さて、そんなわけで俺の新しい二つ名が【
有難い事である。
前回の
いやはや本当に有難い。
いや本当に。本当に有難いのだが……うん。
「はァ〜……いいだろうがよォ……オレが主神なんだし……自分好みの名前を付けていいだろッてテスカトリポカ思うワケ……」
どうにも俺の主神的には気に入っていない様子だ。
新しい二つ名にウキウキとした気分でテントに帰って来た所、このように意気消沈した様子のテスカトリポカが横たわっていた。
パッと見ただけでも凄まじい落ち込みっぷりだ。
心なしか、テスカトリポカの周辺の空気がジメジメしているようにも感じられる。
「……どうしたテスカトリポカ。落ち込んでいるようだが」
「落ち込んでねーし。別に思い通りの名前にならなかったとかじゃねーし。オレが考えた名前が他のクソどもに総スカン喰らったとか全然そんなのじゃねーし」
つまりはそういうことであった。
「………………そうか」
瞬間、脳裏に【
あれと同じ系統であるのならば、まぁ順当というか妥当というか、ダメ出ししてくれて有難うという感じなのだが……
「え、えっと……テスカトリポカ様は、どんな二つ名を……?」
「【
「……………ほう?」
思わず感心の声が漏れ出てしまう。
と言うのも、思ったよりまともと言うか、普通にいい名前であると思ったからだ。
言葉の意味こそわからないものの、しかし神々らしい、格好いい名前だ。
個人的にはやはり【
しかし、それが採用されなかったとなると……
「まさかとは思うが、天界の問題を持ち込んだな?」
「………………………」
テスカトリポカが黙ってしまった。
どうやら図星であったらしい。
数日前、テスカトリポカは太陽云々を天界の話であることを認め、更には『数万年単位の因縁』とも言っていた。
そこから、少なくともテスカトリポカの地元では太陽に関する諸々がだいぶ大きな問題で、その辺りで神々は何かしらの因縁を抱えていると推測は出来る。
そしてそれがテスカトリポカが手を焼くような問題であるのなら、他の神々が介入できる術などあるはずもないし、そもそも介入しようとすら思わないだろう。
面倒事に首を突っ込みたくないし、何より神々とて命は惜しいはずだ。
で、その辺の問題をテスカトリポカは俺の二つ名と言うことで持ち込み……関わり合いたくない他の神々に総スカンを食らった、と。まぁそんな所か。
「ったく……喜んでくれる分には俺も嬉しいがな……」
何だってこの神はこうも不器用なのだろう。
一応、数多くの権能を司る『トリックスター』のはずなのだがなぁ……
「あはは……まぁまぁ、そんなに落ち込まずに。これからまだLv10まで5回も機会があるんですから、いつか好みの名前を付けられますって」
「……………………オウ」
と、俺が何とも言えないような気分でベルトを外していると、いつの間にかアーディの腰に抱きついて太腿に顔を埋めたテスカトリポカが、優しく撫でられながら慰められている。
「アーディ……あまりテスカトリポカを甘やかすな」
調子に乗ると死ぬほど面倒臭いから。
「でも、このままだとテスカトリポカ様が可哀想だよ?」
「それは………」
アーディが不安げにこちらの目を見る。
目の前に悲しんでいる人がいるのに、それを無視する理由なんてあるの?
そんな台詞を、俺はその揺れる瞳に見出してしまった。
……そうだった。つい先程まで修羅のようなアーディしか見ていなかったから忘れてかけていたが、アーディは素でこう思える人間なのだ。
だからこそ俺は彼女を【ガネーシャ・ファミリア】に居るべき人間であると思ったのだ。
彼女は悲しんでいるテスカトリポカを見つけたので、慰めた。
そこにどんな間違いがあろうか。そこに駄目な点が一つでもあっただろうか。
いや、無い。絶対に無い。
であるならば、俺に彼女の行為を咎める理由は無い。
「だが────……ッ」
しかし俺の口は俺の意思に反するように、反論のための言葉を紡ぎ出す。
その事に気付き、俺は慌てて口を噤んだ。
「……いや、すまん。その通りだな。俺が間違っていた。テスカトリポカがそうなると後がしんどい。何とか回復させてやってくれ」
「うん、任せて!」
「ああ、任せた……」
そうして無理矢理捻り出した言葉に、輝くような笑顔でアーディは答える。
「はぁ……」
再びテスカトリポカに構い始めたアーディに背を向け、溜め息を吐く。
先程のあの出来事は何か? 何故俺の口が俺の意思に反して動いたのか?
その答えは至極単純かつ明瞭だ。
つまる所、俺は感情に流されてしまったのである。
感情の正体は嫉妬だろうか。それとも不安だろうか。
いずれにせよ、不甲斐ない事この上ない。
わかっているのだ。理屈と感情は別であるなどと。
それこそあのエルフ共を見れば一目瞭然であるし、英雄譚などを読めば嫌でも理解させられる。
人間は時として、整然とした理屈よりも自らの感情に突き動かされてしまうのだ。
たとえ、それが致命的な失敗を招く事になるとしても。
「……だが」
そうでなくては冒険になどなりはしない。
そうでなくては冒険など起こらない。
故にこそ俺は、理屈と感情を完全に制御しなければならないのだ。
時として理屈立った最善を、時として感情のままに最善を尽くすために。
……だと言うのに、だ。
だと言うのに、意図せずああも感情が表に出てしまう。
「子供、だな……」
あの時も……アーディを見つけた時もそうだった。
まだまだ俺は感情が制御できていない。
まだまだ俺は大人ではない。
「何ともまぁ先の長い事だ」
少し前までは大人になったと思っていたのだがなぁ……
何と言うか、アーディと共に居ることが増えて感情の発露が増えてしまったような気もする。
あの時も瓦礫の下とは言えアーディが近くにいたわけであるし、もしやアーディに何かしらのスキルがあったり……そんなわけがないか。
と、そんな風に俺がテントの壁と向き合って頭を悩ませていた、その時。
「ひゃあっ!?」
「ッ!?」
突然、テントの中に悲鳴が響く。
反射的に剣に手をかけながら振り返れば、そこに居たのはやはりアーディとテスカトリポカ。
であるがしかし、先程とは決定的に異なる点が一つ。
「……ちょっ、て、テスカトリポカ様!?」
それは、体勢であった。
先程まではアーディがテスカトリポカを自らの膝の上に乗せていたわけであるが、いつの間にかテスカトリポカがアーディを押し倒すような格好になっている。
金色のカーテンの隙間から覗くアーディの顔は、それはそれは真っ赤になっており……
「オマエ、ちょっと見ねェ間に、随分と良い目になりやがったなァ……?」
「あっ……えっ……あっ……?」
「げ」
察した。
完全に察した。
これはつまりそう言うことだ。
回復したテスカトリポカが捕食形態に入ってしまったらしい。
畜生、こうなると思ったからテスカトリポカを甘やかすなと言ったのに。
しかしやはり、アーディの変貌はテスカトリポカ好みのそれであったようだ。
「ッ!」
まぁ何にせよ、そうと分かれば俺はもうこの場に居るわけにはいかない。
この場に残ってしまえば巻き込まれるなど、そんな事は火を見るよりも明らか。
魅了をかけられる前に、遙か上空へと逃げるしかない。
そう思ってテスカトリポカから視線を切り、テントの入り口へと滑り込むが────
「ぐっ!?」
「逃げるんじゃねェよ、オイ。楽しい楽しい時間だぜ? オマエもご無沙汰だろォが」
飛び出す直前、足首を掴まれて引き摺り込まれる。
甘い痺れが掴まれた箇所からじわじわと広がり、抵抗が削がれてゆく。
これはまずい。本格的にまずい。何がまずいって、このままだと────
「良い機会だ。親睦を深めるついでに、人間の女の味も知っとけや」
案の定だよクソが!!
ええい、それはまずい! 本当の本当にまずい!!
何とか、何とかしてそれだけは阻止せねば!
「待て! 待つんだテスカトリポカ! 彼女の同意無しにそんなことは出来ん!」
「あン? あ〜……オイ、良いよな?」
「あえ……?」
「良 い よ な ?」
「……は、い………」
「魅了するなァ!?」
表情をとろんと蕩けさせたアーディがわけもわからないまま首を縦に振ってしまう!
クソッ、この野郎!
正々堂々と反則しやがって!
「こ、ここはテントだぞ!? あまりにも壁が薄い! せめて新しい
「オマエはオレを何だと思ってやがる。闇の神だぞ。静寂を操るなんざ造作もねェ」
「嘘だろ……」
反則だろ。いや反則だったわ。
「あ、アーディは人間だ。子供が……」
「予言の神テスカトリポカが保証する。一切の問題は無いと」
「………本当に、マジで何なんだお前は……!」
「
もう滅茶苦茶である。
とりあえずどんな抵抗も許されないと言うことがわかった。
そしてそうこうしている間に身体を駆ける甘い痺れはとうとう俺の抵抗の全てを奪い去り、その目を強制的にテスカトリポカの黄金の瞳に合わされる。
「おう、楽しもうぜ?」
熱の籠った金色の光が、テスカトリポカの瞳に浮かぶ。
瞬間、俺の脳は溶けた。
■
「……なぁアーディ」
「うん」
翌朝。
アーディは死に体であった。
「言ったよなアーディ」
「……うん」
俺も身体的には健康だったが。精神的には死に体だった。
「テスカトリポカは怖いって、言ったよな?」
「…………うん」
ちなみにテスカトリポカは全裸のままいびきをかいて爆睡している。
「俺、ちゃんと警告したよな?」
「……そう、だね」
何があったのかはご想像の通りだ。
「警戒しろとも言った」
「……言ってたね」
俺たちは二人して色欲に狂う獣であった。
「その上でお前は大丈夫と言った」
「……言っちゃったね」
フレイヤ神ならともかく、テスカトリポカに魅了をかけられてしまったなら、俺にはもうどうしようもない。
「……で、だ……」
「うん……」
何がタチが悪いって、記憶が全て鮮明に残っているところだ。
「その結果が、これなわけだが……」
「そう、だね……」
全部覚えている。
俺の痴態も、彼女の痴態も。
「……どうしてくれる」
「……えーっと……」
俺の精神はもう心労でボロボロだ。
「き、気持ちよかった……よ?」
「………………やめてくれ」
思い出したくない。何も思い出したくない。
あんな事になったアーディも、そうした俺も、嗤うテスカトリポカも、何もかも。
全て記憶の彼方に葬り去りたい。
「……………………」
「……………………」
彼女の瞳がこちらを向く。
絶望が俺を襲う。
「……………………」
「……………………えと」
もうやめろ。
もうやめてくれ。
それ以上何も言わないでくれ。
見えるのだ。
見えてしまうのだ。
瞳の奥に。
煮えたぎるような粘着質な光が。
『アーディ』にあってはならないそれが。
「……今度、またできるかな?」
「………………………………………………………………ぐふっ」
純真無垢なアーディと共に、俺の精神は死んだ。
Topic:美の女神s「「「「魅了かけて手篭めにすれば『勝ち』よ」」」」
FANBOXにこの後の展開を乗っけてます。
興味あったら是非どうぞ。
応援してくれるととても嬉しいです。
ついでに俺の一食分の食費が浮きます。