彼岸花の妖精と天使は死神のそばに。   作:美女り鯛

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12話

(車内から血の匂い…あぁ、彼女か)

 

雪音は社内から微かに匂う血の香りを感じ、それを行った人物へと視線だけを移した。

雪音の視界には驚愕に染まった表情を浮かべるたきなと、どこか不安そうに眉を下げた千束が映っていた。

千束の浮かべる表情の意味。その理由を雪音は瞬時に大方の予想は付いていた。

 

“不殺の誓”

 

錦木千束が自らに課している誓い。千束は幼少期にある二名(・・)の人物に命を救われており、それから彼女

はリコリスでありながら他人に命を奪うことを嫌い、そして自身を救ってくれた人たちの様に人を助ける生き方を選んだ。

そして千束は自分の目の前で他人が命を落とすのを無視することはできないし、ましてや自身の想い人が人を殺すのも気持ちの良いものではなかった。

だが千束はそんな自身の不殺の誓を雪音にはあまり強要はしていない。

もちろん、雪音自ら殺しをしないでいてくれるのが一番だが、千束は雪音と自分が違うことを理解している。

不殺はあくまで千束の生き方であり、雪音には雪音の生き方がある。

それに千束は雪音の果たそうとしていることを知っている。

それが殺しなくして果たせないことを知っている。

故に千束は不安を抱えているのだ。

雪音が自分の目のまで人を殺すのではないかと。

千束が数年前に目の前に対峙し体中の細胞全てが委縮し恐怖した、最強の殺し屋である死神に雪音が戻ってしまうのではないかと。

 

そんな千束の不安を感じ取ってもなお、雪音は千束のその不安を拭い取ろうとは一切思わない。

雪音が今思っていることは、ただ己の腕が、心が、昔と変わっていないかということだけ。

だからこそ、雪音は今も動かず、静観を貫いていた。

 

「い、今なにが起きた?」

 

「弾が…斬られた?」

 

「ば、バカなこと言うな!そんな漫画みたいなことがあるか!俺らが外しただけだろーが!」

 

「ならまた撃てばいいだろ!…ハチの巣にしてやらぁ!!」

 

誘拐犯たちは再び銃口を構え一斉に射撃を開始した。

当たろうが外れようが関係ない。数重視の面射撃。わずかなばらつきをもって雪音に放たれた銃弾は合計27発。

 

(命中数は11。内5発が致命傷…)

 

雪音は自身に放たれた弾数を瞬時に把握した。そのうえでなお、一切取り乱すこともなく再度刀に手をかけた。

 

刹那に27斬

 

刀身を視認できた者はこの場に誰一人いない。

 

不可視。それは雪音が死神として生きてきた時に裏の世界の人間たちが噂していた死神を象徴する言葉である。

誰一人、その姿も武器も何もかもを視ることはできない。

唯一わかるのは、死神が殺した遺体は全て一撃で命を刈り取られているということだけ。

殺しを専門にしている者だからこそわかるその異常さと異質さ。

故に死神なのだ。

 

カランカランッと小さい金属が無数に地面に転がる。

 

「ありえない…」

 

思わず誰かから漏れたその言葉。

それは弱々しくも確かに静寂に包まれていた闇夜に確かに響いていた。

 

すると、雪音はゆっくりとその歩みを進めた。

 

「く、来るなぁぁ!」

 

誘拐犯たちは静かに近づいてくる雪音に恐怖したちまち銃口を向け焦りつつも確かな殺意を込めて撃ち放った。

だが、その程度で死神の歩みは止まらない。

今度は誰もが見えるように、その刀の刀身を露わにすると、ゆっくり車へ歩きながら次々来る銃弾を斬り落としていく。

 

「静かにしてくれ。処理が面倒になる」

 

「ひっ!?」

 

「ドアを開けるのは手間だな。」

 

瞬間、雪音の手がブレると刀をしまう。

すると、車の天井部分が誘拐犯の頭すれすれの位置で滑るようにズレ落ちた(・・・・・)

 

「く、車を…」

 

「斬りやがった!?!」

 

誘拐犯たちが目の前の異常性に圧倒されていた。

そんな彼らを無視して、雪音は車のボンネットに飛び移ると、無表情に誘拐犯を見下ろしていた。

 

「お前らは武器商人の仲間で間違いないな?」

 

「し、知らねえ!」

 

「…そうか」

 

誘拐犯たちは恐怖で身体を震えさせながらも強く否定した。その答えを聞いた雪音は一言返事をすると、懐から銃を取り出し後部座席にいる誘拐犯の一人の肩へ一発放った。

 

「ぐあぁぁ!!」

 

「おい!?何のつもりだ!!」

 

「なにやってんのユキ!!?」

 

仲間が撃たれたことに助手席に座る男が怒り叫び、千束も雪音の突然の行動に思わず飛び出していた。

 

「状況をよく考えろ。嘘をつけばその身体に穴が出来るぞ」

 

「い、イカレてやがる…」

 

「悪いがこれが俺の日常だったんでな。それでもう一度聞くが、お前らは武器商人の仲間だな?」

 

「……そうだ」

 

助手席に座る誘拐犯の男は、俯きながら答えた。

 

「そうか。まあそんなことは俺にはどうでもいい。俺が聞きたいことは一つだけだ」

 

雪音は男の眉間に標準を合わせると、これからする質問に嘘は許さないと言わんばかりの重く冷たい殺気を放った。

 

手首に花の刺青(・・・・・・・)が入ったやつらを知っているか」

 

端的に発せられた雪音の問。その中に含まれる単語を聞いた誘拐犯たちはわかりやすく反応を示した。

 

「あ、あいつらに何の用だ…」

 

ゴクッと重い唾を呑みこみながら、逆に問う誘拐犯。ただ、その行為は今の雪音には不要だったようだ。

パシュッっとサプレッサーによって音が消された銃声が一発放たれ、先ほどとは別の誘拐犯の肩を撃ち抜いた。

その行動に助手席の男は思わず雪音に襲い掛かろうとするも、雪音は冷静にその男の太ももへ一発撃ちこんだ。

 

「落ち着け。聞かれたことだけに答えればいいだけだ。それで、お前らはそいつらをどこで知った?」

 

「…い、いつのまにか俺らの拠点に入ってきたんだ。その時に仲間も数人殺された。…あいつらはイカレてやがる。まるでガキがアリを見つけては潰すみたいに…暇つぶしで仲間をめのまえで殺していやがった」

 

誘拐犯の一人が俯きながら顔色を青く染め身体を震わせながら、まるで地獄を語るかのように当時のことを話していた。

 

「俺の探している奴らで間違いないな。そいつらの居場所を教えろ。嘘を吐けばここにいる奴らを一人ずつ殺していく」

 

有無を言わせぬ殺気に全員が絶望に包まれる。それもそのはずだ。なぜなら誘拐犯たちは彼らの所在を…。

 

「わ、わからねえんだ!あいつらは俺らのボスとだけ話してそのあとすぐ移動していった!ボスも場所は知らねえって言ってた。ただ一言、『あいつらには逆らうな』とだけ…」

 

「……仕方ない。なら今度はお前らのボスに話を聞くか。ボスの居場所は「い、言わねぇ!」…あ?」

 

「どんな状況だろうと仲間は売れねぇ!だったら死んだ方がましだ!」

 

「……そ、そうだ!俺らはもう何も話さねえ!殺すなら殺せよ!」

 

雪音が仲間の情報を求めた瞬間、最後の抵抗とでも言うように誘拐犯の全員が覚悟を決めて反論し始めた。その顔には大量の汗を拭き出していたが、その全員の瞳は力強い意志が込められていた。

そんな彼らを見下ろす雪音の表情は、先ほどまでと変わらず冷えたものであり、どこか感情が感じられない。

 

「そうか。銃取引の件で一人だけ生かしてやる。他はもう死んでいいぞ」

 

銃を構え引き金に掛かる指に力が入る。そしてそのまま幼い頃から慣れ親しんだ動作を行なおうとしたその時、雪音の構える銃が一気に夜空へ向けられた。

そのまま一発、軽い音が鳴り銃弾が闇夜へ消えていった。

雪音は自身の銃口を逸らした人物へ、特別見向きもせず問う。

 

「なんのまねだ、千束」

 

「それはこっちの台詞だよ!!なんでこんな酷いことしてんの!!?」

 

雪音の銃口を逸らしたのは千束だった。彼女は自慢の動体視力で雪音が本当に彼等を撃ち殺すことが分かり、急いで雪音の隣まで走ってきたのだ。

そんな彼女の表情は明らかに焦りと驚愕、そして奥底に怒りと悲しみが混じっていた。

 

「こいつらは本来抹殺対象だ。お前らのミスで発生した銃取引の件を吐かせる奴が一人いれば情報は事足りるだろ」

 

「だからって殺すことは無いでしょ!」

 

「生かす理由もないだろ。聞いたところによると、こいつらは約1000丁の銃を日本にばらまいた。下手したら戦争が起きるかもしれない、立派なテロリストだ。……それにお前、少し勘違いをしていないか」

 

初めて雪音は隣にいる千束に視線を移した。その彼の瞳を見た瞬間、千束は自身の身体が真の奥から凍り付き、文字通り恐怖に支配された。

 

「俺はお前が掲げる不殺を誓っていない。お前が人の命を奪いたくないのは勝手だが、それを俺に押し付けるな。お俺はお前らが所属するDAと仲間じゃない。この際だからハッキリ教えてやる」

 

雪音は手に持つ拳銃を真っ直ぐ千束の肩、正しくは肩に印されているDAのマークに銃口を向けた。

 

陽菜を殺した(・・・・・・)お前らDA全ても、俺の復讐対象だ」

 

「…………ユキ」

 

千束は恐怖で流れそうになる涙を堪え雪音を見つめる。普段の明るい彼女からは想像できないほど、その瞳は絶望と悲しみに包まれていた。

それに対し、千束を見る雪音の瞳には復讐の炎しか宿っていない。

これはただの順番なのだ。ただ雪音は直接手を下した復讐相手を見つけるためにDAと手を組んでいるだけで、その相手を殺すことが出来れば、次の標的は自分たちDA全てなのだろうと、千束は雪音の瞳を見て理解してしまった。

そしてその瞬間、DAの未来がそう長くないことも千束は予期してしまった。

彼女はわかっているのだ。誰よりも一番近くで雪音の実力を見てきた千束だからこそ、雪音が本気でDAを攻めてきたらDAは滅ぶと。

全リコリスどころか男版リコリスであるリリベルを含めたDAの全てを総動員しても雪音には勝てない。

あのいつも温厚な雪音の親友である秋奈にすら。

生物としての格が違うのだ。

彼等が所属していた組織というのはそれだけ規格外なのだ。

DAが戦争などが起きる前に防ぎ処理するのが専門であるのに対し、雪音たちのいた組織は戦争が起きてもそのものを処理できることを最低条件にしているのだ。

千束も詳しくはわからずミカに聞いただけだが、彼らは簡単に言えば、単独もしくは2人で国同士の戦争に割って入り対抗できうる戦闘力を有しているらしい。

 

そんな自身の師匠の言葉を思い出した千束は、グッと唇を噛むと雪音をそっと抱きしめた。

 

「……いいよ。ユキになら私は殺されてもいい。ユキの気持ちもわかるからこそ、私はその運命を受け入れるよ」

 

「……」

 

「ごめん、確かに私はユキに自分の考えを押し付けてた。私は自分の手で誰かの命を奪いたくないけど、それと同じように私の大切な人が誰かの命をう奪うのも見たくなかった。だから自然とユキにそれを求めてたんだと思う。良くないよね…」

 

千束は雪音の胸に耳を添えた。雪音のゆっくり鳴る鼓動を聴いて、ギュッと抱きしめる手に力が入った。

 

「でもやっぱり私はユキに無駄な殺しはしてほしくない。だからこれと同じようなことが起きても、私はまたこうして無理やり止めるよ。ユキに怒られてもなんどでも。それが私のやりたいことだから」

 

千束は真っ直ぐに雪音の顔を見上げて眩しい笑顔を見せた。

そんな彼女を変わらない表情で見下ろしていた雪音は、しばしの沈黙の後に大きなため息を吐き出した。

 

「……勝手にしろ」

 

雪音は銃をしまい千束の肩を掴んで距離を取らせた。先ほどまでの様子が嘘かの様に優しい力加減に千束はわかりやすく驚き雪音の服を掴もうとその手を伸ばすも、それよりも早く雪音は車から降りていた。

 

「処理を頼む。負傷者は4人、どれも腕か足に一発。頼んだ」

 

雪音は片手間に誘拐犯たちのことをクリーナーという後処理部隊に連絡を入れた。

 

「今日はお前ら二人とも護衛対象と一緒に居ろ。ミカ達には俺から言っておく」

 

雪音はそのまま立ち去ろうすると、曲り角付近で棒立ちでこちらを見ていたたきなと目が合った。

すると、雪音はたきなへ小さく手招きをした。

 

「…?」

 

たきなはわずかに首を傾げるも、その手招きに従って恐る恐る雪音の方へ駆け寄った。

 

「運転席の肩を撃ったのはお前か?」

 

「は、はい。そうですけど…」

 

「なぜ殺さず肩を撃った」

 

「奴らは先日の銃取引の関係者です。取引の情報を得るのに内容の整合性も考慮して生かす必要がありました」

 

たきなは緊張気味になりながらも確かな目的をもって動いていたことを説明した。そんな彼女の言葉を聞いた雪音は何を思ったのか先ほどよりかは幾分か小さい溜息を吐くと、ポンポンっとたきなの頭を軽く撫でた。

 

「良い腕だ。だが今後アイツ(千束)と組むならその方法じゃ苦労する。頑張れよ」

 

雪音はたきなの頭を少し乱雑に撫でると、そのまま屋根に飛び移って夜の闇へと消えていった。

撫でられた頭に自身の手を置いて放心状態のたきなは、そのまま消え行く雪音の背中を静かに眺めていた。

そんなたきなを、何かを察知し涙目で叩き起こす千束。

それから彼女たちは囚われていた護衛対象の沙保里を開放し、今晩は予定通り三人で仲よくパジャマパーティーをするのであった。

 

 

 

 

 

 

「─ったく、いちゃついた写真をひけらかすからこんなことになんのよ!」

 

後日、開店前の喫茶リコリコでは、千束のスマホに写る沙保里たちの写真を鬼の形相で睨むミズキがいた。

千束のスマホはミズキの怒りでギギギギギと嫌な音が鳴る。

 

「ひ~が~ま~ない。ってかスマホ壊れる」

 

「ひがんでねえよ!」

 

千束は嫉妬に燃えるミズキからスマホを回収すると、そのままミカに渡すも、ミカも肉体的には衰えてきている。小さい写真に苦戦していると千束が指で沙保里たちのさらに向こうに写る銃取引現場の部分を拡大させた。

 

「取引はすでに終わってたということか」

 

「3時間前だって。楠木さんニセの取引時間掴まされたんじゃなぁい~?」

 

「あの毒キノコもついに焼きが回ったかしらね~?で、その女襲った奴らはどうしたのよ?」

 

「クリーナーが持ってったよ」

 

「アンタまたクリーナー使ったの!?あれ高いのよ!?」

 

「私じゃなくてユキが使ったんだよ!」

 

「ユキがぁ~?…ん~、ならいいわ、あいつなら自腹だろうし」

 

ミズキは当初、昨晩の処理にクリーナーを使ったと知って千束に怒鳴ったが、それを使ったのが雪音と知ると難しそうに唸りつつも最終的には機嫌を直してトクトク酒を注いでいく。

そんなミズキの豹変ぶりに不思議がった千束。

 

「なぁんでユキだといいのさ?てか自腹ってどゆこと?」

 

「あんたあんだけ一緒にいてなんも知らないの?あいつって一応今はDAの協力者だからそれなりに報酬が出てるんだけど、あいつが使った分のクリーナーはユキの手持ちから払われるだけでここ(リコリコ)からはなにも引かれないのよ」

 

「え、なんで?別にここから出しても店が潰れるとかじゃないでしょ?」

 

「潰れはしないけど経営的には厳しいわよ。その分本部は任務をこっちに多く送ってんだけど、あんたが知る前にユキが片付けてんの。千束は店とか外の仕事をしている方がいいってね」

 

「そ、んな…初めて知った」

 

「あんたは鈍ちんだからね。それにこっちでクリーナーを払っても後日勝手にあいつが金返してくるのよ。最初は突っぱねようとしたんだけど、あいつ自分の通帳投げてきて中身見たらもう脱帽よ。それから私は決めたわ、もうあいつに金銭面で遠慮もなにもしない、むしろ鷹ってやろうってね!」

 

クワッと目を見開き気迫のある決め顔を見せたミズキ。そんな彼女を、"年下に奢らせるダメな大人”という意味で冷ややかな視線を送る千束。

千束の視線にイラついたミズキは千束に耳打ちした。

話した内容は先ほどの話の内容である雪音の通帳の中身だ。とことんダメな大人である。

ごにょごにょとミズキが話していくうちにミルミル表情がおかしくなっていく千束。

 

「じゅ、11けt「声がでかいわバカモンッ!!」ファガァッ!?」

 

あまりの衝撃的な答えにばかでかい声を解き放った千束だったが、すぐさまミズキがその大きく開いた口を塞いだのだった。

 

「まあそんな感じだからクリーナー頼むなら極力アイツに頼みなさいよ。どうせあいつ別の仕事でも稼いでるんだろうから遠慮すんな」

 

「別の仕事?ユキなんかしてんの?」

 

「詳しくはしらないけど、なんかやってるみたいよ~?気になるなら聞いてみたら?」

 

「それは良いけど、ただいつかはここやめちゃうのかなってね」

 

「さぁ?それこそ本人に聞いてみればいいじゃない」

 

「無理に決まってんでしょ…ってあれ、そのユキは?」

 

千束は確かに先ほどまで開店準備をしていた雪音の存在がいつのまにか消えていることに気づき、ミズキに尋ねるとその彼女から衝撃の答えが返ってきた。

 

「ああ、ユキなら確かたきなに制服の着方を尋ねられて二人で(・・・)裏行ったわよ」

 

「なんだそっか~二人で裏に……は?ミズキ今なんて?」

 

「いやだから二人で(・・・)着替えに……あっ」

 

「ぬぁぁにやっとんじゃあやつらぁぁぁぁ!!」

 

千束の怒声が店内どころかその外まで響き渡る。そのままの勢いで雪音たちのもとへ真っ赤な形相で突撃しようとするもミズキがなんとかそれを背後から羽交い絞めして止めていた。

 

「どうしたんですか、大きな声出して」

 

そんな時、更衣室などに繋がるドアが開くと中からリコリコ特有の着物制服を着たたきなが出てきた。

髪は仕事の邪魔にならないよう両サイドに結んだツインテールがたきなの制服カラーである青色と合わさって爽やかな印象が感じられた。

誰がどう見ても美少女と答えるだろう彼女の姿に、先ほどまで怒り心頭だった千束も思わず怒りを忘れて見惚れている。

 

「か、か~わ~い~い~!!なになにちょっと超似合ってんじゃん!」

 

「…そんなに似合ってますかね」

 

「うんうん凄い似合ってる!着付けも完璧!どこかで着物とか着たことあったの?」

 

あまりにも綺麗に着れているたきなに千束は純粋んな疑問を問いかけた。

 

「いえ…雪音さん(・・・・)に教わりました」

 

「………は?」

 

「…え?」

 

たきなのなんともない真実に千束の瞳が僅かながらに光を増した。

そんな千束の予想外の反応にたきなも思わず拍子抜けな声が零れた。

 

「…あんたさっき聞いたでしょ」

 

千束のおバカ加減に呆れたミズキがぼそりと吐き出す。すると千束は何かを思い出したかのようにカッと目を開かせ件の人物を探しに向かおうとした。

 

「忘れてた!ちょおおおいユキぃぃ!!このド変態男どこじゃぁぁあ!!」

 

「…朝から馬鹿みたいに叫ぶな」

 

そんな千束の心の怒声第二弾を受けて、心底嫌そうに顔を歪ませて現れたのは黒いリコリコ制服に身を包んだ雪音だ。白銀の髪を後ろ一本にまとめた彼のリコリコの姿は普段とはまた違った色気を放っていた。

そんな雪音の姿に思わず女性陣3人が頬を染めて「ほぅ…」と声を漏らす。

だが、今回の千束はそんなことでは怒りを鎮めない。

しっかりと雪音に惑わされそうになった思考(他責にもほどがある)を振り払うように頭をブンブンと横に振った。

 

「っユキ!たきなの着替え見たんでしょ!この変態!」

 

「見てねえよ。リコリスの制服の上から羽織らせて結び方とかを教えただけだ。お前が考えているようなことは無い」

 

雪音はぷるぷると身体を震わせ真っ赤な顔で怒る千束に近づくと、彼女の耳元に顔を近づかせるよう少し屈んだ。

 

「朝から変な妄想して…盛るのもほどほどにな。…ムッツリ変態の千束ちゃん」

 

意地悪に笑う雪音は言うだけ言ってミカに朝のコーヒーを淹れてもらうためカウンター席に座った。

その際、上手くリコリコの制服を着れているたきなに感想を伝える。

 

「上手く着れたようだな」

 

「…はい、ありがとうございました」

 

「良く似合ってる。これから頑張れよ」

 

「……はいっ、が、頑張ります」

 

周囲からしたらいつもの何気ない雪音の対応だったが、それを知らないのと生まれて今まで異性とまともに話したことがないたきなにとっては毒の中でも猛毒であった。

思った以上に恥ずかしかったのか、又は嬉しかったのか、どちらにしろよほど嬉しかったのかたきなの口元がわかりやすく上がっていた。

それを見たのがカウンター側ということもありミカだけだったのは幸いだったかもしれない。

 

すると、先ほどの雪音の意地悪な揶揄いを受けて今にも爆発しそうに赤よりも赤い顔をする千束。彼女は暴れまわる心を落ち着かせようと先に入れてもらっていたミカ特製のコーヒーの残りを一気にグイっと飲み干した。

 

「ふぅー…よし、全員着替えたしたきなも今日からだから記念に皆で写真撮ろ!」

 

ほら入ってーっと極めて平然を装いながらカメラを内カメにして全員を集めた。

前をリコリコ看板娘3人(約1名、娘と言えるか怪しい)であるたきな、千束、ミズキが並び、その後ろをミカが腰を落として構えた。

 

「ユキ~写真だよ~」

 

「前から言ってるだろ。店の写真は写らない」

 

「なぁんでよぉ!お店に来る女の子たちとはなんやかんやで撮ってるくせに!」

 

「ネットに乗っけない条件でな。現に客は条件を守ってる」

 

「いや確かにそうなんだけど…」

 

てきぱきと店の準備を再開する雪音とそれをみて少しばかりテンションが下がる千束。するとそれを見かねたミカは雪音の名を呼んだ。

 

「もうそろそろ従業員全員の写真が欲しいと思ってるんだ。これを機に少しずつでいい、頼まれてくれないか」

 

「……写真は苦手なんだよ」

 

そう言いながらもミカの隣に並ぶ雪音。画面越しに雪音が映ったことにわかりやすく喜ぶ千束。

 

「は~い撮るよ!」

 

パシャっとシャッター音がスマホから鳴った。綺麗に切り取られたその一枚には陽だまりのような暖かさと爽やかさが感じられ、平均的に顔面偏差値が高いことから華やかさがあった。

 

「うひひ!ユキとたきなも写った写真!さっそくお店のSNSにアップしなきゃ!」

 

「こらこら君はさっきの私の話を聞いていたかね?ネットの無自覚な投稿が─」

 

「はいアップ~!!」

 

「聞けよ!!」

 

鼻歌を歌い絶賛上機嫌の千束はミズキの静止を聞かずに早速SNSに今の集合写真を投稿した。

千束の様子にミカはどこか満足そうに微笑み、雪音と共に開店準備を進めた。

そしてすぐに来店を知らせる店のベルが鳴り響く。

 

「お、さっそくお客さん!練習通りね、たきな」

 

「はい」

 

スタスタと千束とたきなは入口へと向かい来店のお客さんを迎えに行く。

その際、たきなはちらりと雪音の方に視線を移した。

そのたきなの視線に気づいた雪音は、僅かに口元を上げ、クイッと顎を入口の方へやった。

雪音に視線をすぐ気づかれたからか恥ずかしそうに千束の後ろをついてくたきな。

 

そして千束とたきな、二人が並んでしっかしとした声量でお客様を出迎えた。

 

「「いらっしゃいませ!!」」

 

二人の元気な挨拶に、来店したかっこいいスーツを着た男性は大人の魅力が際立つ優しい微笑みを見せた。

 

 

どうやらたきなの初めての接客は大成功だったようだ

 

 

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