……俺がこれから懺悔する前に、一つ言い訳がしたい。
それは、俺は断じてこの結果を望んでいたわけではない、と言うことだ。
確かに、俺はそうなって欲しいとは思っていた。
だがその予想を遥かに飛び越えて欲しいとは思っていなかったのだ。
これは嘘でも何でもない。信じられないかもしれないだろうが、信じて欲しい。
……さて、事の発端から話をしよう。
あの後……そう、アーディが『スパルトイ』を倒した後だ。
あの後も、アーディは深層の雰囲気にビビり倒していた。
ただ、怪物と戦う際にビビり倒していただけならばまだ良かったのだ。
あの後遭遇した『リザードマン・エリート』などと言った怪物どもにも、辛うじてではあるが勝てていたからだ。
しかし
そしてそこまでされると、流石の俺も看過出来なかった。
休憩のために毎回わざわざ36階層まで戻りに行くなど効率が悪いにも程がある。
金稼ぎ的な側面から見ても、経験値稼ぎ的な側面から見ても、とてもではないがいい事だとは言えない。
そこで、俺は荒療治に出ることにした。
具体的には『ウダイオス』の部屋にアーディを一人で三分近く放置して戦わせたり(その後『ウダイオス』は俺が倒した。【力】の
良かれと思っての行動だったのだ。
それでほんの少しでもアーディの深層に対する恐怖が薄まればいいなと思ったのだ。
たとえ
だが……だが……彼女は、俺の想像の数倍上を突き抜けたのだ!
「よいしょっ……とぉ! あはは、ごめんねっ!?」
『!!?』
軽い身のこなしで『バーバリアン』の攻撃を跳んでひらりと躱したアーディが、すれ違いざまに体を捻り、その首を刎ね飛ばす。
『!!』
そして、着地地点でアーディを待ち受けるのは『スカル・シープ』の大群。
『骨の
「ほっ、よっ、はっ……残念!」
『『!!??』』
これまた軽い身のこなしで、何十と突き出された骨の槍を悉く避ける。
そうして『スカル・シープ』の軍団の背後に回った瞬間、『スカル・シープ』の大群は崩れ落ち、魔石を残して灰と散る。
瞬間、背後からアーディに迫るのは『リザードマン・エリート』。
青い鱗を持つ、Lv4にも匹敵するその蜥蜴人の一撃が、アーディの首に吸い込まれ────
「おっ……とぉ! あははっ、バレバレだよっ!」
咄嗟に身を屈めたアーディはそれを回避し、素早い三度の刺突によって『リザードマン・エリート』を仕留めた。
「ほらほら、もっともっとっ! 私はまだまだ平気だよっ!」
『
血化粧が紅く彩る顔で、アーディは快活に笑う。
多くの人々に希望と活力を与えていたはずの無邪気な笑顔には、今や揺らめくような闘志が浮かんでいた……
…………本当にどうしてこうなった!?
Lv3の領域を逸脱してはいないものの、それでもLv3で出せる身体能力で最適解を叩き出し続けるってなんだよ。
いや俺が人のこと言えた義理では無いが……と言うか何度も死ぬ一歩手前の状況で無理矢理あの動きを覚えさせたのは俺だが……
しかしそれにしたって……
……いや、違う。わかっている。
全て俺が悪いのだ。全て俺がやり方を間違えたのだ。
彼女の適応力の高さにもっと早く気付くべきだった。
今考えればいくらでもヒントは転がっていた。
あのテスカトリポカに、ただコミュニケーション能力が高いだけで馴染めるわけがないし、彼女を乗せて空を飛んだ時だって彼女は一瞬で空を楽しみ始めた。
あの義肢だってそうだ。装着して数秒で、すでに彼女はスムーズに動かすことができていた。
彼女が真に優れていたのはコミュニケーション能力などではない。『受け入れ、適応する』能力であったのだ。
そんな彼女に『受け入れ、適応する』ことをこちら側から強制すればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだっただろうに!
しかし後悔してももう遅い。
極東に言う『後の祭り』と言うやつだ。
もはやこの3日間でアーディは自ら進んで怪物どもと死闘を繰り返す、実にテスカトリポカ好みの戦士に成ってしまった。
しかしあくまでも本質は『世界平和を望む優しいアーディ』である分なおタチが悪い。
何がタチが悪いって外見を見ただけでもそうだが、多少会話した程度でも全く変化に気付けないのがタチが悪い。
そして、いざ戦闘になった時、ようやく決定的な彼女の変貌ぶりに気付くのだ。
そうなった時の
いやまぁテスカトリポカの眷属として、彼女の誇る戦士として考えるのならばアーディの変化はそれこそ諸手を挙げて喜ぶべきなのだろうが……
信じて送り出したみんなの光が気付いたら血みどろの戦士になってましたとか、そう考えると全く喜べない。
むしろどうしたものかと頭を抱える羽目にすらなっている。
こんな事になるのならもっと早めの段階で切り上げておけば良かった。
中盤くらいで『あれ、なんかしっかり戦えるようになって来てるな、よしよし、いい兆候だ』とか思っていた自分を殴り飛ばしてやりたい。
いや勿論【テスカトリポカ・ファミリア】としてこちらの方がありがたいのは事実……事実なのだが……!
ハッ、まさかテスカトリポカはこの結果になる事を見越して……!?
……いやそんなわけがないか。
「……あー……クソ」
『ギャオオ!?』
もうこれ以上考えてもどうにもならん。
なってしまったものは仕方がない。受け入れよう。
迫って来ていた『ルー・ガルー』を
「おいアーディ! もう十分だ!
「うん、わかった! でもちょっと待って、この『スパルトイ』だけ……!」
瞬間、アーディが『スパルトイ』の懐に潜り込み、その魔石ごと義手で胸を貫いた。
……俺の考案してしまった義手の使い方の一つである。
「よし! じゃあ帰ろっか!」
「………………おう」
アーディを抱えて
「……怖かったか?」
「うん、怖かったよ。でもそれ以上に楽しかった!」
「…………そうか」
血に塗れたアーディの笑顔は、その痛々しい火傷痕さえひどく輝いて見えた。
もうなるようになってしまえ畜生め。
■
「こちら、合計で3500万飛んで35ヴァリスになります。お確かめ下さい」
大袋を開けて中身を覗いてみれば、満杯に詰められた金貨が眩い光を放っている。
当然だが、その量は膨大。とてもではないが一々数えてはいられない。
だがまぁ、概算的にも重量的にも、3500万ならこのくらいだろう。
「確かに受け取った。ではな」
「またのご利用をお待ちしております」
袋を背負い、ベンチに座っているアーディのもとへ。
「いくらだった?」
「3500万。今回の出費分を引けば3000万ちょっと。まずまずだな」
「もしかしなくても私の
「それと俺の剣代だ。まぁ、
具体的には俺が剣を都合3本折って30万。アーディの
まぁ、最後の方はともかくアーディには何度も冒険してもらったからな。
そのための費用と考えれば、安い出費だろう。
「……っと、そう言えば俺の新しい二つ名ができているかも知れないのか」
「あっ、そうだね。見ていこっか?」
「ああ」
バベルを降り、二つ名発表の張り紙の所……即ちギルドの方へ向かおうとするが、しかし
「……あれか? 今回は数が多すぎるから
「まぁ、あんな事があったもんね。そうなのかも。行ってみよう」
と、二人してそこへ向かってみるが、どうにも人が多すぎて見に行けない。
ギルドであれば高い位置に掲載してくれていたので助かったのだが……
「申し訳ない、そこの」
「あぁ? ……って、【
「おっとそれ以上は言うな。まだ俺も見ていないんでな。それで、俺の新しい二つ名は何処に掲載されている?」
「い、一番左端の一番上に……!」
「そうか。感謝する」
親切な獣人に礼を言い、アーディを連れて上空へ。
そうして言われた通り、左端の一番上を見に行く。
すると、そこには確かに俺の名が記されており、その隣には────
「────【
言葉が出ない、とはまさにこの事を言うのだろう。
あまりの感動に涙すら出てしまいそうだ。
これが神々の圧倒的センス……常々敵わないとは思っていたが、まさかこれほどまで……
なんと素晴らしい……まさしく至高の領域に在る珠玉の逸品だ。
これからこの名を名乗れる事のなんと誇らしい事だろうか。
「わぁ………」
アーディなど、あまりの衝撃に感涙を抑えられない様子。
ただ静かに、一筋の雫が頬を伝う。
無理もない。
俺は数週間前に【
そうでなければ、俺でも耐えられなかった。
「……帰るぞ」
「うん…………」
とは言いつつも、しばらくの間、俺はその場を動くことができなかった。
あまりにも大きすぎる感動が、俺を掴んで離してくれなかったのである。
Topic:二つ名はテスカトリポカ関連にしようと思ったが、どうにも上手くいかなかったので青い恒星ことシリウスになった。