった、古びた簡易ベッドに横になる。
扉のない入口越しに星空を眺めて、目を閉じる。
明日も、みんなが幸せでありますように。
・・・
6日目だよ。
ちょっと今悩んでることがあって、服をどうするか考えている。
いや、全裸の封印を解くのか悩んでるのかという話ではなく。違うぞ?
なんか、頑張れば服も着れるんじゃないかと思えてきたんだけど。
そもそも服ってなかなか捨てられてなくて、手に入らないんだよね。
せめてパンツが欲しい。
スカートを持ち上げてみる。着てる服はこうして簡単に持てるけど。
色んなものに触れた結論として、たぶんいったん脱ぐと着るのがかなり大変になる。
だんだん代償に慣れてきたのか、しんどさもほんの少しずつ軽減されてるけど、それでも難しい。
でもパンツくらいなら、頑張れば、何とか穿けるのでは……。
あ、風が気持ちいい……。
全部脱いだら、全身で風を感じてもっと気持ちいいのかな……。
……って、いやいやいや!!
ダメだダメだ危ない。
最近変な扉が開けようとしてないのに近づいただけで勝手に開こうとするから困る。自動ドアかよ。
とりあえず山を下りて、少年たちの様子でも見てこよう。
少年が、彼女と一緒に話をしている。
明日が休みなので遊ぶ予定を立てているみたいだ。
お、デートか? って思ったけどどうやら妹も誘ってくれるみたい。
うん、それもまた青春だね! おじさん嬉しいよ!
それにしても少年、こうして傍から見たらラブコメ漫画の主人公みたいだな。
おじさん的には彼女とくっ付いてほしいけど、もし妹とくっ付くならそれもそれで。
いや、でも、うーん。
妹が欲しければこのおじさんを倒してから、って思ったけどおじさんいないから不戦勝なのよな。
これは妹の気持ち次第かなぁ。といっても正直、そういう感じには全くならなそうだけど。
どこまでいっても近所のお兄さんで終わりそう。やはり彼女が大本命か。
でも、妹にもいつかはそういう彼氏的な存在が現れるのかねぇ……おじさん寂しくなっちゃうね……。
いつか結婚して、そしたら子供も出来て、母と父がお婆さんとお爺さんと呼ばれるようになるかもしれない。
そんな、幸せな家庭を作ってほしいものだ。
うん。よし。
それまで何とか生きれたらいいかな。
よーし、今日も一日頑張るぞい!
・・・
7日目だよ。
やっぱり、朝が一番つらい。
この世の終わりのような脱力感を、死に物狂いで抜け出して、ようやく起きる。
あれだね。ボタン連打で危機回避、みたいな。
やめよう。こういうとなんか肝心な時に復活できなさそう。
そして下山して今は、遊んでる3人を離れて眺めてる不審者やってまーす。
おしゃべりして、笑いあって、楽しく遊んで。
青春だね。美しい青春の一ページだ。
だから、絶対にこれを壊してはいけない。
だから、絶対に思ってはいけない。絶対にだ。
そんなわがままなんて。思うだけで罪深い。
子供は好きなだけ遊べばいい。
自由に好きなことをすればいい。
だけど大人は子供とは違う。
なんでも好きなことができるわけではない。
責務のためにやりたいことができなくても、受け入れるべきだ。
おじさんは大人なんだ。
だからそんな子供の感傷は全力でねじ伏せなければならない。
……お、移動するのかな。
おじさんも一緒に、
「やっと、みつけた」
・・・
え?
なんで?
今のおじさんは誰にも認識できないのに。なんで……?
「不思議に思ってるだろうけど、とりあえず捕まえとくね」
呆然としてたら、腕を掴まれた。
ちょっと、結構痛いんですけど。そんな力入れなくても。
目の前にいるのは、パーカー姿の女の子。そしてフリルワンピの少女。
『察知』ちゃんと、『熱気』ちゃんだ。
「なんで……?」
「あんだけ手がかりあったら探すことはできるよ。私を誰だと思ってるの。『察知』さんだぞ」
「え、いや、でも」
「バッグ」
「あ、え、でもなんで」
「ごめんね、勝手に中身見ちゃった」
見つかったのか。
いや、でもそれを見られたからといって、おじさんを見つけられるわけではない。
だって、そもそも認識できないのだから。
それは魔力現象のタイムラグでしばらく魔力核が残ってしまう魔法少女だって例外ではない。
事実あの日は、この子の横を素通りすることができた。
なのに、なんで。
「教えてもらえなかったけど、君の名前も知っちゃった。君も私たちの名前は知ってるんだろうけどね」
「……」
「でもさ、ちゃんと自己紹介しよう。私は浦島 萌香。……ほら、灯ちゃん」
「……日向 灯だよ」
「……」
「名前、教えて?」
「……」
「……」
「大野、百合……」
「……んー、おっけ。じゃあ百合ちゃん」
「……いきなり馴れ馴れしいな年下」
ガキが……おじさんを舐めてると潰すぞ……。
その、なぜかおじさんよりほんのり大きい胸とかをな……。
「ああ、あの時はてっきり年下だと思ってたからタメ口きいちゃってたけど、ごめんね」
謝るくらいなら最初から敬え。
「でさ、百合ちゃん。なんでバッグにおむつが入ってたのかな?」
「えっ」
えっ。
「もしかして、あの時もおむつ穿いてたりした?」
「あっ」
「へぇー。私ラスボスです! ってすごい大物感出してたのに」
「あっあっ」
「あんなにシリアスなこと言ってたけど、実はおむつ穿いてたんだね」
「あっあっあっ」
「年上なのに赤ちゃんみたい。かわいー」
はい。
おじさんの尊厳は死にました。こいつに殺されました。
誰かこの凶悪犯を捕まえてください。
「ひょっとして今も穿いてたりする? よし、どれどれ……」
「あっ、ちょっ、やめっ」
「萌ちゃん」
『察知』ちゃんのパーカーフードを思いっきり引っ張る『熱気』ちゃん。
ぎゅえ。そんな乙女が出しちゃいけないような音が『察知』ちゃんの喉から出る。
助かった……ありがとう『熱気』ちゃん……。
あれ、何その目。なんでそんな顰めっ面なの?
「あー、ふぅ。……じゃあ、私たちがなんでここにいるのか、説明しよっか」
何事もなかったかのように仕切り直そうとしてるんだけど、何この子怖い。
でもおじさんも何事もなかったことにしたい。切に思う。
「彩芽さんにも色々聞いたけど、とりあえずさ……君って結構バカでしょ」
「は?」
なんだ喧嘩か? いま喧嘩売られたのか?
「私も結構バカだけどさ。確認なんだけど、私たちは魔法少女じゃなくなるんだよね?」
……。
そうなる……はずだ。
過去を、魔物がいなくなった過去に書き換えて、魔力核が存在する理由が無くなるから。
改変後の未来は正味一日分くらいしか見れてないけれど、でも問題はないと思う。
魔力核が存在しない過去になるよう、すでに選別済みだ。
だから魔力現象のラグでしばらくは残ってても、いずれは消える。
「……うん。多少タイムラグはあるかもしれないけど、君たちは普通の女の子になる」
「
「……うん?」
「
え、いや、ちょっと待て……。もう一回考えよう。
少女は、魔物の魔力で生まれた魔力核によって、魔法少女になる。
この、真ん中の過程が丸々無くなるのだから、少女が魔法少女となることはなく。
結果として辻褄が合わなくなるから世界が書き換わって、魔法少女は少女に戻る。
だけど、自分は例外であってもおかしくないはずだ。
干渉者そのものが改変の対象となっては過程を書き換えることができなくなって、論理が破綻してしまう。
……のでは、ないのか?
「もっと単純に考えようよ。決めつけちゃダメだって」
「……」
「君は、君が選んだ先の未来を視ることができなかった。だから無意識に、君一人だけが救われない結末を想定してる」
「……」
「君は、
「……」
「あと、もう一個。それって本当に、100%の代償?」
え……?
「本当に、地獄のような代償だと思うよ。私も察してる」
「……」
「だけど、
……たしかに、世界を変えた代償としては、軽すぎるとは思っていた。
これなら、あの天罰の日の方が辛かった。これまでの未来の選別の方がしんどかった。
神様気取りの報いとしては、あまりにも軽い。
それでも、これは人を殺してしまうのに十二分に過ぎる代償だ。
今だって気を抜けば、いつだって死んでしまえる。
すぐに、終わりにできる。
そう思っていた。
「魔力核が消えるまでタイムラグって、たぶん個人差もあるんでしょ?」
「……」
「要さんはいま中途半端な重さになっててふわふわしてるけど、君のも少しずつ軽くなってるんじゃないの?」
なっている。
でもこれは、単に代償に慣れただけだと思っていた。
それが単なる慣れであれば、体感が楽になってるだけで実態は何も変わっていない。
慣れただけ、じゃなかった……?
干渉できる力、選択できる力がほんの僅かに、少しずつだけど戻りつつある?
もし、もしも本当に、属性が回復しつつあるのなら……?
「『察知』もいずれ消えるのだろうけど残っている間なら。君の認識阻害が少しでも揺らいだなら、
「……」
「そうだよ。ここからが、私たちの本当の勝負だ」
これは……宣戦布告だ。
おじさんの、『私』の孤独の未来に土足で踏み込むという。
「私の魔法が消えるのが先か。君の代償が消えるのが先か。私はこれから、君のことを認識し続ける」
『私』の納得を、エンディングを、この子はぶち壊そうとしている。
「そう遠くない未来、君が人知れず、誰も知らない普通の女の子に戻ってしまったときに、
『察知』の少女が、『未来』の腕を掴んで放さない。
「あの時と比べれば、勝算は十二分にある。そう思ってるよ。そう感じてる」
傲慢で強気で自分勝手な少女が、不敵に笑う。
「見つけ続けるよ。君は知らないだろうけど、
……。
「君には生きて、未来を作ってほしい」
……。
「だから、改めて言うよ。私と友達になってくれる?」
……本当に。この主人公ときたら、傲慢すぎるよ。
・・・
「とりあえず手始めに、灯ちゃんにもこの今にも逃げ出しそうな野良猫少女を認識してもらいます」
「んー……確かになんかいる気がする……」
おじさんです。
何故か女子中学生に揉みくちゃにされています。
どういうことなの……。
というかやっぱりこの子には見えてなかったのね。
それにしても……。
「……やっぱり、友達は無理だよ」
「なんで?」
何言ってんだこいつって顔してるけど、無理なもんは無理だ。
顔を揉み揉みされながら、ほんの少しだけ、そんな未来も考えてみた。
だけどどうやったって、そんなの、異物混入でしかない。
許されるわけがないんだ。
大人が、子供と友達になるだなんて。
「いやよくわかんないんだけど?」
「……私は、異物だよ。少女のふりした、大人だから」
むしろ汚物だよ。
冷静になって考えたら、妹と彼女のことめっちゃ汚染してるね……。背徳感がすごい……。
「それが?」
「え、いや、私は前世の記憶がある、大人の男だから。気持ち悪くない?」
「?」
衝撃のカミングアウトをしてみたのに、なんで首傾げてるんだ。
考えるようなことか?
理解できなかった?
もう一回言ってみるか?
「いや、なんとなく変だなとは感じてたけど。でも、
「え?」
「それに、あの人達とは友達だったんでしょ?」
遠ざかっていく3人を見る。
……。
「
あれは、自分がおじさんだと自覚する前の話だ。
最初からそう理解していれば、されていれば、そうはなっていない、なってくれていない。
「ふーん……なるほど。
わかってくれたようだ。なんか妙に素直な気がするけど。
……いやな予感がする。
「灯ちゃん、ちょっとこの子捕まえてて」
「おっけー」
「え」
ぎゅっと抱きしめられた。
あ、なんかいい匂いする。じゃなくて。
やめて! おじさんお風呂入ってないから!
なんか汚してるみたいで申し訳ない気持ちになる!
というかまじで何する気なん……!?
「あの人たち連れてきます」
「ぁ」
待て。冗談抜きでやめろ。
やめてくれ。『私』の思い出だけが、今の希望なんだ。
もし、もしも、拒絶でもされたら。
『私』が『私』でなくなってしまう。
やめて。お願いします。やめてください。
遠ざかっていく背中。声にならない声。
またあの、全身がばらばらになりそうな不安感が膨らんでくる。
「……大丈夫だよ。萌ちゃんが確信してるんだから」
「……」
「きっと悪いようにはならない」
……戻ってきた。きて、しまった。
「というわけで、ここにその幽霊さんがいます」
「そんな胡散臭い誘い文句でほいほいついてきちゃう俺らも俺らだよな」
「でも、せりぬんが興味津々だったしー」
「本当だったらすごいことです。私、気になります」
また妹のあだ名変わってるし。お前は激怒しながら走るつもりか。
「わっ……本当に何かいる気がします」
「……」
妹に、手を握られた。
いや気持ち悪いよね、こんなの……。
「すごい。不思議。なんだか嬉しいです」
「へー、ホントだ。幽霊っているんだねー」
手と、二の腕を優しく触られる。
『熱気』ちゃんは、少し離れて『察知』ちゃんと一緒に『私』たちを眺めている。
少年は、『私』を見つめて、少し考えるそぶりをして。
「うん、そうだな」
『私』の頭に手を置き、優しく撫でた。
……いま唯一、顔を見られる子が後ろの方にいて良かった。
きっといま、とても美少女とは呼べないような不細工な顔になってしまってる。
「この幽霊さんさ、独りぼっちなんだ。良かったら私と一緒に、友達になってくれない?」
「もちろん」
こんな、未来があっても、いいのか。
新しく、未来を作っても、いいのだろうか。
わからない。けど、そんな未来も悪くない。
そう、思っちゃったんだ。
うん。生きよう。
『私』の、おじさんの、魔法少女としての未来はあの日終わったけど。
新しい未来がいま、私の手の中で生まれた。そんな気がしたんだ。
これにて本当の本当に、この物語は完結です。対戦ありがとうございました。
後書きの後書き(活動報告)や番外編も更新してますのでもしよろしければご覧ください。
残された特異点さん「……あれ、ワイの出番は?」