水晶の洞窟を潜り抜け、到着したのは25階層。
圧倒的存在感を放つ緑玉蒼色の超巨大瀑布を中心として、岩壁から突き出す無数の水晶によって地形が形成された、『幻想の蒼』とも呼ばれるその光景は、訪れた達に御伽噺の世界にでも迷い込んでしまったかのような、不思議な気持ちを呼び起こさせる。
しかし、いくら綺麗とはいえダンジョンはダンジョン。
どれだけ景観が美しかろうと、薄皮一枚剥がせば出てくるのは悍ましい本性である。
天井付近を巡回するように飛び回る
ここでかつての俺……Lv1か2の時代であったのなら嬉々として連中を殺しに行ったのであろうが、しかし今の俺からしてみれば奴らは力不足もいいところ。
今俺が興味を向けるべきなのは、もっと別の存在だ。
丁度いいのでアイズに鳥どもを適当に対処しておくように伝え、俺は目の前の25階層から27階層までを貫く超巨大瀑布、『
間近で聞く莫大な量の水が50
アイズに何か危険があれば、すぐに戻る事も可能だ。
「………………さて」
25階層の岸に立ち、『
そうして、衝撃に首を打たれながらLv4の視力で以て下の滝壺を覗く。
とある存在の有無を確認するためだ。
しかし、たっぷり30秒ほどじっくりと見てみても、それらしき影は見当たらない。
「…………ハズレか」
どうやら今回もまた居ないらしい。
落胆を覚えながら頭を引っ込め、あらかじめ用意していたタオルで髪と鎧をガシガシと拭いて水分を取る。
この程度であれば魔法を使えば一発で乾かせるが、出来るだけ
それが【精癒】の効果で回復するとしてもである。
「何をしてたの?」
「いやなに、
飛来して来た最後の
アンフィス・バエナと言うのはゴライアスに続く、迷宮における2種類目の『
二つの首を持つ白竜であり、この『
「戦うの?」
「ああ」
タオルを絞りながら、軽く頷く。
何と言っても奴は俺のLv5昇格のための
まぁ、今倒したところで
「…………勝てるの?」
「いや、分からん」
「え?」
「……ん?」
アイズが続けて質問をしてきたのでまた答えてやると、何だか驚いたような表情で固まった。
おかしいな。何か変な事を言っただろうか。特に変なところは無いはずだが……
自分の言葉を反芻してみても、やはりどこがおかしいのか分からない。
仕方が無いので、もう少しアイズに喋らせようと、顎で指示する。
「…………勝てるか分からないのに、戦うの?」
すると、アイズは心底不思議そうにそんな事を言った。
「……ふむ、そうだな……いいか、アイズ。勝てるか分からないからこそ戦う意味がある。勝てるか分からないからこそ冒険が生まれる。だからこそ、戦うんだ」
「でも、負けたら、死んじゃう」
「負けなければ良い」
アイズの言葉に、俺はそう返答した。
その直後に
「負けたとして、死ななければ良い。もし死んだら、それまでだ」
「死ぬのは、怖くないの?」
「……そりゃあ、どちらかと聞かれれば怖いが……」
ただ、どちらかと言えば怖いのは俺が死んだ後の事だが。
俺の場合は主神が主神だ。
俺が死んだ後とっとと追いかけて来て、とんでもない試練を課して来る姿も、俺が死んだ瞬間俺に見切りをつけて、次の戦士候補を探す姿も想像に易すぎる。
それがどんなえげつない試練なのかを想像すればかなり怖いし……
俺が死んだ瞬間、アイツの俺に対する興味が完全に消え失せる事を考えれば、もっと怖い。
「……だが、俺は強くなりたいからな」
「じゃあ、私もそうすれば、強くなれる?」
間髪入れずにアイズが訊く。
「……まぁ、そうだな」
閉じた瞼の裏に浮かび上がって来るのは、今までの冒険の数々。
「自分から勝てるかどうかわからない戦いに飛び込んで……自分から死にに行って、かつその死を乗り越える。そうすることで冒険が生まれ、上位の
そうだ。俺は何回も死にに行った。死にに行って、生き残った。生き残って、強くなった。
Lv3の
勝てるかどうかなど微塵も分からなかった。分からなかったからこそ、死に物狂いで勝ちに行った。そして勝った。
……いやまぁ猪野郎には普通に負けたんだが、それはそれだ。
「どれだけ自分が負ける可能性が高いか。どれだけ自分が死ぬ可能性が高いか。どれだけ自分が勝つのが難しいか。その三つが冒険の質を決める。だから俺は勝てると分かっている戦いに興味がない。だから俺は勝てるか分からない相手に戦いを挑む。自分から死の可能性に飛び込んで、それを乗り越える。そうすれば強くなれる。だから俺は死にに行く。強くなるために」
そうして俺は、竜を殺すのだ。
俺のために。それ以上に父のために。そして顔も名も知らぬ母のために。
「……っと、少々長く喋りすぎたな。まぁアイズ、お前は……」
自分の世界から戻って来てすぐに、俺は絶句した。
アイズの目が、キラキラとしていたのだ。
その瞳に浮かぶのは、今すぐにでも今俺が語ったことを実践したいと言わんばかりの、無邪気で純粋なやる気。
…………まずい。完全にやらかした。
あまりにも最悪すぎる。つい気持ちが昂って一番施しちゃダメな教育をアイズに施してしまった。
ええいクソ、テスカトリポカめ、まさかアイツ、この展開を読んで……?
まぁ今はそんなことどうでもいい。さっさとアイズの軌道修正を行わなくては……冗談抜きでロキとかリヴェリアによって俺とテスカトリポカがぶち殺されてしまう……!
「…………あー、だがアイズ、お前はダメだ」
「!!?」
目を大きく見開き、どこからともなく『ガビーン』と音が聞こえてきそうな具合にアイズが固まる。
「な、なんで……?」
剣を取り落とし、思いっきり狼狽した様子でアイズが詰め寄って来る。
【人形姫】と揶揄される通り、アイズ・ヴァレンシュタインは表情の変化に乏しく、あまり感情を表に出さない事で有名であるが、今のアイズを見ればその話の真偽を疑わずにはいられないだろう。
それほどまでに、今の彼女は動揺していた。
「まぁ、何。方針の違いってヤツだ。俺は【テスカトリポカ・ファミリア】だからやっていいが、お前は【ロキ・ファミリア】だから認められない。そう言うものだと諦めてくれ」
「じゃ、じゃあ、私が
「ダメだ。お前は【ロキ・ファミリア】にいるべきだ」
アイズ・ヴァレンシュタインは【ロキ・ファミリア】に所属するべきだ。
そこだけは絶対に譲れない。
あの派閥はいい派閥だ。全員が全員仲間思いで、やはり愛に満ちている。
あの派閥であれば、この少女はきっと幸せを見つけられる。リヴェリアか、フィンか、ロキか、そうでなくとも他の誰かが、彼女に復讐以外に生きる道を示してくれる。
決して俺たちなんかと一緒に居るべきではない。
「強くなれる方法は示してやる。冒険の方法も教えてやる。だが、その上でお前が一番に考えるべきはお前の家族達のことだ。例えば……もし俺と一緒にお前がアンフィス・バエナと戦ったとして、それを知った時、リヴェリアはどうすると思う」
「……すごく、怒る」
「何故だと思う」
「……危なくて、心配だから」
「そうだ。じゃあフィンはどうすると思う。ガレスは。ロキは。それ以外は」
「……みんな、きっと怒る」
「どんな表情をしている」
「…………わからない。けど、怒ってる」
「……まぁ、上出来だろう。つまりはそう言うことだ。お前の冒険を、お前の家族は望まない。お前がいつか冒険をするとして、それはお前の家族が認めた時だ。今はただ俺の冒険を見ていろ」
「……うん……」
しょぼんと、アイズは頷く。
「…………とは言え、折角だからまぁ、多少は下層の怪物どもと戦わせてやる」
「!!」
そんな様子を見かねた俺がそう言った途端、アイズの目が輝き出した。
実に現金なヤツだ。だがまぁ、このくらいの方がやりやすい。
「行くぞ。ついて来い」
そう言って、順路に向けて歩き出す。
さて、手頃な怪物はどんなヤツが居たかな……