アイズ・ヴァレンシュタインは復讐者である。
彼女の大好きであった場所は、怪物によって破壊された。
彼女の大好きであった日常は、怪物の手によって潰えた。
彼女の愛していた両親は、怪物が奪い去っていった。
何もかもを奪われた彼女に残るのは、幸せだった頃の記憶と、途方もない怪物への憎悪だけ。
幼い彼女がそのあまりに強すぎる感情にすっかりと呑み込まれ、復讐者に身を落としたのは、当然の帰結であったと言えるだろう。
復讐姫と化した彼女は、ひたすらに強さを追い求めた。
強くなければ、怪物を殺すことができないからだ。
強くなければ、何も守る事ができないからだ。
強くなければ、また奪われてしまうからだ。
強くなければ、強くなければ、強くなければ、強くなければ……
彼女から全てを奪い去ったあの天災が如き暴力は、彼女に強迫的なまでの『強さ』への執着心を植え付けるにはあまりにも十分過ぎたのだ。
しかし、彼女の新たな家族達は、彼女が強くなる事を望まなかった。
この神時代において、怪物を殺す事が出来るほどに強くなるには、『冒険』が、即ち自らの身を危機に晒す事が必要不可欠だからである。
身体は元より、精神も未完成である彼女が剣を取り、死地である迷宮に足を踏み入れる。
それを許容した先にあるであろう結末は、冒険者で無かろうと容易に想像がついた。
故に、極めて真っ当な価値観を持つ彼女の新たな家族達……即ち、【ロキ・ファミリア】は、彼女を檻に閉じ込めた。
それが彼女のためになると、心の底から信じて。
だが、親の心子知らずとでもいうべきか。
そんな思いやりが理解できる程成熟していなかった彼女はその事にひどく反発し、とんでもない事態を起こした。その結果がレベル2へのランクアップである。
ただ、その際、彼女と真摯に向き合ったリヴェリアのおかげで、彼女は自分に残っている尊いものの存在を知った。今の自分を大切に思ってくれる存在を知った。
そして、彼女は無理に強くなろうとするのをやめた。
そうする事で、誰かが悲しむ事を悟ったからだ。
と、ここで話が終わっていれば、めでたしめでたしと締め括れたのだろうが、そうもいかなかったのが現実だ。
その直後に、現れてしまったのである。
あまりにも非常識な速度でランクアップを達成し、目に見えるほどの凄まじい勢いで強くなってゆく、アイズの歳とそう変わらない程度の少年が。
【ロキ・ファミリア】の面々は半ば確信めいた予感を覚えた。
この事を彼女が知れば、きっと彼女はその少年の真似をしようとするだろう、と。
無理に強くなろうとする事をやめた彼女であったが、しかし強さを追い求める事をやめたわけではない。
いくら大切で尊いものを知ったからと言って、彼女はあくまでも復讐姫。
彼女の目的は怪物どもを殺し尽くす事で、その手段はひたすらに強くなる事。
強くなれるとあらば、彼女は即座に行動を起こす。
さて、先程も述べた通り、強くなるためには『冒険』が、即ち自らの身を危機に晒す事が必要不可欠である。
当然、破竹の勢いで強くなるためには、相応の冒険が必要である。
となれば、少年が何をしているのかは、火を見るより明らかだ。
その真似をするアイズなど、以前のアイズと何が違うだろうか。
折角ようやく大人しくなったというのに、また【人形姫】だの何だの言われていたアイズに戻られるなど、それこそ全ての努力が水泡に帰すというもの。
そこで、【ロキ・ファミリア】は全力で少年に関する情報を塞いだ。
ファミリア内に強い緘口令を敷き、アイズが閲覧するであろう物を徹底的にチェックし、アイズが外出するときは確実にツーマンセル以上で行動して、マズい情報をシャットアウトする。
こうして【ロキ・ファミリア】は見せない、聴かせない、気付かせないの三拍子揃った、『情報の砦』を築き上げたのである。
またそれと同時に、三首領が少年に対して直接コンタクトを取り、交友を結んだ。
体面上はアイズの教育に新しいヒントを得たいという理由であったが、本当の目的はなるべく彼の情報を把握し、アイズとの接触を避けさせるためである。
いざ実際に会ってみれば少年が(強さに対する執着心と冒険の仕方以外は)実に
さて、そんな具合でアレコレと対策を打ち立た【ロキ・ファミリア】であったが、しかしその対策は割とあっさりと突破されてしまう。
羽根つき帽の、見るからに胡散臭い神の仕業である。
彼はギルド名義の手紙を偽装してアイズを【ロキ・ファミリア】のホームから誘き出した後、
後は彼の情報と、あらかじめ把握していた【テスカトリポカ・ファミリア】のホームの位置を伝えるだけ。
そんなわけで、少年、カイ・グレイルの情報を知ったアイズ・ヴァレンシュタイン。
まず、彼女が感じたのは身を焦がすほどの嫉妬と羨望。次に、知っててあえて教えなかったな、と言う【ロキ・ファミリア】の面々への憤り。最後に、ならば自分も、と言う期待。
そんな感情を得た彼女は、一も二もなく飛び出した。そして、出会った。
「…………………………なんで居る?」
その風貌は、明らかに異様だった。異様すぎた。
燻んだ銀の鎧を着込んだ彼に巻き付く何本ものベルトに挟まれた夥しい数の
それと、未だに小さい背中に背負われた人一人がすっぽりと収まってしまいそうなほどに大きい、血糊で赤くなってしまった袋。
初見ならば間違いなく狂人か何かとでも疑ってしまうような、そんな見た目だ。
いやまぁ実際狂人ではあるのだが。
一目見た瞬間、コイツだ、とアイズは確信した。
明らかに他と違う見た目もそうだったが、彼女が一番の根拠を置くところはその目であった。
彼の目が、鏡で見た彼女のそれと酷似していたのである。
色こそ違うものの、どこか燻んだような印象を受ける、真っ直ぐな目。
自分と同類。強さを追い求める人間であると、彼女は見抜いたのである。
「らァッ!!」
果たして、アイズの直感は正解であった。
カイは強かった。
当然、彼女が今までに見てきた中で一番強いというわけではない。
フィンに比べれば、動きの精細さに欠ける。
ガレスに比べれば、貧弱もいいところ。
リヴェリアの魔法とは、比べるまでも無く貧弱だ。
いつか見たあの猪と比べてしまえば、可哀想にも思えて来る。
だが、不思議とこの少年が地面に膝をついている場面が想像できなかった。
どれだけ絶望的な力の差があっても、どれだけボロボロにされても、ひたすらに前だけを睨め付けて、最後には無理矢理にでも勝利をもぎ取る。
闘う彼の姿には、何故かそんな印象を抱かずにはいられなかった。
「オオッ、オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
ふと、アイズの心の中で、『何か』が彼の姿と重なった。
彼女は彼の闘いを食い入るように見つめながら、その『何か』の正体を探る。
「『爆ぜよ』ォォォォォォォォオオオオオオッッ!!」
蒼い炎が爆ぜる。
剣を振り上げた彼が、蒼い光に照らされる。
その姿は、その姿は、まるで───────
とまぁ、そこまでは来たものの、結局彼女はその正体に気が付くことはできなかった。
しかし、彼女の心の中に強く焼き付けられた彼の勇姿は、彼女の中に一つの確信をもたらした。
彼について行けば、きっと自分は今よりも強くなれる、と。
■
なんか知らんけどアイズにめちゃめちゃ懐かれた。
何だろうか。あの強化バグベアー討伐が何かの琴線に触れでもしたのだろうか。
「カイ、リザードマンを倒した。これは冒険?」
「……そうだな、冒険だ」
「これでもっと強くなれる? カイみたいになれる?」
「あー……まぁ、強くはなれるだろうが、俺みたいになるにはまだ遠いな」
「じゃあ下層のモンスターを倒せば、カイみたいになれる?」
「いや、そういうわけでも……いや、まぁ、違いはしないんだが……」
全身返り血まみれになりながら、俺の周りをぴょこぴょこと動き回るアイズ。
ガキかよ。
いやガキなのだが。
しかしなんか、あまりにも変わりようが凄まじい。
急に饒舌……とはいかないまでもかなり喋り出すようになったし、敵に突っ込んで殺しては魔石を踏み潰して俺にこれは冒険かと聞いて来るし。
「カイ、カイ。ねぇ、カイ」
「…………」
すまん、フィン。もしかしたらやっちまったかも知れん。
「あー……うん。アイズ。一旦落ち着け」
「私はずっと落ち着いてる」
「落ち着いてないから言ってるんだが……いいかアイズ、もう直ぐ下層に入る。あそこに見える洞窟を潜ればもう25階層。【
「うん、知ってる。リヴェリアに教えてもらった」
コクリ、とアイズは頷く。
彼女の教育が行き届いているようでよかった。
……そういえば、後でリヴェリアにも謝らなければならないな……宝玉の他に、今回の稼ぎで【ディアンケヒト・ファミリア】に
それでも魔法の一発、二発くらいは覚悟しておくが。
「途中まではまぁ、お前でも何とかならんことは無いが、それ以下は正直お前では厳しい。戦うのなら、俺に余裕があるときにしろ。それと、俺の指示には絶対に従え。隠れていろと言ったら俺がいいぞと言うまでは絶対に出てくるな。そうでないと、本当に死ぬぞ」
普段の俺の事を棚に上げているようではあるが、コイツの場合死なれると本当に【ロキ・ファミリア】に申し訳が立たないからな。
この辺に関しては徹底させてもらおう。
「わかった、そうする」
「よし、では行くぞ。下層域だ」
はい。
迷宮探索withアイズたんはあと1〜3話分かな?
その後にアストレアレコードに入るって感じになりそう。