さて、舞台へ上がる前に挨拶をしておかなきゃね。
結果もドラマも存在しない、パラドックスの向こう側へ僕の言葉を届けよう。こんにちは、そして宜しく。
ハッピー…ケイオス、それが僕の名前。
僕はね、少しだけなんだけど1人っきりになってた時間が人より多かったんだ。自分を見つめ直してみると色々変わることもある、僕もそれで変わった。
ただ、もう少し複雑な事情があるってだけ。
聞きたい?返事はしなくていいよ分かんないから。……まぁだからね。
「カルピスでも飲みながら話そうか、緑谷くん」
「え?…えっと…ハッピー君?」
「あぁごめん、気にしないで」
「う、うん…」
彼の腫れた手に『魔法』を使って自然治癒を早める。
まっ、言っちゃえば『法力』だけどね。そしてこの言葉を知っているという事は…衝撃の事実、僕を構築する身体の半分はパラドックス体でした〜…。
……ダメだな、短く纏めようとすると逆に伝えられない。
認識IDって分かる?生物に備わった存在定義、世界線事に定義づけられているその本人を差す識別番号さ。
例えばAくんはAという番号をAの世界線で持つけれど、Bの世界線になればAくんの識別番号はBとまた違ったものになる。
だけど両方とも同じAくんだ、それは変わらない。お札の番号がそれぞれ1枚ごとに違っていても『お金』であり『お札』という意味は変わらない、つまりは生物毎に極限まで細分化したパラドックスの住所ってこと。
でもね、時折おかしな存在……いわばバグも存在する訳だ。
僕の前のボスなんか、ありとあらゆる世界線の識別IDが重複してたりしたし、僕の友人は世にも珍しい吸血鬼、識別IDを無自覚に体内へと溜め込む…パラドックスの内包宇宙に等しい存在だったりね。
「この後の試験、実技があるだろう?緑谷くんの出番はまだまだあるんだ、これからもっと忙しくなる」
「うん…もっと頑張らなきゃね…!」
あぁごめん、余りにも健気過ぎる子を前にすると思考が傾いちゃう。
というより語る事よりも彼と話した方が数億倍面白い。
でも、僕が作っているのは『ドラマ』であり、人生じゃない、語り部が必要って訳。
続きを話そう、ある時偶然、別々の人間の識別IDが重複したんだ。
しかも同じ世界の人間じゃない、途方もなく遠いパラドックスの1人の人間と、この世界の人間のIDが衝突した。コンバートのミスじゃない、それは無数に存在する奇跡の内の一つ。どれだけの確率なのかは興味が無いけど。
つまり僕の前任者、この身体AとBの2人の持ち主の話さ。
「これで大丈夫、次も頑張って欲しいな、出久くん」
「ハッピーくんありがとう…!次の訓練に間に合うなんて!凄いね、リカバリーガールでも完璧には治せて無かったのに…でも、ハッピーくんの個性って【製図作成】だよね?一体どうやって傷を治してるの?」
「あ〜…ほら、【製図】ってイメージ出来る?外殻の構築から始まり、内容物の構成、それらの組み合わせで1つの『図式』が完成する」
「人体も変わらない、僕達は所詮情報生命体だ、一種のプログラムされた有機生命体ってだけだから原理は変わってない、OK?」
「……ーー凄すぎる、個性の拡張がもう完璧な領域まで発展してるんだ、人体すら『構図』と捉えて個性を使用することで…ブツブツブツブツ…」
名残雪もこれだけ愛嬌があれば良かったんだけど、それはそれとして大好きなお気に入り。2人を揃えてみたいな…。
まっ、僕は彼に会ったことも無いんだけどね、記憶の中だけさ。いわゆるなりきり、模倣…コピーって奴。寸分たがわないけど、何もかもが違う。
でも僕にとってそれは重要じゃない、蝋人形の中身が変わったとしても中身は蝋だ。全部違うくてもそれを見分ける事は出来ないし、見分ける必要も無い。
さっきAとBが衝突したって言ったよね?この場合どっちが被害者だと思う?片や別の白い部屋へと放り投げられた少年と、片やその白い部屋に『取り憑かれた』とも言える少年。
答えは、そこに意味は無い、だ。それが運命であり、存在した理由だ。
負けも勝ちも、被害者も加害者も無い、ただそんな事が起きたってだけ。
僕の話は一旦終わりにしておこう、これからは…舞台に上がる時間だ。
■
「うーん…」
「うーーん……」
「…その、なんだ…模擬訓練を始める前に…挨拶でもしておくか?」
「良いね、流石は天下の雄英高校、人材の宝庫だねぇ……君もだ、障子クン、僕はシアワセクン…まぁ好きに呼んで、宜しく」
「あ、あぁ…シアワセ…なるほど、ハッピーの言い換えか、宜しく頼む」
素晴らしい心と悲劇的で劇的なドラマを持つ子と握手をする。
僕はこの世界を少し勘違いしてたみたい、舞台を作る為に雄英高校の生徒と沢山交流してるんだけど……主役しか居ないんだ。
誰1人、自分が誰かの脇役だなんて……あぁいや、1人だけ居たかな?
「相手はあのエンデヴァーの推薦生徒だが…ハッピー、首席のお前の力を信じる、俺を好きに使え」
「使え?使えだなんて勿体ない、僕が君を使うんじゃない、君が僕を使うんだ…あぁでも…イイネ、障子クン…君の心底の優しさは表せないな、はは!」
「勘違いしないで欲しい、ここでは君がぁ…主役だ、分かる?」
「…俺がか?似合わないだろう」
「似合わない、と出来ないじゃ別物だよ?さぁ君は勇者で主人公だ、頼もしい味方を引き連れて壁を乗り越えよう」
「む、むぅ…」
開始までの合図が聞こえる、残り数秒で開始し、悲劇のヒーロー轟君が動き出す。熱血クンも相手に居たっけ、それでまぁ、戦う訳だ。
僕達は〜…ヴィラン役で、向こうがヒーロー。
そんな2つの役しかないこの場に、ほんの少しのリアリティーを足そう。
《訓練開始ッ!!》
「始まったみたいだね……よし…あ〜テステス》
突如、ケイオスの声が拡張器を使ったのかと思わせる程に訓練場に響く。
この訓練の観客側、待機しているメンバーにも待機所のスピーカーを通してケイオスの声が届いていた。
《あ〜…オールマイト〜?訓練所借りるね》
「……ハッピーくん、それは一体…」
《さぁ轟君、君の目の前のビルには爆弾がある、君の力ならビルごと氷漬けにして楽々訓練を終えれる、隣の熱血くんはカルピスでも飲んでたら良い》
「おい!そりゃね〜だろ!?てかお前コレどうやってんだよ…」
《でもね、僕は面白い事が大好きなんだ、面白い事をしたくてする訳じゃない、虫が光に集る様に純粋な本能だと思って貰っていい…つまりはね、それじゃぁつまらないってこと》
「だからどうした、首席のお前にここで勝って…」
《そう、君は勝ち負けがあるから固執する……だからこうしよう》
《僕達ヴィランが勝ったら、個性で爆弾を本物に変える、それで君達ヒーローが勝ったら、個性で爆弾を本物に変える》
「なっ…!?」
《そうだねぇ、時間切れでも爆弾に変えようか、さてどうしよう轟君、君はヒーローとして『正解』を歩まないといけない、勝ち負けなんかに固執してたら救えるものも救えなくなる》
《訓練開始だ、今よりケイオス商業は健全、かつ安心安全な爆弾制作に取り掛かります、お客様の御要望に、ニーズに確かに応えられる様な企業作りを目指しておりますので、以後よろしく》
そう言い放って通信は途切れた。
■
「オールマイト、出ますか?」
「……」
「いや、大丈夫だ…彼は『借りる』と言った、この宣言の本目的は別にある」
「…ですがやはり、ルール以外の突発的な行動、見え隠れしている彼の危険性は貴方も十分理解している筈です」
「だからこそだよ相澤先生、だからこそ私達はあの子をヒーローに育てるんだ、見た所彼は友人と仲良くやっているしね」
「楽観的過ぎますよ、オールマイト」
「達観だよ、私だけでは未来への道は築けない、そんな時に必要な者は何か分かるかい?」
「……」
「『平和の象徴』さ」
全くこの人は…。
「分かりました、まだ様子を見ます」
モニターに映る訓練所、そこにはケイオスの狙いがそのまま適用された光景が広がっていた。
教師陣から離れて、モニターを喰う様に見つめる彼の元へ走る。
「やぁ!緑谷少年!彼の目的は分かったかな!」
「ブツブツブツブツ…ーーオ、オールマイト!…はい、少しだけですけど、あんな無茶苦茶な宣言をしたのは……多分、障子君を動きやすくする為でしょうか?」
映像に映るのは、ちゃらんぽらんとオープンカーでビルの外を逃げ回るケイオスを必死の形相で追いかける轟だ。
核から離れ、首席のケイオスがい無くなればビル内の核へのタッチは容易、だがビルに手を割いてる場合では無い。
「うむ!実際ハッピー君は核を守る気も無ければ、この訓練において目的と言える行動の軸は無い、いわば『居るだけの生徒』だったんだ」
「ハッ…!なるほど、つまりは…ーー」
《あ〜オールマイトといいんちょ〜?解説はいいから訓練を楽しんでくれるかな?》
《これしまゃ興醒めだ、せっかく安易なバットエンドにしない為に轟君が頑張ってる、彼を見てくれないかな?》
「「………」」
「い、飯田くん…抑えて…抑えて…」
『待ちやがれッ!!』
オープンカーに乗って逃げ回ってるケイオスを氷漬けにしようと、足元を凍らせながら高速移動している轟。
もはやその光景に『屋内対人訓練』の面影は無い。
「借りる…なるほど、訓練の私物化か」
■
「…アイツには核に触れろって言ってたけどよぉ……」
「……」
「静か過ぎねぇか?」
切島がビルに侵入するが、1階、2階共に核は配備されておらず、ずっと静かなまま階段を上る作業になっている。
障子が居ることを考えると、核前で待機しているのか…それともハッピーが何かをしたのか。
「首席のアイツがこんな突拍子もねぇ事…」
そう思い3階にまで辿り着いた時だった。
「…は?」
「やぁ、熱血クン」
「おま、っ!違ぇ!行くぜ俺ェッ!」
3階の広間で奴が佇んでいた、一瞬迷ったが考えられるのは…轟が追ってる方がデコイって事だ。
切島が個性を発動し、そのまま大きく拳を振りかぶってケイオスの顔面に叩き付ける。
「オラァッ!!」
「ぐえっ」
宣言の影響もあってか力加減が緩み、切島も思ったより力を込めてしまったのか顔面を陥没させながら地面へと殴り抜けていった。
パラりと建物のホコリだけが舞って、ケイオスが沈黙する。
「…なんだ?首席がこんなもんか…?アッサリ過ぎる」
「ーーあぁ、ハッピーは運動が苦手らしいからな」
個性を解除し、肩の力を抜いた瞬間に背後から声が聞こえる。
「ッ!!?」
「すまん、絞め落とすぞ」
個性の多腕を使い、切島を完全に拘束しながら声を上げる暇無く気絶させた。
「……ふぅ」
「良いね、最高だ」
「いや、殆どお前の力だ、俺じゃない」
今度は障子の背後から声が聞こえた、ケイオスの声だ。
「いいや?間違いなく今回は君が主役だったよ、僕は突っ立ってただけ、謙遜しなくていいんだよ、障子クン」
「最後に君は、僕も気絶させればいい……残りの時間はゆっくり…そうだな、おしゃべりしよっか」
「コーヒー、不味いよね」
「…すまない、俺はコーヒー肯定派だ」