彼岸花の妖精と天使は死神のそばに。 作:美女り鯛
視界いっぱいに広がる大量の死体。噎せ返るようなそれは血の臭いでしかない。
まるで地獄そのものを彷彿とさせるその光景は青年にとっては見慣れたものだった。
床には鮮やかな赤い池が広がり、一歩歩くたびに波紋が広がる。
ピチャッ…ピチャッ…とゆっくりと震える足を前へと運ぶ。
目の前には両手を後ろで拘束されたまま、腹を斬られた死体が転がっている。
美しかったその白銀の髪はもはや誰の血かもわからない赤に染まっていた。
もともと新雪のように綺麗な白い肌は生気を感じられないほどに青白く、そして本当の雪のように冷たかった。
このまま成長していたらどの芸能人にも負けないぐらい綺麗な女性になっただろうその整った容姿は、幼さを残してこれ以上成長することはないだろう。
青年は血の池など気にせず膝をつき、中心で眠るその少女の死体へ手を伸ばし拘束を解いて自身の胸へ壊れないように優しくそっと抱き寄せた。
ジワジワと血でスーツが汚れていく。まるで青年の心を犯し侵蝕していくようにゆっくりと。
だが、青年はそんなことなど気にせず、少女をぎゅっと抱きしめた。
まるで少女の事を忘れないように身に刻むように、優しくだが力強く抱きしめた。
たった一人の家族である妹の存在を一生忘れないように、もうどこにも行かせないように。
だがどれだけ抱きしめても、妹から感じるのはいつもの陽だまりのような暖かい体温ではなく、どこまでも冷たい絶対零度のような体温だった。
嫌でも突きつけられる現実に、青年の中の何か大事なモノを支えていた一本の柱に亀裂が走った。そしてそれはいとも容易く崩壊していく。何もかもが消えていく。
青年は生まれて初めて泣き叫んだ。喉が枯れてもなお叫ぶことで血反吐を吐きながらも、血の涙を流しながらも、青年は叫んだ。
この場には青年以外はいない。この声を聴いて歩み寄ってくれる生者は誰一人いない。
同じような制服を着た少年少女や手首に花の刺繍が入った大人の数百はくだらない屍の山は、ただひたすらこの場をその身体から溢れ出る血で満たしていく。
それはまるで呪いのように、ただ一人の生存者である青年に纏わりついては彼を塗り替えていく。
喰らい犯し侵蝕し深く暗い底へと誘っていく。
ドロドロとしたナニカが青年を吞み込んで、僅かな光も通らぬ闇の世界が顕現した。
何も視えないただ冷たい世界を青年はただ歩いていく。亡霊のように歩いていく。
たった独りで。
「…」
酷い頭痛と共に起き上がると、頬が濡れていることに気づいた。
今でも鮮明に思い出せるあの日の光景。あの匂い。
あの子が死んでから今まで見なかったことはないあの日の記憶。
だが今回は随分とハッキリしていた。
恐らく、最近気持ちが弛んできたせいだろうな。
切り替えなければ。優しさを捨てなければ。甘さを捨てろ。感情を捨てろ。
心配しなくても大丈夫だ。俺はちゃんと覚えてる。
心を許してないよ。ちゃんと恨んでるさ。
無能なリコリスもリリベルもそしてあいつらも、全員ちゃんと…。
♪~♪~♪~♪~
うるさい…誰だこんな朝早くから。番号は…ミカか。
「…こちら雪音。なんだミカ」
『…おはよう。起きていたのか』
「ああ」
『…またあの夢か?』
「だったらなんだ?」
『…いや、なんでもない。すまない』
「別にいい。お前はあの件には関係ない。それより俺に何か用なんだろ?どうした」
『…あ、ああそうだ。実はうちに新しく従業員が増えることになってな。それでその子の制服をフェイに頼んでいるから、もし可能なら取りに行ってもらえるか?』
「タイミング的に昨日のやらかしリコリスだろ。昨日の今日で随分と決断が早いな、まるでマニュアルでもあるみたいだ」
『来るのは明日だが、事前に制服は準備してあげたかったからな。楠木から任務後連絡が来てすぐに手配してもらった』
「あの無能がそんな早く決断できるわけない、なら考えられるのはDAお得意のラジアータか。相変わらず機械に生かされてるような馬鹿なやつらだ」
『…雪』
「いや、これじゃ八つ当たりだな、すまない。制服の件は了解した。今日は学校を行く気にないから今から向かう。フェイに伝えといてくれ」
『…大丈夫だ。分かった、ありがとう雪』
「ミカには恩がある。それじゃ支度していってくる。受け取り次第また連絡する」
『そうだ、もしよければ先に店に寄れるか?挽きたての豆と団子をフェイに渡してやってほしいんだ。昨日の今日で無理を通してもらったからその礼なんだが…』
「わかった。なら今からそっちに向かう」
『悪いな、そういえば朝食がまだだろ?来るまでに準備しておくから、こっちに来て食べなさい』
「それは助かる。できればサンドイッチとお前が握ったおにぎりを一つがいい」
『…ああ、ちゃんとどっちも作っておくから気を付けておいで』
「ありがとう。一時間後に着く。それじゃ」
『ああ、あとでな』
そうしてミカとの電話を切ると、軽くシャワーを浴びて身支度を素早く進めていく。いつものオーダーメイドの高級黒スーツへと着替え、日本刀が入った竹刀袋とアタッシュケースを持って玄関を出る雪音。
マンションの角部屋に位置する雪音の部屋は出ればすぐにエレベーターへといける。そのため人との遭遇率は下がり何かと都合がいい。今回もそれは変わらないと思っていたのだが…。
「えっ…」
「…あ」
現在の時間が学校の登校時刻だったことを忘れていた雪音。その結果、元々お隣であることを知っていた人物と遭遇してしまった。
最近何かと関わることが増えてきた人物。校内でその容姿の美しさから天使様と呼ばれている─椎名真昼がちょうど学校へ向かうために隣の玄関から出てきていた。
突然のことで固まる両者。真昼は何かと気持ちを向けている雪音の顔を見ては頬をポッと染めていた。
綺麗な顔にその容姿に合うかっこいい
上から下まで見ていた真昼は雪音の姿に違和感を感じてはその原因が分かりおずおずとその整った口を開いた。
「あ、あの…」
「ん?おはよう」
「…ふぁ、お、おはようございます。…じゃなくて!あの!」
「どうした」
「…いまからどちらに行かれるのですか?」
「…バイト」
「…バイト、ですか。失礼ですが、あの、学校は?」
「今日は休む。これから一日バイトがあるからな」
「そうですか…。もしよろしければ、なんのバイトをなされているのですか?」
「なぜ?」
「あ!す、すみません!こんな無神経に踏み込んでしまって。大変失礼なことをしました」
「別にそんな謝らなくていい。悪いが急いでるんだ。エレベーター来たし話すなら駐車場までな」
「え、いいのですか?」
「いいからさっさとおいで」
ちょいちょいと手招きをする雪音に、再度頬を赤らめる真昼は駆け足でエレベーターへ向かっていった。
横に並んで乗るも沈黙が続く二人。どこか気まずい空気が二人を包んでいる。それから結局一言も話さず駐車場まで着くと雪音は自身のバイクにまたがり出発の準備を進める。
一方真昼はその様子をどこか悩んだ顔で眺めていた。
先日、いつも通り朝早くに起きて新鮮な空気と朝陽を入れようとカーテンを開けたその瞬間、隣のベランダから飛び降りる人影を見た。
綺麗な白銀の髪を靡かせながら、黒いスーツを着たその人影は五階の高さから飛び降りたのにも関わらず、平然と他の屋根へと飛び移ってあっという間に姿が消えていった。
あまりにも非現実的なその光景に、思わずその場で立ち尽くしていた私は、しばらくして冷静になり目の前で起きたことについて考えた。
まるで映画のようなその出来事に、もしかしたら自分の知らないところでなにか起きているのではないか、と真昼は自身の身の回りについて疑問に持ち始めていた。
改めて、真昼は雪音へと視線を移す。高校生とは思えないほど落ち着いた雰囲気に高級そうな服、そしてなにより怪しいのはあのアタッシュケースと竹刀袋だ。正直かなりの怪しいさである。
典型的だが、スパイ映画とかではあの中身はそれぞれアタッシュケースは拳銃、竹刀袋は日本刀が入っていたりする。まさかそんな創作物のまんまなわけではないだろうと真昼は思ったが、そこで先日の光景を改めて思い出す。
飛び降りる際、彼の腰に差してあった明らかに日本刀であろう影を。
もしや本当に…と本格的に可能性がありそうな話にとうとう真昼は頭のキャパを超え始めた。
エレベーターに乗ったあたりから黙り始めた真昼をジッと見る雪音。
(確か椎名は成績が良かったと学校で話が出ていた気がする。なら想像力や推察力なんかも色々高い可能性があり、こちらの事を変に勘繰るかもしれないか…。なら変に誤魔化さない方がいいか)
「…椎名、さん」
「…ひゃ!ひゃい!なんでしょうか」
「これバイト先の名刺的なやつ」
「…喫茶リコリコ?」
「和風喫茶店みたいな感じだ。落ち着いた雰囲気が売りで客層も静かだ。暇なときにでも来な。サービスするよ」
「い、良いんですか!?」
「ああ、それじゃ俺はもう行く。椎名、さんは気を付けて学校に行けよ」
「はい、ありがとうございます」
「ん、それじゃ行ってらっしゃい」
「…はい!黒戸さんもい、行ってらっしゃいませ」
顔を赤くしながら言う真昼に不思議に思いながらも、早くミカの下へと向かうためバイクを走らせる雪音。
その姿が視えなくなるまで見送った真昼は、雪音からもらった名刺に書いてあるお店の住所を速攻でマップアプリで確認するのであった。
予定通り、朝の電話を終えてから一時間後にリコリコに着いた雪音はバイクを店裏に止め、まだcloseプレートがかけられている店内へと入っていった。
「ミカ、来たぞ」
「おお来たかユキ。朝から悪いな」
「いやいい。それよりフェイに渡すものは?」
「もうすぐできる。それまで朝食でも食べてなさい。ご注文のサンドイッチとおにぎり、それとコーヒーだ」
「ありがとう。…いただきます」
ミカの準備が終わるまで朝食をいただく雪音。お腹空いていたのも合わせてもくもくと食べていると、誰かの入店を知らせるベルが鳴った。
「おはよーう」
「おはようミズキ」
「…ミズキか」
店に入ってきたのは赤眼鏡がトレードマークのミズキだった。
「あんたなんか機嫌悪くない?なーに?千束と喧嘩でもした?」
「してない。それより、いい加減片手に付箋付きゼクツィを持ってくるのはやめろ。焦ってるのが丸わかりだ」
「朝イチでそこ突っ込むのやめろ!」
店に入るなり痛い攻撃を食らったミズキはすかさず見事なツッコミを披露すると、流れるように雪音の頬を摘み上に引っ張った。
「まずはおはようでしょ!ほら笑顔で、お・は・よ・う!」
「…おひゃようミズキ」
「はいおはよう。それにしてもあんたはいつ見ても綺麗な顔をしてるわね。なに、実は人形とか?なんかもう一種の芸術作品というか、ファンタジー世界にいそうね。どう、結婚する?」
「何をおかしなことを言ってるんだ、俺はちゃんと人間だぞ?」
ミズキの言葉が理解できず首をコテンッと傾げた。その雪音の行動に対してミズキはというと、
「あざと女子かっ!てか無視すんなおい!」とこれまたツッコむ。
不覚にも少しドキッとしてしまったことに悔しがる姿は誰の目にも止まらなかった。
まあそれは仕方ないか、とミズキは己の不覚を肯定すると、改めて雪音の容姿を見る。
背中まで伸びている綺麗な白銀の髪、宝石のようにキラキラと輝く深紅の瞳。中性的で非常に整った容姿は見た者全員が口を揃えて美人というだろう。おまけに190cm近い高身長。最早何頭身だあいつ、と内心で悪態をついておく。
そんな芸能人顔負けの容姿を持つ奴があざとい仕草まで覚えようものなら、確実に店に来る客の老若男女全員が彼に好意を寄せるだろうことをミズキは確信している。
「あ、あんたあんまりそういうこと他の客がいる前でやるなよ!?マジでとんでもない数の女がこの店に押し寄せるからな!!」
「何をやってるんだお前たちは…」
そんな二人のやり取り(主にミズキ)を聞いていたミカは呆れた表情を浮かべながら、雪音へ紙袋を手渡した。
「ユキ、これがフェイに渡してほしいものだ。いつもの挽きたての豆と団子だ。なにかあったら連絡しなさい」
「了解だ。今日はこのあと戻り次第店に入ればいいか?」
「そうだな。そうしてもらえると助かる。今日はミズキだけしかいないからな」
「え!ユキあんた入ってくれるの!?」
「ああ、フェイのところで新しく入るリコリスの制服を取ってくる」
「あーフェイね。なるべく早く帰って来なさいよ、あいつ話始めると長いんだから」
「わかったよ、それじゃ行ってくる」
「ありがとう、気を付けて行ってきなさい」
「いってら~お土産よろしくね」
紙袋を手に店を出るとそのまま店を出て裏に止めているバイクに乗って目的地へと向かっていった。
バイクと徒歩で計15分移動すると、目の前には地下へと続く階段。それを降りていきドアの前に行くと【CLOSED】の看板がかけらへていた。
だが、雪音は気にせずそのドアを開ける。
すると目の前には10人ほどの人間が倒れていた。そして店の中央ではバーテンダーの姿をした男性が、血だらけのガタイがいい男の胸ぐら掴んでいた。
「次にここら辺で悪さしようもんなら、てめえらの息の根止めてその臓器全部引っこ抜くからな?わかったか、あ"あ"ん?」
「わ、わかった…もうここいらには手を出さねえし、なんならここから出て行く!だから命だけは取らねえでくれぇぇ!?」
「あ?なに生意気に私に指図してんだよ?てかなぁ!そもそもここに襲撃すんなよバカかてめえらはよぉぉ!ここは美味しく酒を飲む場所なんだよ、そこらにあるテーブルだって私のこだわりが詰まった可愛い物なんだよ…それを……こんな無茶苦茶にしやがってえぇぇぇ!しっかり金落としてから消えろや社会のゴミクズどもがぁぁ!」
バーテンダーの男性は胸ぐらを掴んでいた男の頭を鷲掴みにしてそのこだわりのテーブルにガンガンガンガン打ち付けていた。早送りしているのではないかと思う程、そのうち付ける速度は早かった。そしてあまりの強さにテーブルには徐々にヒビが入り、やがて大破する。
その後、気絶し痙攣する男の頭をさらに足でぐりぐり踏みつけていると、雪音の気配を感じたバーテンダーの男性はさっきまでの般若のような顔からは想像できないぐらいの笑顔を向けて彼へと近づいた。
「…あらやだぁユキちゃんじゃない!もう、いるなら声ぐらいかけてよぉ〜♡」
雪音と同じぐらいの身長に引き締まった胸板はワイシャツ越しでもわかるぐらいには浮き出ていた。艶のある肌に濡れ羽色の髪、整った容姿に綺麗に塗られたマニキュアはとても可愛らしさがある。
彼の名前はフェイ。元殺し屋であり裏社会専門だが一流の医者でもあった。
現在は【CROWN】というバーを経営しているオネエさん。他にも色々とやっているが、それはまた別の機会に。
「すまない。なにやらお取込み中だったみたいだからな」
「んもぅ、そういうちょっと抜けてる所も可愛いんだからぁ♡他の人だったら耳を削ぎ落とす所だけど、ユキちゃんなら全然許しちゃう!それで今日は新しい子の制服でよかったかしら?」
「ああ、そうだ。受け取りに来た」
「はーい!ちょっと待っててね!」
フェイは店内にある【Staff Only】とプレートに書かれている部屋へ入って行く。雪音は道中に倒れていた人の上を普通に踏んで歩くフェイを突っ込むことはなかった。
「はいこれ、同じのが2セットあるから予備用にでもしなさいな。今日はお店には来るのかしら?」
「それは気が利くな、ありがとう。んー、まだわからないな。とりあえず行けそうなら連絡する。あと、指名依頼が来たら教えてくれ。ミカにシフトの交渉をしないといけない」
「これができる女ってことよ。あら、残念。それじゃ別の機会にゆっくり来てちょうだいね。依頼の件はわかったわ。しっかりラブコールしてあげる♡」
「なるほど、さすがフェイだな。ああ、助かる」
「あ、千束ちゃんやミズキも連れてきてちょうだい、女同士の話も楽しみたいから♡ミカも無理がなければいつでもと伝えておいて」
「了解した。っと、忘れる所だった、これミカから。団子とコーヒー、挽きたてだ」
「やだ最高じゃない!ねえせっかくなら飲んでかない?どうせならユキちゃんが淹れてくれたのが飲みた〜いの」
ちょっとだけ!っとウインクするフィン。基本的に心の許した相手なら頼み事を断らない雪音の性格を知ってるため、少し強引に頼み込む。すると作戦通り、「ちょっとだけだぞ」っとキッチンへと移動する雪音。
フェイは嬉しそうにスキップしながらいつの間にか物置から取ってきた縄で倒れている男たちを、慣れた手つきで縛りあげては人の山を作っていた。
それから美味しいコーヒーを飲みながらフェイと雪音は少し談笑し、時間を潰してから雪音は、新品の制服を持って店を後にした。
それからしばらく移動して、リコリコに着きドアを開ける雪音。入口についているベルの音が店内に響いた。
「…帰ったぞ」
「おかえりユキ。ありがとうな」
「あら、意外に早かったのね。まだ昼前よ」
「あっちも少し用事があったらしくてな。コーヒー飲んで少し話して帰ってきた」
「あいつっていつも用事入ってない?と思ったらふらっとこっちに顔出すし、本当に神出鬼没な変態だわ。とりあえず着替えてきなさい。客がいないから暇だけどね」
フェイからしたら褒め言葉にしか聞こえないだろうな、っと呟きながら着替え室へと向かう雪音。
千束、雪音と書かれたネームプレートがある木製ロッカーを開けようと手を伸ばすと、ふと隣のロッカーに視線を移す。そこには【たきな】と書かれている。
たきな?これが飛ばされてきたリコリスの名前か。とりあえず新しい制服はここに置いておけばいいだろ。
雪音はフェイから受け取った制服をとりあえずたきなと書かれたロッカーの中に入れて置く。そして自分のロッカーを開けリコリコの制服である黒色の着物へと着替え、長い銀髪を後ろで結び直しホールへと向かう。
「ミカ、受け取った制服をたきなと書かれたロッカーの中に入れたが良かったか?」
「ああ、助かる。」
「少しこっちに来て休まないか?コーヒー付きだ」
ミカのお誘いに素直に頷き、雪音はカウンター席に座った。
入れてくれたコーヒーを一口啜って深夜はそういえば、と口を開く
「そのたきなというやつは先日の機関銃の人物で合ってるか?」
「ああ、転属だそうだ」
「やはりか、だがそれだけで異動になるか?どれほどの量の銃取引だったんだ?」
「先ほど楠木から詳しく連絡が来てな。先日の銃取引で扱われた物の数は約1000挺、それが消えたらしい。商人も含めて敵は全員たきなが一掃したから情報も引き出せない、完全に手詰まりの様だった。そもそも誤情報の可能性もあるらしいがな」
「…なるほどな。だが、その任務を独断専行で失敗しこっちに飛ばすのはあの組織からして些か理由が足りない気もする。あの任務に就くぐらいだ、リコリスの中で中々に有能なやつだったんだろう、もしそうなら尚更な」
「なにそれ、どういうことよ?」
「…表向きではたきながこっちに異動になった理由は命令無視による任務失敗となっているが、もしかしたらDAの方で何か任務失敗につながるトラブルが発生し、それを隠すためにたきなに全責任を押し付けたのではないか、とユキは言っているんだ」
「なによそれ!ちょっと最低すぎない!?」
話を聞いていたミズキはバンっとカウンターを叩く。これはあくまで仮説だが、もし雪音の話が本当ならたきなはうまく利用された側になる。命令無視による独断専行で味方が人質の状態での機銃掃射、結果は敵全滅で取引の情報なし。もしかしたら組織内で悪い噂でも流れているだろう、と雪音は考える。
「あくまで仮説だ。確証はない」
「でもあんたのそういう勘とかって外れたことないじゃない」
「うーむ、これはこっちでも探るしかないか。流石に1000挺は戦争になりかねん。ユキ、
「…ミカ、いくらあんたの頼みでもこんなDAの尻拭いの様な事はしたくない。お前らはいいが、本部の奴らはだめだ。……俺があいつらをどれだけ嫌っているか、お前が知らないわけないだろ」
ズンッと空間が一気に重くなるような錯覚をミカとミズキは感じた。
明らかに雪音の機嫌が悪くなる。それにより発せられる雪音の深く重くそして冷たい殺気。2人とも雪音が自分達に危害を加えるとは思っていないが、それでも当てられる殺気に無意識に身体が震える。ミズキはぎゅっと目を瞑りただ耐え続ける。対してミカは恐怖に震えながらも前に一歩踏み出し、雪音の目をまっすぐ見つめる。
「ああ…痛いほどわかっているつもりだ。私たちはお前から最も大切なものを奪ってしまった。
あの時のお前はそれこそ裏社会で恐れられていた死神そのものだった。気が進まないのは重々承知だ、だが頼む。このままでは多くの血が流れてしまうかもしれない。
私もミズキもそして千束もこの場所が好きなんだ、それを守りたい。そのためにも雪音の力が必要だ。都合がいいのも理解している。だがどうか…私たちに君の力を貸してくれ」
頭を下げるミカに対して雪音は黙ってその姿を見下ろしていた。数分にも感じるその静寂は雪音の大きなため息をきっかけに終わった。
「…あくまでお前たちに協力するだけだ。それに俺には俺のやる事がある、これはそのついで。それにフェイや秋弥にも協力してもらう。それでいいなら話を受ける」
「…!ああ、それでいい。本当にありがとう」
「…お前らだからだ。DAはなにがあろうと嫌いだ。…ほらミズキいつまで怯えている、もういつ客が来てもおかしくないぞ」
「…うぅ、あんたがあんな怖い雰囲気出すからでしょーが!気付いてないかもしれないけど、あんたそれ凄い怖いんだからね!?」
半ギレで雪音の頬を人差し指でブスブス指すミズキ。それを雪音は甘んじて受け、ミカはその2人のやり取りをどこか優しそうな表情で眺める。
「…さあ2人とも、もうそろそろ準備しなさい。ユキはキッチン、ミズキはホールだ。今日も頑張るぞ」
「「お、おー?」」
咄嗟に拳をあげる雪音とミズキ。さっきのシリアスな雰囲気はどこかへ消え去り騒がしい看板娘のいないリコリコはとてもゆったりとした空気を纏っていた。