「はぁ…………面倒な…………」
悪態を吐きながら、オラリオの街を歩く。
目的は勿論、シャクティである。
彼女にアーディ周りの諸々に関して報告と相談、ついでに必要なら謝罪を行う。
正直なところ、出来る限り後回しにしたい用事ではあったが、しかし先日の……あるいは今朝の諸々のせいで、早急に行わなければならなくなった。
必要なことだと理解しているとは言え、やはり嫌なものは嫌。
心の中の俺も叫んでいる。
『何だって俺が謝りに行かんといかんのだ!? アーディはもうウチ所属なんだから内々の問題で処理すればそれでいいだろうが!!』
それはそうだ。
本当にそれはそうなのだ。
だがシャクティはアーディの姉なのだし、何も言わないというのは流石に違う。
あと何より彼女に面通しして謝罪しておかないと体裁的にまずいのだ。
特にウチは曲がりなりにも美神の派閥。
魅了を使って無理矢理手籠にしました、なんて噂が立ってみろ。死ぬほど面倒なことになるぞ。
具体的には団員集めが難しくなる。
俺達の派閥は【フレイヤ・ファミリア】や、【イシュタル・ファミリア】のような、そんな噂が立とうがどうでもいい……というか、普通に息を吸って吐くように魅了を使いまくってる派閥とは訳が違うのだ。
『……それもそうか』
テスカトリポカは全く気にしないかも知れんが、俺はアレらと同類にされるのは嫌である。
色々とヤらかしておいて『あ、もうこれウチの内部の問題なんで』は流石に通らないし通したくない。
だからこうしてわざわざシャクティを探しているのだ。
……
「……む」
しかしいくら時間のかかる非効率な方法を用いようと、都市の守護者としての役割を立派に果たしている彼女を見つける事は非常に容易い事であった。
通りの奥の方、Lv5の視力で漸く視認できる程の距離に、実に分かりやすい象の仮面を被った集団と、実に見覚えのある青髪が目に映る。
途端に体の奥から回れ右して帰りたい気持ちが湧き出て来るが、そうもしてはいられない。
意を決して、足を前へ。
「お、おい……あれって……」
「【
「これからダンジョンアタックか?」
「おーい! 頑張ってくれよー!」
道ゆく群衆の声に軽く答えつつ、足を進める。
あー……気が重い。本当に気が重い。
連中、このまま俺に気付かずにどっかに行ってくれないかな。
いやまぁそうなったらそうなったで心労が増すばかりなのだが。
と、そんな事を胸の内で考えていれば、シャクティはもうすぐそこである。
もうこうなったら腹を括るしかないというものだ。
これもまた一種の冒険……冒険……? 冒険かなぁ……?
……まぁ、冒険かぁ……(無理矢理)
「おい、シャクティ」
「【
声をかければ、シャクティはほんの少し驚いたように目を見開き、すぐに俺の姿を認める。
そしてつい先程まで会話していた団員に一言かけてから、俺の方へ近づいて来た。
「色々と察しはつくが……あの件についてか」
「そうなる。……その、何だ。色々と相談というか、報告しなければならないことがあってな」
「……あぁ、まぁ、そうだろうな。……お前達は警邏を続行しろ。私はコイツと話がある」
シャクティが団員たちに命令を下した後、二人して人気の無い路地裏へ。
そうして互いに向き合えば、訪れるのは微妙に気まずい空気である。
「……まず最初に聞いておくが。アーディの事については、把握していたのか?」
「一応は、な。
「やはり、当人と主神達の間だけで決まった事だったか……」
「ああ。そもそも、私はアレが私のところへ来るまで、アレの生存すら知らなかった」
それもそう、か。
アーディの意向により、彼女の生存を知っていたのは俺と、互いの主神のみ。
ガネーシャ神が口を滑らせてさえいなければ、或いはアーディが
「ガネーシャ神からはどの辺りまで聞いている?」
「今回の
「…………まぁ、そうだな。俺もそう聞いた」
その上で変え過ぎてしまった感が否めないわけであるが。
「で……その……何だ。そのアーディの事で残念……かどうかは知らんが、一応知らせておきたい事があるのだが……」
「……何だ? 先程から思っていたが、今日のお前はお前にしてはやけに口籠る。別にアーディが死んだというわけではあるまい」
「いや、まぁそうなんだが……その……すまん。そのアーディだが、早速テスカトリポカの毒牙にかかった上……俺がその、少々戦士向けに精神を歪めてしまった。以前の純真無垢なアーディはもう居ないと考えてくれ」
「……………………………………………………」
実に言いにくいが、しかし伝えない事にはどうにもならない。
そう思って必死に言葉を紡げば、シャクティは
当然だ。こんな爆弾発言、姉として放って置けるわけもない。
「……すまん。本当に想定外だった。謝罪はするし、詫びもする。お前が望むのなら、賠償にだって応じる」
そう言って頭を下げ、しばらく時間が経つ。
このままぶん殴られても、その時は受け入れようと覚悟を決めていた俺だが、しかし結果的に帰って来たのは深いため息が一つだけ。
「頭を上げろ……どうにも、勘違いしているようだから言っておくが……お前が思っている以上に、私の心は凪いでいる」
「…………何?」
あまりに予想外すぎる言葉にバッと顔を上げ、シャクティの表情を覗き込めば、確かに彼女のいう通り、そこには微塵の怒りも無い。
代わりにそこにあったのは、無表情を装った、何とも沈痛な悲壮であった。
「…………お前」
「私は……私はな、【
シャクティの目が俺を射抜く。
しかしその視線に力はなく、瞳の奥には重く、深い悲しみが沈んでいる。
「あの後。アーディが爆発に巻き込まれた後。私は、アーディの死を利用した」
始まったのは、懺悔にも似た告白だ。
「あの馬鹿のようにはなるな。あの馬鹿の二の舞になるな。あいつはお人好しがすぎるあまりに死んだ間抜けだ、と。皆の前で、あいつを散々にこき下ろした。それが、団長としての役割だと思った。本当は生きていたにも関わらず、だ」
「……結果論だろう、それは」
「そうかも知れないな。だが、そうである事に変わりはない。アーディの捜索を禁じたのは、私だ。私が、私の心の中で、勝手にあいつを見限り、殺したのだ。そして、その上で、私は私の役割を選んだ。あいつの姉である事を捨て、【ガネーシャ・ファミリア】の団長として、あいつの愚行に唾を吐いた」
それはきっと、正しい事なのだろう。
【ガネーシャ・ファミリア】の団長として、都市の憲兵の代表として、彼女は後ろを振り向くわけにはいかなかった。
そして、彼女は立派にその役目を果たした。
彼女が責められる謂れなど無い。
何故なら、彼女は彼女の為すべき事を為したのだから。
糾弾されるべきなのは、散々の警告を無視し、人間の善性を過信したアーディの方だ。
だがやはり、感情と理屈は別なのだ。
「白状しよう、【
「それは……」
仕方のないことだろう、と。
口を突いて出かかった言葉を飲み込む。
「その時だ。もう手遅れだと気付いたのは」
彼女が心の中で殺したのは、おそらくアーディだけでなく、二人だったのだ。
アーディと、その姉だった自分。
彼女は【ガネーシャ・ファミリア】の団長としての役割を果たすために、アーディの姉としての自分も殺したのだ。
「私は……私はもう、あいつの姉には戻れない。あいつのことに関して、もう何を言う権利も私は棄ててしまった」
悲痛な面持ちでそう語るシャクティに、『そんなことはない』と語るのは簡単だし、そしてそれは間違いない事実だ。
アーディは、今もシャクティを自らの唯一無二の姉であると確信しているに違いなく、それが変わる事は有り得ない。
何故なら彼女はアーディだからだ。
付き合いの短い俺でも、そのくらいは理解できる。
「そのあとはもう、何を話したのかすら、覚えていない。頭の中が真っ白だった。曖昧に相槌を打って、それで終わりだ。戦いが終わった後、アーディには謝らねばならないと、心に決めていたはずなのに、それも出来なかった」
だが、シャクティは、本人はそうは思えない。
と言うよりは、きっと怖いのだろう。恐ろしいのだろう。
彼女が姉としてアーディに会いに行った時、それを拒絶される事が。
例えそれが絶対にあり得ないとは理解しているが、理解しているからこそ、『そう』なってしまった時のダメージは大きいに違いない。
「……【
きっと、それは自己防衛であるに違いない。
あまりにも大き過ぎるショックに心が壊れないように、彼女はアーディを遠ざけ、アーディから目を逸らそうとしているのだ。
「……………………頼む、【
シャクティが深々と頭を下げる。
それが【ガネーシャ・ファミリア】の団長としてか、それともアーディの姉としてか、あるいはその両方としてか、そのどれかは分からない。
ただ深々と、心の底から、誠意を持って、俺に懇願している。
そんなシャクティの請願に対して、俺は──────
「……いや、そんな事頼まれるまでもないに決まっているが……そんな事よりも、そんなにアーディの事が気になるのなら普通に会いに来れば良かろうに」
「………………お前、私の話は聞いていたか?」
何とも呆れた声が聞こえて来るが、呆れたいのはこちらの方である。
「聞いていた上で言っている。要するにアーディから拒絶される事が怖いのだろう。絶対にそんな事は有り得ないと断言してやるからさっさと会ってくればどうだ。冒険者だろうが」
「いや、一体今の文脈でどうやって冒険者であることに繋がるんだ……」
「少なくともお前にとっては冒険みたいなモンだろうが。俺にしてみれば成功が確約されている上に失敗しても死にはしないとか言う、冒険と言うのも憚られる代物だがな」
正直なところ、あんまりにもウジウジされると後々面倒な事になりそうだからさっさと解消して欲しいし、何よりどうせアーディから逃げていた所でアーディの方から会いに来るに決まっているのだから、どうせ結果が同じなら早めに終わらせておいて欲しい。
俺達は今後、忙しくなる予定なのである。
「まぁ……何だ。さっきはテスカトリポカの毒牙にかかっただの、俺が変えてしまっただの言ったが、結局どこまで行こうとアーディはアーディだ。あの根本ばかりは他者がどうした所で変わらんだろうよ」
「いや……まぁ、そんな事は分かっているが……」
「なら早急に憂いを断ち切る事だ。用は済んだので、俺は今から仮
そう言って踵を返せば、少し遅れて一人分の足跡が俺を追従して来る。
そうだ。それでいい。それでこそだ、シャクティ・ヴァルマ────
と、これで格好良く終われたら良かったのだが、現実はそうも行かなかった。
俺はすっかりと忘れていたのだ。
あの神にとっては、やりたいと思った時がその時であり、それが朝だろうが昼だろうが、関係ないのだと言う事を。
つまるところ──────
「────あ、おねぇ、ちゃ……」
「ンお? おォ、帰って来やがったか。しかもそっちに居やがンのはコイツの姉か。良いぜ、折角だ。3人まとめて相手してやるよ」
テントを開けたら、捕食中であった。
二人とも素っ裸で、それはもうぐっちょぐちょであった。
「……あ……ア………っ」
あ、終わった。
青いのか赤いのかよく分からない顔色で震える
「アぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああディぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」
その絶叫に含まれていたのが絶望か、それとも安堵かは分からない。
しかし確かにアーディはシャクティの妹で、シャクティはアーディの姉だった。
この後俺は全速力で逃げたのでどうなったのかは知らないし知りたくもないし知る由なんてあるわけがないのだが、最終的に立つことも困難になってしまった彼女はこう呟いた。
「美の女神は、ヤバい」
俺は大いに頷いた。
そしてテスカトリポカとは少なくとも一週間以上口を利かないことに決めた。
Topic:多分このまま物語が進行したらソード・オラトリアは起こらずに終わる。