冒険します。冒険者なので。   作:POTROT

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『未知』への恐怖。

「……う、お」

 

 蒼炎(ほのお)と共に空を蹴り、グンと前方に向けて俺の体が加速した、その瞬間。

 俺は、その感覚に忘我した。

 

 曇天の空、雨の降り頻る中、迷宮都市の上空に、ただ一人。

 今まで目にした事のない景色。今まで経験した事のない感触。今までに感じた事のない速度。

 自分が今重篤な怪我人を抱えているという事実すら忘れ、俺はその感覚にただ酔いしれた。

 

 だが、それも長くは続かない。

 すぐに推進力は途切れ、次の一歩を踏み出さなくてはならない。

 俺は落下を始めた事にハッと気付き、次なる一歩を踏み出して────

 

「おあぁっ!?」

 

 思いっきり真上に飛び上がった。

 前方に進んだつもりだったが、どうやら思ったよりも下向きだったらしい。

 であるのならば、今度はもっと下方向に向ける事を意識して────

 

「うっ!?」

 

 今度は下方向に向き過ぎたし、向きも良くなかったらしい。

 ぐるぐると回転しながら下方向へ急加速し、建物にぶつかりそうになる。

 

「ぐっ、おっ、あっ、と」

 

 咄嗟に出力を控えた蒼炎(ほのお)で微調整して体勢を立て直すことで何とか再び上空へと舞い上がり、今度こそ再び前方向へと進む力を生み出すが、しかし俺の心に先ほどのような全能感は無い。

 

 ─────この空中機動、思った千倍難しい!!

 

 ガレスから聞いた話であれば、母親はこの移動法でオラリオの端から端まで30秒とかからずに移動可能で、低空飛行も蛇行も、急上昇に急下降だってお手のもの。低速移動はおろか空中静止(ホバリング)すら可能で、狭いダンジョンの上層域ですら何にもぶつかる事なく移動できたと言う。

 その話を聞いている時でさえ、荒唐無稽と強く思ったが……

 

「ぐ、お、お、お、おっ!?」

 

 いざこうして自分も飛んでみると、それがいかに人間離れした神業であるかを理解させられる!

 火力の調節、蒼炎(ほのお)を噴き出させる位置の調節、自分自身の体勢の調節、かかる空気抵抗の予測、かかる重力の予測、かかる遠心力の予測、その他多数の注意事項(エトセトラ)

 考慮しなければならない事が、あまりにも多すぎる!

 

 ……まぁ、これも最初だけではあるのだろう。

 段々と慣れてさえ来れば、感覚でこの辺全てをクリアする事ができるのだろう。

 だが! それでも狭い上層域での飛行など、出来る想像(ヴィジョン)すら浮かばない!

 

 そりゃああの女も俺の蒼炎(ほのお)をこき下ろすはずだ。

 ガレスもフィンも、オッタルも、この蒼炎(ほのお)を知っていながら、俺が【天姫(てんき)】の実子である事に気付かなかったわけだ。

 つまるところ、あまりにもお粗末すぎたのである。

 どうやら俺は超硬金属(アダマンタイト)すら両断できるような名刀を持ちながら、しかしそれを鈍器としてしか扱えないような阿呆だったらしい。

 

「……ぬ、ぐ。よし……!」

 

 だが、ある程度はもう()()()

 これならば注意さえしていれば、確実に前へは進めるだろう。

 それこそ飛べるようになってすぐの雛鳥のような、実に稚拙なものではあるが、しかしある程度は安定して進めると言う事実に変わり無い。

 まさしく、俺は空を駆けているのだ。

 

「うおお!? 人が飛んでやがるぅ!?」

「はっ、あっ、【蒼き猛火(アズール)】ぅ!?」

「うああああああ! 死んだ【蒼き猛火(アズール)】が化けて出やがったぁああああ!?」

 

 しかし、空を駆けるというこの行為、随分と注目を集めるらしい。

 最初に気付いた誰かの声に反応し、項垂れて地面を見つめていた冒険者や民衆たちが顔を上げ、そして上空を駆ける俺を見つけては大騒ぎしている。

 ……まぁ、元気が無いよりは何倍も良い事だな。うん。

 

 ただ、今は生憎と彼らを相手にしている暇はない。

 騒ぎ立てる人々を置き去りにして空を蹴り、医療所を目指してグンと前へ進む。

 

「確実なのはアミッドのところだろうが、アイツも今は忙しい……と言うか、人を選んでいる場合ではない、まずは誰でも良いから治癒師(ヒーラー)にかからなくては」

 

 ドン、と。今度は意図して急上昇する。

 バベルの中ほどまでに飛び上がり、中央広場(セントラルパーク)を上空から俯瞰して見れば、治癒師(ヒーラー)達が放つ魔法の光がチラチラと見える。

 そしてその中で一際光の強いものを選び、そこ目掛けて降下する。

 横方向へと若干の力をつける以外の殆どを重力に任せて自由落下し、地面につく直前で蒼炎(ほのお)を吹かせ、安全に着地する。

 

「………………はぁっ!?」

「今……えっ!? 空から!?」

 

 俺が空中から飛来して来たと言う事実に周囲にいた人々がにわかに湧き立つ。

 しかし、やはり彼らに構っている暇はない。

 

「おい。コイツの治療を頼む」

「えっ、アッハイ!」

 

 呆然としている治癒師(ヒーラー)に抱えていた女性──抱えた時の感触で性別はわかった──を押し付ける。

 すると治癒師(ヒーラー)は地面に横たえるように指示するので、言われるがままに俺が彼女を地面に横たえれば、治癒師(ヒーラー)は杖をかざして詠唱を始め、そしてすぐに魔法は完成する。

 

 ……しかし、あまり見た目に変化は訪れない。

 顔の火傷がある程度おさまり、いつぞやに会った【ガネーシャ・ファミリア】のシャクティの妹であるという事はわかったが、しかしその顔の半分には痛々しい火傷痕が残り、右の手脚も回復の兆しは一切見られない。

 

「────私にできるのはここまでが精一杯です」

「……これ以上はどうにもならんのか」

 

 手脚に関しては仕方がないと俺にもわかる。

 魔法とて万能ではない。魔法をかけたところで、喪った四肢が再生するわけが無いのだ。

 彼女の千切れた手脚がこの場にあれば話も違ったのだろうが、そんなものはここには無い。

 

 ただ、顔の火傷だけはどうにかなっても良いのではなかろうか。

 顔の傷など、女にとって忌避すべきものの筆頭だろうに。

 

「無理、です。私の魔法はあくまで『傷を癒す』魔法……裂傷や打撲、骨折のようなものならば治せますが、既に『変質』し、それが『正常』となってしまったものは……」

「……そうか。無茶を言って悪かったな」

 

 つまるところ、傷跡になる事は彼女の肉体そのものが決定していたのだろう。

 火傷した直後ならばいざ知らず、焼かれて時間が経過してしまったが故に、彼女の肉体はこの状態こそが彼女の『正常』な状態であるとしてしまったのだ。

 

「……彼女の命は?」

「今のところ問題は無いかと。昏睡の理由は外的なショックが主でしょうし……ずっと眠り続けるのなら話は違いますが、しばらくすれば問題なく起きると思います」

「そうか、ならばいい」

 

 何はともあれ、命あっての物種だ。

 生きられるのならば問題はない。

 

「ただ、その……」

「……ただ?」

「その、起きた時が、彼女にとって一番苦しい時だと思うので……できるだけ彼女に親しい人が近くにいてあげたほうが……」

「わかった。そうしよう。忙しいところ感謝する」

「あ、いえ……」

 

 治癒師(ヒーラー)に感謝を告げ、彼女を抱き抱える。

 さて、彼女の親しい人間と言えば、やはりシャクティ団長だろう。

 人にとって、共に生まれ育った肉親の力は強いものだ。

 そしてシャクティ団長だって彼女の安否が気になっているはず。

 となれば、俺にとって最良なのは彼女をシャクティ団長の元へ送り届ける事だろう。

 

 ……と、思ったはいいものの。

 

「……見つからねぇ」

 

 シャクティ団長はおろか、【ガネーシャ・ファミリア】の団員すら見つからない。

 まぁ、どうせ闇派閥(イヴィルス)関連の事で外周付近に固まっているのだろうが、しかしそれにしたって数人くらいはここにも居るべきだろうに。

 

「こうなったら直接ガネーシャ神にでも……」

「……う」

「む」

 

 もぞり、と。腕の中で少女が動いた。

 そして、薄らとその目を開き────

 

「……()ッ、え……あっ、うあ、あっ!?」

「……しまったな……」

 

 彼女が目を覚ましてしまった。

 顔半分を覆う火傷の痛み、無くなった右手脚の喪失感、そして最後に見た自爆の瞬間の記憶……

 それら全てがいっぺんに彼女に襲い掛かり、彼女はパニックに陥ってしまったようだ。

 

「あっ!? あぐっ、ゴホっ! ゲホっ、カヒュッ、カヒュッ!」

 

 そして急に声を出したせいで、どうやら咽せてしまったらしい。

 仕方が無いので俺はそこらの辛うじて原型をとどめている民家の中に入り込み、無事だったベッドに彼女を横たえる。

 

「ああっ、ひっ、嫌っ、嫌ぁっ……!」

「…………はぁ」

 

 ベッドの上でもがき苦しむ彼女から少し距離を置き、俺は溜め息を吐く。

 恨むぞシャクティ。何故中央広場(セントラルパーク)に居なかったんだ。

 お前だったら彼女に気の利いた言葉の一つでもかけてやれただろうに。

 ……いや、単純に俺が人の一人も見つけられず、気の利いた言葉の一つも言えない無能と言うだけの話か。

 

「……ん?」

 

 しばらく時間が経って、ふと彼女が静かになったと感じ、彼女の方を見て見る。

 すると、蒼白な顔で実に苦しそうに浅い呼吸を繰り返しており、どうやら過呼吸に陥っているようだった。

 

「あ、やべ」

 

 流石にこれはまずい。

 そう判断し、彼女の近くに駆け寄る。

 

「おい落ち着け。焦るんじゃない。深呼吸だ。きちんと吸って吐くを意識しろ。1秒吸って2秒吐く事を徹底しろ。ゆっくり……む」

 

 俺が彼女の側に寄ると、彼女が俺の手を握った。

 ……仕方がないので、これで落ち着くならばとこちらからも手を握り返す。

 

「ゆっくりだ。ゆっくり。吸う……吐く……吸う……吐く……そうだ。よし。それをずっと続けろ。それで直によくなる……」

 

 呼吸のペースが安定して来たのを確認し、彼女から離れようとする俺だったが、しかし万力のような力で握られて抜け出せない。

 そしてしばらくして、漸く手の力がおさまって来た。

 ……と、思ったら。

 

「すぅ…………すぅ…………」

「……マジか」

 

 俺は動くに動けなくなり、仕方がないので蒼炎(ほのお)の制御の練習をしながら待つことに決めたのだった。

 

 

 

 

「……んう……あれぇ……?」

「……起きたかよ……」

 

 ようやく起きやがったなこの野郎。

 ぐっすり夜まで8時間以上も寝こけやがって。

 おかげで低速飛行から空中静止(ホバリング)まで出来るようになってしまったぞ。

 たった8時間で出来るようになった事に母親の血を感じるのと同時に、逆になんで今までこれをやってこなかったんだという後悔の念が湧いて来てならないぞ。

 

「えっと、私……あれ? ああ、そうだ。無くなっちゃってて、凄く痛くて……えっと、それで、あなたが……」

「廃墟で死にかけてるお前を見つけて、治療して、お前がパニックになって、疲れて寝て、そして今に至る」

「そうなんだ……うん、思い出した。確か、ずっと近くにいてくれたんだよね。えぇと、【蒼き猛火(アズール)】君、だっけ」

「……ああ。そうだ」

 

 ……一先ず、起きてまたパニックになる、なんて事はなくて良かった。

 だが、しかし……

 

「それで……あ……あ、あはは、ずっとあって当たり前だと思ってたから、いきなり無くなっちゃうと思わず動かそうと思っちゃってダメだなぁ……あはは……」

「…………」

「ええと、ええと……あ、お礼、まだ言ってなかったね。本当にありがとうね、【蒼き猛火(アズール)】君。もう一回会った事があると思うけど、私はアーディ。【ガネーシャ・ファミリア】で、団長シャクティ・ヴァルマの妹の」

 

 ()()()

 明るく、気丈に振る舞っているようだが、しかし息の一つでも吹きかけてやればそのまま倒れてしまいそうなほど儚く、そして脆い。

 俺の灯した蒼い炎に照らされるその笑顔すら、酷く乾いて見えた。

 

「……もう、やめろ」

「……え?」

 

 口を突いて、言葉が出る。

 

「平静を装おうとするな。あまりにも痛々しすぎて見るに耐えん。泣きたいなら泣け。喚きたいなら喚け。席を外して欲しいなら席を外してやる」

「……あ、あはは。うん。優しいね。でも大丈夫だよ。私は大丈夫。私は……」

「……どうなんだ?」

「ちょっと……やっぱり、駄目かも」

「席を外すか?」

「ううん、聞いて欲しいかな」

 

 再び、アーディの手が俺の手を取る。

 

「私……私ね? 誰も傷付かずに、みんなが笑顔で幸せになれればいいのにって、ずっと思ってて……それは今も変わってないの」

「そうか」

「だって、その方がいいと思うでしょ?」

「そうだな」

 

 本当にそうなるのなら、どれだけ良いことか。

 

「でも、難しくて、うまくいかなくて、でも私に出来ることなんてたかが知れてるなんて、そんな事はわかってたから、出来ることから頑張ってたの」

「そうか」

「これでこの人が幸せになれますように、これでこの人が幸せになれますように、って」

「そうか」

「それで最後には、みんなが幸せになってくれたらいいなって、そう思って……」

「立派なことだ」

 

 やろうと思ったところで、そうそうできる事ではない。

 彼女自身の持つ善性こそが、それを為したのだろう。

 

「それで、本当は闇派閥(イヴィルス)のみんなだって、幸せになって欲しいって思ってたんだけど、でも、そんなのはとても無理で」

「だろうな」

 

 アイツらの幸せは無辜の人間を殺す事だ。

 そんなもの、許せるわけがない。

 

闇派閥(イヴィルス)は倒さなくちゃいけないってなって、アリーゼやリオン達と、【アストレア・ファミリア】のみんなと、敵の棲家(アジト)を攻めに行ってたの」

「そう聞いているな」

「そこで……そこでね? 私、子供が怯えてるのを見つけちゃってね?」

「…………」

 

 察した。

 つまりは、そう言う事なのだろう。

 

「私、私……お姉ちゃんからあの話はもう聞いてて、その子供にもそれが期待されてるっていうのが、どうしても許せなくて……だから私、私……」

 

 ポタポタと、涙が溢れる。

 苦しそうな嗚咽が漏れる。

 

「私、すっごく怖いの。どうして? どうしてあんなことになっちゃったの? どうしてあの子は死ななくちゃいけなかったの? どうしてあんな酷い事をさせられるの?」

「……」

「ずっと。ずっと。頭に響いてるの。あの嗤い声が。痛くて、熱くて、苦しい中で、ずっと聞こえてた嗤い声が、ずっと頭から離れないの」

「……そう、か」

 

 アーディ・ヴァルマは、極めて強い善性を持っている。

 いわゆる性善というやつなのだろう。

 根っこの部分から、『善い人』であるのだろう。

 

 だからこそ、吐き気のするような、悍ましい『悪』というものがわからない。

 救いようのないクズを理解出来ない。

 根っからの『悪人』ですら、いつかは改心できると思ってしまう。

 

『善』であるからこそ、『悪』が理解できない。

 そこに、ありったけの『悪意(げんじつ)』をぶつけられたのだ。

 そりゃあ、こうもなろう。

 俺も似たような体験をついさっきして来たばっかりだが、彼女のそれは俺のそれよりも何百倍も、何千倍も重い。

 

 もはや、立ち上がれるかどうかすら定かではない。

 立ち上がるための脚すら、奪われてしまったのだから。

 

「……これから、どうするつもりだ」

「…………わからない」

 

 俯いたまま、アーディは答える。

 

「……取り敢えず、お前を姉のところまで送る。その方が──」

「待って」

 

 ギュッと、手が強く握られる。

 

「お姉ちゃんと会うのは……みんなと会うのは、もうちょっと待って。こんな私を見たら、きっとみんな、もっと暗い気持ちになっちゃう」

「……じゃあ、どうすればいい」

「お願い。ガネーシャ様を連れて来て。それで……考えるから」

「……ならば、そうしよう」

 

 そう言って、俺は夜の空へと飛び出した。

 ガネーシャ神か……実に声のデカい神だと記憶していたが、事情を説明すれば大人しく付いてきてくれるだろうか。




Topic:初めて空を飛んだ感覚は、初めて補助輪なしで自転車の運転に成功した時に近い。
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