冒険します。冒険者なので。   作:POTROT

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『蒼き猛火』

 宵の曇天に、蒼い光が閃く。

 縦横無尽に動き回り、乱高下、急加速、急停止を繰り返しながら、迷宮都市の上空を駆け回る。

 昏い空に尾を引きながら奔る妖星の如き蒼炎に、人々は目を奪われた。

 その胸に抱くのは期待であり、希望であり、絶望であり、羨望であり、憐憫であり、憤慨であり、恐怖であり、憎悪であり────

 誰しもが、その蒼い光から目を離すことができなかった。

 

 

 ■

 

 

 すっかり暗くなった迷宮都市のメインストリート。

 かつて道を明るく照らしていた街灯は既にその悉くが破壊され、今や行く道を照らすのは何とも心許ない角灯(ランタン)の火のみ。

 

「……随分と、遠くに行っちゃったわねぇ」

 

 蒼い光を見上げ、しみじみとアリーゼ・ローヴェルは呟いた。

 周囲に居た団員達も、同意するように声を上げる。

 

「前はあんなに可愛かったのになぁ」

「今でも可愛いでしょ。ただちょっと、格好良くなっちゃったけど」

 

【アストレア・ファミリア】にとって、カイ・グレイルは弟のような存在だった。

 とても小さくて、本当に素直で、実に可愛がり甲斐のある、年下の男の子。

 そんなカイ・グレイルを、団員達は皆気に入っていた。

 あのリオンですら、口では色々と言っておきながら彼のことを気にかけていたくらいだ。

 恐らく皆が皆、あの少年に大いに庇護欲をそそられてしまったのだろう。

 

 しかし、カイ・グレイルは彼女らの庇護など必要としていなかった。

 3ヶ月でLv2になったと聞いた時は何かの間違いではないかと思った。

 更にその後3ヶ月でLv4に至ったと聞いた時は自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 だが、それは紛れもない事実であり、彼は既に彼女達のその先に立っていた。

 

 だからこそ少し前、彼が『星屑の庭』に訪れた時、彼が自分達の知る弟分のまま変わっていないことを知った時、彼女らは酷く安心した。

 つまるところ、怖かったのである。

 カイ・グレイルが、可愛い可愛い弟分が巣立ち、どこか遠くへ行ってしまう事が。

 

「……綺麗だなぁ」

 

 しかし、こんな光景を見せられれば、嫌でも思い知らされる。

 胸いっぱいに満ちる感情が喜びであるのか、悲しみであるのか、彼女達にはわからない。

 わかる事はただ一つ。

 カイ・グレイルは、既に自分達が思っているよりも何倍も遠くに行ってしまったのだ。

 

「……私の魔法でも頑張ったら飛べるかしら?」

「落ちる未来が見えるようだからやめろ」

 

 ……まぁ、遠くに行ってしまったなら追いつけば良い話ではあるが。

 

 

 ■

 

 

 暗い瓦礫の山の中。

 たった独りで、リュー・リオンは膝を抱えて蹲る。

 顔を上げてしまえば、あの蒼い光が嫌でも目に入ってしまうからだ。

 

「………………ぅ」

 

 リュー・リオンがカイ・グレイルに抱く感情は複雑なものである。

 彼女も【アストレア・ファミリア】の団員として、カイの事を気にかけてこそいるものの、しかし潔癖なエルフである彼女にとって、カイは男であるという時点で要注意人物であった。

 

 彼女にとって男とは低俗で、不潔で、欲深いものである。

 当然、男とは言っても子供にまでそんな事を言うつもりは無いが、しかしカイ・グレイルは子供と言うにはあまりにも大人びすぎていた。

 故に彼女にとってカイ・グレイルは他の男と同様に低俗で、不潔で、欲深いものに違いなく、心のどこかで彼の事を酷く見下していた。

 

 だが、今はどうだ。

 自分は正義を見失ってこのように地べたに蹲り、彼は希望の星として空を駆ける。

 どちらが上でどちらが下かなど、比べるまでも無かった。

 

 そしてその事実が、彼女のエルフとしての高い自尊心をいたく抉る。

 

「ぁ……ぁあ…………」

 

 ポタポタと、涙が滴り落ちる。

 その様は、叱られた子供と何ら変わりなかった。

 

 

 ■

 

 

「すごいなぁ……憧れちゃうなぁ……」

 

 アーディ・ヴァルマは目を輝かせ、夜空を舞う蒼い炎に魅入っていた。

 

 アーディにとって、強さとは誰かを守る力である。

 当然、そんなものはない方がいい。誰かを守る力はあってもいいが、そもそも誰かを守る必要がなく、みんながみんなを尊重し合い、傷つけ合わないように生きるのが一番良いのに違いない。

 

 だが、現実はそうはならない。

 故に彼女は誰かを守るために強くなり、誰かを守るためにその力を振るって来た。

 それでも守り切れるのはほんの一握りだけで、多くの人間を守り切ることなど、到底できそうにもない。

 右の脚と腕を失った今ならば尚更だ。

 

 そうであるからこそ、彼女の目には遠くに閃く蒼い炎が、より一層煌めいて見えた。

 

「……アイツ、アレでまともに経験値(エクセリア)は入ってやがるのか?」

 

 そんなアーディに対して、変な方向にカイを心配をしているのはテスカトリポカだ。

 

「多分アレすっごい勢いで【魔力】の経験値(エクセリア)は入ってると思いますよ?」

「それだけじゃァダメっつう話だ。アイツぁ全部の能力値(アビリティ)をSにしなきゃならねェんだからなァ。今までだってそうして来たんだ。今回も全部Sにする」

「わぁ……すごいなぁ、それ……」

「そうだ。オレの戦士はそうでなくちゃならねェ」

 

 この一日の中で、アーディとテスカトリポカは中々に仲良くなっていた。

 本来ならば気難しいテスカトリポカであるが、アーディの類稀なるコミュニケーション能力の前にはその気性難も形無し。

 テスカトリポカもすっかりアーディをお気に入り認定していた。

 

「【蒼き猛火(アズール)】君のお話、他にも聞きたいです」

「ン? ああ、そうだなァ……まァ、良いだろ」

 

 そうして再びベストコミュニケーションが炸裂し、テスカトリポカは意気揚々と眷属自慢を語り出す。

 アーディは蝕むあの嗤い声も、疼く幻肢痛も、ほんの一時だけ忘れ、テスカトリポカの話に聞き入るのだった。

 

 

 ■

 

 

「……ふぅむ」

 

 空中を旋回しながら、敵兵を探す。

 ………が、いよいよ何も見えなくなって来た。

 流石に暗すぎる。月でも出ていればまだ探せたのだが、しかし今は生憎の曇天。

 

 あんまりにも長い時間戦わずにいたので【激戦熱闘(スキル)】も切れ、良い加減疲れて来た。

 そろそろ降りて、次の攻勢を待つべきだろうか。

 

「おい!」

「……ん?」

 

 と、そう思っていたところに、下から声がかかる。

 何事かと思って下を向いて見れば、そこに立っていたのはオッタルのようだった。

 周囲が暗くて顔はよく見えないものの、あの佇まいは見間違えない。

 

「一体、何の用だ?」

 

 出力を落として降下し、オッタルの近くで空中静止(ホバリング)する。

 すると、蒼い炎に照らされてオッタルの全身がはっきりと見えるようになり、全身に刻まれた生傷が目に付くようになった。

 

「……どうやら中々に、暴れたようだが」

「俺と闘え」

「………………」

 

 オッタルが手に持っていた大剣の切先をこちらへ向ける。

 成程。実に単純で、それ故に理解できない。

 

「何故だ」

「……構えろ」

「無理だな。理由を言え。今は互いに消耗すべき場面ではない」

 

 敵の攻勢が止んだとは言え、こんなものはどうせ一時的なものに過ぎない。

 むしろここで攻勢を止めてしまったが故に、もう少ししたらより強烈な揺り戻しとなって連中が攻めて来るかもしれない。

 そうであるのならば、俺たちのような主戦力はすぐに戦えるようにするべきなのだ。

 

 オッタルとからの模擬戦の誘いは嬉しい。

 しかし、時と場合を考えろという話であり、それを踏まえて闘いを挑むというのならそれ相応の理由と根拠があって然るべきである。

 

「……どうしても勝ちたい相手がいる」

「ザルドとやらか」

「それもある。が、それ以上に今は、お前だ」

 

 徐に、オッタルは俺を指差す。

 

「分からんな。お前はすでに俺に勝っているはずだが」

「……お前は、【天姫(てんき)】という女を知っているか」

「………………成程」

 

 完全に察した。

【フレイヤ・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と同じく、【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】に散々煮湯を飲まされていたと聞く。

 そうであるのならば、オッタルにも【ヘラ・ファミリア】と……俺の母親と因縁があっても何らおかしくはない。

 オッタルは俺の姿を通じて、俺の母親を見ているのだろう。

 

「一応先に言っておいてやるが、その【天姫(てんき)】は俺の母親で、俺の父親は【剣聖(ソードマスター)】だ。あの二人から聞かされた」

「……!!」

 

 オッタルの表情が一段と険しくなる、

 

「だが、俺は【蒼き猛火(アズール)】だ。【天姫(てんき)】と【剣聖(ソードマスター)】との子であって、【天姫(てんき)】でも【剣聖(ソードマスター)】でも無い。お前がもし俺を通じて垣間見た【天姫(てんき)】を所望ならば────」

「────そうでは無い」

「……ほう?」

 

 オッタルが首を横に振る。

 

「俺が最終的に斃すべきはあくまでザルドだ。そこに変わりはない。だが、【天姫(てんき)】を知る者はお前に【天姫(てんき)】を見た。あの化け物の暴威の一端をな」

「……成程。つまりお前は、挑戦権が欲しいのか」

 

 この戦いの終結を考えた時。

 こちらの勝利を前提とするならば、その必須条件には確実にザルド、アルフィア、両名の討伐が含まれる。

 

 そしてそうなった時、その二人を倒す手段として考えられるのは主に3つ。

 囲んで殴って勝つ。罠に嵌めて勝つ。真っ向勝負して勝つ。

 当然、確実に勝利を拾いに行くのならば前者二つを選ぶのが妥当である。

 特にザルドは重戦士だ。アルフィアに比べて囲むのも罠に嵌めるのも、有効に働くだろう。

 何にせよわざわざ真っ向勝負を挑むなど、そんな必要は無いのだ。

 

 しかしオッタルが望むのはザルドとの真っ向勝負での勝利である。

 そうであるならば、オッタルがすべきはただ一つ。

 自分はザルドとの真っ向勝負で勝利を掴み取ることができると、信頼を勝ち取らなければならないのだ。

 

 体に走る幾つもの生傷は、その過程でついたものなのだろう。

 そして俺こそが。【天姫(てんき)】の力を示した事で、現状、最も高い確率でザルドを倒し得ると評価されているであろう俺こそがその終着点であり、そして俺への勝利で以てオッタルはザルド単独討伐に名乗りを上げるつもりなのだろう。

 

「ああ」

 

 俺の考察を肯定するようにオッタルは頷き、再び剣を構え直す。

 

「……折角だ。この蒼炎(ほのお)を用いた一騎打ちの試し斬りにも付き合ってもらおう」

 

 空中に静止したまま、俺も剣を構える。

 夜の静寂の中、蒼い光の中で互いに向かい合い────

 

「……らぁっ!」

 

 最初に仕掛けたのは俺だった。

 蒼炎(ほのお)を噴かして急加速し、上段から剣を振り下ろす。

 

「ッ」

 

 それに対してオッタルは剣を上に掲げる事で防ぎ、そのまま払って空中に留まっている俺を吹き飛ばそうとする。

 

「!?」

 

 だが。俺は蒼炎(ほのお)の出力を上げる事で、空中にいながらそれに抗った。

 むしろ蒼炎(ほのお)による増強(ブースト)により、逆にオッタルの方がジリジリと押されている。

 

「ぐ……オォッ!!」

 

 しかしそれでもやはり【乱斬連打(ラッシュ・ラッシュ・ラッシュ)】も載っていない【力】ではオッタルの方が圧倒的に上。

 咆哮と共に剣を振り払われ、追撃が放たれる。

 しかし。

 

「どうしたオッタル! 動きが鈍いぞ!」

「くっ……!」

 

 蒼炎(ほのお)による移動を手に入れた俺に、その追撃はあまりにも悪手であった。

 足を動かさないままに滑るようにしてオッタルの側面へ移動し、逆袈裟を繰り出す。

 咄嗟に転がる事でオッタルは回避するが、しかし体勢を立て直す間にこちらの追撃が間に合う。

 

「ぬぅっ……!」

 

 腹に蹴りを叩き込めば、苦悶の声をあげてオッタルは後退る。

 その様を見て、俺は些か違和感を覚えずにはいられない。

 

 ()()()()()()()()()

 

 確かに俺が強くなったのもあるのだろう。

 この2日で、俺はこの蒼炎(ほのお)をモノにした。

 それの分は確かにあるだろう。

 しかしそれにしても、こんなものが『都市最強』か? 多大な補正があるとは言え、俺の攻撃に怯んでしまう程度なのが『都市最強』なのか?

 

 と、そこまで考えて、俺はふと問いかける。

 

「……お前、今日、どれだけ戦い続けた?」

「…………………………」

 

 返答は沈黙。オッタルはただ無言で剣を構え直すのみ。

 だが、その肉体が雄弁に語っていた。

 ずっとぶっ通しで戦い、一回の休憩も無いと。

 

 オッタルは俺とは違うのだ。

 オッタルは、戦闘をすればするだけ傷付くし、疲れる。

激戦熱闘(グランド・バトル)】の影響で戦い続けても疲れないし、むしろ逆に傷が治る俺とは違うのだ。

 

「……休め、オッタル。その状態のお前と戦っても意味はない」

「……だからこそだ」

「何?」

「それが『冒険』というものなのだろう?」

「……それを言われると弱いな」

 

 それを言われてしまえば、俺はもう何も言い返せない。

 剣を構え、再びオッタルと向かい合う。

 

「オォッ!」

「ぬぅンッ!」

 

 裂帛の気合いから始まるのは、互いに一歩として退かぬ剣戟。

 何百、何千、何万と、剣同士が衝突する甲高い音が夜空へと吸い込まれてゆく。

 そうしていよいよ【激戦熱闘(グランド・バトル)】の効果で【連戦】と【再生】が湧いてきた頃、俺はオッタルの肉体に幾つもつけられていた生傷が綺麗さっぱり無くなっていることに気付いた。

 

「【再生】か!?」

「【治力】だ!」

 

 ギィン、と。剣が弾かれる。

 そして────

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 獣の咆哮が響き渡る。

 

「獣化……ッ!」

 

 只人(ヒューマン)には無い、獣人特有の能力。

 種族によってその条件や効果は異なるが、大抵の場合に見られるのが────

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」

「おおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 理性の崩壊! 本能の解放! それに伴う能力値(アビリティ)超上昇!

 オッタルの振り下ろす剣は、もはやザルドから受けたそれとほぼ変わり無く、それでいて───

 

「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 ────この野郎、理性を残していやがる!!

 大剣による、体格差を活かした上方からの連打によって、オッタルは俺の体を地面に縫い付けた!

 上方への回避はおろか、側方、後方への回避もままならない!

 ただ最大出力で以て凌ぐのが精一杯だ!

 

 しかし、このままではただやられるだけに過ぎない。

 反撃が絶対的に必要である。

 この状態で俺ができることと言えば、ただ一つ。 

 

「ッ……【爆、ぜ、よ】ォ!」

 

 解放式の詠唱だ。

 それにより、蒼炎が爆発し────

 

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

「ぬぅっ!?」

 

 とんでもない勢いで、俺は上方へと吹き飛んだ。

 遥か上空、バベルよりも高く吹き飛び、さらには雲すら突き抜ける。

 

「ッ……ええい! どういう事だってんだッ!?」

 

 いきなりごっそりと持って行かれた精神力(マインド)に、精神疲弊(マインドダウン)を起こしそうになるのを耐え、自由落下しながら体勢を立て直す。

 そうして蒼炎(ほのお)を調整しながら元いた地上へと帰還し────

 

「……すまんが、勝負はお前の勝ちってことで頼む」

「…………………………わかった」

 

 爆破の衝撃で出来たのだろうクレーターの傍に立ち、獣化を解いていたオッタルにそう告げて、なんだかとても不完全燃焼気味に戦いは終わった。

 まぁ互いに怪我はしていないので、ある意味これくらいが一番だったのかも知れないが。

 

 ……しかし、『解放式』については研究が必須になった。

 早急にこの問題は解決しよう。




Topic:今回は5回絶頂した。
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