「これより、お前たちの迷宮進出を想定した実戦を行う。俺からお前たちに求めるのはただ一つ。死なない事、それだけだ」
カイ・グレイルのその言葉を受け、3人の元学生たちは、気を引き締めた。
『学区』で行われたあれらよりも、よっぽど過酷で厳しい訓練になるのだろうと予想し、心持ちを改め、いかなる苦難にも耐えられるように構えた。
そのはずだった。
結論から言えば。
その想像は、半分当たって半分外れ、と言ったところだった。
当たった半分は、『学区』で行われたそれよりも、よっぽど過酷である事。
外れた半分は、カイ・グレイルが彼女らに与えたものは、訓練何て生易しい言葉に収まるわけがない、常に命の危機に晒され続けるような、『地獄』だという事だ。
「う、ぐ……」
「………………ぬぅ」
「これ、は、これは……とんでもないねぇ…………」
容赦がない、どころの騒ぎじゃなかった。
否、容赦自体はされているのだろう、確実に。
でなければ、あのレオン先生と半ば対等に渡り合っていた彼を相手取り、高々Lv3、2の弱者連中が生き残れるはずもない。
十分以上の手加減が加えられていることを疑う余地は、微塵も無かった。
その5分後。元学生の三人は、汗と泥に塗れて情けなく地面に転がっていた。
現在はカイとアーディが戦闘している所から少し離れた日陰の下で、全員が全員、体調の回復に努めていた。
「ゴクッゴクッゴクッ……うぷ、これは軽く死ねるねぇ……」
青い顔をしたタキオンは今にも吐き出しそうな表情をしつつ、しかし確実に水を飲み下す。
グレイも同じような状況で、唯一普段と変わらない様子を保っているのがレザーだった。
とはいえ、そのレザーも兜の下では相当に参っているらしく、服や鎧、靴紐などの緩められる場所を出来る限り緩めたうえで、壁に寄りかかり、手足を投げ出して座っていた。
Lv3、Lv2と、高位の実力者であるはずの彼らがこのような状況になっている理由は、何もカイに死ぬ一歩手前までボコボコにされたから、と言う理由だけではない。
カイの蒼炎に当てられて引き起こされた、熱中症と脱水症状が、3人の体調を著しく乱していたのだ。
「これが、環境の暴力……私たちは、これに対応しなきゃいけない……」
少し離れた位置で繰り広げられるカイとの戦闘をアーディを見ながら、グレイは言う。
3人と同じように蒼炎に晒され、そして3人に与えられたそれよりも苛烈な猛攻を浴びつつも、しかしアーディは全くそのパフォーマンスを落とすことなく、食らいついていた。
「百聞は一見に如かず。極東の諺だけど……真理を突いている」
迷宮の中は常識が通用しない。
冒険者としての過程を学んでいた3人にとって、そのことは知識として把握していた。
突如として悪意極まる罠が生成される樹の迷宮。
ほんの少し足を滑らせれば、その瞬間に飲み込まれる死の水域。
雷のような水の降り注ぐ湿地域。
一寸先に死が待ち受ける闇の洞窟。
歩くだけで水さえも沸騰する灼熱の砂漠。
冗談にしか聞こえないような、そんな空間が層状に重なり合っているのが、迷宮である。
教科書上の知識として、そういう場所があることは、把握していた。
だが、実際にその場所に赴き、戦闘まで行った経験など、無い。
とはいえ、自分たちは高位の実力者である。
学区では最も優秀な部類にある、優等生である。
だから、今の我々なら迷宮に挑戦したとしても、自らの位階の適正階層くらいまでなら余裕で行けるだろう──────
心のどこかにあったそんな驕りを、蒼い炎は纏めて燃やし尽くした。
肌が焼け、目や口、鼻の水分は蒸発し、全身から吹き出す汗は体温低下の役割を果たせずに、いたずらに不快感を増大させるのみ。
そんな状況下でも絶えず襲い掛かる圧倒的格上からの猛攻は、3人の体力を一瞬で消し飛ばし、【耐異常】の発展スキルを発現させてなお無視できないだけの身体的異常を引き起こした。
「いまので、よぉく分かった……! これは、人手が、必要に、なるわけだ……戦闘の中の役割分担、だけじゃない、水、食料、装備、休憩……やらなきゃ、いけないことが、多すぎる……!」
【耐異常】が無いだけに最も早く脱落し、それゆえ3人の中では最も体力が回復している息タキオンが、息も絶え絶えに言う。
事実、迷宮探索が普通
無対策で訪れた者を容赦なく蝕み、殺すだけの異常な環境を、確実に攻略できるだけの装備と消耗品と考えると、その必要数は階層を重ねるごとに爆増する。
そして、人出が増えても勿論相応の分増える。
故にこそ、カイ・グレイルが望むのは超少数超精鋭の部隊。
物資の消費を極端に少なく、しかし確実に迷宮を攻略可能で、かつそれぞれが役割を最大限果たすことのできるパーティ。
その一員としての役割を、彼ら彼女らは求められているのだろう。
で、あるのなら。
今回の実戦において、彼らが学び、身につけねばならない能力は?
「自衛。それ以外にあるまい」
座り込んだまま、レザーが言う。
そしてそれは間違いなく正解であろう。
『学区』では優等生であり、学生同士の模擬戦闘ならば最上位の実力を持っていたグレイとレザー、こと足の速さと言う一点で考えるなら、比較対象にレオンが出てくるタキオン。
そんな彼らを以てして、深層域は極めて危険な領域である。
流石に階層主や希少種を除けばカイ・グレイル並みの理不尽なバケモノが出てくることは少ないだろうが、しかしLv4並みの怪物がわんさか湧き出てくる関係上、Lv5最上位どころか第一級冒険者全体で見ても最強各であるカイ・グレイルの守護を受けていたとしても、死ぬときは死ぬ。
であるからこそ、彼ら彼女らに求められるのは、死なないための能力。
『学区』で行われた鬼ごっこが、逃走というアプローチで以て生存を目指すものであったのだとすると、今回の実戦は逃走が選択できない場面で、如何に死なずに耐久し、カイやアーディの到着を待てるか、というものなのだろう。
そのカイが相手をしているのが現状なわけであるが、それはそれ。
とにかく耐久に徹するのが、この場面ではきっと正解なのだろう。
「となると、どうするべきかね?」
「交代制でいこう。二人戦闘で一人が休憩。私なら、限界を見極められる」
「ふむ。ならば、それでいこうか。構わないね、レザー君?」
「ああ」
やるべきことは決まった。
ならば後は、それを全力でやるのみだ。
■
そんなこんなで実践訓練を初めて3時間ほど。
元学生の3人組とアーディとの戦闘を繰り返し行い、とりあえず生き残る術を叩き込むつもりでやってきたが……
「……ふむ?」
コイツ等、随分と連携取れるようになりやがったな。
最初の頃は完全に一対一を3つ同時に捌いているような感覚だったが、今ではしっかりと二対一をやってるって感じがする。
コイツ等がいい加減俺との戦闘に慣れてきたってのもあるんだろうが……二人が戦っている間、一人が休憩できているってのもあって、継戦能力が段違いに高くなった。
いい傾向だと思う。
急造で深層域でも耐えられるようにしたいとは思っていたが、これなら直ぐにでも深層探索へ繰り出し、後は現地で調整できそうだ。
「……!!」
個人評価で言うなら、一番戦闘が上手いのはレザーだ。
自分にできることを完璧に理解して、それを最大限に発揮できている
アーディが完全な感覚派で、こういうことが出来そうだからやってみよう、で実際にやれてしまうタイプなのに対し、コイツは自分に仕える手札を完璧に用意、把握して、最適な場面にそれを引き出せる。
実に堅実な戦い方だ。
……ただアレだな。じっくり見ないと地味だな。
『学区』で戦ってはいたはずなのに俺の記憶に残らなかったのは、こういう事らしい。
しかし理想的な戦い方であることには間違いない。
変に冒険をすることさえなければ、間違いなく死なないだろうと確信できる。
コイツは頼もしい。
「よっ……とぉ!?」
で、タキオンだが……現状は弱いアレンって感じだな。
いや、Lv2なのに比較対象としてLv5が出てくる時点で大概な実力をしているのだが。
やはり純粋な速度と言うのは分かりやすい強みになるらしい。
これがLv3、Lv4にもなってしまったらどうなるのか、末恐ろしい。
が、どこまで行っても本職は生産職なのだろう。
ステイタスが低いことは元より、槍の使い方も雑と言うか、正しい槍の使い方が出来ていないし、自分の速度に最適化された戦技を持っているわけでもないし……迷宮探索に使うなら、そこは調整する必要がありそうだ。
幸いなことに、俺には槍を教わる当てが二つほどあるので、今度頼んでみよう。
フィンの方はともかく、アレンは絶対に断るだろうが……その場合は俺が戦って覚えるか。
「レザー、交代! 私が行く!」
で、グレイだが……うん、バケモンだな。
単純に戦闘能力が高いというのは元より、指揮官としての能力が尋常じゃない。
味方の体力とかそう言うのを完全に把握できるのがあまりにも反則過ぎる。
元学生3人組と俺の戦闘が長期化している原因は間違いなくコイツだ。
その上で──────
「ハァッ!!」
「む……!」
この
第一級冒険者並みの攻撃が不定期的に飛んできて、攻撃の調子を崩されるのみならず……
「回復まで同時に行う、か……とんでもないな」
いやまぁ戦闘中常に身体を再生し続ける俺が言うのもアレだが。
しかし戦闘中に攻撃しながら回復できるということで得ることのできる
恐らくだが、この三人を同時に戦わせたとして、勝つのは間違いなくコイツだろう。
そのくらいには、えげつない能力だ。
「が、やはりまだ使いこなせていない」
故に、攻撃を放った側のグレイでさえ、それが発動したか否かを認知できない。
だからこそ、
そして、Lv5たる俺を相手取っているのだから
「硬直など、0.01秒以下でさえ、致命的だ」
「なっ──────かはァッ!?」
意図せずがら空きになってしまった腹に潜り込み、拳を叩き込む。
まともに受けたグレイは体をくの字に折り曲げて、吹き飛んだ。
「ッ、レザーッ!!」
連携に空いた穴を埋めるべく、即座にレザーが突っ込んで来る。
が、それより俺がタキオンを落とす方が早い。
「うわわッ!?」
「見逃しても良かったんだがな。一瞬の隙が全てを台無しにする、そういう教訓にしろ」
威力を絞った
「ッ」
「さて」
残るはレザーただ一人。
俺と目が合ったレザーは瞬時に踵を返し、吹き飛んでいったグレイの方へと逃げてゆく。
一人では絶対に敵わないからこそ、辛うじて動けそうなグレイとの合流を優先する。
実に正しい判断だ。テスカトリポカ好みでは無いが、俺的には満点である。
しかし、俺の方が速い。
「残念ながら、ここで終わりだ」
背中に攻撃を受け、レザーが倒れ伏す。
これで全滅だ。とは言え、健闘はした方だろう。
俺相手にここまでやれるんだから、深層域の怪物どもにも十分通用するはずだ。
「よし、お前らはしばらく休憩していていいぞ。
「はーい! もう回復したよー!」
「しばらくはお前とやる!
「りょーかい……ッと!! さ、やろう!」
とまぁ、そんな具合に。
新
ちなみに、俺を相手取って生き残り続けるのは、かなりの上位の
「…………お、早速Lv3だ。やるじゃァねェか」
「え゛ーーーーッ!!?」
「マジか」
こんなことがその日の夜にあったりした。
実に何よりなことである。
topic: タキオンは槍より弓の方が得意。