あの凄惨な事故から早いものでもう一週間。
色々とゴタゴタはあったし、それは細々とではあるが今も続いてはいるものの、オラリオは既に活気を取り戻し始め、日常が顔を覗かせていた。
そんな中、俺たち冒険者がすることと言えばやはり冒険であることに変わりは無く、あとちょうど一月すれば俺の誕生日になるその日にも、俺達は今日もダンジョンの深層に潜っていた。
新
金はあってもあり過ぎるなんて事はないのである。特に冒険者ともなれば。
「ねぇカイくん? 良い加減テスカトリポカとお話ししてあげたら……? 最近テントがすっごいジメジメしてるんだけど……そろそろキノコとか生えて来そうなんだけど……?」
「まぁ、そろそろ一週間だからな……いい加減口を聞いてやってもいいが……」
怪物どもを狩りながら、アーディとそんな会話を交わす。
俺からの無視という制裁は、思いの外テスカトリポカには効くらしく、俺が無視をし始めてから三日目には既に
心を鬼にして、何を言っても無視、何をしても無視、魅了をされても無視を貫き通した。
…………非常に知りたく無かった事柄であるのだが、美神からの魅了は他の美神との情事を思い出せばギリのギリで何とかなってしまうらしい。
この世で2柱以上の美神に抱かれた事のある男なぞおそらく俺だけなので、俺にしか出来ない裏技ではあるし……アーディの時のような手法を取られたり、本気で魅了されたら普通に負けるのだろうが、まぁ、少なくとも並大抵の魅了に対する対抗手段が確立できたのは良い事である。
「この際あの神には良い加減やって良いこととやってはいけない事の区別をつけさせるべきだ」
「うーん……どうしよう、否定できない」
そしてアーディとてそんな魅了の被害者である。
テスカトリポカのヤバさを身に沁みて体感した彼女は、テスカトリポカの教育の必要性に気がついたようだ。
これもまた成長の一つだと言える。
「……む」
と、アーディの成長を心から喜んでいると、手から鈍い衝撃が伝わって来る。
半ば確信を持ってその剣先を見てみれば、やはりと言うか、そこにはあるべき剣身は無く、代わりにあるのは悲しいまでの空虚。
「……あー……やっちゃった?」
「ああ、やった」
現在地点は深層40階層。
『巨人の墓場』とも呼ばれるその階層は、37階層とは比べ物にならないほど明るく、暑いとまでは言わないにしても、じっとりとした熱気が不快な領域。
そして恐らく、現時点で俺たちが
というのも─────
「あと何本残ってる?」
「もう2本しかない。帰るぞ」
俺の剣が保たないのである。
俺のスキル、『
俺が戦い方や剣の使い方を変えたり、そもそもが
というか、今までもそうして剣の消費を抑えていた。
だが、今の俺はLv5であるし、探索階層は深層域にまで突入した。
幾らエルマーが都市最高の鍛冶師であるとしても、ただの数打ちの鉄剣が第一級冒険者の膂力に耐えられる訳がない。
極めて短い間に二度も昇華した俺の肉体は、武装の破壊という形で俺にその実力を示したのだ。
当然、それに合わせて俺も可能な限り魔法を用いる、上〜下層での戦闘をアーディに任せるなどして剣の消費を更に抑えようとしたが……
結局深層域に入ってからは俺も剣を振るわざるを得ず、その結果、ちょうどこの辺りの階層で引き返す基準まで……つまり6本目の剣が折れる。
前回の探索でもここで6本目の剣がオシャカになった。
恐らく今の俺たちのスタイルでは、ここが限界、という事になる。
……ちなみに、あらかじめ言っておくが、剣の使用を控えて魔法戦主体にする気は無い。
そんな事をすれば本末転倒もいいところである。
あと、9本以上の剣は流石に持てんし、アーディも自分用の2本までが限界だ。
それ以上は他の荷物を圧迫しすぎる。
「よい……しょっと。やっぱりここが限界っぽいかなぁ」
「そうらしい」
無論、ここが真の限界というわけではない。
特に俺には
俺を撃ち落とす事が可能な怪物でも出現しない限りは、幾らでも下に潜れるだろう。
何なら、この状態から50階層まで降りる事だって、きっと不可能ではない。
しかし、俺はあまりそのような手段を好ましいとは思えない。
理由としてはひどくシンプル。
恐らくではあるが、それをすれば、入手できるはずだった
『未知を踏破』と、『既知を攻略』のどちらが偉大であるかなど、言うまでもない。
いつだったかフィンから受け取った
未知を自らの力で乗り越えて、それはようやく冒険となるのだ。
それを『先に知ってたから余裕でした』とか最悪にも程がある。
そして現状としては、その冒険が装備的な理由で制限されているわけで。
「……これは本格的に相談しなければ不味い案件だな。このままではまともに冒険が出来ん」
「うん、そうだね。帰ったら、おじいちゃんのところに相談に行こっか」
「ああ、そうしよう……はぁ、全く。これで
「まぁ、どうせ毎日ダンジョンアタックなんだし、特に変わらないんじゃない?」
「……それもそうか」
そんな事を話しながら、帰路を辿る。
■
所変わってバベルの7階層。
神々の住まう神聖なる巨塔に唯一住まい、槌を振るう事を許されている。都市最高の、すなわち下界最高の鍛冶師にして、俺の契約者である、エルマーの工房にて。
俺とエルマーは炉に向き合いながら、今後の武装についての相談をしていた。
「……はぁ、こうなる事を予想しておったから、ランクアップまでしたはずなのじゃがのォ……よもやそれでも間に合わんか、妖怪・鉄剣折り小僧め」
「いや、言い訳のしようもない。ただ、いつかはこうなるとわかっていたことだろう。それが急に来た。それだけの事だ」
「まぁ、そうじゃなぁ」
実際、いつかこうなる事は、エルマーにも俺にもわかっていた。
というか、
だが、当時の俺には第一等武具を
そんな諸々の事情を考慮した結果、都市最高の鍛冶師を用いた鉄剣の大量生産に至っていたわけで。
こうなった以上は、
「……実際のところ、どうなのだ?」
「正直なところ、わからん。儂が挑もうとしておるのは、正しく神の領域。となれば、作るには気の遠くなるほどの試行錯誤を重ねるしかないがのう……」
「…………一本試すのに、どれくらいかかる?」
「少なくとも今までの鉄剣のように1日に何本ってのは無理じゃ。本気で作れば、少なくとも丸二日はかかる上……
「ぬぅ…………」
3000万。
その重みが、ズンと頭上に降りかかって来る。
3000万。3000万。3000万。
あまりにも大きすぎる金額だ。
一回の冒険で消費されるかもしれない消耗品と考えれば、尚更。
必要経費、ではあるのだろう。
だが、それにしても高すぎると言うか何と言うか。
普段使いしている鉄剣と同じ感じで折れるのなら、一回の探索につき二億ヴァリス近い金が吹き飛ぶ事に……
「……まぁ、時間の方はどうにもならんとして、金銭面は何とかする方法があるんじゃがな?」
「教えろ、早く」
「簡単じゃ、お主が折った剣を、破片まで綺麗に拾って回収してくりゃええ。さっきも言ったじゃろう、『原価近くまでは安くできる』と」
「……成程」
つまり、折れた剣を
まぁ、それならばかかる金を抑える方法としては納得できる。
俺が折れた剣を完璧に回収できるのなら、かかる費用はほぼエルマーの作業に対してのみ。
最初に3000万を払いさえすれば、格安で再利用できる、と言う事だ。
「……しかし、それは、大丈夫なのか? 生産系派閥として……」
「儂がこんな場所で鉄打っとる時点で察せんか。自分で言うのも何じゃが、儂は特別じゃ。許されないわけがない」
まぁ……それもそうだ。
「それに、時間的な問題に関しても、主が3、4本分も買ってくれりゃあ、主が迷宮に2本持ってっとる間に残りの分を鍛え直せる」
ふむ……となれば、初期費用以外はあまり問題にはならなそうか?
正直鉄剣の方に関しては、下のテナントで売られている格安の品でも、まぁ、質も耐久力も死ぬほど落ちるだろうが、使えない事は無いし。
「…………ま、主がちゃんと折れた剣を回収できれば、の話じゃがな」
「………………………………善処する」
果たして主にできるかの、はっははは、と。
心底愉快そうに笑い声を上げるエルマーに背を向けて、工房を後にする。
そうして今回のダンジョンアタックで得た戦利品の換金を任せていたアーディのところに向かえば、既に換金は終えていたらしく、アーディは金貨で大きく膨らんだ袋を持っていた。
「あっ、カイくーん! なんか
と。俺を認めるや否や、そう言って袋を高く掲げてそう言った。
「…………すまんアーディ。多分その貯金は秒で吹き飛ぶ」
「えーっ!? いやいや、3000万ヴァリスは固いよ!? それなのに!?」
「すまん、丁度それくらい吹き飛ぶ」
「えぇえ〜っ!?」
驚愕の表情を浮かべるアーディを見ながら、俺はいつだったかのテスカトリポカの言葉を思い出していた。
────要は、今まで考えナシにできてた事が、できなくなるっつー事だ。
テスカトリポカ。俺は今、アンタの言葉を心の底から実感している。
社会のモラルを全然弁えていないアンタも、やはり神。先見の明は、俺のそれとは比較にならないようだ。
……それはそれとして、無視はまだほんの少し続けようとは思うが。
Topic:アルフィア戦で使った『宵』はもう破壊済み。