彼岸花の妖精と天使は死神のそばに。   作:美女り鯛

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6話

「…この女が次の標的(ターゲット)か?」

 

「ああ、破格の報酬を約束するとのことだ」

 

「へー、いくら?」

 

「…1000万」

 

「ヒュー!ただの女子高生だろ?確かに容姿はかなり整っているが所詮それだけだろ?それともなんかやばい正体でも?」

 

「詳しくは知らん。ただ素人のそいつを消すだけなら破格だな」

 

「なにか他にあるの?」

 

「最近、ある人物との接触が見かけられている」

 

「ん~?誰だ?」

 

「裏切り者だ。元ヒリカム№3にして裏社会で【死神(リーパー)】の通り名を世界に知らしめた男…」

 

「あははは!まさかな!」

 

「名は黒戸雪音。同胞殺しの裏切り者だ」

 

「そして標的の名は椎名真昼。そいつを殺すのが今回の依頼だ」

 

「…いいかい皆。今聞いた通りこの依頼は少女一人の殺害。だがこれはあくまでおまけだ。私たちの本命は…雪音。彼への報復だ。恐らく秋奈も一緒だろうから、まとめて殺そうか。…全てを終わらせようか」

 

『…了解』

 

「……あぁ、やっとだ、やっと君を見つけたよ。これで君を殺せる。今度こそ、君を殺して()と同じところへ連れてってあげるからね。…ねえユキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

会いたい。何度そう思い、その願いが二度と叶わぬものだと突きつけられ、絶望したことか。この世界が憎い、あそこにいた関係者も組織も全てが憎い。憎悪の対象でしかない。壊したい、憎い、殺す、壊す、憎い、殺す、壊す、憎い、殺す、壊す憎い、殺す、壊す憎い殺す、壊す殺す壊す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す壊す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す壊す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

 

ドロドロと溢れるこの泥のようなそれに包まれる。望むは復讐だ。俺の持ちうる全てを使い、いつか必ず成し遂げる。たとえこの身から命の鼓動が消えようとも。必ず。

 

 

目の前に広がる見るに堪えない屍を眺めては、毎度必ず溢れるこの感情を抑え込む。

まだ…まだその時ではないと。

懐から今回の依頼内容が書かれた紙を出し、確認する。死体の顔と依頼書に映る写真の顔とを確認する。

 

「…もしもしこちら雪音。依頼をクリアした。後始末を頼む」

 

『はいは~い!お疲れ様ねユキちゃん!もうそろそろだと思って、もう掃除屋をそっちに向かわせてるわ!もう帰って大丈夫よ♡』

 

「…了解。また頼む」

 

『もっちろんよ♡報酬はいつも通り振り込んでおくわ!少しだけ色も付けとくわね♡」

 

「ありがとう、フェイ。また店に行くよ」

 

『待ってるわね♡うんとサービスするわ♡』

 

通話を終えた雪音は、その手に握る刀を振るい汚い血を掃い鞘に納める。

今回の依頼は海外のテロリストを日本に手引きした権力者の殺害。護衛として多数の殺し屋を雇っていたのだろうが、全く手ごたえがなくその全て斬り捨てた。

このことを千束が知れば少なからず機嫌が悪くなるだろう。

不殺を誓う彼女のことだ、このような仕事は大嫌いだ。

それでも別に俺自身リコリスに所属しているわけではないし、千束個人と契約しているわけでもない。

あいつとの仕事では俺自身も不殺を心掛けるが、それ以外は別だ。フェイから受ける依頼は基本殺しであり、俺自身の野望も復讐だ。殺しの刃は研ぎ続けないといけない。いつでも殺せるように。もしそれを邪魔する奴がいるなら、例え誰であろう(・・・・・)と斬り捨てる。

…そう誓ったんだ。

 

 

 

♪~~~~♪~~~

 

依頼を終えバイクで帰ろうとした雪音のスマホに電話を知らせる通知が届いた。

 

「…なんだ」

 

『最近全然会いに来てくれなったから電話したのよ。リコリコの子の相手で忙しいのも分かるけど、もうそろそろこっちの相手もしてくれないと拗ねるわよ?』

 

「…3週間前に会っただろ。情報がないのならしないぞ」

 

『あら、つれないわね。でも残ね~ん、ちゃんと情報はあるわよ?』

 

「…数は」

 

『…4だね。しかもそれぞれ違うあなたに関するネタよ』

 

「多い。めんどくさいから今度だ」

 

『貴方の友人が狙われている、と言ったら?』

 

「…はぁ、わかった。場所を送れ、それとまずは風呂に入らせろ」

 

『もちろん!その気になってくれて私もみんなも嬉しいわ』

 

「…朝から盛りすぎだろ。夕方には帰るぞ」

 

『ええ、わかったわ。どうせそこまでこっちが持たないし♡』

 

電話を切るとすぐにとある住所が送られる。マップで確認し、雪音は愛車のバイクに又借りエンジンをかけて目的地へと向かう。

これから起こる行為を想像した雪音は、ただひたすらめんどくさそうな表情を浮かべる。

これも自身の目的のため。そのためなら差し出せる物はなんでも差し出す。

例えこの身がどれほど汚れようと、彼は進む。

例えそんなやり方を知って悲しむ者がいたとしても。

 

 

あれから数時間後、雪音は念入りに風呂へ浸かり、着替えがないため着ていたスーツを着直し身支度を整える。

甘ったるい香水とたばこの臭いが混じり、なんとも妖艶な臭いが染みついたそれは、まるでこれは自身の所有物だと主張するようなそんな香り。

最悪だ、と雪音はわかりやすく嫌悪感を出している。

 

「あら、もう行くの?」

 

「得るものは得た。もうここに残る理由はないだろ」

 

「もう!もう少し一緒にいてくれてもいいじゃない!それともあの子、千束ちゃんに思う所があるのかしら?」

 

「は?あいつに?なぜ?」

 

「あら?見当違いだったかしら?だったら、…椎名真昼って子が本命かしら?」

 

「意味のわからんことを言うな。ただ、そいつがなぜ狙われているのかは知りたい。こっちでも調べるが、また何かつかめたら連絡を頼むぞ」

 

「は~い!その時は私だけを相手してね」

 

「…情報次第だな」

 

そう言って雪音はその部屋を後のした。

自身を汚し穢して得たその情報を振り返っては身も心も捨てた甲斐があった。

手首に花の刺繍をした者─雪音がずっと探していた情報。

その話を聞いた時、不覚にも胸が大きく鼓動した。

しかもまだ仮定ではあるがそいつらが椎名真昼を狙っているかもしれないという情報を聞き、疑問よりも早く感情が昂っていたことを思い出した。

 

(なぜ椎名が狙われているのかは知らないが、これは好都合。あいつの生活範囲に俺が近い以上必ず接触する機会が出来る。その時は必ず殺す。例えリコリコが邪魔しようと…)

 

時刻は夕方になっており、雪音はバイクに乗って本日はシフトも入っていないため自宅へと向かう。

風に乗って香る甘い香水の匂いに少しばかり嫌悪感を抱きながら。

しばらくバイクを走らせ自宅のマンション付近へと近づくと、近所の公園が見えてきた。

夕方ということもあり遊んでいる子どもがいない中、ベンチに見知った人影がいたことに気づいた。

 

(あれは…椎名、か。あそこで何をしてる?)

 

なにかしているわけでもなく、ただジッとベンチに座る彼女はどこか様子がおかしいことが気になった雪音はマンションの駐車場に着くやバイクを停めて公園の方へと向かった。

歩きながら真昼を観察する雪音。見た感じ特におかしいところは感じないと思った時、彼女の右足に違和感を感じた。

 

(片足だけローファーを脱いでいる?足の角度も微妙におかしいし気にしている素振りもある。…ケガか)

 

「こんなところで何してる?」

 

「…ふぇ!え、ゆき、黒戸さん。どうしてここに?」

 

俯いていたためか雪音に声を掛けられるまで気づかなかった真昼は突然の事で思わず声が上ずってしまい、それが恥ずかしかったため顔がかあぁっと熱くなる。

 

「こっちは用事があってその帰りだ」

 

「学校をお休みされていたと聞いたので、てっきり体調を崩されていたのかと…」

 

「ん?なんで俺が休んでることを知ってる?」

 

「黒戸さんが学校にいるかどうかなどは同級生の女の子たちが良く話しているので」

 

少し気まずそうに言う真昼、そして彼女の発言に対してある点に思うところがある雪音。

それは彼女が言った─学校にいるかどうかが真昼の同級生に出回っているという点。

規模や内容はともかくとして、容易に雪音の情報が出回っているということ。

それはある意味で学校に通っている以上あるあるなのだが、人生で学校に通うことがあまりなかった雪音にとって学校という組織に対しての認識は…

 

(…何それ怖い)

 

当然というべきか、寄り一層行きたくない場所へと変わっただろう。

 

「…それより、改めてどうした?」

 

「…別になんでもないです」

 

明らかになんでもない訳ない様子の真昼に、雪音は先ほどよりもしっかりと観察すると彼女のブレザーに白い動物の毛のようなものが付いていた。

さらに真昼が座っているベンチの後ろにはなかなか高さのある木があり、時折枝に猫がいたことを思い出した雪音は全ての情報から真昼の状況をある程度把握できたのか、自身のジャケットを真昼の膝下にかけると、真昼の前で跪くと足を自身の膝に乗せた。

 

「あの!ちょっと一体何を!?」

 

「足を挫いてるんだろ。靴脱がすからさっさとタイツを投げ。患部を締め付けるのは良くない」

 

「だ、だからってなんでそんなことをするんですか!?」

 

「…?なにが?」

 

「…く、靴ぐらい自分で脱げます!そんな子ども扱いしないでください!」

 

「…これが普通じゃないのか?」

 

普通じゃない(・・・・・・)です…!」

 

普通じゃない、真昼のその発言に雪音はまるで雷に打たれたかのような衝撃が走った。

雪音は異性とのコミュニケーションはその容姿の割に広くはない。もちろん、住んでいる世界的に同年代の子たちよりもかなり早く大人の世界を知ってしまっているというのもあるが、それを抜きにしてもまともな異性との交流というのはしてこなかった。

唯一、付き合いが長い異性と言えば千束が該当するだろうが、良くも悪くも千束である。今以上にコミュニケーションがへたくそだった雪音に、あることないこと散々吹き込み遊んでいた千束は一時期、物語のお姫様に憧れていた時期があった。その中の一つが、たった今、雪音が真昼にした跪いての靴を脱がすといった物だ。

もう何回もこれをやっていた雪音にとって、これは最早こういうものとして刷り込まれていたため、真昼に対してもこうして普通にやってしまっていた。

だが結果はどうだろうか。確実に千束よりも常識人である真昼が、この行為は普通ではない(・・・・・・)と断言したのである。この言葉で、雪音は千束に教えられた呪縛から解き放たれた。

 

「…そうだったのか、悪い」

 

「…いえ、私の方こそなんかすみません」

 

「とりあえずこっち向いてるからタイツは脱げ。話が進まない」

 

「…わかりました」

 

雪音は真昼に背を向ける。片手間にスマホをいじる彼の姿に、思わず真昼は視線を向けた。背の高さはもちろん、その顔の小ささも相まって、テレビで見るどんなモデルよりもスタイルが良すぎると、改めて認識した。

背中まで伸びている綺麗な白銀の髪が黒シャツによく映えており、大人びた雰囲気も足されてどこか妖艶さや魅惑的なものを感じる。

傍からみたら雪音を見る真昼の顔は恋する乙女そのものだろうと言えるぐらいには見惚れているのだが、幸いなことに真昼本人は気づいていない。

対して雪音はかというと、途中まで後ろで布の擦れる音が聴こえていたのが鳴りやんだことで、脱ぎ終わったのかと思ったが、足を痛めてる割には早かったことから、まだ途中なのではと疑問を持った。そして妙に視線を後ろから感じるため、雪音は溜息は吐いて口を開いた。

 

「椎名さん、こっちを見てないでタイツ脱いでもらってもいい?」

 

「!す、すみません!!」

 

見ていたことがバレた真昼は、慌てながらも痛みを感じないギリギリの速さでタイツを脱いだのであった。

 

「あ、あの、終わりました」

 

「ん、それじゃそのジャケットをスカートの上からでいいから巻いとけ」

 

「え、はい。あの、一体なにを…きゃ!?」

 

「あまり大きな声出すな。うるさい」

 

「そ、そんなこと言われても、誰でも急に…お、お姫様抱っこされたら驚きます!!」

 

「足を痛めてるやつを歩かせるよりはマシだろ。それよりもう少ししっかりとジャケットを巻けるか?中が見えるぞ」

 

雪音のその発言に顔を赤くした真昼は眼にも止まらぬ速さでジャケットを巻く。と、その勢いでバランスを崩したのかあわあわと暴れた真昼はテンパって雪音の首に手をまわししがみついた。

 

「…す、すみません…」

 

「いやいい。慣れてる」

「それより、そっちの家にシップとかあるのか?」

 

「はい、一応救急箱がありますので」

 

「そうか、自分で手当てはできそうか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

真昼の答えに、違和感を覚える雪音。明らかにあの痛め方は自分でやるにしては難しいはず。恐らく手当の仕方が分からないのではなく、無理や我慢をしているような感覚。

助けてもらうこと自体知らないのだろう彼女の在り方を少し理解した雪音は、どこか過去の自分と重なる気がした。

 

「…お前、なぜ無理をする?」

 

「…え」

 

「え、じゃない。痛くて辛いんだろ?なら自分で手当てできるかわからないならそう言えばいいだろ。なんで意地を張る」

 

「別に意地を張っているわけではないです!私はちゃんと一人で出来るのでそう答えただけです」

 

「歩くことすら難しい奴が?」

 

「うぅ…それは…」

 

「…はぁ、自分家に俺を上げるか俺の家で手当てするかどっちがいい」

 

「そ、そこまでご迷惑はかけられません!私は大丈夫ですから!」

 

「しつこい。ここまでしてほっとくのも後味悪い。さっさと決めろ」

 

ややドスの効いた声音を発しながら睨む雪音、それにビクリと身体が跳ねた真昼はまるで小動物化のようにビクビクしながらも「そ、それでは黒戸さんのお部屋でお願いします…」と弱々しく応えた。

それに対し雪音は「それでいい」と微笑み、マンションへと向かっていった。

公園の外で二人の光景を見ていた人物に気づくことは無かった。

 

「胸ポケに鍵があるから取ってもらえるか?」

 

「あ、はい。…失礼します」

 

雪音のポケットから鍵を取り出すとそのまま真昼が鍵を開ける。

なんだか他人の玄関を開けるが初めてで変な緊張をする真昼。よく考えてみれば初めて他人の家に入ることに気づいたのか一気に身体が硬くなった彼女を雪音はスルーし、リビングにあるソファに下ろした。

 

「物持ってくるからそこにいろ」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

すたすたと自室へ向かった雪音。その姿を目で追ったあと、改めて異性の部屋に入ってしまったことに気づいた真昼はソワソワしながら部屋を眺めてしまっていた。

 

(男性のお部屋に初めて入りましたが、凄い整頓されてて綺麗ですね。モノトーン調で揃えられていて私のお部屋よりお洒落です。それに…黒戸さんの匂いがする)

 

「…男の部屋なんて面白味はないだろ」

 

「ひゃ!そ、そんなことないです!」

 

「なんだ、やっぱ今部屋を観察されてたのか」

 

雪音のその言葉に思わず固まる真昼。確かに今の自分の受け答えだと部屋に上がるなり失礼に他人の部屋を観察していたことになる。それは流石に印象というか人としてダメだと思った真昼はわかりやすく気分を落とした。

 

「あっ…すみません」

 

「フッ、別にいい。部屋に上げたのは俺だし、見られて困るものもない。他人の家が珍しいのなら気の済むまで見てろ」

 

口元に手を当てクスクス笑う雪音。そんな彼の行動や表情を見て再度固まる真昼。静かに、そして綺麗に笑う雪音の姿はまるで本当の天使の様だと純粋に思った。学校でも雪音の笑った顔を見た人はいないと話題に上がる程度には感情表現が表に出ない人だと思っていた真昼にとって、今雪音が不意に見せてくれたその笑顔は破壊力が凄まじかった。

体温がみるみる上がる自身の身体に、真昼は自分はこんなに単純だったか、と疑問を持つ。が、よく考えてみれば自分は雪音に命を救われているのだから、こうして気になっているのはごく自然の事なのでは?と無理やり納得ることにした。

 

そんな色々考えている真昼を他所に雪音はというと、救急箱を広げている手を止め、なにやら考え事をしていた。

 

「…椎名さん、このあと風呂入るか?」

 

「は、はい。入りますけど?」

 

「なら先に入ってくるといい。あまり勧めないが、女の子だとそうもいかないんだろ。そのあとに手当をした方が流れがスムーズだ。患部はさっと流す程度にするといい」

 

「そ、そんなそこまでご迷惑をおかけするわけにはいきません!でしたら、このまま自分の部屋の戻ります!」

 

「その足だとどっちみち家事などの立ち仕事は厳しいはずだ。こっちで飯を作るから安静にしてろ。こっちで飯を食うのが嫌ならそっちに持って行ってやるから」

 

「私は大丈夫です!これぐらい私一人で…」

 

ギュッとスカートの裾を掴み、言葉を紡ごうとしたその瞬間、ポタッと手の甲に雫が落ちた。

泣いている。そう気づくのに時間はかからなかった。

なぜ泣いているのかは分からない。わからないのに、なぜか溢れる涙をなんとか抑えようと手で拭うも止めることが出来ないでいた真昼。

その時、彼女の頭に一枚のタオルがかけられた。

その上からポンポンと頭を撫でられると雪音はキッチンの方へと消えていった。

しばらくして、真昼のもとへと戻った雪音は片手に温かそうな湯気が上り甘い香りを漂わせるカップを彼女に渡した。

 

「ココアなら飲みやすいだろ」

 

そう言って雪音は真昼の足元に背を向けて腰かけた。泣き顔や弱いところを見ないようにという彼なりの配慮なのだろう。渡されたココアもすぐに飲めるように程よく冷まされておりそれもまた雪音の隠れた優しさだと気づいた真昼。

そんな優しさの数々に触れるたびに溢れるのは、涙と正体の分からない、けれどどこかふわふわとした感情だった。

 

「…なにがあったかは知らないが、涙を抑えようとはしなくていい。泣きたいなら泣けばいい。気に障ったことを言ったなら謝ろう。だがもし、その涙が何かを耐えようとしているなら、誰かの助けを求めているのなら、それは我慢しなくていい。お前は助けを求めていい。頼って良い。だからもうそうやって自分に言い聞かせるのはやめろ」

 

真昼からは雪音の表情は視えない。なのになぜだか真昼は、雪音がまっすぐこちらを視ているような、そんな気がしていた。強くまっすぐでけれど優しい、そんな眼差しで。

今までもらったことのない純粋な優しさを雪音から感じている真昼は、今まで誰にも助けを求めないようにと縛っていた心を解いた。

 

「…私は、誰かに頼ってもいいのでしょうか」

 

「ああ」

 

「…誰かに助けてって言ってもいいのでしょうか」

 

「ああ、いいよ」

 

「…ご迷惑にならないでしょうか」

 

「俺が良いって言ってるんだからお前が気にすることじゃない」

 

「……今日だけ」

 

「…ん」

 

「…今日だけ、お世話になっても良いですか…」

 

「…よく言えました」

 

真昼の問に雪音は振り返ると再度彼女の頭を撫でると、今度は彼女の方を向いて問いかけた。

 

「まずはどうしたい?」

 

「…良ければお風呂に入りたい、です」

 

「うちか?それとも自分ちか?」

 

「私の方でも、いいですか?」

 

「ああ。ならこのまま家に行くか。風呂終わって諸々準備出来たらこれに連絡してくれ」

 

そう言って自身の電話番号を書き留めた紙を渡した雪音は、彼女のカバンを持つとごく自然に真昼を抱きかかえた。

 

「あ、あの!本当にここまでしてもらわなくてもある程度は歩けますよ!?」

 

「お世話になるんだろ。さっさと覚悟決めろ」

 

雪音は適当にあしらいながら真昼を抱きかかえて隣である彼女の部屋へと向かった。

先ほどと同じように鍵を開けると、流石に無断で女の子の家に入るのは憚れたのか、そっと慎重に玄関で真昼を下ろした雪音。

 

「それじゃもう一度言うが、患部はあまり温めないようにな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「苦手な食べ物は?」

 

「いえ、特にはないです」

 

「そうか。なら適当にこっちでやる。くれぐれも無理に動こうなんて思うなよ、ちゃんと連絡しろ」

 

「ふふっ、はい、ありがとうございます」

 

雪音の注意に思わず笑顔が溢れた真昼。そんな彼女の表情に、雪音は一瞬どこか切なく悲しそうな表情を浮かべた。それは本当に一瞬で、雪音自身無自覚であり本来はよほど彼の事を知っている人間以外気づかないような変化だったが、幸か不幸か、その一瞬をたまたま見てしまった真昼はチクリと胸の奥底になにかが刺さる感覚がした。

 

 

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