冒険します。冒険者なので。   作:POTROT

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影を追う。

「……む、ぐ」

 

 冷たい感覚に、目を覚ます。

 全身を駆け巡る痛みを受け止めながらゆっくりと目を開けば、視界いっぱいに広がるのはテスカトリポカの顔。

 

「起きたかよ」

「……ああ」

 

 ガラガラと、瓦礫を崩しながら体を起こす。

 そうして顔面から滴る液体を下で舐め取ると、鉄の味と一緒に何やら妙な味が重なっていた。

 ふとテスカトリポカの方を見てみれば、その手に握られているのは空になった万能薬(エリクサー)

 

「……贅沢な使い方しやがる」

「振りかけンのも正しい使い方だって聞いたぜ?」

「まぁ、間違っちゃいないが……」

 

 瓦礫の山の上に立ち上がる。

 見渡せば、辺り一面に広がるのは変わり果てた迷宮都市の姿。

 あちこちが焼け焦げ、崩れ落ち、抉り取られ……そこらには幾人もの死体が転がっている。

 唯一変わりないのは、天を衝く巨塔のみ。

 

「……負け、か」

「負けも負け、大負けだな、こりゃァ」

 

 俺は生きている。テスカトリポカは送還されていない。バベルは無事。

 だからどうしたと言うのだ。民衆は死に、冒険者は死に、街はこんなにも破壊された。

 

「……俺の戦いは見ていたのだろう。俺が負けた後、どうなった」

「ん? ああ、そォだなァ……エレボスの野郎……ッつってもわかりゃしねェか。まァ、ろくでもねェ野郎がやってくれやがった」

「……何をだ」

「都合九柱の神の送還だ」

「……………………………馬鹿な」

 

 多すぎる。あまりにも多すぎる。

 神の送還など然う然う起こりはしない。少なくとも俺が生まれてから、その時に上がると言われている光の柱を、俺は一度も見ていない。

 それは単純に神々が『特別』だからだ。

 神々に寿命は無い。神々に病気は無い。そして神々には人による殺害を避ける神威がある。

 故に神は死なない……わけではないが、送還はされない。下界から追放されない。

 だが、それが、一度に九度。

 

 ……いや、違う。

 重要なのはそこではない。

 神が送還された。その事実は確かに大事だ。

 だが。だが。『神の送還によって引き起こされる事象』は?

 

「……送還された神は」

「あン? あー……少なくとも俺が聞いた限りじゃあベレヌスと……ゼーロスの野郎だったか?」

「……わかった。理解した」

 

 ベレヌス。ゼーロス。それぞれ、探索系派閥の主神だ。

 そしてその二派閥は、今回の動乱の最前線で戦っていたはず。

 で、あるならば。そうであるならば。

 

「……クソが」

 

 導き出された答えに、悪態を吐かずにいられない。

 だが、そんな行為は何の意味もないどころか、ただの時間の無駄でしかない。

 

「ステイタスの更新を頼む」

「ここでか? 紙無ェぞ」

「口頭で頼む。家には帰らないし帰れないだろう」

「まァ、そりゃァそうなんだがな?」

 

 鎧を脱ぎ、瓦礫のベッドにうつ伏せになると、テスカトリポカは作業を始める。

 その間、俺がするのは先の戦いで得た情報の整理だ。

 

 その中でも特に大きいのは、やはり俺の両親についてのものだろう。

剣聖(ソードマスター)】ウルヴァン。

 俺の父親。あのザルドとか言うのを何度も打ち負かした剣豪。

天姫(てんき)】エルナ。

 俺の母親。天の覇者とすら呼ばれた女。

 

「…………」

 

 そして気になるのは、あの女の、母に対する言及。

 

 『爆散鍵(スペルキー)など必要ない。あの女は何を言う事もなく縦横無尽に空を駆けた。飛竜(ワイバーン)よりも速く飛翔し、蜂鳥(ハチドリ)よりも自由に飛んだ。そして理不尽な空爆と砲撃で以て全てを粉砕した』

 

 母は、あの蒼炎(ほのお)で空を飛んだらしい。

 そして、『空爆』と『砲撃』とやらを用いて戦ったらしい。

 

「…………」

 

 だが、それ以上のことはわからない。

 

 空を飛んだ。どのように飛んだ?

 一応、俺にも飛んだ経験がない事もない。

 解放式を使用して、爆散する地面と共に飛翔するのだ。

 だが、きっとこういう事ではないのだろう。

 それが、何一つとしてわからない。

 

『空爆』と『砲撃』を用いた。それはどのようなものだ?

 空爆の方は文字で理解できる。

 空からの爆撃。空を飛んだ状態からの、地面への爆撃。そういう事だろう。

 だが、砲撃の方はいかんせんわからない。

 俺で言う『蒼炎の砲弾』がそれに当たるのか、それとももっと別のナニカなのか。

 

「……聞くか」

 

 そうだ。話を聞いてみよう。

 フィンやリヴェリア、ガレスなんかはゼウスとヘラが居た時代から居たらしい。

 で、あるのならば。【天姫(てんき)】の戦いを見たことがあるのではなかろうか。

 一度、直接話を聞いてみるのが一番だろう。

 

「……うーし、出来たぞォー。しっかり聞いておきやがれェー。

 力:E454→E492

 耐久:E467→D500

 器用:E426→E478

 敏捷:D521→D562

 魔力:H112→H152

 発展アビリティ、スキル、魔法、全て変化ナシだ」

「……わかった」

 

 立ち上がり、鎧を着け直す。

 

「予定は決まってるか?」

「ああ。実に嬉しいことにギッシリと詰まっている」

「そいつァ良いことだ。オレぁしばらくバベル近くに居る。用があったら来い」

 

 そう言って俺に背を向け、バベルに向けて歩き出すテスカトリポカ。

 だんだん遠ざかってゆくその背中に、俺は声をかける。

 

「そうするつもりだが、生憎と俺の予定も最初はバベルの方だ。別れるにはまだ早いぞ」

「………………」

 

 テスカトリポカは無言で早足になった。

 一瞬で追いついてやった。

 

 

 ■

 

 

「おい、フィン」

「ッ、カイ!?」

「おまっ……生きとったんかワレェ!?」

 

 ギルド本部の会議室。

 臨時の作戦室となっているその部屋にフィンがいると聞きつけ、俺はその扉を開いた。

 するとそこにいたのは聞いていた通りのフィンと、神ロキだった。

 随分と神経を張り詰めているようだったが、入ってきたのが俺だとわかると、二人とも喜色を浮かべて俺の方へと駆けるようにして寄って来る。

 

「……死んだと思っていたのか?」

「そらそうやろ! ジブンが死んだ死んだっちゅーて連中大騒ぎしとったんやぞ! 蒼い炎の悪魔を倒したぞ〜っ、もうこっちの勝ちだぞ〜ってなァ!!」

「僕も死んだものとばかり……まぁ何にせよ、オッタルも君も、生きていて本当に良かったよ」

「……ああ、成程」

 

 オッタルがやられた時と同じような感じで閧を挙げられたのか。

 しかし、これですれ違う人々に悲鳴を上げられたり信じられないような目で見られていた理由がわかった。

 テスカトリポカも俺が死んでいないのを把握していたのなら、普通に死んでいないと言ってくれれば良かったものを……

 しかしまぁ、オッタルも生きていたのは実に僥倖だと言える。

 

「ところで状況は……聞くまでもなく最悪だな」

「ああ。オラリオの市壁を占領された。資材、食料、医用品、人手……何もかもが足りていない。このままでは冒険者達も弱るばかりだ。民衆もいつ爆発するかわかったものじゃない……」

 

 部屋内に散乱していた資料を漁れば、その一枚一枚が事態を更に最悪にしてゆく。

 それと同時に、敵の狙いも否応なく理解させられる。

 つまるところ敵が今こちらに仕掛けているのは、『徹底的な嫌がらせ』だ。

 

 とにもかくにも、こちら側に負荷(ストレス)をかける。

 精神的、肉体的問わず、とにもかくにも負荷(ストレス)をかけて、かけて、かけ続ける。

 そうして、こちらを徹底的に弱らせるつもりらしい。

 

「……一番怖いのは『民衆』だな。ガネーシャはどうしている」

「どうも出来ん。やれるだけのことはやっとるっぽいけどな。こんな状況じゃ焼け石に水や」

 

『群衆の主』たるガネーシャならば、この極限状態にある民衆も何とかしてくれるのではないか。

 そう僅かながらの期待を持って問いかけてみるが、返ってくるのは無情な返答。

 バッサァ、と。手にした資料を放り出し、ロキが溜め息を吐く。

 

「外からの救援も全く期待できん。まぁこっちにリソース割いとる分、港街(メレン)が軽傷で済んどるのは助かるっちゃ助かるが……」

「熱き戦いどころか、搦手に謀略……まったく、いやらしい限りよ」

 

 俺の後ろで扉が開き、ガレスが足を引き摺りながら入ってきた。

 

「ガレス……平気なのか? 怪我は?」

「いつまでも寝とれんわい。そんな事よりもカイ、よく生きとったのう。アルフィアにやられたと聞いとったが」

「ああ。ザルドと戦っている最中に、横合いから魔法で吹き飛ばされた」

「あの二人と同時に戦ったのか!?」

 

 ガタン、と。

 フィンもロキも、ガレスもが反応を示す。

 

「真っ向から戦ったのはザルド。アルフィアとやらには横からやられただけだ」

「それでもだ。本当によく生きていてくれた……」

「ほんまに……ほんまにもう……無茶するんとちゃうわボケぇ……」

「うぅむ……」

 

 と、部屋の中の空気がしんみりしてきたところで、俺は本題を切り出すことにした。

 

「ところで三人に聞きたいのだが。【剣聖(ソードマスター)】と【天姫(てんき)】について、何か知っていることはないか?」

「【剣聖(ソードマスター)】と【天姫(てんき)】ぃ? 何だってそんな……え? マジ?」

「……まさか、そう言うことなのか?」

「…………似ている、とは思っとったが、よもや……」

 

 ロキが何かに気付いたような素振りを見せ、その目をいっぱいに開く。

 そして遅れてフィンが、最後にガレスが信じられないようなものを見る目に変わった。

 

「……カイ。一応、一応聞いておこう。君と、その二人との関係は……?」

「俺の、実の両親に当たるらしい」

 

 会議室で、ロキの悲鳴が爆発した。

 

「おまっ、おまっ、そう言うことやったんか!? 確かにさらりとは聞いとったけど! 確かにそれ聞いて考えりゃ色々と辻褄は合うけどなぁ!?」

「少しの間静かにしておいてくれロキ。それで? その話はあの二人から?」

「そうなる。それで、アルフィアの方がお前の魔法は母に遠く及ばないと言っていてな。母の戦い方を知っているであろう人間に俺の母親はどのように戦っていたのかを聞きに来た」

「……では、儂が話してやろう。フィン、ロキ。すまんが儂とコイツは少し席を外すぞ」

「ああ、頼む」

 

 ガレスに連れられて会議室の外に出て、少し離れた長椅子(ベンチ)に座る。

 

「さて、どっから話したもんかのう……」

 

 

 ■

 

 

 たった一人。

 都市の外周部近く。

 誰の邪魔も入らなそうな、廃墟の中で。

 天井に空いた穴から降り注ぐ雨に打たれながら、思案する。

 

「…………」

 

 ガレスから聞いた母の話は、荒唐無稽とすら思えるようなものだった。

 どうやら俺の母親は俺の想像を絶する傑物……否、バケモノだったらしい。

 

 縦横無尽に、冗談のような挙動と速度で天空を自在に駆け巡り、わずか一週間での世界一周を成し遂げた。

 冗談のような超高範囲攻撃で、深層域丸々一階層分を丸ごと焦土に変えた。

 冗談のような極高火力でバロール(推定Lv7)すら一撃で沈めた。

 

 もはや意味がわからない。

 その能力もさることながら、これだけの能力を以てしても勝てなかった黒竜もわからないし、これに勝利し、その心を射止めた父親もわからない。

 

「……」

 

 ギリ、と。歯を噛み締める。

 母親と同じ魔法を持っているのにも関わらず、全くと言っていいほどその力を使えていなかったと言う事実が。

 あの狂人だと思っていた父親が。親として師として、敬愛しながらも、心のどこかで異常者だと見下していた父親が、俺の何倍も強いと言う事実が。

 俺が倒す倒すと豪語していた竜が、俺の想像の何倍も強大な存在であると言う事実が。

 俺が未完成で、未熟で、何もできないただのガキだと言う事実が。

 

 考えれば考えるほどに苛立たしく、そして、悔しかった。

 

「……ッ、クソがァ!」

 

 悪態を撒き散らし、そこらの瓦礫に当たり散らかす。

 無駄。そんなことは理解している。

 無様。そんなことも理解している。

 みっともない。情けない。幼稚。阿呆らしい。見るに耐えない。そんなことも理解している。

 

 しかし、今までに感じたことのないような衝動を、俺は抑えることができなかった。

 どうやら俺は、気付いていないだけで相当に追い込まれていたらしい。

 ……いや、こうなる事は、無意識のうちにわかっていたのだろう。

 わかっていたからこそ、きっとこのような場所にまで移動してきたのだ。

 

「クソがッ、クソがッ、クソがッ、クソがッ、クソがァァアアアアああああああああッ!! ふざけるなッ!! 何がッ、何がッ……!」

 

 自身の完膚なきまでの敗北。自身の犯していた誤り。自分の弱さ。理不尽なまでに遠い両親の背中。今までの自分を否定された事実。自身の驕り。

 もはや何に怒っているのかも分からなくなりながら、ひたすらに暴れ回る。

 

「何でッ! 何がッ! クソがッ! 俺がッ! ああああああああッッ!!」

 

 Lv4の膂力が瓦礫を吹き飛ばし、壁に穴を空け、ただでさえ崩れかけの建物にとどめを刺すかの如く損傷を与えてゆく。

 

「……っ、ぐ、おぉっ……」

 

 そうして、暴れて、暴れに暴れて。

激戦熱闘(スキル)】が発動せず、疲れ果てて。

 瓦礫の中に沈み込んだ時、溢れ出すのは滂沱の涙。

 

「……ッ、クソがぁッ…………」

 

 涙を流すなど、もう何年間もしていないことだ。

 もはや大人とも呼べる精神性になったと思い込んでいた俺にとって、涙などという未熟の証は、酷く屈辱的で、酷く惨めな気分にさせられる。

 

「…………うぁ」

「!?」

 

 そんな最中の事だった。

 瓦礫の中から、誰かの声がしたのを聞いた。

 

 瞬間、涙は引っ込み、顕になるのは焦燥。

 それは誰かにこの無様な姿を知られたと言う事実から来るものであり、そして死にかけているだろう者を助けなければならないと言う使命感から来るものでもあった。

 

「【燃え立つ意志よ、湧き上がる闘志よ、我が大願を今、ここに】」

「【ブラウフラムダス・トゥーダス】」

 

 高速詠唱。一瞬で魔法を組み上げ、蒼炎の鎧を纏う。

 

「【爆ぜよ】!」

 

 そうして、蒼い爆発で瓦礫を吹き飛ばした。

 俺の蒼炎は焼きたいものだけを焼くことができる。それは爆発に関しても同様であり────

 

「ッ」

 

 瓦礫の下に、誰かを見つけた。

 それが『誰』であるかはわからない。

 ただ、その右腕と右脚は引き千切れ、顔は焼け爛れている。

 きっと自爆に巻き込まれたのだろう。火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)のおかげでその他の部分は無事のようだが、それでも命に関わる事態だ。

 持ち合わせの水薬(ポーション)を振り掛けつつ抱き上げ、廃墟を脱出する。

 

「……ッ」

 

 状態は生存こそしているものの極めて重篤。

 今の今まで生存していたことが奇跡とも思えるような状態だ。

 当然、早急な移動が求められる。

 しかし、ここから医療所は酷く遠い。走って行けば、相当な時間を要するだろう。

 

 ……瞬間、思い出されるのは母親の逸話。

 蒼き炎で以て、空を駆けた母親の技。

 それを用いれば、時間は大いに短縮できる。

 

「……よし」

 

 母親ができたのなら、俺にできない道理はない。

 危険? 腕に抱える少女の安全? 知るか。成功すれば問題ない。

 

 到底俺らしくない思考だというのはわかっている。

 普通に地面を駆けるべきであるというのは理解している。

 だが、何というのだろうか。

 今まで俺に決定的に足りなかった『意地』のようなものが、そうしろと叫ぶのだ。

 

「……やってやるッ!!」

 

 そう叫んで、俺は蒼炎(ほのお)と共に大気を蹴り────

 

 

 

 

 ────斯くして、俺は空を駆けた。




Topic:厳正かつ公平なダイス神の裁きの下、アーディの生存は決定された。

 ……正直これが作品的に良いことなのか悪いことなのか全然わからん。
 感想とか評価とかで是非とも反応が欲しい。
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