冒険します。冒険者なので。   作:POTROT

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我儘

『大抗争』開始、六日目。

 依然闇派閥(イヴィルス)からの攻撃が来ない小康状態の中、迷宮から調査隊が帰還した。

 結果として、フィンが危惧していたその存在は、居た。

 

 下層域で発見した漆黒のそれ──通称、『大最悪』は、階層を破壊しながら上方へと移動し続けているらしい。

 現在地は24階層であり、到着予定は明日の夜頃。

 推定戦闘能力はLv7、ないしLv8。

 体躯は極めて巨大であり、到着を許せば、バベルはひとたまりもない。

 それこそ、ダンジョンを解き放つ結果につながるであろう。

 

 我々はこれを敵の本命であると断定。

 明日にはこれの討伐を阻止するための、闇派閥(イヴィルス)の侵攻も予測された。

 

 故にフィンは『大抗争』七日目を最終決戦と位置付け、冒険者達を集結。

 演説で以て冒険者達の士気を爆発的に高めさせた後、極めて迅速に行動を開始した。

 

 場所を五箇所に絞った民衆の収容。

 オラリオに存在する複数の巨大施設の砦化。

 バベルを取り囲む氷の壁────通称、『結界』の作成。

 敵の侵攻を食い止めるための冒険者の配置。

 そして、『討伐隊』の編成。

 

 ダンジョンに現れた『大最悪』の討伐は、少数精鋭で以て行われることになった。

 討伐隊のメンバーは【アストレア・ファミリア】と、リヴェリア、アイズ、そしてガレス。

 最後に、俺。

 

 このメンバーでダンジョンに突入。

 他の怪物の横槍の可能性の低い領域、即ち18階層で『大最悪』と交戦し、撃破する。

 そして、もし【静寂】のアルフィアが現れれば、それも同時に撃破する。

 これが俺達に課せられた役割であった。

 

 しかし、俺はその指示をあえて無視することに決めた。

 つまるところ、指定の時間よりも早く迷宮への突撃を敢行することにしたのである。

 

 これは俺の『我儘』以外の何物でもありはしない。

 俺の経験値(えもの)を誰にも奪われたくない。

 推定Lv7、ないしLv8との戦闘を独り占めしたい。

 ただそれだけの、実に幼稚な理由から来る、合理性も何もかもを放り投げた、我儘であった。

 

「…………ふぅ」

 

 簡易テントを片付け、テスカトリポカとアーディを避難させた後。

 そこかしこで人々が慌ただしく準備に走る夜のオラリオの中、迷宮の入り口へと向かう。

 フィンには迷惑がかかるだろう。他の面々にも迷惑がかかるだろう。

 俺が負ければ、もしかしたら最悪の事態に陥るかもしれない。

 だが、それでも。俺は行くべきだと思ったのだ。行かなければならないと思ったのだ。

 

「そうするじゃろうなと思ったわい」

 

 迷宮の入り口である螺旋階段。

 その中程に、一人の老人が腰掛けていた。

 

「…………エルマー」

「安心せい、止めなぞせんわい。儂ぁお主のそう言うところに惚れたんじゃからのう。ほれ」

「……これは」

 

 エルマーが投げて寄越したのは、一本の剣。

 鞘から抜いてみれば、星空を思わせるような蒼く美しい刀身が目に映る。

 その見た目だけですら、間違いなく一級品。

【へファイストス・ファミリア】の店頭に並べば、確実に数億の値が付けられるだろう。

 

「折角の大一番じゃ。普段の鉄剣じゃあ寂しかろと思うてな。ほれ、その鎧作った時の金をちとちょろまかして、作ってみたんじゃ。素材は青隕鉄(コバルトメテオライト)。銘は『宵』」

「……良い作品だな」

「そうじゃのう。儂の人生の中で打ってきた剣じゃ3本の指に入る傑作じゃわい」

 

 それは、そうだろう。

 この作品には、それだけの『凄み』がある。

 神の領域とは口が裂けても言えないが、しかしそれでも人の最高到達点にほど近いのは確実。

 この剣であれば、どんなに堅い装甲ですら切り裂けそうな、そんな気がする。

 そうであるが故に、俺は気後れしてしまう。

 

「……多分、すぐ折れるぞ?」

 

 俺の【乱斬連打(ラッシュ・ラッシュ・ラッシュ)】は効果時間中こそ剣に不壊属性(デュランダル)を付与するが、解除と同時に剣に与えた甚大な負担が一気に加わる。

 そして今回の相手は、俺のスキルを十全に発動させなければ勝てない。

 この一戦だけで剣がポッキリ折れてしまう事も考えられた。

 

「おう。折っちまえ折っちまえ。遠慮なく折っちまえ」

 

 しかし、エルマーは何でも無さげにそう言ってのけた。

 

「何てったって一番目と二番目の傑作は、もうお主に折られちまった後じゃからのう!」

「………………そうか」

 

 つまりはそう言うことであった。

 少し肩を落とす俺を見て、呵呵とエルマーは笑った。

 そうしてひとしきり笑った後、エルマーは迷宮の奥を指差して、言う。

 

「ほれ、とっとと行けい。良い加減こんな鬱々とした日々は面倒じゃ」

「…………ああ、そうしよう。この剣は、遠慮なく折らせてもらう」

「おう」

 

 予め発動させていた蒼炎(ほのお)を噴かし、迷宮を駆け抜ける。

 出来るはずがないと言っていた上層域の飛行は、既に無意識のうちに出来るようになっていた。

 今までにないスピードで迷宮を降り、降り、降り、降り……

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 興奮している怪物共を薙ぎ払いながら、焼き尽くしながら。

 ただひたすら、真っ直ぐに下へ。

 そうして17階層を駆け抜け、『嘆きの大壁』を突破し、18階層へと躍り出る。

 そして。

 

「……!!」

 

 ダンジョンが一際大きく揺れた。

 それはつまり、目標が近いと言うことに他ならない。

 フィンの計算から考えれば、きっと今は21階層辺りだろう。

 そう考えた俺が蒼炎(ほのお)を噴かせ、大樹の迷宮へと突入しようとした、その瞬間の事であった。

 

「待て」

 

 涼やかに響いた制止の声に、俺は軌道を変えて上空へと上がる。

 天井に敷き詰められた太陽の如き水晶(クリスタル)の輝きの下を見渡せば、白い岩の断崖に、その女は佇んでいた。

 

 相変わらずの黒いドレスに、閉じられた瞳。

 そして驚くほどに周囲の風景から浮いている、灰の髪の女。

 元【ヘラ・ファミリア】にして今は敵。Lv7【静寂】のアルフィア、その人であった。

 

「…… ……一昨日の横槍以来だな。元気にしていたようで何よりだ。経験値(アルフィア)

 

 中空に静止したまま、眼下のアルフィアに『宵』の切先を向ける。

 光を浴びる青の刀身が、煌びやかに輝いた。

 

「……はぁ」

「どうした。気分が優れないか?」

 

 溜め息を吐くアルフィアに、善意と皮肉を込めて声をかけてやる。

 

「……ああ、あの女(天姫)の子だ」

 

 特に深い意味も無い、ただの安い挑発以上の意味は無かったはずのその言葉に、アルフィアは眉を顰め、その両目を見開いた。

 憎々しげな光を帯びた翠と灰のオッドアイが、俺を見据える。

 

「覚えている。覚えているぞ。あれ程憎かった女はいない。あいつはどこまでも自由だった。いつまでもそうやって上から私を見下ろす、傲慢な女だった」

「そうらしい。少なくとも、平気で街中で魔法を行使する程度には自由だったらしいな」

 

 ガレスから聞いた話を思い出す。

 彼から聞いた話だと、俺の母親が魔法を解除しているところは、例え街中であろうと酒場の中であろうと、誰も見たことが無かったそうだ。

 そしてギルドも、それに何も文句を言えなかったと聞く。

 

「ああ。私はそれが羨ましくて羨ましくてたまらなかったよ」

「自分が自由じゃないから、か」

「……少し、口が過ぎるな」

「おっと」

 

 アルフィアが跳躍の体勢に入ったところを見て、俺はすぐさま高度を落とし、彼女の目の前にまで移動した。

 少し遅れてごうと風が吹き、彼女の長髪を揺らす。

 

「そう無理をするものじゃない。体は労わるべきだ。まぁ今から死ぬわけだが」

「…………本当に、あの女の子だよ、お前は」

 

 呆れたように彼女は呟く。

 

「ああ、そうだ。ザルドにも言ったが、お前らはあんまり喋らなくて良いぞ。どうやらお前らは口を開けば俺の両親の事しか言えないらしいからな。黙って経験値(エクセリア)に徹していてくれ」

「口が減らんな。教育が必要か?」

「要らん。お前の教育はリヴェリアのそれよりも酷そうだ」

「【福音(ゴスペル)】」

「ごっ!?」

 

 ノータイムで放たれた魔法に、遥か後方へと吹き飛ばされる。

 

「……一番気に入らなかったのがそれかよ」

「あの小娘より下に見られるのだけは我慢ならん」

「それは同意するがな」

 

 あのエルフが俺より優れていると認められるものは身長と態度と血筋程度のものだ。

 その他で負けているものがあるのなら俺は何が何でもその弱点を克服しようとするだろう。

 屈辱だからである。

 

「まぁ、頑張ってはいるのだがな」

 

 アルフィアの近くまで再び移動し、着地。

 蒼炎(ほのお)の滾りをそのままに、アルフィアと同じ地面に立って対峙する。

 

「……ほう? 飛ばないのか?」

「飛ぶつもりはない。それだと面白くない」

 

 徐に8本ある剣の一つをベルトから外し、アルフィアの前に放る。

 

「お前の不治の病の事についてはもう聞いている。それ故にお前が長期戦に向かない事もな」

「……それで? だからどうしたと言うのだ。お前一人を片付ける程度、造作もない」

「だろうな。だから短期決戦で決めてやる事にした」

「………………………何だと?」

 

 理解できない。

 そう言わんばかりにアルフィアが眉を顰める。

 

「……はぁ、全く。どうやら理解できていないようなので俺が懇切丁寧に教えてやろう。感謝してくれ。自分の半分も生きていない子供に道理を説明してもらえるなど、こんな機会は滅多にないぞ」

「【福音(ゴスペル)】」

 

 俺が大仰な仕草でアルフィアを挑発すれば、まんまと乗っかって来たアルフィアが魔法を放つ。

 

「ッ………。人の話は最後まで聞くものだ。大人ならな」

「…………ほう」

 

 俺は彼女の魔法により遥か後方へと吹き飛びそうになる体を、蒼炎(ほのお)の噴射によって前進する力を生み出し、耐える。

 普通に吹き飛ぶよりも何倍も強い負担が体を襲うが、しかし自らの魔法に耐え切ってみせた俺に、アルフィアは驚きの声を漏らす。

 

「いいだろう。話を聞いてやる」

「いい心がけだ」

 

 また魔法が行使されたのでもう一度耐える。

 

「……いいか? お前が今から享受するのは完全敗北だ。言い訳も何も許されない、完璧な敗北だ。病は理由にならない。お前はたった数分も経たない間に俺の手によって完膚なきまでに敗北し、死ぬ。その剣はお前の言い訳を封殺する布石の一つだと思ってくれて構わん」

「ほう」

 

 アルフィアが剣を拾い上げる。

 そうして刀身をほんの少し眺め、一言。

 

「……成程、及第点と言ったところか」

「俺の知る中で都市最高の鍛冶師の打った逸品だ。まぁこっちはつい先程もっといいのを貰ってしまったが……まぁそこはいいだろう。お前のドレスだって似たようなものだ」

 

 アルフィアの纏う黒のドレスは、これでもかと魔法耐性を詰め込んでいる『魔法衣』である。

 その過剰とさえ言える魔法への耐久は、まさに当時の【ヘラ・ファミリア】の財力によって為せるものであろう。

 

「さぁ、やるぞ【静寂】のアルフィア……否、鴨が葱を背負うが如くのこのこと食われにやって来た、愚かで美味そうな経験値(エクセリア)。貴様にいずれ黒竜を討ち倒す男の、いずれ最後の英雄たるこの俺の力を見せてやる。そして潔く死ね」

「ふん、やれるものならばやってみるがいい」

 

 そうして、戦いの幕が切って落とされた。




Topic:長期戦が苦手なら長期戦に持ち込めばいいなんて考えは甘え。
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