あの後、軽く談笑した後にフィンとロキに別れを告げ、帰る途中でリヴェリアと……と言うよりリヴェリアの取り巻きのエルフどもと一悶着ありつつも、俺は
……軽くアイズの手綱をもっとしっかり握っておいてくれと頼むだけで、あれほどまでに長時間拘束されることになるとは思わなかった。
話も全く通じないし……おかげで疲れたぞ……身体的ではなく、精神的に。
おかげで非常に眠い。
今すぐにでもベッドに横になり、睡眠を取りたいところだが、しかしその前に食事を済ます必要がある。
身体を作るのにも、身体を健康に保つのにも、食事は欠かせない。
父親もテスカトリポカも、同じ事を言っていた。
であれば、俺はそれを徹底するべきなのだ。
俺は疲弊した精神と肉体に鞭を打ち、テスカトリポカと食卓を挟んで飯を食う。
本日のメニューはトウモロコシと、焼いた肉と、そしてコーンスープ(毒入り)だ。
相変わらずのトウモロコシ尽くしだが、彼女の作るトウモロコシ料理はどれも文字通り神がかりだ。いくら食べても飽きが来ない。
「…………ま、及第点ってとこか」
もそもそとトウモロコシを頬張る俺をよそに、テスカトリポカは羊皮紙を食卓に放り投げるように置く。
『カイ・グレイル
Lv4
力:I32 → I61
耐久:I20 →I50
器用:I21 →I27
敏捷:I18 →I19
魔力:I8 → I48
【狩人】:G
【耐異常】:E
【精癒】:I
魔法
【ブラウフラムダス・トゥーダス】
・
・炎属性
・詠唱式【燃え立つ意志よ、湧き上がる闘志よ、我が大願を今、ここに】
・解放式【爆ぜよ】
スキル
【
・格上との戦闘時、全
【
・戦闘時間が長引くほど全
・戦闘開始から一定時間で【再生】【連戦】を一時発現。
【
・
・前回攻撃時から一定時間内に攻撃が命中した時、
・効果継続中、装備武器に
チラリと覗いてみれば、思った以上に【力】と【耐久】が伸びていた。
逆に【器用】と【敏捷】は残念そのものであるのだが。
「わかってるだろうが、及第点っつってもギリギリもギリギリだ。お前に溜まってる
グイ、と。テスカトリポカは酒を呷る。
無論、トウモロコシで作られたトウモロコシ酒だ。
「全然だ。全然足りねぇ。オマエは俺が見出した戦士だ。そんじょそこらの連中とは違う。
「ああ」
事実、俺は元々の予定ではアイズを連れて深層域にまで潜る予定だったし、やろうと思えばやることも出来た。
しかし、そうはしなかった。
「何でやらなかった」
「やるべきではないと判断したからだ」
確かに冒険は大事だ。
強くなるためには冒険を、つまり自分から危険に飛び込むような真似をしなければならない。
だが、それに他人を巻き込むとなると、話は違う。
俺は『そうあれ』として育てられ、俺自身が『そうありたい』と望み、テスカトリポカに『そうでいろ』と肯定されたからこそ、このように冒険をするのだ。
だが、他の者はそうではない。例え本人がそれを望んでいようと、周りがそれを望んでいないのなら、俺の冒険に他人を巻き込むことはできない。
「それはオマエが決める事じゃねェ」
「迷宮内におけるありとあらゆる裁量を俺に任せたのはアンタだ、テスカトリポカ」
食卓から身を乗り出し、強い眼光で俺を睨め付けるテスカトリポカに俺がそう告げる。
「…………ぬ、ぐ…………はぁぁ……」
テスカトリポカの言いつけは彼女自身が及第点だと言った以上、達せられたと言えるだろう。
となれば、今回の迷宮探索において、彼女は俺の判断について文句を言うことはできるものの、それを咎め、罰を与えることはできない。
気分次第で結果の良し悪しなど知らんとばかりに罰を与える『理不尽』であるのは神の特権であるが、テスカトリポカとて俺の心象を最悪近くまで下げたくはないだろう。
彼女は身を引いて背もたれに寄りかかると、大きくため息を吐く。
「オマエ……オマエ……不敬っていうか……本っっ当に逞しいよなァ……」
「半分くらいはアンタのおかげだ」
「……オレが育ててんのは神官じゃなくて戦士のはずなんだがなァ……」
と、まぁ、そんな具合でいつも通りの
「……で、だ。テスカトリポカ」
「あん? 何だ」
「しばらく地上で活動がしたい」
テスカトリポカが酒を飲むのを中断し、驚いた表情でこちらを見る。
「珍しいじゃねぇか、オマエがそんな事を言い出すたァ……何かあったか」
「フィンが、何やら親指が疼くらしい。それで、しばらく地上で警備に当たってほしいと」
「へぇ……いいんじゃねぇの? しばらく上に居りゃあいい」
「いいのか?」
意外だ。
テスカトリポカの事だから、「そんなの関係ねぇ、とっとと迷宮に潜りやがれ」とか言ってくるだろうと予想していたのだが、まさかあっさりと許可を出されてしまうとは。
「俺から聞いておいて何だが、どういう心づもりだ?」
「最近地上が面白いことになってるってのは
「……そうか」
つまり、絶対に冒険に相当するような何かが起こる、と。
「それにお前だったらあのクソビッチも放っては置かねェだろ。猪でも猫でも、白でも黒でもなんでもいいから適当に揉まれて来い」
「……ならば、猫がいいな」
「猪じゃなくてもいいのか?」
「いや、違う」
前は猪にボコボコにされた。
そのリベンジをしたい気持ちが無いわけではないのだが、既にアイツには俺の手の内が全て割れてしまっている。
あれから新しく開発した手ならば把握されていないだろうが、しかしそれらはまだ十分では無い。現時点で戦ったところで、ただ軽く潰されて終わるだけだろう。
なので、次点である猫を狙う。
……まぁ、実際に戦えるかどうかはわからないので、あくまで戦えるのなら、という話にはなるが。
「手の内が全部割れてる相手に挑むってのも冒険だとは思うがなァ?」
「アンタは自殺と冒険を一緒くたにする連中とは違うだろう、テスカトリ……む」
くらり、と。体が揺れる。
「お、もうお眠か」
「そう、らしい……」
どうやらいい具合に毒が回って来たようだ。
食卓から立ち上がり、ぐらつく体を支えながら、ベッドの方へヨロヨロと歩いて行く。
「先に、寝る」
「おう、寝とけ」
そんなテスカトリポカの言葉を最後に、俺の意識はプッツリと途切れた。
■
そして翌朝。
俺に抱きつくようにしてグースカいびきを立てる全裸のテスカトリポカを引き剥がして起き、朝食を食べ、装備を整えると、俺は早速オラリオの街へと繰り出した。
向かうのは、バベルのある
目的地は特に設定せず、ただ何のアテもなく、適当にオラリオの街を歩く。
本来ならば人通りやら犯罪の発生傾向やら、そう言うのを元にして巡回ルートを作り、色々と考えながらそこを回るべきなのだろうが……残念な事に俺にその辺の
【アストレア・ファミリア】の面々とどこかでばったりと出会いでもすれば話を聞いてみるつもりだが、それまでは適当に……
「……ん?」
「む」
……なんか野生の
「こんなところでどうした
「……迷子というわけではない。俺は明確な用事を持ってこの場に居る」
「…………またフレイヤ神が脱走したか」
「…………………………………そうだ」
オッタルはその鉄仮面に深い疲労を滲ませながら、重々しく頷いた。
それに対し、俺はバケツ一杯程度の同情と、湖が如き呆れを覚えずにはいられなかった。
「……最近、
「そうだ。……そして、それ故に警備を厳重にした結果が、これだ。……あのお方は不自由をとことんお嫌いになる……より強固な警戒は、あのお方のお気に障ったようだ」
「お前……………………」
鉄仮面に沈痛な苦労を浮かべるオッタルに、俺はもう何も声をかけることができなかった。
「…………まぁ、頑張ってくれ」
「……ああ。現在、派閥総出であのお方を捜索している。もしお前が見つけることがあったのならば、お前からあのお方にバベルへとご帰還なさるよう頼んでくれ。あのお方はお前を、お前が思っている以上に気に入っていらっしゃる」
「そうしよう。ではな」
「ああ」
そうして、俺とオッタルはそれぞれ反対の方向へ歩き出す。
通りの人々に注意を払いつつ、ウチの主神は気分屋だがずっと
「……うわ」
野生の美の女神が現れた。
どこぞの喫茶店のバルコニーで優雅に茶を嗜んでいる彼女は、顔と体をすっぽりとローブで覆い、溢れ出る神威を完全に押さえ込んで、全くの違和感なく市井に溶け込んでいる。
「げ」
気付かれた。
すっげぇいい笑顔してる。
その顔で手招きしてる。
……うわぁ〜……行きたくねぇ〜……今すぐに回れ右してオッタルに通報してぇ〜……
でもそれしたら後で死ぬほど面倒臭い事になるよなぁ〜……
しかもあの猫の主神ってアレなんだよなぁ〜……
「……………仕方ない」
ぴょんとレベル4の跳躍力で以て喫茶店のバルコニーに飛び乗る。
「ようこそいらっしゃい♡」
「……今日はいい天気だな。こんないい天気の日には、天に最も近い場所で天を眺めるべきだ。……そう思わないか?」
「天界はもう飽きてしまったわ」
「バベルに帰れと言っている」
フレイヤの目の前の席を引き、座る。
すると、フレイヤはふぅとため息を吐いた。
「だって、仕方ないじゃない。これからきっと、都市に安全な場所はどこにもなくなる。そうなってしまえば、きっと私は籠の中。これが最後の機会なのかもしれないのよ?」
「それはそうかも知れんが……それこそ仕方ないことだろうが。地面に落ちた砂糖菓子に蟻が寄って来るのは自明の理。であればそもそも地面に落とさないように注意する。そう言うものだろう」
「わかってるわよ、そんな事。でも、感情と理屈は別。貴方なら分かるでしょう?」
唇を尖らせ、フレイヤは頬杖をつく。
「……まぁ、そうだな」
俺が想起するのは、自らの父親だ。
彼はくり抜かれた両目も、家の柱から伸びる
確実に通常の人間として生活する上で障害になるだろうそれらを、嬉しそうに受け入れていた。
感情と理屈は別、と言うのは、きっとアレがそうなのだろう。
と、そんな事を考えていると、フレイヤが頬杖を崩し、机の上に突っ伏す。
「あ〜あ。私の
「……急に話を飛ばすな。そして無理難題を言うな」
「貴方がなってくれてもいいのよ?」
「嫌だ」
「ふふっ、つれないわね」
テスカトリポカ一人でも大変なのだ。
アレと同類など飼ってたまるか。
「……む」
「あら」
と、不意に下が騒がしくなる。
どうやら引ったくりが出たらしい。
「……はぁ」
「行っちゃうの?」
「元よりそう言う目的でこの辺りを警邏していた」
「あら、そう」
「ああ。……早めにバベルに帰れ。アンタの眷属達が……特にあの猪が心労で禿げるぞ」
「それはそれで面白そうね」
「…………それと今度、そっちの猫を貸せ」
「考えておくわ」
俺はオッタルにひどく同情しながらバルコニーを飛び降り、引ったくり犯を追う。
そして最終的に引ったくり犯は簡単に捕まったが、途中で恐らくフレイヤ・ファミリアの団員であろう連中にオッタルが糾弾されているのが見えた。
強く生きてくれ、オッタル。
Topic:カイがまともに育ったのは半分くらい胡散臭い羽つき帽子の神のおかげ。