海岸を全速力で飛翔するのは実に心地いい体験であった。
後方へ流れてゆく景色と広大な海は、かつての家とオラリオ以外の殆どを無知のまま過ごした俺にとって、どれもひどく鮮烈なものだった。
だから丸2日休憩もなく飛び続けても、俺が退屈する事はなかった。
昼には遠くの山脈の景色を堪能し、夜は月明かりの下でどこぞの都に灯る光を見る。
それらはどれも、俺が飛べるからこそ見えるものだった。
「……」
そんな中で、ふと思い出すのは母の話。
ガレス曰く、母はオラリオの外が好きで、暇を見つけては世界中を飛び回っていたのだとか。
顔も声も知らない彼女が、一体何を思って世界を巡っていたのか。
今にしてみれば、ほんの少しだけそれが理解できそうな気がした。
「……む」
と、何とも言えない感情に俺が浸っていれば、水平線の向こう側から何かが現れる。
航海地図を確認する限り、あれが『学区』である可能性は高いのだろうが……っていうか確実にアレがそうなのであろうが……
「……いくら何でもデカ過ぎないか?」
学区より遥かに手前にあるはずの島が、今俺の目に映る学区と同程度の大きさに見える。
俺の遠近感が不具合を起こしていないのならば、あの船はそんじょそこらの島よりも遥かに大きいという事だ。
オラリオを丸ごと乗っける事ができる……とまでは流石に言わないが。
その中央に聳え立っている巨塔も相まって、まるで小さい迷宮都市が海上を移動しているようだ。
「まぁいい。とっとと用事を済ませてしまおう」
炎を噴かし、『学区』の方へ。
グングンと近づいて行くにつれて俺の目に映り始めるのは、想像以上のデカさと、その詳細な構造。
飛び出した船首と、3段重ねになった円盤。そのそれぞれの上に築かれた都。
そして、外縁部に煌めく青の羽衣。
「……見れば見るほど規格外だな、だが……これは……」
違和感、とでも言うべきであろうか。
俺の目に映った『学区』という船は。
船、と言うにはあまりにも巨大すぎ、そして
こう言っては何であるが、船の構造があまりにも非効率すぎるのである。
「元々あった別の巨大な何かを船に改造した……? いや、そうであっては船底部の説明がつかない……上に立っている建造物の全てが後になって建造されたものだったとして……」
そこまで考え、否と考察を断ち切る。
俺が今すべきは、
『雄大な竜の背』などと表現される事もあるらしい『学区』であるが、本当に竜であるわけではない。
だから当然、俺が打倒すべき存在ではない。
「しかし、この感覚は何だ……?」
懐かしい……に、近いが、わからない。
ただ、とにかくこの名状し難き感情が、あの巨大船に向いている事は間違いなく。
そこから敵愾心のようなものが湧き出ている事も、確かであった。
「…………まぁ、いい。気になったならば調べるまでだ。まずはこの書状を……」
この、書状を……
誰に渡せばいいんだこれ。
あのクソ豚からはこれだけをポンと渡されて『学区』へ届けて来いと言われただけである。
『学区』のどこにいる誰に渡せばいいのか、その辺りの詳細は一切伝えられていなかった。
「…………仕方ない。一先ず乗り込んでしまうか」
取り敢えず炎を噴かし、その辺の空いている場所に降り立つ。
ガチャリと鎧の音が周囲に鳴り響き、視線が一斉にこちらへと集まった。
そしてほんの一瞬の静寂の後、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!?」
「空から人が降って来やがったぁぁぁぁぁぁあああ!?」
「どっ、どうする!? 捕まえる!? 武装しているぞ!?」
「誰か! 誰か先生を呼んでくれぇ!?」
うん、非常に五月蝿い。
オラリオもオラリオで非常に五月蝿い所であったが、あっちはどちらかと言えば神々による賑やかしの所が大きかった。
それに対して、こっちは完全な
ほんの二週間前、あの大抗争の悪夢を思い出すようであった。
「……」
これはもう収拾がつかない。
そう判断した俺は、剣を掲げて────爆発。
轟音が周囲に鳴り響き、再び視線が俺へと集中する。
「俺はオラリオの使者だ! ギルド長ロイマンより書状を預かっているが、誰に渡せばいい!?」
俺が大声でそう宣言すれば、周囲の人間たち────全員が同じような服装を纏っているので、恐らく学区の生徒だろう────が、困惑や恐怖の色を残しながらも互いに顔を見合わせ、ヒソヒソと話を始める。
「た、確かに鎧だな……オラリオの冒険者ってのは本当なのかも……」
「……まぁ、オラリオの冒険者なら空を飛んでもおかしくない……のかなぁ」
「でも確かオラリオって今滅茶苦茶大変なんじゃ……?」
「大変だからこそ、こうして火急の使者が送られて来たんじゃねぇの?」
「
肝が据わっているのか緊張感が無いだけなのか。
生徒たちは俺の見ている目の前で呑気に話し合いを続けている。
そんな中で。
「【
と、そんな声が聞こえて来た。
瞬間、学生たちの雰囲気が一気に変わる。
「【
「言われてみれば確かに、【
「あの見た目に蒼炎だぜ? 【
「【
どうやら俺の名声はこの『学区』にまで届いていたらしい。
生徒たちは口々に俺の二つ名を呼び始め……そしてしばらくすると、遠巻きにしていた生徒たちの中から一人、俺の前に出て来た。
「あの…… 【
「…………ふむ」
興奮冷めやらぬ表情で、生徒が俺に問いかける。
周囲の生徒たちも、似たような表情で固唾を飲んで見守っていた。
そんな彼らの様子を見て、俺は一つちょっとした悪戯を思い付いてしまった。
「違うな」
「えっ!?」
ざわり、と。周囲が騒めく。
嘘だろ、だとか。じゃあ誰なんだ、だとか。学生たちが口々に言葉を発する。
あまりにも想定通りな反応に俺は笑いを堪えざるを得なかった。
「すっ、すみません! 我々もオラリオの情報を逐一入手する事は難しく……!」
「いいや、気にしていない。俺は確かに【テスカトリポカ・ファミリア】団長、カイ・グレイルで間違いないからな」
再び、騒めき。
察しのいい学生たちが、まさかと口々に言う。
「今の俺は、是非【
爆発。そう間違えてしまいそうな歓声が鳴り響いた。
何ともまぁ思った通りの結果になったものである。
やはりオラリオの有名冒険者ともなると、こういった人気は出るものであるらしい。
それもLv5ともなれば新たな英雄候補だ。その情報をこのような形で知る事ができたのは、彼らにとって非常に得難い経験なのだろう。
「…………さて、それで俺は結局、この書状を誰に渡せばいいんだ?」
そうして一頻り騒ぎ終えた後。
少々疲れの色が見え始めた生徒たちに向かって尋ねる。
すると生徒たちが口々に言い始めたのは、バルドルという神の名だ。
「バルドル、バルドル神だな。それで、バルドル神がいるのは……まぁ、あのこれ見よがしに聳え立っている塔の最上階あたりか?」
バベルを
「バルコニーは……ありそうだな。ならば飛んで行けばいいか」
と、俺がそうして炎を噴かせようとした、その瞬間。
「その必要はないよ」
生徒達の間を通って俺の前に現れたのは、獅子を思わせる髪と瞳を宿した長身の男。
コイツだ。
俺は確信する。
コイツこそが、レオン・ヴァーデンベルク。
ナイト・オブ・ナイト。Lv7。現最強の一角だ。
Topic:【悲報】いい大人、ワクワクが止められない。