時間の流れとは実に速いもので、学区から3人がやって来て一か月。
俺の十二歳を祝ったり、フィンをグレイたちにけしかけたり、
そんなことがありつつ一通りの訓練を済ませ、ダンジョンにも時折赴きながら、現在。
新たに結成された新パーティによる迷宮攻略は、これ以上ないほど安定したものになっていた。
「レザー、タキオン。あの岩陰」
「あぁ」
「おっ、ではここは私に任せてくれたまえ」
「じゃあ、お願いしちゃおっかな」
グレイが怪物をいち早く捕捉し、アーディ、グレイ、レザー、タキオンが即座に対処。
怪物どもを処理した上で魔石を収集、そして──────
「いやはや、豊作豊作! この時点で100万ヴァリスは固いねぇ!」
どこからかタキオンが買ってきたリアカーに積まれた荷物の中へ収納する。
このような流れが完璧に出来上がっていた。
反則が過ぎるグレイの索敵と人員管理、レザーのスキルを活用した安全な休憩、タキオンによる即席での薬の調合による回復と、リアカーに乗った潤沢な備えと段違いの許容荷物量。
あまりにも超少数超精鋭のパーティとして理想的過ぎる形が完成していた。
成程、これならば消耗を極限まで抑えながら、より長く、より質の探索が出来るだろう……が。
「…………それはそれとして、暇だな」
「いいことなんじゃない?」
いやまぁ俺とて暇が悪いことであるなどとは思っていない。
彼らを我が派閥に入れることなった理由は、このような道中での俺の無駄な消耗を抑える、という所も含まれるのだから、むしろ俺が暇であることは歓迎すべき事であろう。
その上で。
「何もしなくていい、という状況が余りにも慣れん」
生まれてこの方……というわけではないにせよ、物心ついてから今日に至るまで、睡眠中を含めて『自分の身は自分で守る』を貫いてきた俺にとって、怪物討伐を仲間に完全に任せて後ろで休憩、という状況に感じてしまう違和感が強すぎるのである。
「まぁまぁ、どうせ深層に着いたら戦い詰めなのだろう? 行きと帰りの道中くらいは休憩したまえよ」
「私たちも
「ぬぅ……」
まぁ、否定はしない。
現在地は中層域と下層域の中間程度、大した怪物が出現するわけでもなく、出現する罠も平均Lv3.6のパーティにとっては全く脅威になるものではない。
今の俺であれば目を瞑ったままでも余裕で攻略できてしまう層域である。
正直俺が戦っても利はない。割と本当に。
が。
「やはり暇だ。何かないのか俺にすることは」
「休憩だねぇ」
「それ以外で」
「じゃあ、寝て。団長は12歳。食べ盛りの成長期。そろそろ寝ないと、成長に支障が出る」
「………………そう、か」
まぁ、そう言う事なら仕方あるまい。
確かに最近急激に身長が伸びてきている気がしないでもない。
声の出も悪くなって来たし、声変わりも始まっているのだろう。
ここは一つ、睡眠でもとっておくか、と。リアカーに乗り込んで体を横にする。
そうして目を閉じ、意識を落とそうとして──────不可能という事に気が付いた。
「…………揺れる。眠れん」
「そんなことを言われても困ってしまうよ。見ての通り地面がガタガタなものでね」
「じゃあそこで寝れる訓練ってことで」
「そういうものか……?」
「うん、そういうものだよ」
「そうか……」
確かに、初めて迷宮で寝ようとした時も同じような気分だった。
こんなところで眠れるわけがない、と思っていたが、存外に眠れるものだった。
最初の睡眠は非常に浅く、微睡よりも浅かった。それでよかった。
……あぁ、そう言えば、一回だけ失敗したんだったか。
俺がまだLv1で、Lv2に上がった時だった、そのはずだ。
その当時、俺は13階層に居て、
当時すでに『
その時──────疲れ果てていた俺は、俺は夢を見てしまった。
父親との日々だった。
■
「お前が黒竜を殺せ」
父親が俺にかける言葉は、その程度のものだった。
時折、母親の話をすることはあったが、それは俺に話しかけているのではなかった。
彼にとってそれは義務であり、確認作業だった。
しかしそれでも彼は母親を愛していた。
愛し過ぎて、狂っていた。狂ってしまっていた。
「お前が黒竜を殺せ」
俺には鎧と剣が与えられていた。
父親から身を守り、そして同時に父親を殺すために。
「お前が黒竜を殺せ」
父親は木剣を用いた。
少なくとも、訓練の間は。
食事の間、寝る間は、真剣を使った。
俺に対して殺気を向けるためらしかった。
彼は、彼女の遺した俺に、母親の音がする俺に、心の底から殺気を覚えることが出来なかったのだ。
「お前が黒竜を殺せ」
俺は徹底的に叩き潰された。
父親には目が無く、首には首輪がかけられ、家の柱へ繋がれていた。
だというのに、彼は俺をボコボコにし続けた。
極限までだ。
俺が無様に地面に倒れ伏して、ほんの少しの呻き声も上げられず、死ぬ寸前になるまで、彼は決して俺に薬を用いなかった。
そうして俺が回復すると、また彼はうわごとのように俺へ語り掛けながら、俺を叩きのめした。
「お前が黒竜を殺せ」
俺の腕はまともな形をしていなかった。
足も、頭も、胴体もだ。俺の腕は、足は、いつもどこかへ曲がって、折れていて。頭蓋骨と胸骨はボコボコと波打っていた、歪だった。
金属製の鎧が、俺の代わりの手足で、骨だった。
「お前が黒竜を殺せ」
俺は俺自身の骨を正しい形に直す必要があった。
月に一回だけ、
失血死の感覚はそこで覚えた。
「お前が黒竜を殺せ」
父親は泣いていた。
ずっとずっと、泣いていた。
泣きながら俺を叩き続けていたし、泣きながら料理を作っていたし、泣きながら俺を殺しに来た。
哀れだとは思わなかった。哀れという感情も、それを表す言葉も知らなかった。
「お前が黒竜を殺せ」
俺は……俺は、俺ですらなかった。
機械ですらない。獣……否、それ以下だ。
言葉を持たず、知識を持たず、与えられる苦痛と食事を受け入れて生きるだけの、そう言う生物だった。
「やぁ、君が新時代の英雄候補君かい?」
俺が人になったのは、あの神が来てからだ。
■
目が覚めると、リアカーがガッタンガッタンと揺れていた。
背後からはドシンドシンという振動と、ビリビリ響く咆哮が轟いてくる。
どうやら既に『密林の峡谷』に侵入していたようだ。
迫ってきているのはブラッドサウルスだろう。
「……存外に、眠れてしまった」
夢見は最悪なことこの上なかったがな。
もう二度と見ないと思っていたが……この振動が、絶え間なく襲い来る殴打の感覚を俺に思い起こさせたのだろうか。
「ちょっ、そんな暢気なこと言っていないで、起きたのなら加勢して欲しいんだがね!?」
「アーディとグレイ、レザーもいるんだから問題ないだろう、この程度」
「それはそうだけども私が追われているコイツのことだよ!! こんなの引いている状態で戦えるわけがないだろう私が!?」
「そうか……では訓練が必要だな」
背後に向けて
そうしてやれば、やかましかったブラッドサウルスも一瞬で大人しくなる。
「ふぅ……いやはややっぱりバケモノ極まりないねぇ……それ以上の力が本当に必要なのかい?」
「必要だろう。Lv10だ。目標はな」
「ひえー……まぁ、全力でサポートさせてもらうよ。私の目標の合間にだが」
「そうしてくれ」
そう言えば、今の俺はどれだけ強いのだろうか。
あの頃の父は、もう容易く殺せてしまうのだろうか。
母親は……どうだろう、アルフィアは少なくとも自分以上ではある的なことを言っていた気もするが……まぁいい。
「戻るぞ、はぐれたのだろう」
リアカーから降りて、タキオンに方向転換を促しつつ、魔石を回収。
「あぁ、そうだとも、そうしようか」
少々深く睡眠してしまったせいで、思考が鈍る。
すぐにでも深層に潜るのだ。今の内から、体を動かしておくか。
Topic:ヘイズさんの本を読んだ筆者「オッタル、お前……だから毎晩猪料理なんだぞ……」
閑話「フィンとカイとオッタルでダンジョンに行く話」、「カイ・グレイル生誕祭パーティ」をFANBOXに投稿しました。