・・・
私は何も知らなかった。
だから、何もかも知りたいと思った。
本当のことを。
私は何も伝えられなかった。
だから、何もかも伝えなければと思った。
本当のことを。
私は、おねえちゃんのことを大嫌いだと思っていた。
大人っぽい見た目の癖に、とても子供っぽい。
かっこわるくて、すごいところなんか何一つない。
いつもなさけなくて、私の方がしっかりしてる。そう思ってた。
私のことばかり構うくせに。自分のことなんかどうでもよさそうで。
私が、おねえちゃんに何をしたというのだろう。
私は何もあげてないのに、おねえちゃんは私にあげるばかり。
こういうのって、押し売りっていうんでしょ?
私は、はっきりいって、うっとうしいと思ってた。
だから私はわがままをいう。おねえちゃんを困らせてやろうと。
でもそしたら、おねえちゃんは嬉しそうにそれを全力で応えてくれる。
どんなに無理そうでも、無理やり叶えてくれる。
だから私のわがままはだんだん小さくなっていった。
でもそしたら、おねえちゃんは少し寂しそうにしてて。意味がわからない。
おかあさんはおねえちゃんにいっぱい話しかける。
お手伝いもしてほしそうにしてる。
なのにおねえちゃんは家にすらいないことが多い。
だから私が代わりに手伝ってあげてる。
そう、私はおねえちゃんの代わりなんだ。
おねえちゃんがいるなら、私なんかいらない。
おねえちゃんがいないから、私がいる。
そう、思ってた。
おねえちゃんなんか嫌いだ。
そう直接言ったことも、数えきれない。
嫌いだ。大嫌いだ。
自分勝手で、いやなことなんか一つもないように笑いながら。
気が向いたときだけ一方的にあげるばかりなおねえちゃんのことが。
大っ嫌いだ。
思い込んでた。
知らなかったんだ。
私がどれだけ、ちっぽけで。よわっちくて。
どれだけ、守られていたのか。
どれだけ、愛されていたのか。
私は、知ってしまった。知らなかったことを。
あんなに、怖くて大きな化け物を相手にして。
いっぱい痛そうに傷つきながら、私たちを守ってた。
必死に。でも一つずつ確実に。勝っていった。
漫画の主人公みたいに。アニメの主役みたいに。
なさけなくなんかなかった。
かっこわるくなんか、なかった。
私は震えて、動けなかった。声も出なかった。
何も、言えなかった。
私は知ってしまった。だからもっと知らなきゃいけなかった。
おねえちゃんは、私が思ってるようなおねえちゃんじゃなかった。
だから本当のおねえちゃんのことを知らなくちゃいけない。
知って、そして伝えなきゃいけない。
ごめんなさい。
嫌いなんて、いってごめんなさい。
やっとわかったんだ。私は、私のことが嫌いなだけだった。
そんな私を全力で受け入れるおねえちゃんのことが、よくわからなかっただけだったんだ。
よくわからないものを、嫌いなんだと勘違いしていた。
私がおねえちゃんのことを好きかどうかはわからない。
でも、これはきっと、嫌いという気持ちじゃなかった。
だから、謝らなきゃ。
そう、思ってた。
なのにこの時。おねえちゃんは。
キラキラと光る、光の粒の中で。
嘘みたいに、粘土みたいに。
何度も鉄に。何度も。
私は何もわからなかった。わかろうとしなかった。
ただ、思ったのは。
私は何で、黙ってこれを見ていたのだろう。
何で?
おねえちゃんは戦っていた。何と、かはわからない。
でも、一人で戦っていた。なんで?
もし、私が声を上げていたら。どうなっていただろう。
誰かが気づいて、おねえちゃんを助けてくれた?
それとも、私が襲われて、おねえちゃんみたいに。
わからない。
考えなきゃいけない。知らなきゃいけない。
そして、伝えなきゃいけない。
私の気持ちを。おねえちゃんのことを。
どうやって? だって、あれ?
……
悲鳴が遠くから聞こえた。
気付いたら、近くに来ていた、おかあさんからだった。
どうしたのだろう。
何か恐ろしいものを見てしまったように、顔をゆがめて。
何が恐ろしいのだろう。わからない。
何も恐ろしくなんかないはずなのに。
だって、あれは。
──
いつの間にか、足が濡れていた。
誰だろう、こんなに絵の具をこぼしたのは。
そんなことより、おねえちゃんを探さないと。
おかあさんがうるさい。たまにおかあさんはこういうときがある。
伝えなきゃ。おねえちゃんがさっきまでそこにいたって。
おかあさんはおねえちゃんが大好きだから、おねえちゃんを見たらきっと落ち着いてくれる。
そうだよ。今日はおねえちゃんの誕生日だから、おかあさんが買い物に連れてきてくれたんだった。
いつも何もいらないっていうけど、たまにはこっそり何かあげようと。
こういうのを、しっぺがえし? っていうんだっけ? いしゅがえしだっけ?
私がお願いしたんだった。あんまりお休み取れないおかあさんも、お休みを取ってくれて、秘密のプレゼントを買いに。
おねえちゃんはきっと、一瞬だけ困った顔をして、バカみたいに喜ぶんだろうな。楽しみだ。
そう、ほんと今更だけど、この時のワクワクした気持ちを考えたら、嫌いなんてありえないんだ。
どうして、嫌いな人を、喜ばそうなんてするものか。
じゃあどういうことなんだ。そういうことなんだよ。
私はやっぱり、おねえちゃんのことが好きなんだ。
早くおねえちゃんに会いたい。会って、お話したい。でもその前に謝らないと。
そういえばさっき会ったような気がする。あれ、なにかおかしい?
おかあさんがうるさい。伝えないと。
そして、おかあさんと、一本の線のようなものがつながった。
声のような言葉が伝わる。
その瞬間。私たちの中で
「あ」
私は知ってしまった。
いま目の前にあるよくわからないものは、死体だと。
「あ……」
私は知っている。
いままで目の前にいたのは、おねえちゃんだったと。
「あぁ……」
わかってしまった。わかりたくもないことが。
知ってしまった。知りたくもないことが。
「あああっ……!」
私とおかあさんの中で、声にならない言葉が激しく行き交った。
あれは死体だと。あれはおねえちゃんだと。そんなの。そんなの。
彼と同じ。同じ? わけのわからない死に方。気持ち悪い。恐ろしい。なんなんだ。あれは赤の他人ではないのか。他人だったらいいというわけではないけどずっとマシだ。本当にあれはツバメなのか。またわけもわからず家族が死んだのか。ああ。いやだ。思ってしまった。あれがおねえちゃんじゃなければって。ツバメなのか。私は見てしまった。魅せられてしまった。見届けてしまった。ツバメだったのか。この、おねえちゃんだったものはおねえちゃんだった。いやだ。
死んでしまった。おねえちゃんと話さないと。どうやって。伝えないと。どうやって。知らない。知りたくない。知らないといけない。なんで。どうして。どうやって。ツバメは死んだ。彼みたいに死んだんだ。ああ。みんな死ぬ。私の家族は死ぬ。どれだけ頑張っても、どうせ死ぬ。私も。この子も。無残に。悲惨に。おぞましく。惨たらしく残酷に。彼のようにバラバラに食い散らかされて。あの子みたいにグチャグチャに潰されて。人らしい死に方はできない。いやだ。いやだ。
見たくない。見てしまった。見せてしまった。いやだ。死にたくない。死なせたくない。どう死ぬんだ。何かの餌になったみたいに。こんなよくわからない挽き肉みたいに。私たちはどうなる。焼かれるのか。刻まれるのか。溶けるのか。腐るのか。嫌だ。嫌。せめて人間らしく死にたい。怖い。恐ろしい。そんな未来が私たちの未来。決まっている。どうせ死ぬ。死んでしまう。おかしい。こんなの絶対おかしい。なんで。私たちばっかり。間違ってる。でもそうなんだ。頑張っても意味がない。いやだ。いやだ。いやだ。
おねえちゃんじゃなくて私が代わりになればよかった。それでもおかしなことにはなったけどここまで最悪なことにならなかった。たぶんそう。きっとそう。わからない。おかしい。私は死ぬ。死ななきゃ。せめて人らしく。死んでしまおう。意味もなく尊厳もなく死ぬ前に。いっそこの手で死なせた方がいい。きっとそうだ。私も死のう。全部台無しになる前に。もう駄目なんだ。終わりだ。お終い。もういやだ。いやだ。いやだ。いやだ。こんなことしたくないのに。誰も助けてくれない。助けて。どうしてこんなことに。
頭が痛い。割れる。死んでしまう。壊れてしまう。壊れてしまった。死んでしまった。もう何も知りたくない。知らなきゃいけない。思い知らされた。苦しい。息ができない。こんなの間違っている。これが正しい。もう駄目だ。いやだ。もういやだ。この子を殺して私も死ぬ。終わらせる。こんな地獄みたいな世界を。最悪の未来を。私の手で終わりにするんだ。どうせ。ゴミのように死ぬのなら。せめて。人間のままで。ごめんなさい。ごめんなさい。こんなこと。いやだ。でも。やるしかないんだ。これしかない。やれ。やってしまうんだ。
・・・
私には魔法が宿った。
誰も、幸せにならない魔法。
私は耐え切れずに気を失って。
おかあさんは私の首を絞めて、取り押さえられて捕まった。
何がいけなかったのだろう。
おかあさんは壊れてしまった。壊してしまった。
私も壊れているのかもしれない。
いやたぶん壊れてる。おかしくなってしまった。
私が何か伝えたいと思ったとき、それが勝手に伝わって。
お返しにバカみたいに、頭をぶん殴られるみたいにたくさんの言葉が勝手に返ってきて。
そして私は気絶する。この繰り返し。
その瞬間、私は化け物を見るみたいな目で見られて。思われて。
でも何故かみんなそれを忘れてしまうのか、また私のところにやってきて。
また私の心が伝わり、そしてみんなの心を伝えられる。
私は気絶する。その繰り返し。
私とおかあさんは同じような病院の、別々のところに入院した。
毎日毎日。繰り返し。
嫌なことも良いことも。大事なこともどうでもいいことも。
私が何か伝えたら、勝手に伝えてくれる。関係ないことで私の頭を壊しながら。
まるで地獄のような世界の中で、私は死に掛けながら、でも生きていた。
私は知らなきゃいけなかったから。
私は伝えなきゃいけなかったから。
もう伝える相手はいないけど。でも、知らなきゃいけない。
いつものように私は壊れていた。
私はどうなるのだろう。結局、死ぬのだろうか。
知りたくもないことをいっぱい知った。
でも、知りたいことはなにも知らないまま。
そんなある日。変な女の人が私のところに来た。
ここには病院の人以外は入れないはずなのに。
そして私に伝えていく。
ごめんなさい、と。
何に謝ってるのかは、わからなかった。
全部伝わるはずなのに、
その代わり、色んなことがわかった。
魔法。魔法少女。魔物。魔法少女協会。
その人は他の人と違って、私のおかしな力のことを忘れたりせず、でもそれがわかっていながら何度もやってきた。
最初は声に出してたけど、この力のことが伝わってからは何も話さずに伝えてくれた。
まるで吐き出すように。嫌なことを。悪いことを。謝りながら。
でもそれは、謝っているということしか伝わらない。
この人は自分の力を使いすぎて、自分の思っていることとかが抑えきれなくなっているそうだ。
だから、もうすぐ隠されてしまう。その前に、誰かに伝えたいと思ったらしい。
誰にも伝わらない自分の罪を。
それは何も伝わってこなかったけど、代わりに知りたかったことをいっぱい知れた。
おねえちゃんのこと。私が思っていたよりも、ずっとずっとすごい人だった。
家ではあんなに情けなかったのに。女神さまだなんて言われて、みんなを助けてた。
やっぱりおねえちゃんはヒーローだったんだ。もっと早く知りたかったな。
そんなおねえちゃんはたくさんの人に慕われていて、でもそうは思っていない人もいて。
おねえちゃんには、家族以外にも大切な人がいたらしくて。
それを快く思っていない人たちが何人もいて。
目の前の人も、その一人だったって。
(だから、みんなでどうにかしようとしてた)
(どうかしてた。あんなことに手を貸してしまうなんて)
(あんたにこれを伝えようとしてもどうせ隠されてて伝わらないんだろうけど)
(私も、死んでしまえと思ってた)
(でも、どう考えてもやりすぎだった。あんまりにもひどすぎる)
(そんな当たり前なことに、私がその対象になるまで気づかなかった)
(菫さんにも、申し訳ない)
(私が怪しい動きをしてることも、たぶんすぐ気づかれる)
(もしかしたら、もう気づかれてるかもしれない)
(でもどうせ何も話せないし、何もできないと思ってる)
(私は馬鹿だから、一人じゃなにもできない)
(でも馬鹿なりに動いて、大当たりを引くことができた)
(あんたの力を、あいつはまだ知らないはずだ)
(私はもうすぐ、隠される)
(だからそれまで私を使ってくれ。私の知ってることで、伝えられることは何でも伝える)
(あいつに思い知らせてやってくれ)
(そしてできたらついでに、あいつに伝えてほしい)
(『抑制』が先に地獄で待っていると)
何を伝えたいのかよくわからないけど。
何度も何度も気絶する私に、何度も何度も根気強く、何かを伝えようとしてくれた。
その人は色んなことを教えてくれて。
そして、いつの日か、姿を見せなくなった。
私はたくさん考えた。
あの人がいっていたことを考えた。
おねえちゃんはたくさんの人に慕われていた。
おねえちゃんはたくさんの人を助けられるくらい、強かった。
あの時のおねえちゃんはすごかったけど。
話の中で見せてもらったおねえちゃんは、桁が違った。
あんなピンチ、本当ならありえない。
なんで?
どうして?
結局のところ、そこは何もわからなかった。
だから、知らなきゃいけない。
そのためには、この力を使いこなせるようにならないといけない。
どうせ、あの人みたいな人以外には使っても忘れられる。だから全力で、伝え合おう。
何度も何度も。気を失い。時には死に掛けながら。でも大丈夫、ここは病院だから。
私は、知らなきゃいけない。知らなきゃいけないことの全てを。
何か月も地獄の中で暮らしてみて、痛みにも苦しみにもだいぶ慣れてきたころ。
私のところに、一人の男の人が現れた。あの人と違って、この人は正式に会いに来てるらしい。
この人は私をただじっと見て、何も話さなかった。
最近になって身に付けた新しい方法。
最初に私から何かを伝えてきっかけを作るのではなく。
力の欠片だけを相手に渡すことで、一方的に相手から伝わることを読み取ることが可能となった。
だから、私は何気なく私の魔法、『伝達』をこの人に仕掛けた。
そして戸惑う。
この人の心の中は、あの人とは比べ物にならないほど。比べるのも失礼なくらい。
おねえちゃんのことでいっぱいだった。
勝手に抜き取ってしまったけど。
たくさん。本当にたくさん、新しいおねえちゃんのことを伝えてくれた。思ってくれていた。
あの人の中のおねえちゃんは憎たらしいくらいに強くてすごい人だったけど。
この人の中のおねえちゃんはけっこう情けないところもあって、それでもこの人と助け合ってて。
まるで、私が見てたおねえちゃんみたいで。家族みたいな顔をこの人に見せていた。
そっか。この人がスミレさん。おねえちゃんが大切にしてた人。
この人も、おねえちゃんが大切だった。
そして、もう一人、おねえちゃんが大切にしてた人がいて。
その人も、おねえちゃんのことを大切に思ってた。
私は一瞬で、この人のことも、その人のことも嫌いになった。
だから遠慮せずに情報を抜いた。
知りたいことを知るために。
でも知れば知るほど、この人がおねえちゃんを大切に思ってたことを思い知った。
この人がどれほど後悔しているか。この人が何を疑っているのか。
私はこの人のことを好きになれそうにはない。
だけど、この人を信用してもいいとは思った。
協力しようとも思った。
だから私は、まずこの力を完成させなければいけない。
有用さを示して、おねえちゃんの近くにいた、
この人はその敵を知っているはずなのに、それが何も伝わってこない。
ただ、疑っているという気持ちだけしかない。まるで肝心なことが隠されているかのように。
ならば、こちらから探しにいかなければ。
私の地獄は、ずっと真っ暗だったけど、ようやく光が見えてきた気がする。
・・・
あの日から1年が経った。
力をかなり使いこなせるようになって、私は表向き健康に見えるようになったらしく無事に病院を退院した。
おかあさんはまだ病院だ。だから私に帰るところはない。
そんな私を、例の男の人が、どうやったかは知らないけど保護する形で預かるように持っていったらしい。
好都合だ。
本当は迎えが来るはずだったけど、先に抜け出して。
力を出してれば、誰にも気づかれないから簡単だった。
ずっと未開封だった新品のヘアゴムをカバンから取り出す。
おねえちゃんと同じように後ろで髪を束ねて、気合を入れる。
……さあ行こう、おねえちゃん。私、頑張るよ。
そして、目的の家に着いて、インターホンを鳴らす。
誰かと聞かれたので名前を名乗って、一軒家なのにオートロックな鍵が開いたので、勝手に扉を開けて入る。
そこにいたのは。
「……コウモリ?」
「お前もたいがい失礼なやつだな」
さかさまの人だった。
あの男の人から伝わった映像でも見てたから知ってるけど、やっぱり実際に見ると違和感がすごい。
まるで人の写真を切り取って、家の中の写真をさかさまにして天井を床みたいにして張り付けたみたいな。
「変なの」
「……まあいい。菫はどうした」
「おいてきた」
「お前……」
頭を抱えてる、この人はカナメさんという。もう知ってる。
このコウモリさんも、おねえちゃんの大切な人で、おねえちゃんを大切に思ってた人。
私や、あの男の人と同じ、
この人にいたっては、魔法の使い過ぎで魔法が使えなくなってしまっているから、今となっては私以下だ。
信用はしても良いと思うけど、敵探しにはあまり使えないかもしれない。
「……」
私のことをジッと見てきたので、軽く情報を抜き取った。
ズキッと痛む頭の中で、色々わかったけど、この人の情報はあの男の人とそこまで違いはなかった。やっぱり役に立たない。
私のことを見て色々なことを思ってるけど、そんなのどうでもいい。
私は、おねえちゃんの敵のことを知りたいんだ。
「……」
でも何もわからない。
この人から伝わることも、色々と隠されている。
やっぱり一人一人あたるんじゃダメみたいだ。やっぱりもっと大きな網がいる。
何も話すこともなく、ただ私だけが一方的に、勝手に伝えてもらうだけの時間が過ぎていく。
「要ッ!!」
「おせーよバカ。もう来てるぞ」
あの男の人が勢い良く飛び込んできた。思ったよりも早い。
あ、そうか。さっきのインターホン押してから私が入るまでの間に連絡が行ってるのか。
何かあったときの緊急連絡。あと、この人が私の前で無防備だったのも足止めみたいなものだったのかな。
情報の抜き取り方をミスってたみたいだ。というより意外とこのコウモリさんが上手かったのかも。
「……」
「……」
「……」
ちょっと気まずい雰囲気が流れる。
まあ私はこの人たちにとって、触れがたい腫れ物のようなものだから。
それも仕方ない。
沈黙が続くが、私がそれを破る。
「……提案があります」
私はこの男の人が、『熟考』と呼ばれていることを知っている。
だから、考えてもらう。
「私の力の、最大限の使い道を考えてください」
私の使い方を。敵の、見つけ方を。
私は頭が良くないから、考えても分からなかった。
一人一人あたっていくのでは、時間がかかりすぎるし、限界がある。
だからたくさんの人と一気に、伝え合えるようにしたい。
そのためにはどうしたらいいのか。私には思いつかなかったけど、この人なら。
「……わかった」
「おい」
「まず、何が出来るか教えてくれ」
「おいッ!!」
コウモリさんが怒っている。
役に立たない人は黙っててほしい。
「こいつは、あいつの!!」
「分かってるよ」
「ッ……」
「この子は、燕の妹だ。燕のために何かしたいという気持ちは、僕たちと同じはずだ」
「……こいつは危ういぞ」
「それも、分かってる」
「……」
それから私たちは、話し合った。
私がしたいことを、この男の人が、具体的な方法としてやり方を提案してくれて。
意外にもコウモリさんも色々な意見を出してくれた。
この人の考えは私に無理をさせないことと、私が道を踏み外さないように、自分たちをかませることが本当の目的だったけど。
三人で色んなテストをしながら、やり方を調整していき、実践もしながら、ついに私たちの武器が出来上がった。
『魔法通信』
情報を、私が受け取って、別の人にそのまま流すという、言葉にすればとても簡単な仕組み。
手軽で、便利で、魔力さえあれば誰でも自発的に使えるようにシステムを考えた。
安心、安全をうたって、セキュリティも万全。プライバシーも守られてる。こんなのは大嘘だけど。
これを協会の魔法少女に使ってもらう。私がそれを覗き見して、怪しい情報を調査する。
この男の人は、敵がその中の誰かまでわかってて、それでも証拠がなくて確信が持てていない。
この人の理想は全ての魔法少女を助けること。でももしその魔法少女の中に敵がいるなら?
そんな思いのせいで動けなくなっている。確実な真実が無ければ、踏み出すことができない。
だから、私が隠されたそれを暴く。私の力ならそれができる。
手ごたえはある。
いまはまだ起きている間しかできないけど、たぶんもっと頑張れば一日中動かせる。
力の消費量も、普通の人に使うのとは違って、魔法少女ならその人の魔力も分けてもらう形にできたのでそこまでではない。
情報の中でも少しは知ってたけど、すごい。この男の人は思ってたよりずっとすごい。
この男の人が、たまにおねえちゃんやコウモリさんのことをエッチな目で見てたってことも抜き取って知ってるけど。
だてに魔法少女をまとめ上げる協会の代表をやっているだけある。やっぱりムッツリなだけじゃないみたいだ。
まあといってもこの人は男の人にしては、だいぶ誠実だ。
私も最近はちょっとずつ成長してきてて、道すがらそういう目で見られていることが伝わってきたりとかもするけども。
この人はそういうことを考えた瞬間に、何も考えないようにしてる。なんだかいい人かもしれない。
そんな、どうでもいいことを考えられるようになったくらい、順調だった。
進展があると、ちょっとは心に余裕が出来るものだね。
さっそく、私は全国の魔法少女に会うために、この男の人の車であっちこっちにいくことになる。
一人、二人。
十人、二十人。
私が直接会う必要はないけど、一応対面はする。
可愛がってもらえることもあれば、もしかしてあの女神様の? ってささやかれたりもする。
あからさまに変な目で見られることもある。こういう人からは念入りに情報を抜き取っておく。
三十人、四十人。
五十人、六十人。
大体の人とは会った。だけど、どうしても会えない人がいる。
その人に、どうしても辿り着けない。
私にだってもうわかった。この人が敵だと。
どうしても隠れて見つけられないものを見つけるには。
そこ以外の全てを暴いて見てしまえばいい。そうすれば、自然と不自然なものが浮かび上がる。
あとは根比べだ。
敵以外のほとんど全員が使ってる魔法通信を監視して、その場所を炙り出す。
ここまできれいに隠れられると、長い戦いになるかもしれない。でも大丈夫。
私は我慢が得意なんだ。
・・・
一年が経とうとしてる。
敵はまだ見つかっていない。
通信を監視していて一つすぐ分かったのが、コウモリさんも狙われてる可能性が高いということ。
というか当たり前すぎる。だって、今までおねえちゃんがいたところにいるんだから。
むしろ力を失っておきながらよく今まで無事だったと思う。危なっかしすぎる。
男の人が色々考えて頑張ってるけど、敵は、あのおねえちゃんの敵なのだから。何があるか分からない。
こんな人たちでも、おねえちゃんの大切な人たちなのだから、もっとしっかり身を守ってほしい。
そんなわけで、私は陰ながらこの二人のことを守っている。しょうがない人たちだ。
この二人と一緒に暮らしていると、なんだか色々勘違いしてしまいそうになるけど。
私はこの二人を利用しているだけだ。ちゃんと切り離して考えないといけない。
「今日も、見つかってはいません。ただ関西方面で最近魔物が多いみたいです」
「そうか。となると今は、東北と関西と九州って感じだな」
「そのような感じですね」
「……」
天井に寝転がりながらパンを食べているコウモリさんが、何か言いたげな表情でこっちを眺めている。
最近はこの人たちから勝手に情報を抜き取るのもどうかと思い始めてるので、何もなければ普通に会話をするようにしてる。
通信も基本使わないで、買ってもらった携帯でやることが多い。
というか、相変わらず行儀悪いなぁ……。
前にそのままパンを落としてなんとも言えない顔で真下のパンを眺めてた時は、ちょっとおねえちゃんぽくて面白かったけど。
普通に食べれないんだろうか。
「敬語、やめないか?」
「?」
「いや見てて忘れそうになるけどお前まだ10歳だろ。そんくらいのガキはもっと横柄なもんだぞ」
「まあ、そうですけどね。私は私なので」
「……」
たしかに、私はまだ小学生。学校にはほとんどいってないけど。
だけど私はもう見た目だけなら中学生や高校生っていってもおかしくない。
知識とかは情報が勝手に伝えられるのでそこから拾っていってなんとでもなってる。
だからあんまり子供扱いしないでほしいというか。割と大人な知識もいっぱい知ってるんだけどな。
「見た目だけならコウモリさんの方が子供っぽいですよ」
「お前……」
あ、これは抜き取らなくてもわかる。
たぶん微妙に傷つけた。まあ大丈夫だろうけど。
「あとコウモリさんってそろそろやめろ。要でいい」
「……」
「まあ、名前は呼べるようになったら、でいいけどな。とりあえずコウモリは、やめろ」
意趣返しだろうか。微妙になんとも言えないところを返された。
うーん……でも……うーん……。
「カナメ……さん……」
「すげぇ嫌そうな顔だなおい」
「……あ、でも思ったよりいけそうです」
「なんだその、食わず嫌いの食べ物が、食べてみたら意外と不味くなかったみたいな言い方」
「ああ、そんな感じですね。前は嫌いでしたし」
「おい」
「今は違いますよ?」
この人も、あの男の人も、
おねえちゃんが大切に思っていたっていうのも、わかる。
まあ、そう。好ましいといえば、好ましい。
「おはよう」
噂をすればなんとやら。その男の人が起きてきた。
最近は色々と魔物の動きが活発になってて、昨日も忙しそうにしてたからまだ眠そうだ。
「おう、おはようさん。ついにやったぞ」
「どうしたんだい?」
「彩芽に、名前で呼ばれた」
「……」
目が合った。えぇ……。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「スミレ……さん……」
「おはよう、彩芽ちゃん」
なんかとてつもない敗北感がある。
別に、そこまで嫌な感じはしなかったけど、でもなぁ。
なんかさっきより嫌そうな顔しちゃった気がするんだけど。
でもなんか珍しく笑顔になってるし、いっか。
こんなやり取りをしてると、やっぱり勘違いしてしまいそうになる。
だけど、私たちは家族じゃない。仲間ですら、ないかもしれない。
協会が私を利用しているように、私も私の目的のために協会を利用してるだけだから。
私の目的と、二人の目的は、きっと違う。
スミレさんは朝の用事で出かけていった。
私は痛む頭の中で、少しずつ溜まっていく情報をまとめて、
「あ」
「どうした」
「あ、いえ、そういえば昨日買い忘れたものがあったなと」
「……ふーん。なんかあったら教えろよ」
「……」
その約束は守れそうにない。
怪しまれている。だけど確信は持たれていない。
二人には直接的な力がないから、確信がなければ動けない。
だから、これは私の中だけに留めておけば、二人は動かない。
「ちょっとお買い物に出かけてきますね」
割り当ててもらっている自室に戻り、着替えて、ヘアゴムでポニーテールを作る。
準備はこれだけで十分だ。私の武器は、私の中にある。
……さあ、行くよ。おねえちゃん。敵のところへ。
・・・
その人は努力の人だった。
たくさん努力して、たくさんの成果を出して、でも一つの傷だけで全てが台無しだと言われてしまう人。
どれだけ頑張っても、99点では認めてもらえない。1番でなければ認めてもらえない。
約束された完璧。それ以外は全てが無駄。そんな環境で、必死になってた人。
ただ一つの落ち度。それだけで、この人は全てを失った。
直接それを奪ったのが魔物だったとしても、元を辿ればそれは自分のミス。
はっきりいって、
靴を履くときに右足から履いたから事故にあった。そんなレベルの、何の意味もない考え。
だけど、この人は責任の所在を求めた。それが自分のせいだとなったのは当然の結果。
だからこの人は、自身にけじめをつけようとした。逃げようとしたともいえる。
勝手に責任を感じて、それに耐えきれなかった弱い人。
再び魔物が現れて、魔力に目覚めてまだ魔法には目覚めていないこの人を襲おうとしたとき、この人は抵抗しようとしなかった。
それを助けようとしたのが、スミレさん。ほんとバカみたいだけど、単身で助けに入ったらしい。
たくさん考えて、力も無いのに、その魔物を倒してしまったとき、この人は思ったらしい。
なんでこの人は私なんかを助けたのだろう。私に何の価値があるのだろう。
はっきりいって、スミレさんにとってこの人はその他大勢の魔法少女の一人にすぎない。
だけど全てを失ったこの人にとって、スミレさんは唯一無二の存在となった。
この人の近くにいたい。
許されるなら隣にいたい。
思い続けた。そしていつの間にか。
隣にいない自分は、許されていない。と思うまでに歪んでいった。
このとき考えたのが、常に完璧でなければならない、ということ。
たった一つの傷すら許されない。たった一つの罪すら許されない。
万が一。もし傷ついたなら、もし罪を犯したなら、それを絶対に隠し通さなければならない。
それが私の価値をゼロにしてしまうから。
そして魔法が目覚めてしまった。全てを隠し通す魔法。『隠蔽』が生まれた。
ほんの少しのミス。それを隠した。それは秘密裡にリカバリーされた。
ほんの少しの傷。それを隠した。それは秘密裡に治された。
ほんの少しの罪。それを隠した。それは秘密裡に、無かったことになった。
『隠蔽』は繰り返される度に、少しずつ歪んでいく。
隠されたものを隠し続けるために、もっとたくさんのものを隠さなければならなくなる。
嘘つきが、嘘をつき続けるためにやがて泥棒になってしまうように。
ほんの少しのミスが、傷が、罪が、どんどん大きくなっていく。それでも、隠し続けなければならない。
だって、完璧でなければいけないから。認められなければ、価値がないから。そう思い込んだ。
隠されたミスと、傷と、罪が大きくなるにつれて、力もどんどん大きくなっていく。
そしてたくさんの隠された爆弾を抱えながら、この人はようやく目的の場所の近くまで辿り着いた。
だけどそこには、おねえちゃんがいた。
決して動くことのない、不動の神様。
この人も最初は真っ当に頑張ろうとした。それまでがいくら真っ黒でも、スミレさんの前では潔白であろうとした。
だけど駄目だった。努力はずっとこの人を裏切り続けた。
いつまでたっても良くて二番手。一番とは目に見えて差のある、最下位と変わらない存在。
改めて考えるしかなかった。
スミレさんを諦めて、無価値な存在として死ぬか。
スミレさんの隣を奪い取って、価値ある存在として認められて生きるのか。
選択肢をこの二つに定めてしまった。これも思い込みだ。
そして、綿密に、周到に、悪辣に、おねえちゃんの場所を奪い取ろうとした。
その過程は上手くいったのだろう。おねえちゃんは、『幸運』は、いなくなった。
だけど気づいていない。その二つの選択肢の中に、そもそも正解が無いってことに。
思い込みだ。選択肢が見えたなら、その中に必ず正解があるっていう、思い込み。
それまでの選択が上手くいっていたのは、たまたまだ。
そして、上手くいかないのも、たまたまだ。たくさんの
でもそんな『不運』なんか、おねえちゃんとは関係ない。
唯一、『幸運』が失われたのだけが、この人のせい。
『幸運』の場所を勝ち取ったのは、カナメさんだった。
この人が考えているような、有用さという価値は関係ない。
なんの力も無くしてしまった、ただの心配性なおせっかいが、今のスミレさんに必要とされた。
だからこの人は、カナメさんのことも認めるわけにはいかない。
認めてしまえば、自分の全てが否定されてしまうから。諦めるしかなくなるから。
でも何もかもが上手くいかない。不運が何度も何度もこの人を襲う。
この人は思った。全部、『幸運』のせいだと。こいつが、死んでもなお、何かしている。
全部気のせい。全て思い込み。それでも、表立って動くと不運に見舞われるので、この人は裏に回ることとなった。
雌伏の時だ。全てを隠し直して、全てを払拭したとき、完璧な私は返り咲く。そして再びあの場所を。
これが抜き取った、簡単な情報。
くだらない。哀れで惨めな、道化の話。
私の目の前で、完璧な表情を崩して、目を見開いている整いすぎた顔の女の、どうでもいい顛末だ。
見つけるのに、ほんと苦労した。
この人は自分を隠せない癖に、タイミングを見計らったかのように表から隠れたから。
だから、通信からは片時も意識を外せなかった。いつ何とき、この人が動くかわからなかったから。
確実に捕まえないといけなかった。だから、一人になるタイミングを、ずっと見計らっていた。
ひとけのなくて、見晴らしがいい林の中の小高い丘。ここがこの人の最後の場所だ。
ようやくだ。ようやくだよ、おねえちゃん。
ようやくおねえちゃんの敵を捕まえた。
「あな……たは……?」
「誰だと思う?」
(あの、挽き肉)
──は?
(いえ、似ているけれど、妹。たしか、妹がいるといっていたはず。だったらこの子は、あの挽き肉の妹)
はは。
(なぜ妹が? いや、そういえばあの時。この子も魔法少女に? 噂程度だったけどやはり真実。だとするとタイミング的に)
ははは。
(
(
地獄を見せてやる。
・・・
唐突に、私の見ている世界が隠された。
そして、敵の姿だけが、全力で後退していく。
速いなぁ。もうあんなに離れている。
私には距離の制約はないし、既に敵の魔力核は掌握している。
豆粒ほどに離れていった敵を、
敵は私の魔法を単なる通信手段としか考えていない。
だから、恐れているのは、情報の拡散。
だから、私を全力で隠して、いったん逃亡した。改めて隠し直すために。
甘すぎる。私は女神の妹だというのに。
なんの準備もせずに隠しただけで封殺できたと思ってる。これも思い込み。
いま敵に与えたのは、一か月前に魔物に殺された魔法少女の死に様。
巨大な魔物に押しつぶされた、可哀そうな人の最期。
それを忠実に再現して、敵に送りつける。
潰れてないのに、頭の中で勝手に、潰れたと思い込ませるくらいの解像度で。
身体は勝手に反応する。死んだと思う。だけど、これは幻でしかない。地獄の序の口だ。
敵は、頭の中で一回死んでいる。
でもすぐに復活するだろう。あれでも敵は歴戦の魔法少女だ。
少しずつ近づいていく。
逃げる敵に、今度は何度も触手に貫かれた魔法少女の情報を叩きつける。
少しずつ近づいていく。
逃げる敵に、今度はゆっくり絞め殺された魔法少女の情報を叩きつける。
少しずつ近づいていく。
逃げる敵に、今度は生きたまま食い殺された魔法少女の情報を叩きつける。
少しずつ近づいていく。
逃げる敵に、今度は身体の端からだんだん消化されていった魔法少女の情報を叩きつける。
少しずつ近づいていく。
少しずつ。少しずつ。少しずつ。
……
身体中から水分を出しながら、それでも逃げようとする敵の頭を押さえつける。
全力で抵抗してくるけど、もはやそれも弱弱しい。
何回も死んでるのに。意外としぶといね。
どうしてくれようか。
「あ、そうだ」
いいこと思いついちゃった。
なんで最初に思いつかなかったんだろう。
「今からあなたが隠してきたこと、
抵抗が、止まった。
あんなにも必死に逃げようとしてたのに、こんなにもあっさりと。
髪を掴んで、頭を持ち上げる。どんな顔してるか覗いてあげよう。うわ、真っ青だよ。どうしたのかな。
震えも止まらないみたいだ。なんでだろうね。かわいそうに。
(それだけは……やめて……)
(ん?)
(お願い、やめて)
(聞こえないよ。もっと強く、心の底から考えて)
(お願いします……やめてください……ッ!!)
(なんでやめなきゃいけないの?)
(何でも……何でもします……お願い……)
(そっかーなんでもかー、どうしようかなー)
(……)
(……あ、でもごめんね。もう送っちゃった)
(ぁ……)
(残念でしたー)
(あ、あああ)
まぁ嘘だけど。全部は送ってない。送ったのはおねえちゃんに関することだけだ。
情報の上澄みはともかく、何でもかんでもをあの人に送る気もない。
あの人がそんな全部に責任を感じること、必要ないし。
私は笑顔で、敵の心を嬲っている。わかってる。
おねえちゃんのためだなんていってて、本当は、自分の自己満足のため。
おとうさんは私のことをお姫様といってた。
おねえちゃんは私のことを天使といってた。
だけど今の私は、きっと悪魔みたいな笑顔で笑ってるんだと思う。
(お前なんか、お前らなんか)
思考がうるさくなってきたのでフィルターで切る。
そろそろ終わりにしよう。
魔法少女の地獄は一年分ストックがあるし、本当はもっともっともっと地獄を見てもらいたいけど、時間も無い。
早く処理しないと、いい加減あの二人にバレる。
黙って隠してしまって、敵はどこかに逃げてしまったと告げる。
罪は私の中だけ全部抱えて隠してしまうんだ。
だから、この敵にも、もう終わりを告げてやろう。
助けてやるつもりなんか、最初から無い。
だってこの敵は、もう何人も
だから、この敵も隠してやる。
それが『隠蔽』にふさわしい末路でしょ?
少し離れて、敵の頭に情報を送り始める。
今までの比ではなく。桁違いの、膨大な量のノイズを注ぎ込む。
一瞬、ビクッとなって、敵の動きが止まった。まだまだ注ぐ。
喘ぐように、口をパクパクさせてへたくそな息をしている。釣ったお魚みたい。まだまだ注ぐ。
ピクピクしてる。やっぱりお魚みたい。まだまだ注ぐ。
動かなくなった。まだまだ注ぐ。
まだまだ。
極光が迸った。
驚いて背後を振り向く。思わず、『伝達』も解除されてしまった。
そこにあったのは……窓の空いた車。
そして、肩で息をしながら、真っ青で、死にそうな顔の、天井に寝そべり窓から腕を突き出した、元魔法少女の姿。
……なんで。
「裏切りものは、あたしが殺した」
なんで。
「見てたな、菫」
「……ああ、ごめん。こんな汚れ仕事をさせてしまって」
なんで……!
「綺麗に消したから、後処理も必要ないな」
「……そうだね」
これは……私だけの罪のはずだったのに。
「あいつは、可哀そうな奴だった。だけど、一線を越えてた。なんども超えてた。これ以上罪を増やす前に、だからこうするしかなかった」
「……そうだ。僕たちは、こんなことが最後になるように、しなければならない」
「悪い。お前と燕の理想に、一生消えない傷を付けてしまった。謝っても謝りきれない」
「……いや、これは僕の決断だ。熟考の果ての。引き金を引いたのは、僕だ」
「そうか、実行犯はあたしだから、どっちにしても共犯だな」
ちがう。本当はもう終わっていた。だからこれは私が。
なのに、二人が罪を背負ってしまった。
私だけの罪のはずだったのに。
私たちの罪になってしまった。
「なんで」
「何がだ」
「なんでここに」
「携帯電話、持ってるだろ」
……持ってる。
いつも持ってろと言われてたから何も考えずに持ってた。
「お前の携帯、見守りGPSが入ってるんだ」
「え……」
「いつ、
本当は間に合ってない。だけど、そんなこと伝えても、意味がない。
どう見ても、敵を隠してしまったのは、この人だから。
「帰るぞ、こんな辺鄙なところで迷子になりやがって」
ああ……私は……間違えてしまったんだ。
ごめん。おねえちゃん。ごめんなさい。おねえちゃんの大切な人が、汚れちゃった。本当に……ごめんなさい……。
・・・
懐かしい記憶。夢を見た。
ほとんど悪夢に近くて、そういう夢に限って起きても覚えているものだ。
あれから私たちは協会の活動の裏で、日常の団欒の裏で、この罪を隠し続けた。やっていることは、あの敵と大して変わらない。
違うのは、そのあとも手を汚し続けているのは私しかいないということだけ。
それが私の贖罪。もう二人が手を汚さずに済むように。そのために動いている。
それでいいんだ。二人の理想のために、私は陰ながら力になる。
それでいい。
だけど、もうそれも、終わりを告げた。
私はまた、肝心な時に何もできなかったけど。
偶然とは思えないタイミングで一斉に、強引に叩き込まれた情報の渦で、私は何日も眠りについていた。
目が覚めたとき、『未来』の魔法少女とのリンクは切れていた。
私が伝え与えた魔力の欠片が感じ取れなかった。
つまり、終わったんだろう。
彼女が言ってた、エンディングが始まる。
私たちは魔法少女じゃなくなり、魔物の被害も無くなる。
ということは、
おねえちゃんも。
おねえちゃんの敵も。
だから今度は間違えない。
おねえちゃんを助けて、おねえちゃんの敵にも、間違えさせない。
みんなの記憶がどのようになるのか、死んだ時点の記憶が残るのか。何も覚えていないのか。
分からないけど、またやり直せる。取り返しのつかないことを、もう一度だけ。
『未来』の彼女の記憶は消えるって言ったけど、私の、私たちの罪の記憶はきっと消えないだろう。
普通の少女に戻ったとしても、私たちは罪びとだ。一生背負っていくしかない。
それは、あの敵も同じ。だからそれは覚えていてほしいけど、おねえちゃんには全てを忘れていてほしい。
勝利の女神なんかじゃない、ただの、おバカなおねえちゃんであってほしい。
私たちには、日常が返ってくる。
たった一人の犠牲の上に、それ以外の全ての犠牲を取り戻したんだ。
「おはよう、あやめちゃん」
私は……今も振り向けない。
……ずっと、視界はにじんでいる。
感謝を、しなければ。
そして……彼女は忘れるようにといったけど……絶対に、一生忘れるべきじゃない。
どうにかして、語り伝えていかなきゃいけない。
あ、そうだ。『伝達』も消えるなら、その前にこれもしておかないと。
(あー、テストテスト)
(日頃から魔法通信をご愛顧いただき誠にありがとうございます)
(突然ですが、魔法通信は近日中に、サービスを終了いたします)
(ご不便をおかけしますが、なにとぞ、ご了承ください)
(そして、皆様にお伝えすることがあります)
(私たちの戦いは、終わりました)
(一人の女の子、『未来』の魔法少女のおかげで)
(魔物との戦いも。魔法での非日常も)
(すべてなくなり、私たちは日常に帰れます)
(私は今ここに、
(皆様、本当におつかれさまでした)
これでよし。
めちゃくちゃ、通知がきてるけど、無視だ無視。フィルターオン!
終わり、お終い!
・・・
あれから、おねえちゃんがカナメさんとスミレさんを連れてまさかの『隠蔽』との話し合いに行ったり。
『察知』さんに会って『未来』さんのことを話したり。
カナメさんの代償が軽減されてふわふわと幽霊みたいになってたり。
『抑制』さんと偶然会って、会釈して別れたり。
色んな事があった。
というかおねえちゃんは何考えてるんだ。わけがわからない……。
まあでも、どれもこれも、平和で平穏な日常だ。
みんな、あの子のおかげ。
彼女が犠牲になって、私たちは救われた。
……忘れたくないな。忘れちゃ、いけない。
始めて会ったときに思わず敵対しかけてしまい、一瞬だけ、情報を抜いた。
あの子もすごく……弱くて強い子だった。
色々なことを経験して大人にならなきゃいけなかった、世界の犠牲者。
本当はあの子にだって、普通の女の子として、日常を謳歌して欲しかった。
でも、それももう叶わない。
それだけが、このエンディングで叶うことがない。
唯一の取り返しのつかないこと。
だから、忘れちゃいけないんだ。
私たちの日常が、あの子の犠牲の上に成り立っているってことを。
絶対に。忘れるべきじゃない。
(あ、もしもし彩芽さん?)
(この魔法通信はサービス終了を予定しております、ご用件のある方はこれからご案内する番号に)
(あー、そういう定型文いいんで、ちょっと聞いてほしいんですけど、今から会えます?)
(……あれ、なんか協会に用事でした? 協会も解散予定ですけど)
協会が解散したら、私は実家におねえちゃんと帰る。おかあさんもおとうさんも一緒だ。
カナメさんは、残るらしい。うーん、頑張ってほしいなぁ。
(私、最近家で野良猫を飼い始めてですね、連れて行きたいなぁと)
(あ、良いですね。私ネコ好きですよ)
(パンツ穿いてないんですけどね)
(……パンツ?)
・・・
次回『未来』
そこにあるのは絶望も悲劇もない、ただの日常。