ただ、今のところ予定では着工はだいぶ後になるはずだし、完成は更に後。
ギルドが都市外から職人達を集めているらしく、その成果に応じて前倒しになる事も考えられるが、今のところ完成は早くて2ヶ月後と言う事になっている。
それまでは今まで通り仮住まいだ。
……手続きとか色々してた時にギルドから『先の戦いの勝利の立役者とその主神がテント暮らしとか舐めてんの? このご時世で?』と至極真っ当な指摘を受けてしまったので、テントよりは安全性のしっかりとした所を間借りする事にはなったが。
そして現在は、そんな新しい仮
「……テスカトリポカ。いい加減離れろ」
「ヤダ」
テスカトリポカが俺から離れてくれない。
その無駄に長い手足をフルに活用して俺の体をガッチリとホールドしている。
幸いにも足はフリーなので、歩く事には然程支障は無いが、しかし鬱陶しくてたまらない。
「アーディ」
「ごめん、ちょっと難しいかも」
「…………はぁ」
アーディに助けを求めるが、しかし申し訳なさそうに断られてしまう。
Lv5の俺ですらどうにもならないのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
……まぁ、どうしてこうなったのか、理由はこれ以上無いくらいハッキリしているし、テスカトリポカが満足すれば勝手に離れてくれるのだろうので、深刻に考える必要は微塵も無いのだが。
「……それにしても、流石にやりすぎたか」
初めは勝手に色々やらかしやがったテスカトリポカに対する抗議かつ折檻の気持ちで始めた無視であったが、どうにも俺の思った以上の心的ダメージが入っていたらしく、あの
どうにも俺という存在は、俺の思っているそれよりもテスカトリポカの中で大きな存在になっているらしい。
嬉しいと言えば嬉しいが、どうにも複雑である。
「まぁ確かにそうかもしれないけど、神様相手だし、何よりテスカトリポカ様だし、加減がわからないのは仕方ないんじゃない? この経験を今後に活かそうよ!」
「またやる時はそうしよう」
「二度とすんな」
「安心しろ。アンタが下手な事をしなければもう二度とやらんで済む」
具体的には他所様の団長を同意も得ずに食っちまったりしなければ。
もっと言えば、現在オラリオで一般的とされている道徳に反する行動を取らなければ。
「何で」
「何でも何も、俺の大願を叶えるのに必要なことだからだ。アストレア神ほど行儀を良くしろとは言わんが……」
「オレが居んのに他の
抗議の意を示すかのように、ガジガジとテスカトリポカが俺の首筋を齧り始める。
しかし俺の肉体はLv5。痛くも痒くもない。くすぐったくはあるが。
「まぁまぁ、テスカトリポカ様がカイくんの事を大好きなのは分かりますけど」
「はァー? 大好きとかじゃ足りねェが? オレの
「じゃあそんなカイくんのためにも、カイくんが生きている間だけでいいので、すこーしばかり我慢を……出来ますよね?」
「…………………ン」
アーディがそうテスカトリポカに言い聞かせれば、ひどく小さく、しかし確かにテスカトリポカが頷いた。
「……マジか」
「はい、それじゃあカイくんの背中からも降りましょうねー」
「ン」
あのテスカトリポカが、アーディに従って、するりと俺の背中から離れた。
…………いや、何がどうなってるんだこれ。
本当に何がどうなってるんだこれ。
コミュ強なんて易しい言葉で言い表していいのかこんな事が。
「……アーディ」
「え? どうしたの?」
「お前…………凄いな」
「今ので!?」
いや、本当に凄い。
普通に尊敬する。
「まぁ、何にせよ……そう言うわけだ。今後はできるだけ、下界の道徳の範疇内で行動してくれ」
「……あァ、出来る限りはな。だが、オレは
俺が彼女に願えば、彼女はそう返す。
「だろうな」
何も不思議に思うことは無い。
それは理だ。俺が俺であるように。アーディがアーディであるように。
テスカトリポカはテスカトリポカだ。
その在り方を捻じ曲げろ、などと言うつもりは毛頭ない。
「だが……
「……まァ、な」
テスカトリポカは神だ。全知たる
下界の常識程度、知らないわけが無い。
彼女はそれらを完璧に理解した上で、他の神々と同じく下界を楽しんでいるだけだ。
あくまでも、彼女らしく。
「ならば、アーディの言った通りだ。……頼む。俺が黒竜を倒すまででいい。
この瞬間、生まれて初めて、俺は神に祈った。
「……チッ、あァ、わかった、わかったよ。オマエが死ぬまでは大人しくしといてやる。……だが、これは契約だ。いいか?」
ズイ、と。
テスカトリポカが俺の顔を覗き込む。
「オレはオマエを
俺を射抜く金色の瞳に、冗談の色は一切混じっていない。
となれば彼女の言う通り、俺は今後、たとえ死んだ後にも、彼女から離れることはできないのだろう。
「……今更だな、そんな事。俺は黒竜さえ討てれば後のことなど、どうでもいい。全てを成し遂げたのなら、どうなろうと後悔などするものかよ」
「その言葉、違えるんじゃァねェぞ」
「こっちの台詞だ」
そうして、互いに睨み付けるように視線を交わし……すぐに視線が外される。
「んじゃァ、オレぁもう寝るぜ。畑を直すのに疲れちまッたからなァ」
「そうか」
背を向けたテスカトリポカが、新しい仮住まいの扉の中へ消えてゆく。
外に残されたのは、俺とアーディだけだ。
「……よかったの?」
「知らん。人の心なんぞ移り変わるモンだ。もしかしたら未来になって、後悔するかも知れん」
「じゃあ……」
「だがまぁ、その時は諦める」
後悔しようにも、もう既に契約は完了してしまったし、何より……
「…………認めたくはないが、惚れた弱み、と言うやつなのだろう」
こればっかりは、どうしようもない。
「そっ……か。それじゃあ、仕方ないね」
「ああ」
本当に、仕方がない。
「……アーディ。俺は少々用事があるので、今からバベルの方へ行くが、お前はどうする?」
「え? あぁ……うーん……ちょっとだけ、お散歩してこようかな」
「【ガネーシャ・ファミリア】の時の慣習か?」
「それもあるけどね。……心に残しておきたいんだ。今のオラリオを」
「そうか……では、また後でな」
「うん、また後で」
そう言って、俺たちは別の道を進んで行った。
茜に染まった西の空とは対照的に、東の空は蒼く広がっていた。
Topic:こんな感じでカイの父親も狂った。血は争えない。