バベルの塔、7階層。
エルマーの工房と同階層の、その商業域。
【へファイストス・ファミリア】の鍛冶師、その中堅どころが打ったとされる武器の並ぶ棚の前で、俺は腕を組みながら唸っていた。
「……ぬぅ……む」
目的は勿論、今までエルマーに打ってもらっていた消費用の安剣の代わりを探すためである。
……の、だが。
「カスみたいなのしか無ぇ……」
俺とてエルマーと契約を交わす前までは、ここの武器を使い潰しまくっていた身だ。
武器の目利きは、多少なりとも出来るようにはなっている。
エルマーの作品を使い続け、『鉄剣の最終到達点』の在り方をよく知っている分、尚更だ。
その上で、ここの作品を見てみると、全ての作品がお粗末なものにしか感じられない。
見た目からして歪んでいるものだったり、細部の造りが甘かったりするものが余りにも多く、たまにあるマトモそうな品も、手に持って見れば重心の位置が好ましくなかったり、明らかに内部の鍛錬が足りていないものがあったりとロクなものがない。
そしてそれらの作品が、俺が今までエルマーから購入していた金額である10万ヴァリスを超えているのだから気持ちが悪い。
そんな出来で、刻まれた【ΗΦΑΙΣΤΟΣ】の字が泣いているとは思わんのか。
……いや、俺の中の基準が高すぎるだけだな。駆け出しから見れば、これでも優秀な武器だ。
今俺は、エルマーの作品がいかに優秀だったか、そして俺がいかに融通してもらっていたのかを思い知らされているらしい。
……ちなみに、件の剣はついさっき注文して来た。
2本オーダーしたので、現在俺個人に借金が6000万、そして現在の派閥の資産が5000万と少しである。
早急に迷宮に潜り、稼がねばならない……が、そのためにはやはり剣が必要である。
少なくとも3本もあれば、37階層の
「……比較的マシなのは、コレらだが……」
それぞれの武器に付けられたタグに記されているのは、28万、30万、19万。
あまりにも割に合わないが、致し方ない、というものだろう。
これよりも安い武具……それこそ8階層に置いてあるヤツなんかは重心の位置やら何やらがバラバラすぎて俺の動きを乱しかねない以上、コレらを購入する他ない。
「……あら、本当に居た」
と、会計のところへ剣を持って行こうとしたところに、背後から声がかかった。
わずかに滲む神威にその正体を察しつつ振り向けば、目に映るのは燃えるような真っ赤な髪に、顔半分を覆う大きな眼帯と、もう半分に覗く美貌。
【へファイストス・ファミリア】が主神、へファイストスその
「何故、ここに?」
「いえね? エルマーから
「……どこまで広まってるんだその蔑称は……というか、俺が注文を入れたのはついさっきなのだが?」
「作る事自体はもう決まっていたのでしょう?」
「……まぁ」
元々、そのつもりで契約したわけだからな。
むしろ作ってもらわねば困る。
困る、わけだが……
「……神へファイストス」
「何かしら」
「愚問と承知で聞こう。
俺が単刀直入にそう聞けば、神へファイストスは目を瞑る。
「……分からないわ」
「俺と同じだろう。作れると信じたいが、作れるわけがないとも思っている。……そんな所だ」
「いいえ、そんな事はないわ。下界の可能性は無限大。
だけど、と。神へファイストスは続ける。
「あの子が目指しているのは間違いなく『神の領域』よ。私が断言するわ。もしも私があなたの注文したものと全く同じ物を作るのならば、その時私は
だろうな、と内心で呟く。
当然だ。確かに俺が注文したものの、アレが作れるとは思えない。
最終的な到達地点も、『アレに限りなく近い代物』であればそれでいいと思っている。
もしあの書面に記した代物が本当に出来上がるのなら、それは明らかに『人の領域』の範疇を遥かに逸脱している。
「……だがまぁ、それでも尚エルマーなら作れちゃいそうなのが……な」
「えぇ、まぁ、そうね。あの子には本当に、何度驚かされたことか……」
【
【へファイストス・ファミリア】所属、都市最高の鍛冶師にして──── 人の身で唯一バベルに居を構えることを許された、 “最も神に近い眷属“。
彼ならば、あるいは……と。
神をしてそう思わざるを得ない、下界きっての『可能性の塊』である。
「だがまぁ、完成させるのなら黒竜討伐戦よりも前にして欲しいものだな。竜を討った剣が未完成の試作品など、格好がつかん」
「あら、随分と気が早いわね」
「気が早いも何も無い。
今は
今は
或いは、学区にいるとか言う
だが、それがなんだと言うのだ。
単純なことだ。
「……本当に、頼もしいことこの上ないわね」
「女神にそう言って貰えるとは、光栄なことだ。…………で?」
「え?」
「いや、ここに来た理由だが。何の用も無く俺の所に来たわけでもあるまい」
「あっ……あぁ、そうね。そうだったわ。えーとね……まぁ、特にあなたにとっては難しいことだとは思うんだけど、あんまり折らないであげてね? どれもこれも、ウチの子達が魂を込めて作り上げた物だから」
「む……ぬぅ……まぁ……うぅむ……」
あまりにも耳の痛い事を言われてしまった。
無理です……とは、流石に言えそうもない。
事実、この場にあるものは鍛冶師たちが『冒険者に寄り添う相棒』となるべくして、丹精を込めて作り上げた品物ばかりであり、そう易々と折っていいものではない、というのはわかっているのだが……
それでもやはり、今の俺にとって剣は消耗品であり、消費する物になってしまうのである。
「そりゃあ……最大限、努力はするがなぁ……」
「まぁ、そう言うしかないわよね」
「……面目ない」
どうしても無理なものは無理。
どうにでもする方法は無いわけでも無いのだろうが、今の俺では思いつけない。
「
「うむ……」
「迷宮に鍛冶師を連れて行くにしても、迷宮内で打ち直すのにも限界があるし……」
「……鍛冶師、なぁ」
迷宮に鍛冶師……迷宮に鍛冶師か。
まぁ、確かに迷宮に鍛冶師を連れて行く事が出来れば、話も変わるのかも知れないが……
連れて行ったら連れて行ったで、その時に考えなければならない事が増えそうだ。
「深層域でも自衛ができて、数十分に一本のペースで折れた剣を修復、ないし新しい剣を製錬できる人物…………椿くらいしか思い浮かばんな」
「そうなのよねぇ……あなた達の派閥の規模じゃ、鍛冶師にも自衛が求められるものねぇ……」
これが【ロキ・ファミリア】だったりすれば、鍛冶師の護衛にも人員を割けるのだろうが、生憎と我が派閥の人員は今のところ二名。
アーディに護衛を任せようにも、深層の怪物相手に護衛を任せるのには未だ厳しそうであるし……
「……足りないな。色々と」
「冷静に考えれば、発足してまだ半年と少しだものね、あなた達の派閥。色々とすっ飛ばして駆け上がっちゃった分の皺寄せが、今来てるって感じかしら」
「正しくその通りだろう。厄介な事だ」
本当に、厄介な事だ。
面倒な事この上ない。
「だがまぁ、上手くやるしかない。このような生き方をしているのだ。苦難にはもう慣れた」
「本当、逞しいっていうかなんて言うか……あなたが11歳って詐欺じゃない?」
「知らん。色々あってこうなった。詳しく知りたいのなら、ヘルメスにでも聞いてくれ」
父親も
正確にはもう1柱……送還さえされていなければ居るには居るが、俺はそれが誰かを知らん。
「あー…………………うん、納得したわ。色々と。ごめんなさいね、同郷が」
「……アストレア神もそんな反応だったが、あの神はそんなにやらかしまくっているのか?」
「まぁ……そうね。やらかしまくってる、っていうか、アイツならやりかねないって言うか。大神の伝令って立場で天界中を駆け回って色々してたから、有名なのよ。下界に来てからもあっちこっち飛び回ってるし」
「そうなのか」
まぁ、そうでもなければ、オラリオの派閥の主神があんな辺境の地に来たりするわけもない、か。
「とにかく。取り敢えず言葉は受け取った。俺も出来る限り努力はするが、多分無理なので大目に見てくれると助かる」
「ええ、分かったわ。それじゃあね。エルマーに伝言があるのなら、受け取るけど」
「では……早急に、それでいて最高の仕事を。とだけ、頼みたい」
「うん。じゃあ、確かに伝えておくわね」
と、へファイストス神は俺に背を向け、エルマーの工房の方へ歩いてゆく。
「……とっとと会計を済ますか」
ほんの1時間もせずに帰る予定だったのに、気付けば思った以上に時間をかけてしまっていた。
この分では、空はすっかり暗くなっている事だろう。
どうせ明日も探索だ。
さっさと帰って、飯を食って、寝よう。
休めるうちに、休んでおかなくては。
Topic:作者が原作読んでるうちに「派閥が安定して深層探索するためには4人じゃ全く足りなくね?」と気付いたので【テスカトリポカ・ファミリア】のメンバーは当初の予定から増えるし、それは原作との整合性を考えれば多分オリキャラになる。作者の他作品から輸入する可能性もアリ。